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幸あるなつのおもひで  作者: ホタテノホ
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最終話 暗闇と光

 


 電話の回数が減った。



 忙しいのもあるが、幸奈ちゃんを忘れて生活することが多くなったからだ。



 それだけではない。



 前に電話したのは10日前。



 最初は割と元気がいいのだが、電話の切り際になると



「なつ…なつ…」


 としか言わなくなったのだ。



 おそらく、“帰ってきて…”が続くのだろうが、それが言い出せない感じで。



 もし、それを聞いてしまうと俺は帰らざるを得ない。



 しかし、幸奈ちゃんは言わない…



 言いたくても言わない。



 そして俺は幸奈ちゃんがそういう性格だと熟知している。



 いつもなら、率先して“ちょっと帰りたかったし、今週でも帰るよ”と言うところだが…



 抑えてしまった。



 幸奈ちゃんの欲することが分かっていたのに、気が付かないフリをした。



 いずれ帰る。



 いずれ一緒になる。



 でも、今は少しだけでいい…



 ほんの少し自由でいたい。



 そういう気持ちが大きくなっていた。




 そして、10月下旬、幸奈ちゃんから電話が掛かった。




 予感はあった。



「なつ…。私ね、寂しくて仕方がないの」


 なつが帰ってから、いつも呆然として過ごしているわ…


 苦しくて、寂しくて、なつに会いたくて…


 でも、なつに戻ってきてとは言えないし、なつの将来を壊したくない…


 つら過ぎるの…


 なつのことばかり考えてしまう…


 耐えられない…


 なつと別れたら、今よりも気持ちが楽になるかなって考えてしまってる…


 私…少しでも楽になりたい…


 だから…


 別れよ。




 あまりにも弱々しい幸奈ちゃんだった。



 俺が今帰ったところで、またこっちに戻る。



 そうすると本当に幸奈ちゃんは壊れてしまう。



 そう考えると安易に今から帰るとも言えない。



 そういう距離ではないのだ。




 また、俺は幸奈ちゃんのことが大好きだったが…



 新生活に慣れ、楽しくなってきていた。



 さらに、バツイチ子持ちで、親に大反対されてたという意識から、もしかしたら、どこか離れたい意識があったのかもしれない。



 だから…



 俺は、すんなり、彼女の要求を受け入れた。



 この時、5年以上にわたる大恋愛が終わった。





 でも、どこかでまた一緒になる予感というか、そういう意識はあった。



 なぜなら、幸奈ちゃんにはきっと俺以外は無理だから。



 そして、今は帰れないが、俺が最後に戻る場所は幸奈ちゃんしかいない。



 それが奥底にある。





 俺は年末年始に帰らなかった。



 別れて2ヶ月くらいで、幸奈ちゃんに連絡を取り、仮に戻ったとしても、また去らなければならない。



 今、俺がすべきことはなるべく早く修了(しゅうりょう)すること。



 それが出来ないうちに連絡を取るのは無責任だ。



 地元に帰るとどうしても幸奈ちゃんを考えてしまう。



 だから帰らずにこちらで過ごした。




 持ち直して元気になった父が、沖縄に一緒にサンプリングに行こうと電話で誘ってきた。



「2月に行くぞ」



 ちょうど研究室のみんなは卒論や修論で忙しい。



 作業場も追い込みで混み合う。



 邪魔するくらいなら外で調査した方がいい。



 それに、2月は俺と幸奈ちゃんの誕生日だ。



 沖縄にいる方があまり考えずに済むだろう。



「じゃあ、2月に行こうか」


 そう親父に返事をした。



 電話を切って研究室に行くと深谷が目に入った。



 机の上に頬を乗せてぼーっとしている。



 その態勢で、時折、目の前の卒論要旨と思われるプリントをめくって、その下の机を見ては、プリントを下ろし…を繰り返してる。



 この意味不明な行動が面白かった。



 深谷はその後に高井先生に呼ばれて研究室を離れた。



 俺はイタズラ心が働き、深谷の机の上に置かれたプリントをめくって、そこに、セロハンテープで『フカタニミサキ』と貼ってプリントを被せてみた。



 しばらくして深谷は戻ってきた。



 先ほどのように机の上に頬を乗せた。



 そして、先ほどのように、プリントをめくった。



 セロハンテープに気が付いたのか、プリントを下ろさず、動きが止まった。



 その様子が面白くて見入ってしまった。



 そこから顔を起こして、ノーリアクションでセロハンテープをペリッペリッと剥がしてPCを出して作業を始めた。



 やっぱり深谷は面白い。



 これは俺の仕業とおそらく分かってる。



 だが、あえて無視だ。



 その様子を見て満足して俺は帰った。



 2月になり、俺は親父と沖縄に行った。



 沖縄といっても石垣島だ。



 常夏のイメージがあったが、かなり寒く、サンプリングには不適な気温だった。



 しょうがない…と親父と石垣観光をした。



 その時、電話が鳴った。



 見知らぬ番号だが、家電のようで、その市外局番はよく知っているものだった。



「大森不動産、ハイツ山元担当の生田と申します。佐藤なつさんのお電話でしょうか?」


 ん?


 ハイツ山元?


 俺たちの家だ。



「はい、佐藤ですが、何か?」



「駐車場の件ですが、お車を二台並べられると他の入居者にご迷惑ですので移動をお願いできますか?先日からずっとでしたので…どうかよろしくお願いします」



 え?



 なんとなく胸がざわついた。



 嫌な予感だ。



「あの…車種は何ですか?」



 生田さんは車種もチェックしていたようで、それを教えてくれた。



 1台は幸奈ちゃんのものだ。



 もう1台は全く知らない。



 家に遊びにくるような仲のいい友人は大体知ってるし、その車種も知っている。



 しかし、そのリストにない車種を言われた。



 直感的に感じた。



 男だ…



「はい、すぐに退きます」



 そう言って電話を切った。



 心臓がバクバクして苦しい。



 サンプリングも観光もする気がなくなった。



 翌日、また掛かった。



 同じように車を動かして欲しいと。



 沖縄から帰っても3日後、5日後と同じように掛かる。



 俺は、嫌な現実を知りたくないため、幸奈ちゃんに連絡ができない。



 だからこのような電話があることを幸奈ちゃんは知らない。



 そして車を停め続け、それによって何度も不動産から連絡がくる。



 負のスパイラルだ。



 電話がくるのは朝9時から18時までの間だった。



 土日には掛からない。



 俺は完全に精神的にやられてしまった。



 その精神的ストレスに耐えかねて、俺はメールを送った。



『(なつ) 不動産から車を並べて停めることを注意する電話がいっぱいくるよ。気をつけて』



 返信はこない。



 でも、そこから不動産からの電話は減った。



 頭の中に色々な妄想が作り上げられていく。



 嫌な妄想だ。



 あれだけ長く付き合い、お互いがあれだけ求め合っていたのに、ほんの僅かの間でこんなにも変われるんだ…



 そう思うと虚しさと哀しさで心がもたなくなってくる。



 この勝手に頭に思い浮かぶ妄想を少しでも失くしたい…



 俺はその思いから、しばらく辞めていたフリーの麻雀屋さんに足を運んだ。



 朝から終電まで毎日のように通った。



 今は卒論と修論で研究室は忙しく、ゼミは休止中だ。



 終電で帰っても、夜に嫌な想像をするので、今度は昼に行って、始発で帰るようにした。



 未綺の誘いがあれば全部乗ってカラオケ三昧でオールも連発した。



 それでも嫌な気持ちは晴れない。



 しばらくするとまた同じ市外局番から電話があった。



 無視した。



 無視をすれば今度は何度も何度も掛かり、着信履歴が埋まっていく。



 その着信履歴を見ると頭がおかしくなりそうになった。



 俺は、その市外局番が怖くなった。



 出ないのはもっと怖い。



 音は気が付かない場合があるので、常にバイブ設定にした。



 いつもポケット内で携帯を触り、震えればすぐに出れるようにした。



 朝9時から18時を過ぎれば掛からない。



 土日には掛からない。



 落ち着けるのはこの時だけだ。




 4月が近づいた。



 新たなメンバーが入るため、休止中だったゼミが再開される。



 少しはマシになったが、それでもじっと作業をすることが出来ない。



 もう前のように麻雀屋さんに入り浸ることは出来ない。



 この春から塾講師のシフトも増やしてもらい、少しでも考える時間を減らした。



 これまでは春、夏、冬休暇の講習のない高校生から中学生に代えてもらった。




 研究に集中できない。



 いや、集中していくと頭が慣れて、考える余白ができる。



 そこで勝手に嫌な想像が入り込む。



 それをなくすために散歩する。



 猫を見て、撫でたりすると緩和される。



 これを繰り返した。



 ずっと続けた。



 まさにルーティン化された。



 4月になった。



 散歩をはじめた最初の方によく見ていた深谷…



 最近は見ないな。



 4月中旬にはソメイヨシノが葉桜になった。



 徐々に作業できる時間が伸びてきた。



 でも、嫌な想像は消えない。



 付き合ってた期間が長かったせいもあり、いまだにどこか信じている。



 それが、電話があるたびに余計に胸を突き刺してくる。



 4月下旬に差し掛かった。




 もうすぐ5月か…。



 幸奈ちゃんと出会った季節だ。



 思い出が多過ぎる。



 何か少しでも忘れることができる衝撃がほしい…





 あっ……




 今から車に乗ろうとする1人の女子学生に目が行く。



 その部分があたかもトリミングされたように鮮明に。



 暗闇の中にいる俺には光に見えた。



 大袈裟でなく。



 遠目で見て、決して派手さを感じないのだが、なぜか妙に惹ひきつけられる。



 ()()()()()()()()()()()…。



 この後輩はなぜか俺を楽しい気持ちにさせる。



 なんか久しぶりに見た気がするな…



 先程までの胸に忍び寄った嫌な気分を振り払うようになのか…



 自然と明るく…



 快活に…



 声を掛けた。






「深谷!」







 完 (「彼女の鬱に恋をした」に続く)


 なつに強い影響力を与えた幸奈。その幸奈との付き合いがなければ、おそらく深谷みさきの鬱にあれほど対処できてないでしょう。なつとみさきの関係において、幸奈という存在は不可欠であり、そして、大きな問題にもなってきます。

 この話はこれで終わりですが、『彼女の鬱に恋をした』の第1話へと繋がります。


 興味があれば読んでみてください。

 これもなつの備忘録です。



彼女の鬱に恋をした 第1話( https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2247259/noveldataid/23184702/ )

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