第23話 新天地
「こちらが佐藤さんの息子さんの佐藤なつ君だよ」
中嶋先生が志田に俺を紹介した。
「とりあえず彼は研究生でね、来年、博士課程に進む予定だから」
それに佐藤君は志田君と同じ大学出身で年齢も同じだから、会ったことがあるかもね。
「俺は志田和広っす、よろしく!」
俺は志田と直接面識はなかったが、共通の友達はたくさんいた。
「来週、早速、奄美大島に行くんだけど一緒に行く?」
すぐに気が合って、一緒にサンプリングに行くことを約束した。
この泊まりがけのサンプリングによって、本当に仲良しになった。
学年は2つ違うが、元々大学時代の同級生…
俺らは、なつ、志田と呼び合うようになった。
サンプリングから帰ってきた後に学校に戻ると、志田のもとに、彼の同期らしき人が駆け寄った。
「噂の佐藤さんの息子さん?」
「そうだよ、全然似てないけど。俺らと気が合うタイプだよ」
そんな会話をしている。
「須山大慈郎っていうの。俺らの3歳上だけど、俺の同期」
志田から紹介された。
「佐藤なつっす。須山さん、よろしくです」
「おう、よろしく。なつでええな?」
「はい!」
「俺にも志田と同じでタメ口でええよ」
「そういう訳にはいかないですよ」
こんな感じで3人は仲良くなった。
前の大学とは違い、ここではやっていけそうだ…
そう感じた。
その夜
「もしもし…」
「……」
「もしもし…」
「……」
「もしもし…」
ガチャ。プープープー…
また携帯が震える。
「もしもし…」
「…もしもし」
「もしもしもし…」
「…もしもしもし」
「どちら様ですか?」
「どちら様だと思います?」
「幸奈ちゃんか?」
「さて、幸奈ちゃんとは誰でしょうか?」
「幸奈ちゃん、それをやるならせめて非通知でやらなきゃ!」
「あはは!そうよね〜。なつ…元気にやってる?」
こっちについてからは、ほぼ毎日、電話していた。
相変わらず、俺のもしもしの声が好きらしい。
「なつ、GWは?」
「もちろん帰るよ!ねーさんは仕事大丈夫?」
「うちの仕事場、結構ヤバいかも…」
「やっぱりそうなんだ…」
幸奈ちゃんのバイト先のカラオケ屋さんは、結構経営が危なくなっていた。
カラオケブームで色んなカラオケ屋が乱立して、経営が逼迫し、さらにそのカラオケブームも弱まってきたのだ。
これまで24時間経営だったが、人件費削減でAM3:00までとなり、幸奈ちゃんのシフトも減った。
それによって、幸奈ちゃんはコンビニの店員バイトを新たに追加した。
これまで働いていたカラオケ屋さんは新たな事業をしようにも失敗が続き、人もどんどん削っていった。
「私ね、喫茶店のアルバイトを考えてるの」
「喫茶店?時給安くない?」
「それがね、パチンコ屋の付属喫茶でね、時給はいいの。今、募集しているから受けてみようかなって」
「それなら良いかも!時間も安定するし、一希のためにも」
「なつがそう言うなら受けてみる!」
「うん!ちなみにGWは長く帰るからね!」
「本当は私がそっちに行きたいんだけどなぁ」
「こっちに来るとすると3日はいるだろうし、猫もいるから厳しいよね…」
「早くなつに会いたいわ」
「俺もだよ。今は正式に学生じゃないから帰っても良いけど、人間関係を作りたいから少し待ってね」
「うん、それがいいと思う。もう失敗しちゃダメよ」
「ありがとう、ねーさん」
GWはすぐにやってきた。
やはり幸奈ちゃんはカラオケ屋さんを辞めたようだ。
そして、夏にはそのカラオケ屋さんは潰れるらしい。
色々な思い出があるこのお店。
幸奈ちゃんと最初に出会った場所であり、その駐車場はその後のデートの待ち合わせであった。
俺らはせっかくなので2人でカラオケに訪れて遊んだ。
主任も安井さんも健在だった。
安井さんが
「うちのアトムはすっかり大きくなって元気ですよ〜」
と言ってくれた。
アトムは、チェリーたちの子どもだ。
チェリーたちは去年、5匹の仔猫を産んだ。
ブリーダーさんの言う通りにブリーダー登録して、4匹を売った。
ペットショップだったら5匹まるまる売らないといけないが、売れ残ってしまうのがかわいそう。
そういうことで、俺たちは地方誌の広告に仔猫売りますと応募した。
すると一気に4匹が貰われていった。
残りの1匹は安井さんが欲しがっていたので、1番に選んでもらって譲った。
もちろんお金なんて取らない。
彼女は俺たちの恩人でもあるからだ。
安井さんは俺たちカップルが好きらしい。
山本さん(幸奈ちゃんの苗字)は佐藤さんじゃないと絶対ダメですね〜
とよく言っている。
俺的には逆じゃないのかなぁと思うのだが。
俺は今の大学でのこと、幸奈ちゃんは今の新しい職場のことについていっぱい話した。
「本当、あの小娘はムカつくのよ!」
今の喫茶店のリーダーの女の子のことである。
年齢は4つ下で、小生意気だと。
隣接したパチンコ店から出てきた女性店員を見て
「私たちみたいに胸がないタイプは、ああいう制服が似合わないからつらいですよね〜」
と言ったらしい。
ちなみにその小娘はギリギリBカップだという。
「それはあんただけで、私は一応Dカップなんだけど!」
幸奈ちゃんらしくなく胸にこだわる。
いつも皆から大きめな認識を持たれていたので、気にすることはなかったが、ペチャパイ扱いされるとムカつくらしい。
その小娘は何かあると合コンの話ばかりだから、きっとヤリマンだと幸奈ちゃんはからかって言っていた。
「なつ、今度帰るのはいつ?」
「来月かなぁ。今は学生じゃないから時間に余裕はあるけど、お金がヤバくてね」
「ねーさんが払うから頻繁に帰りなさい!」
「そんな訳にはいかないよ。ねーさんにも生活があるんだし。俺はバイトも視野に入れてるよ」
「そっか…。でも、8月9月は長くいれるよね?」
「うん、そのつもり!」
「なつ…。浮気しちゃダメよ」
「する訳ないじゃん!」
「だって若い女がいっぱいでしょ?」
「うちの研究室は男ばかりで、女の子はヤバい子が1人いるだけよ」
「ヤバい?どんな風に?」
「ちょっと精神疾患みたいで、いつも机に座ってぶつぶつ言ってる感じ」
「それはヤバいね…。なつ、うつされないでね」
「風邪じゃないんだからうつらないよ」
「うふ。さぁ帰ってエッチしよっか」
「ねーさん、そればっか言うね…」
「言わなくなったら、なつはさみしいでしょ?」
「うう…。そうかも…」
「あはは!とりあえず帰ってゆっくりしよ」
こんな感じで毎日過ごして、あっという間にGWは終わった。
学校に行くと高井教授に呼ばれた。
「佐藤君、来月に10月入学の試験があるんだけど、受けてくれないか?」
「10月入学?そういうのがあるんですね…。でも、来月って時間がなくて厳しくないですか?」
「いや、大丈夫だと思うよ。英語と専門と修士の時のプレゼンテーションだから、佐藤君なら大丈夫」
「分かりました…」
10月入学かぁ…。
俺は受かる受からないよりも今年1年は幸奈ちゃんとの地盤を固めたかった。
でも、よくよく考えてみると入学が早まるということは、修了も早まる…
やるか。
俺はこの1ヶ月、試験のための勉強をした。
「佐藤君!ちょっときて」
中嶋先生に呼ばれた。
「佐藤君は谷川先生をご存知かな?」
「はい、この分野をかじっていて、谷川先生を知らない人はいないと思います。その谷川先生がどうかしましたか?」
「いやね、谷川先生が佐藤君を紹介してほしいって言われてね。会いに行こうか」
「はい」
谷川先生は別学部の先生だ。
俺の専門とは厳密に異なるが、大きな括りでは同じ。
俺はその分野の基礎研究で、谷川先生は応用研究な感じだ。
谷川先生は父ともよく知る仲で、父が、息子は自分と同じ研究をしてると聞いて興味を持ったらしい。
興味というか、谷川先生の学生さんのお手伝い要員と考えた方がしっくりくる。
俺は中嶋先生から紹介される形で谷川先生と仲良くなった。
「佐藤君はサンプリングに関しては熟練者でしょ?」
「いや、熟練って訳じゃないですが、前の大学で色々とやらされました」
「うちの研究室はね、女の子ばっかりで、正直、男手がほしいんだ。サンプリングや材料同定を手伝ってあげてくれないか?」
「僕でいいなら…」
「M1(修士課程1年)の広澤あかねです!」
「同じくM1の城崎朋子です!よろしくです!」
「佐藤なつです。よろしくです」
「佐藤君にはこの2人のサンプリング補助をしてくれると助かるよ」
「僕でよろしければ…」
これを機に、特に広澤さんのサンプリング補助と材料同定の手伝いをした。
広澤さんも城崎さんも明るく、すぐに打ち解けた。
2人の要望もあって、“あかねちゃん”“朋ちゃん”と呼ぶようになった。
6月になり、試験を受けた。
感触的には余裕であった。
さすがに院試を何度も受けているだけあって、パターンというか勉強のコツもわかる。
結果は7月だが、先生からこっそり合格点は完全に超えてると言われた。
それを聞いた後に俺は幸奈ちゃんのところに帰った。
「じゃあ、なつは10月から正式に入学になるの?」
「そうだね、半年分、予定より早く終われるってことだ」
「うふ。じゃあ、先にお祝いしよっか?」
「いいよ、こんな程度で…」
「お祝いって言っても、ホットケーキよ!なつが好きな」
「じゃあ、祝って!」
「本当になつはホットケーキが好きね」
「ねーさんが作ったやつが異常に美味しいのよ」
「ホットケーキミックス混ぜて焼くだけだよ」
「うん、でも焼き色というか、ふっくらというか、俺が作るのとは全然違う」
「なつはよくわかってるね…。ちょいとコツがあるのよ」
俺は同棲期間に週1は必ずホットケーキを作ってもらってた。
幸奈ちゃんは安上がりでお得ななつと小バカにしてたが、美味しいんだからしょうがない。
谷川先生に手伝いを頼まれたのが2人の女学生というのは伏せた。
遠距離恋愛で小さな不安は大敵だから。
こちらに一切興味がないんだから、あえて言うこともない。
俺はここから10日間ほど幸奈ちゃんと過ごした。




