第21話 逃亡と抱擁
不登校…
こうなると何をしに大学院に行ったのか分からなくなる。
幸奈ちゃんに申し訳なく、彼女の待つ家に帰ることができなくなった。
家で一人でいるのも怖くなってくる。
それでも俺は、幸奈ちゃんに甘えたくなり、家に帰る方向に車を走らせた。
しかし、県境を跨いだときに…
こんな俺が帰っていいのか?
幸奈ちゃんにどう言えばいい?
申し訳ない…
そういう気持ちが膨らんで、幸奈ちゃんと住んでいた街の2つ手前で高速道路を降りた。
コンビニの駐車場でぼんやりしていた。
ふと思い出した。
ここは木山さんのお店がある街だ。
木山さんは、働いている時代に、俺をスカウトしてきたお店の店長の友達で、この街で麻雀屋さんの店主をしている。
数度、遊びに行ったことがあるので、お店の場所もわかる。
今いる場所から車で10分程度の場所だ。
俺はその店に向かった。
「いらっしゃいませ。あれ?なつさん?」
「お久しぶりです。打てますか?」
「ひゃ〜!本当に久しぶり!元気だった?」
木山さんは歓迎してくれた。
すごく温かった。
この木山さんはとても情に厚いおばさまである。
母より少し歳下くらいで、母のような…とは思わないものの、叔母のような感じがある。
木山さんは非常に気に入ってくれて、部屋と食事まで用意してくれた。
それに応えるように俺はアホみたいに麻雀を打った。
1週間経った。
シャワーも付いているお店で、それを借りて、食事も提供してくれた。
長く打てば打つほど、実力というのが発揮される。
そんな大きく浮くわけではないが、減らないのだ。
つまり、正直、お金には苦労しなかった。
1週間も携帯を見ないとだんだん、携帯自体を見る事が怖くなる。
電源が切れるのも怖いし、見るのも怖い。
与えられた部屋に充電器を差したまま置きっぱなしで麻雀を打った。
この店のメンバーと仲良くなり、常連とも仲良くなり、ずっと打ち続けて、疲れたら寝る。
それから携帯を見ずに過ごした。
おそらく幸奈ちゃんからのメールや着信でいっぱいだ。
学校からの連絡は心配ない。
それが大学院というところでもある。
2ヶ月くらい経った。
「なつさん、電話ですよ」
俺??
「居ないという事にして!」
咄嗟に俺は頼んだ。
その後、店主の木山さんに聞いた。
「誰からでした?」
「向こうは名乗らなかったけど、“佐藤なつの彼女”ですって言ってたわよ」
えっ?
幸奈ちゃん…?
俺は、怖くなって震えた。
ここがなぜ分かる??
それから数時間経って、俺は深夜にお店を出た。
駐車場で自分の車に乗り込もうとした時、腕を掴まれた。
「なつ…」
幸奈ちゃんだった。
幸奈ちゃんはお店に電話した後、ずっと待っていた。
そもそも、ここは幸奈ちゃんがいる街から30キロ以上離れた街。
俺は驚きが隠せない。
俺は怒られると思い身がすくんだ。
怯え震えた。
「なつ…どうしたの?」
幸奈ちゃんは優しく聞いてきた。
その優しい言葉に…そこに座り込んでしまった。
「さぁ、うちに帰ろ」
幸奈ちゃんは優しく声を掛ける。
それを聞いて、俺は涙が薄っすら自然に落ちた。
それを必死に堪えた。
その様子を見て、幸奈ちゃんが俺の頭を引き寄せて胸元に収める。
その優しさある抱擁に俺の胸の重みが薄らいでいく…
俺は、涙を隠しながら、堪えながら、幸奈ちゃんを抱きしめた。
幸奈ちゃんは、俺の行きそうなところを虱潰しに調べてたらしい。
そして、幸奈ちゃんの友達の1人、安井さんが俺の車らしきものを発見したという事でずっと張ってたという事だった。
「なつ…。なつを探すときに色々な人に連絡したわ…」
何人かの人が、そんな男は捨ててしまえって言った。
でもね…
なつを知ってる安井さん、主任、お姉ちゃん、お母さんたちは、絶対に何か事情があるはずだって。
みんなみんな本当に心配してくれた。
なつは何もなくどっかに消える人ではないって。
そんな人間じゃないって。
もう、私だけじゃなく、私たちを取り巻くみんなが、なつを分かってくれる。
そして、気に掛けてくれたから、ここにいるのが分かったの。
安井さんがそれっぽい車をこの付近で見かけたって連絡をくれたの。
そこから毎日探したわ。
安井さんたちも一緒に探してくれたわ。
なつは1人じゃないんだよ。
私だけじゃなくてみんなも心配してくれるの。
さぁ…
ねーさんと一緒にお家に帰ろ…
抑えてた涙が嗚咽とともに流れ出した。
俺は、大学院の苦しい状況を伝えた。
逃げてしまったと告白した。
「そんな所、辞めてしまえ!」
私はそんなにいい職じゃなくて良いの。
普通で良いんだから。
普通がいいの!
無理しないで!
なつがいれば、それでいいの…
そう言ってくれた。
「ねーさん…」
俺は、この言葉に救われた。
この言葉と行動に救われた。
無理しなくていい。
幸奈ちゃんがいいって言ってくれる。
探しにきてくれる。
俺はこの女の子を大事にしたい。
その気持ちに比べたら、他の人に何を言われても関係ない。
強くなった。
そして
大学院に戻れるようになった。
幸奈ちゃんは普段は恐妻ならぬ恐彼女だ。
でも、本当に大切にしてくれる。
この2年間で別れ話もなかった訳じゃない。
それでも最終的には俺を見つめてくれて、一緒にいてくれる。
愛が大きい。
それから、俺は、平日は学校に、週末は幸奈ちゃんの家に帰るを続けることができた。
そろそろ、就職活動の時期である。
普通でいい…
この言葉は本当に心を軽くする。
俺は、用意を始めていた。
その矢先…
父が心臓肥大で入院したと連絡があった。
これによって、俺と幸奈ちゃんの運命がまた変わっていった。




