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幸あるなつのおもひで  作者: ホタテノホ
20/30

第20話 進学先での現実

 


「佐藤なつくんのお電話で間違いありませんか?」



 電話主は、これから進学予定の大学院の准教授からだ。



 この先生が、入学後の指導教官になる。



「佐藤くんは4月から入学だけど、その前から一緒に沖縄にサンプリングに来てくれないか?」



 そう言われると行くしかない。



 俺は入学式にはどうやら出られないようだ。



 まぁ、大学院の入学式なんて大したことはない。



 入学式のメインはあくまで大学生の方だからだ。



 先生の話によると3月下旬から4月上旬の3週間、沖縄に行ってサンプルを取って、それを大学院の2年間の研究材料とする予定らしい。



 沖縄と言っても石垣島だと言っていた。



 俺は沖縄に行くのが初めてになるが、さらに南の島らしい。



 いきなり慌ただしくなりそうな予感がしてきた。



 しかも3週間。



 大学院も単位というものがある。



 3週間ということは、最初の授業は欠席となる。



 先生曰く、履修登録は5月上旬までなのと、調査という明確な理由があれば最初の授業に出れなくても問題ない…とのこと。



 それはそれで先行きが不安な感じもある。



 でも、普通に断れるはずもない。




 俺は4月5日に入学式とともに向こうに住む予定ではあったが、これによって10日間の前倒しになる。



 出来ればこの10日間を大事に過ごしたかった。



 このことを幸奈ちゃんに伝えて、3月に入ってからちょこちょこと必要最低限の家具などを一緒に揃えた。



 部屋も3月から入居だったので、なんとかなったが、もし4月入居で契約してたらどうなっていたんだろう?



 そのあたりのことって先生は考えないのだろうか?



 そういう疑問が残りつつ、前倒しで引越しの準備を進めていった。



 ベッドより布団派の幸奈ちゃんの要望により、ベッドは購入せず、布団を2組購入した。



 どうせ一緒に寝るんだから1組でよくない?と幸奈ちゃんは言ったが、ここは標高が少し高いので、寒さもきつそう…そう思って2組にした。



 カーテン、カーペット、小型の冷蔵庫も買って、テレビは以前、俺が持ってたやつを再利用して、必要最低限に生活できる形が出来上がった。



 こちらに住んでも、それは平日だけで週末は帰ることにしている。



 そこに馴染んでからの3週間の沖縄調査なら分かるが、いきなり…だと不安というよりさみしい。



 ここ1年、3日以上、幸奈ちゃんを見ない日はなかったからだ。



 そして、おそらく幸奈ちゃんも同じ気持ちだろう。



 いきなりの決定で、仕方がないよね、と言いつつもさみしそうであった。



 3月下旬までの期間、より一層、幸奈ちゃんと一緒にいることに努めた。



 そして、当日、俺は隣県に行き、それから、先生と、学生さん1人を加えた3人で石垣島に旅立った。



 この学生さんは、修士課程の新2年生で、学年では1つ上。



 しかし、1年の院浪をしているため、年齢的には同級生だ。



 しかも同じ県出身のためもあり、気が合った。



 それについてはこの沖縄調査は良かったと思う。



 そもそもなぜ、沖縄調査になったのかと言えば、先生の構想で、俺を俺の父と近い研究をさせたかったかららしい。



 俺の父はサラリーマンだが、博士持ちであり、今も普通に論文を書いてる。



 そして、この先生の研究対象も同じで、かつ、親父は世界的にこの材料のある特定分野の第一人者なのだ。



 その特定分野を次世代の担い手の1人として俺にもやらせようと、先生の計らいがあったということだ。



 ちなみに先生もこの材料の、父とは別の分野の第一人者である。



 そして、お互いに研究的に被るところがある。



 俺はたまたま近くだからと選んだ大学だったが…世間の狭さにびっくりした。



 父がやってる研究を薄っすらとだが知っていたので、調査も思いのほか順調だった。



 そして、3週間が過ぎた。



 俺はすぐに大学の事務に行った。



 入学案内、授業表、そして履修登録用紙を貰うためだ。



 それともう一つ。



 教職課程の要項だ。



 これも大学院入学の目的の一つである。



 しかし、ここで問題が起きた。



「教職課程の履修はもう終わっております。来年、また履修登録してください」



 そう言われた。



 登録出来なかった理由を述べたが通用しない。



 愕然とした。



 俺は入学してすぐに、目的の一つを失ったのだ。



 来年か…



 こうなったら仕方がない。



 とりあえず2年間頑張ろう。



 モチベーションを保つために俺は自分に言い聞かせた。



 平日は学校に通い、単位取得のために授業を受け、サンプルを処理する。



 そして、金曜日の夜に幸奈ちゃんのいる家に帰り、日曜日の夜に帰る生活を続けた。



 GW(ゴールデンウィーク)に幸奈ちゃんと一緒にいると幸奈ちゃんに電話が掛かってきた。



 どこか深刻そうだ。



「どうしたの?」



「…うん。元旦那が亡くなったって…」



 えっ!?



 幸奈ちゃんは翌日に喪服を用意して一希と葬式に出掛けた。



 俺は胸が潰れそうなほどに苦しんだ。



 幸奈ちゃんは帰ってきてから俺に説明してくれた。



 まず、元旦那さんは離婚後、かなり早くに再婚していた。



 実家はその土地では大きく厳格な家である。



 そこで親と夫婦とで同居していたらしい。



 奥さんが妊娠中から、どうやら浮気をしていたようだ。



 奥さんが出産後も浮気を続けており、ある時、その浮気が奥さんと自分の両親にバレた。



 厳格な家で育てられ、親を恐れていた彼は、恐ろしくて家に帰れなくなった。



 そして、実家に近くの山道で練炭自殺をした…ということらしい。



 幸奈ちゃん、一希だけじゃなく、早紀さん、お義母さんも一緒に葬儀に参列したみたいだ。



 一希は遺影を見ても、もう誰だかわからないと言っていたらしい。



 幸奈ちゃんは動揺することなく、普通に話していた。



「お母さんに別れてて本当に良かったねって言われたけど、本当にそうだわ」


 親に会うのが怖いからって死ぬ男は最低よ。


 奥さんと子どもが本当にかわいそう。


 まだ1歳にもなっていない上に、向こうの実家に住んでるんだし。



 本当に元旦那さんのことか?と思うくらい他人事のように話している。



 おそらく、幸奈ちゃんと結婚している時も、女癖は悪かったのだろう。



 結婚中も旦那さんはケジラミをよく取っていたらしい。



 でも、幸奈ちゃんはそれをネット検索して、どうやって持ち込んできたか分かってたと。



 俺がいなくても、いずれ離婚していたのかもしれない。



 ただ、俺らに関連する人が3人亡くなった。



 どれも幸奈ちゃんと距離的にも付き合い的にも離れるかどうかの選択に迫られた時に。



 偶然だろうが、それが少し怖かった。




 また、幸奈ちゃんは気にしていないが、この世に一希の父親がいなくなったことが、なんだか一希が不憫に感じてしょうがなかった。





 GW後。



 また、今度は1週間沖縄に行ってサンプリングをした。



 授業の勉強も必死にした。



 しかし、ここは大学ではなくて大学院。



 研究がメインだ。



 俺には2年のブランクがあり、研究の進め方がイマイチ分からなくなっていた。



 そして、もう一つ厄介な問題があった。



 俺が与えられた研究テーマは父とほぼほぼ同じだ。



 その父がその世界的な第一人者であることを、この研究室の准教授はもちろん、教授や講師などスタッフみんなが知っている。



 だから


 息子ならこれくらい当然できるだろう…



 そもそも知ってるだろう…



 そういう気持ちが働いたのか、細かく指導されない状態になった。



 俺はつい最近まで麻雀屋やパチ屋で働いていたようなやつだ。



 また、大学時代と異なる研究をやっている。



 分かるわけない。



 そして、月一のゼミで


「ほとんど進んでないじゃないか!」


 と罵られる。



 もちろん、指導教官の准教授からは罵られない。



 罵るのは、研究室のボスの教授からだった。



 ちなみに教授は、違う研究分野だ。



 俺の研究は、頑張ってもなかなか難しい。



 それを准教授は知っている。



 だから、俺を罵らない。



 しかし、教授のご機嫌をとるかのように、教授の前では俺を怒る。



 俺は、これがなんとなく汚さを感じて嫌だった。



 さらに、俺には同期がいなかった。



 年齢が違ってもいい。



 切磋琢磨できて苦楽をともにできる同期が欲しかった。



 俺はこの状況に疲れて、不登校になっていった。




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