第18話 指輪童貞
出勤は朝、ここらのパチンコ店は9:00に開店だ。
色んな地域で遊んだが、だいたい10時開店が普通…ここは早い。
朝、8時に出勤して開店準備、それから開店後にドル箱を運んだり、不正がないか見回ったりする。
バイトはそれぞれにシマというのを割り当てられて、そのシマ内で個々が対応して、社員は全体を見回るという流れだ。
シマというのは、区画と考えたらいい。
力のある男性は基本的にパチンコ、そして女性はスロットが基本的な持ち場だ。
朝8時から17時まで。
働き場所や内容はともかく、生活にリズムができる。
昼も夜もない生活から、リズムある学生に戻るのだから、これは悪いことではない。
初日、働いてみてそう思った。
「なつ、初日どうだった?」
「暇すぎて時間が過ぎるのが遅いのがつらいかな」
「あの店は客少ないもんね〜」
「それも狙ってなんだけど、難しいよね。客が多いと肉体労働だから疲れるし」
「で、なつ。お昼はどうしたの?あの辺りってコンビニも喫茶店も近くにないよね?」
「朝にパン買っていって、お昼にそれを食べてるよ」
「パンじゃなくてしっかり食べなきゃ」
「分かってるんだけど、朝、コンビニ行くとパンを選んじゃう」
「なつ…。それで倒れたりしたら許さないからね」
「うう…。分かった。しっかり考えて買うよ」
「うん!」
その夜は幸奈ちゃんは遅番で仕事に向かった。
帰りは2時過ぎになると言っていた。
「行ってきます!なつ、起きて待たなくていいから、ちゃんと寝るのよ!朝早いんだから」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
夜0時過ぎ、なかなか寝付けず、リビングでテレビを観ていた。
そうしてると電話が震える。
「もしもし」
「………」
「もしもし」
「……」
「もしもし?」
プープープー
電話が切れた。
また掛かってくる。
「もしもし」
「…もしもし」
「もしもし」
「…もしもし」
「どちら様でしょうか?」
「どちら様だと思います?」
「幸奈ちゃんか?」
「幸奈ちゃんなんて人は知りません」
「思いっきり着信に幸奈ってなってるよ」
「あはは!なつは絶対寝てないと思って釘を刺そうと電話したのよ!テレビ観てたでしょ?」
「うん…。早く寝室行って寝なさい!」
「分かった、寝るね。ねーさんは休憩中?」
「うん、今日は安井さんとだから楽だわ〜」
「帰りは気をつけてね」
「ラジャ!」
幸奈ちゃんの電話は大抵これだ。
もしもしという俺の声が好きらしい。
そう言われると面倒だけど嫌な気はしない。
念の為、ここはねーさんじゃなくて、幸奈ちゃんと答えるのも、もはやパターン化してる。
とりあえず、言うことを聞いて俺は寝室に行って眠った。
明け方、幸奈ちゃんが帰ってきた音がした。
今からシャワーを浴びるようだ。
無事を確認してまたゆっくり寝た。
「おはよう、なつ。朝ごはん食べなきゃだよ」
「おはよう…ねーさん、遅番だったでしょ?寝てて良いから」
「そんなことより早く起きて食べな!」
「うん…」
幸奈ちゃんは眠そうな様子がなく、ご飯を用意してくれた。
きっと寝ついたのは3時過ぎだろうに…
ご飯を食べ終わり、そろそろ家を出ようとした時…
「あっ、なつ。これを持っていきな」
弁当箱を渡された。
今朝、作ってくれたらしい。
自分は睡眠不足だろうに…
「ありがとう」
「うん!帰る前に電話してね!」
「はーい!行ってきます」
幸奈ちゃんのこういうところが本当に好きだ。
眠たいはずなのにそんな様子は見せない。
バイトの昼休みにお弁当を開けた。
生まれて初めて彼女に作ってもらったお弁当。
幸奈ちゃんってやっぱりすごい彼女だよな…
これを機に、毎日お弁当を作ってくれた。
「ねーさん、クリスマスって何か欲しいものある?」
「特にない」
「そうなの?」
「うん、なつは?」
「ないなぁ」
「キーケースとかどう?なつはいつも鍵をバラバラに持ってるし…」
「いいかも。…ちょっと待って。俺がそもそもねーさんに聞いたのに話が逆になってる」
「うふ。じゃあ、私もキーケース欲しいし、お互いにプレゼントしよっか?」
「そうしよう!でも、ねーさんって欲しいもの本当にないの?」
「あるよ」
「あるの?じゃあ、なんでそれを言わないの?」
「それはクリスマスよりも誕生日に欲しいから」
「誕生日に?気になるじゃん、教えてよ」
「今は内緒!」
「また近づいたら教えてね。それと普段使うキーケースなら、一緒に見に行ったほうがいいよね?」
「そうね。なつはとんでもないデザインの買いそうだし」
「いや、俺はそんな変なデザインを選ばないと思う」
「怪しい…。じゃあ、クリスマスの前の週に一緒に買いに行かない?」
「了解〜そうしよ!」
12月になり、クリスマス前、お互いの休みの日に隣県の大きな街まで行ってお互いにキーケースを選んだ。
もちろん、一希のプレゼント、そして、いつもお世話になっている早紀さん一家のプレゼントも買った。
クリスマス当日、一希も連れてみんなで早紀さんの家に向かった。
頻繁に行くので、もはや幸奈ちゃんの弟の龍之介くんまで“なっちゃん”と呼ぶ。
高校生の男の子にそう呼ばれるのはくすぐったいが、悪い気はしない。
幸奈ちゃん曰く、お義母さんも早紀さんも俺を気に入っているという。
理由はちゃんと挨拶ができて、家に来てもきちんとしてるからだそうだ。
元旦那さんは、幸奈ちゃんの家族に会いに行くというのが嫌いで、そもそもまともな挨拶もしなかったらしい。
早紀さんや幸奈ちゃんの高校時代以前の恋愛遍歴は知らないが、お義母さんは、ともかく俺は1番まともだと言ってるそうだ。
だから、幸奈ちゃん的には、家族にも、そして、友達にも俺を合わせたがる。
俺的には、むしろ、その他の人たちがおかしいのじゃないかと思う。
自分の恋人の知り合いに挨拶も敬語も使えないやつってどう考えてもヤバいだろ。
早紀さんもシングルマザー。
俺は、早紀さんの子どもを含めて遊びに連れて行く。
公園やアスレチックなど、普段、この子たちが連れていってもらえなさそうなところを選んで。
だから、一希は従兄弟たちに羨ましがられる。
それもあって、一希は俺にも普通に懐く。
親の意見や俺の接し方よりも、子ども同士の意見の方が効くんだなぁとつくづく思った。
3人で旅行に行くこともあったが、やっぱり一希的にはつまらないようで、最近は、早紀さん一家と一緒に行くのが普通になった。
それもあり、俺もすっかり早紀さんたちからも家族の一員と認められている。
年末年始を過ごして、そろそろ家探しを考えていた。
俺は、隣県に行って不動産をまわるというと、幸奈ちゃんも行くと言ったので、デートがてらに泊まりで訪れた。
「春からここの大学に通うんだね」
「うん、ど田舎で何もないところが微妙だな」
「勉強のために行くんだからこれくらいでいいのよ!そもそも、なつは田舎が好きでしょ?」
「うるさいとこよりは田舎がいいけど、田舎過ぎは嫌だよ」
そんな会話をしながら不動産をまわった。
不動産が多い…
やはり大学生目当てもあり、不動産が集中してるのだろうが、多いと入るお店にも迷いが出てしまう。
「なつ〜、ここでいいじゃん」
幸奈ちゃんが直感で選んだ店舗に入って、物件を探した。
安い…
7畳ワンルームで2万〜3万…。
オートロック付きなら、4万を超えるのもあるが、アホみたいに安い。
「どうせ寝るだけの家だし、安くていいなぁ〜」
そういうと幸奈ちゃんが言った。
「私もちょくちょく泊まりに行くんだし、ヤバ過ぎるとこはやめてね」
幸奈ちゃんの意見も入れつつ、そこそこ綺麗で、2人でも十分寝れる部屋を見つけて、契約を終えた。
帰りの車の中で誕生日についての話題になった。
「ねーさん、秘密って言ってた誕生日に欲しいものって何?そろそろ教えて欲しいんだけど…」
「それね!なつは私が欲しいもの分からないの?」
「分からない。ちなみにモノだよね?」
「うん、モノだよ。何を欲しがってるか当ててみて」
「いや、全く分からないんだけど…」
「当てて!」
「えええ…。じゃあ、財布とか?」
「う〜ん。財布も嬉しいけど、もっと別のもの」
「なんだろう…?」
「うふ。まぁ、なつの中のプレゼント候補に入ってないのは分かってるわ」
「なんで候補に入ってないとか分かるの?」
「だって聞いてこないんだもん」
「聞いてこない??余計に分からなくなった。幸奈ちゃんに聞かなきゃ買えないものってことよね?」
「そうね!本当に分からない?」
「うん、全く」
「しょうがないわね。指輪よ」
「指輪?」
「うん!」
「なるほど!指輪か。でも、それはねーさんに聞かなきゃ買えないものなの?」
「なつ〜。指輪ってサイズがあるんだよ。私のサイズって知ってるの?」
「あっ!そうか!」
「うふ。でも嬉しいわ」
「その様子だと、指輪を女の子に贈ったことがなさそうだから」
「ないね…」
「なつの指輪童貞いただき!」
「指輪童貞って…」
「なつ…。どんなのでもいいの。極端な話、そのへんのオモチャでも。私はなつから指輪が貰いたいわ」
「分かった。で、サイズは?」
「8号よ。覚えておいて」
「うん、覚えとく。どんなのでも文句言わないでね」
「言う!」
「え〜…だったら、買うのついてきて」
「嫌」
「センスが問われるの嫌だなぁ…」
「うふ。嘘よ。文句なんて言わない。何でもいいの。なつが選んだのが1番いいの!」
「分かったよ」
「ちなみになつの誕生日プレゼントは決めてもう買ってるからね!」
「じゃあ、間のバレンタインをお互いの誕生日会にして、プレゼント交換する?」
「え〜!私が損した感じじゃない?」
「なんで?」
「バレンタインも用意しなきゃじゃん…」
「そうかぁ、考えてなかった」
「普通わかるでしょ」
「わからないよ。だって俺ってバレンタインとか縁がなかったし」
「ん?なつはバレンタインでチョコとか貰ったことないの?」
「うん、家族以外に貰ったことがない」
「やった〜!やっぱりそうなのね?なつのバレンタイン童貞もゲットだ!」
「また童貞って…」
「バレンタイン童貞でしょ?」
「…うん」
「もし、当日に誰かに貰ったら、ぶっ殺すからね」
「貰わないし、そもそも貰えないよ…」
「うふ。なつの魅力が分かるのは、このねーさんだけなんだって証拠ね!」
「…うん、そうだね…」
「何、その反応…殺すよ」
「そうだね、ねーさんだけだよ!」
「うふ。よろしい!」
これによって、お互いの誕生日はそれぞれ祝って、バレンタインはバレンタインで楽しむことが決められた。




