第10話 新生活の開始
まずは部屋探しだ。
場所は一希のことを考えて、なるべく早紀さんの近くがいい。
そのため、幸奈ちゃんの元居住地の近くで新居を探すことにした。
幸奈ちゃんのバイト先のリーダーの女性先輩に紹介してもらい、この街では1番物件を持っている大森不動産に赴いた。
「お客様の要望にあう間取りと賃料ならば、2件ほどありますが、見に行きますか?」
幸奈ちゃんと住む部屋を一緒に探す…
正直言って嬉しかった。
あのような残酷なことをしたのにも関わらず。
それは幸奈ちゃんも同様で、部屋探しは嬉しそうだった。
そう。
俺たちは切り替えなければならない。
ちゃんと未来を見据えて、次に同じことが絶対に起きないように。
悲しいことだったが、楽しいことは楽しい、そして、嬉しいことは嬉しいと感じて始めなければ意味がない。
これは2人の共通認識だ。
まず、一軒目を見た。
文化住宅のようで、とにかく広い。
無駄に5部屋はありそうだ。
しかも家賃が嘘のように安い。
外から見ると古く見えるが、内部は綺麗だ。
次に二軒目に連れていってもらった。
先ほどの文化住宅とは違い、こちらはアパートだ。
8畳が2部屋、6畳が1部屋の3LDK。
外も中も綺麗だ。
値段は先ほどの文化住宅より少しだけ高い程度。
俺はどちらでも良かったが、幸奈ちゃんはこちらの方が気に入ったようだ。
事務所に戻り、契約の意思を伝えた。
「こちらのハイツ山元でよろしいのですね?」
「はい、こちらに決めました」
「では、こちらが契約書になります」
出来れば今週中までにお持ち頂けると助かります。
契約の際に、連帯保証人様をたてる必要があります。
「これって、僕達がお互いに連帯保証人になることはできますか?」
「お2人で住む契約なので、お互いに連帯保証人になることは出来ません」
そして、不動産屋さんから出た。
連帯保証人かぁ…
「あのね、なつ…」
「どうした?」
「私ね、契約者になるのも、連帯保証人をたてるのも私は難しいと思う…」
「ん?契約者は俺でいいと思うけど、そもそも難しいってどういうこと?」
「私ね、たぶんブラックなんだ」
「ブラック?ブラックって何?」
「ブラックリスト…」
ブラックリストとは話でしか聞いたことがない。
カードとかで支払いが滞ってしまうとなるやつ…としか。
「私ね、借金があるの」
「いくらくらい?」
「たぶん、80万くらい」
「そうなんだ…」
「でも、誤解してほしくないんだけど、私が作った借金じゃないの。いや…私のも含まれてるか…」
「どういう意味?」
「元お父さんに作らされたの…」
「え?」
「私たち姉弟は、みんなお父さんが違うの知ってるでしょ?」
「うん」
「お母さんは、お姉ちゃんのお父さんは離婚して、私のお父さんは付き合ってただけで結婚してないの」
そして、弟のお父さんとは再婚した。
私が高校を卒業する時にね、その弟のお父さんが私を連帯保証人で50万円を消費者金融から借りたの。
さらにね、社会勉強だよって言って、私に50万円を借りさせてね、逃げたの。
「は!?」
「それから、バイトしてコツコツと20数万円は返したわ」
でも、結婚とか出産でうまく働けずに滞ったの。
今は少しずつ返してはいるけど、もう借りることは出来ない状態。
だから、たぶんブラックなんだ。
お姉ちゃんも同じ目に遭ってる。
だから、お姉ちゃんも連帯保証人はこりごりだと思うし、私はそんなお願い出来ない。
そして、お母さんには絶対頼りたくない。
これを聞いて俺は幸奈ちゃんの強さが分かった気がした。
よくそんな家庭環境で育っていて、捻じ曲がらず、これほど真っ当な倫理観や価値観を持っているなんて信じれないほどだ。
尊敬してしまう。
俺は決めた。
出来れば頼りたくなかったが、そんなプライドなんて要らない。
俺は父に連絡した。
父は何も聞くことなく承知してくれて、俺が持っていった書類にサインしてくれた。
「とりあえず、頑張ってみろ!」
と、言ってくれた。
この時、まだ俺の両親は堕胎したことは知らなかった。
契約書を提出して、翌週から住むことが出来るようになった。
その1週間で、内装等を綺麗にしてくれるそうだ。
この間に光熱費の契約をした。
とりあえず、家賃の振り込みは幸奈ちゃん、水道光熱費の引き落とし等は俺が管理して、生活費は折半で生活することを2人で決めた。
また、幸運なことがあった。
早紀さん一家がさらに比較的近くに引っ越すことになったからだ。
義母さんの姉、つまり幸奈ちゃんの伯母が、かなり広い家をタダで貸してくれることになったらしい。
そこに、早紀さんと息子2人、義母さん、幸奈ちゃんの祖父と弟がみんなで住むことになった。
俺も幸奈ちゃんも、シフト次第で昼も夜も働く。
そのため、一希を考えると近くに幸奈ちゃんの家族がいるのはとても心強い。
引っ越し祝いも兼ねて、挨拶に行った。
義母さんとはチラリと見た程度で、まだちゃんと挨拶していないのだ。
幸奈ちゃんは別にいいのに…というが、それで済まされる訳がない。
大事な娘と同棲するのだから。
「初めまして…ではないでしょうけど、改めて、佐藤なつです。お義母さん、これからもよろしくお願いします」
義母さんは終始ニコニコだった。
どうやら、幸奈ちゃんの知り合いでダントツで俺がまともだったらしい。
幸奈ちゃんは一体どんな人と知り合いで、どんなやつと結婚していたんだ…と思った。
弟さんにも挨拶したが、おじいちゃんは寝てるから挨拶はいいとのこと。
みんな俺のことを『なっちゃん』と呼んだ。
なつさんはどこか余所余所しいし、かと言って幸奈ちゃんのように呼び捨ても気まずいのだろう。
一緒にみんなでご飯を食べてる時に、お義母さんが言った。
「なっちゃん、本当にこの子でいいの?」
「えっ?もちろん、幸奈ちゃんがいいですよ」
「この子は優しくない女よ!まだ早紀の方が女としては優しいけど、幸奈はきつい女だよ」
幸奈ちゃんが横目でじとっと見つめる。
「いえ、確かに幸奈ちゃんは普段は怖いですけど、僕には優しさを感じます」
「怖いは余計よ!」
幸奈ちゃんが横槍を入れた。
「ね!きつい娘でしょ?」
とお義母さんが笑いながら言った。
お義母さんの言う通り、幸奈ちゃんは付き合う男性にとって一般にはきつい部類の女の子だと思う。
友達や知り合いには優しい。
それはどこか上辺な印象を受ける。
でも、俺には上辺の優しさは全くない。
その分、俺が苦しい時などの時は直球的に優しい。
他人との明確な差を感じて、それが嬉しい。
お義母さんと早紀さんの計らいもあって、基本的に一希は、お義母さんの家に預ける形になった。
一希も従兄弟たちと兄弟のようにいて、お義母さんが見てくれる。
俺たちがシフト制というのもあるが、そもそも、出来るだけ2人で一緒にしばらくいた方がいいとお義母さんが言った。
たぶん、お義母さんの失敗した経験から言っているのであろう。
しばらくそれに甘えることにした。
週の半分は一希を預かってもらった。
俺はともかく真面目に働いた。
客に好かれて、俺と打つことを目当てとする客が増えた。
また、麻雀だけの会社ではなく、代行タクシーサービスやラウンジもやっている会社だったので、要求されればヘルプにも入った。
ある日、代行タクシーのヘルプに入った時、アルバイトで入った相棒の子と話をしていた。
その時の何でもない会話がきっかけで、また、俺の生活が少しずつ変わってきた。




