結局、泥を被ったのは私だけですか。
「君との婚約を……破棄させてもらう!」
そう、言われました。
どこで人生を踏み間違えたのでしょうか。
『エリア……お前はぼくとこんやくするんだ!』
『うん……!』
『だから、ぼくたちは助け合って生きていこう!』
『わかった! わたし、アランのためなら何だってします!』
あの、庭園での約束を______あなたは忘れたんですか?
★★★
昔、私とアランは婚約をしました。
しかし、アランは王族でした。特に今は王が後継を選んでいる最中でもあるため、家督争いによるしがらみも多く、国内外問わず敵だらけでした。いつ暗殺されてもおかしくない、殺伐とした雰囲気が王宮を漂っていました。
そんな中でも、第一王子のアランは脳天気でした。先代の国王譲りの性格です。そんな彼が愛おしくて。
だから……私がアランを守っていこうと、そう思ったのです。
9歳の時、第三王子様が食事に毒を混ぜてアランを暗殺しようとしたことがありました。あの時は、私が念を押して毒味を付けていたから助かりました。
10歳の時には、第七王子様が影の者を使ってアランを暗殺しようとしたことがありました。あの時は、私が先取りしてアランの寝室に衛兵を伏せておいたから助かりました。
11歳の時も、12歳の時も。
ずっと、そんな日々が続いていました。
「エリア……最近やつれた? 大丈夫?」
「ええ。平気ですよ! これくらい何ともないです!」
疲れても、アランが心配してくれていると思うと、全部吹き飛びます。兄弟達の水面下の悪意を、幼いアランはまだ知りませんでした。実情を打ち明けようかと何度も迷いましたが、私の優しいアランが変わってしまうのが怖くて、ずっと言えずにいました。
でも……そんな中で、私の心は確かに黒く染まっていきました。
「お、おねがいだ……だすけっ……!!」
「あれだけのことをしておいて……見苦しいですよ、本当に…」
「ぶごっ…!!!!」
アランが学園に通うようになった後も、私は内政に集中していました。時には、私もやり返す形で危険分子であった王子達の暗殺に手を染めることもありました。人殺しは癖になると言いますが、あれの本当の意味は、物事を円滑に進めるための手段の一つに殺人が思い浮かぶようになる、ということなのでしょう。
第三王子から始まり、第七、第十、第五……暗殺を影に命令することを続けていく内に、元々は15人いた王子がいつの間にかアランと1人を残すところまで減りました。
血で血を洗う王族の跡継ぎ争いは何も今に始まったことではないので、一般庶民の方々からしたらこうした重大事件も知るよしもないことだったりするのですが、私の周りの紳士淑女達の話題はそれで持ちきりになりました。
「王族殺しの殺人鬼……ね」
まあ、妥当なニックネームでしょうか。
『早く死ね』
『天誅が下る』
『地獄に墜ちろ』
……流石に好意的な意見は見られませんでした。
____でも、また私とアランが笑い合える日が来るなら、過程はどうでもいいんです。
いつの日か、私が断罪される時が来るのは分かっています。でも、それまでの猶予が、私にとって何よりも代えがたいものなのです。
私は地獄に墜ちてもいい。でも、アランがそうなるのは、許さない。
だって、アランは私の大切な_______。
「エリア、君との婚約を……破棄させてもらうっ!」
「え……えっ……???」
だから、これは悪い夢です。
「君は……僕の兄弟を、暗殺したんだろ? どうしてそんなことをした!!」
「……」
「どうなんだ!!」
アランの何かを確信したような強い瞳と、目を合わせられません。
いつか断罪される時が来るのは覚悟していましたが、まさかあなたからとは思いませんでした……。
一気にばくばくと暴れ始める心臓とは対照的に、夜の王宮の庭園は、外の世界の喧騒から切り離されたように静かです。鳥のさえずりや風のそよ風が聞こえ、時折、遠くで楽器の音が響いていますが……耳に入ってきません。
(……話しましょう。本当のことを)
こうなってしまったなら、事情を話すしかありません。
大丈夫です。
だって……私がアランを大切に思ってるように、アランも私を大切に思ってくれているはずですから。
冷静に、私は自分の置かれていた状況を……冷静に、ゆっくりと話します。
「……あなたのご兄弟は皆、あなたを暗殺しようと必死でした。あの方達は、全員が自分が王になろうと必死で、それこそ最後の1人になるまで争おうとしているように感じました。だから、あなたが生き残れるよう、私が力を尽くしたんです!」
「なっ……! なんてことを!」
アランは口をあわあわとさせていて、とても言葉にならないといった風でした。
……当たり前ですね。
大切な家族が殺人鬼に殺されて……それが自分の婚約者のせいだったなんて、冗談みたいな話です。数秒で受け入れられるような話ではないのは確かです。
でも、受け入れていただくしかありません。アランがこの現実を受け止められるような歳になるまで、そのために、ずっと待ったのですから……。
少し、時間を置いて。
……深呼吸をして。
「無断でこのような行為に及んだことは謝罪致します……。ですが、放っておいたらアランが__
「そ、そんなの知るか! お前が悪いんだからおとなしく罪を受け入れろよ! とにかく婚約は破棄させてもらうからな!」
そう言って、アランは私の頬を叩きました。
私は咄嗟のことで受け身も取れず、芝生に倒れ込みます。頬がじんじんと痛みますし、頭がぼーっとします。
……簡単には受け入れられないかもしれないとは、正直思っていました。
でも、大丈夫。
今はアランも冷静じゃないだけです。
もっとちゃんと話せば分かって___
「俺はここにいるマリアと結ばれるんだ……お前みたいな殺人鬼とじゃあなくてな! 君との婚約なんて破棄だ!」
「…………は?」
アランの背後から、知らない女___マリアがひょこっと顔を出します。
顔は良いです。性格は知りませんが……こんな状況で楽しそうに笑顔を浮かべている時点で、良い方では無いでしょう。
「誰、ですか……? その方は……?」
「ああ、学園で出会った俺の婚約者になる子だよ。君みたいなのと違って、こんなにも可愛らしい……」
猫なで声のアランがそう言ってマリアの顎をクイっと持ち上げて、そのままキスしました。
私は……何を見せられているのでしょうか?
私がアランの代わりに仕事をしている間に、学園であなたは……あぁ、現実に頭が追いつきません。
「……まあ、アランったらぁ」
いかにも男を誑かしてそうな……という感想しかありませんよ。
こんなのとアランが……婚約??
それ以前になんでこんなのを好きに……私のことは……
「あ、アラン……その……」
「君のような奴の言葉なんて聞く耳持たん! そこの者ども、王族命令だ! こいつは王族殺しの大罪人、今すぐに牢にぶち込め!!」
突然、薔薇の蔓が作ったアーチを潜り、庭園で休憩していた物々しい兵士達がぞろぞろとやってきて、私に槍を向けて取り囲みます。
(怖い……怖い、怖い!)
私を殺すのに1秒も必要も無いと言わんばかりの、とてつもない殺気に晒され、気圧されます。
(誰か助け…………アラン!!!)
「アラン、話を……!」
「聞かん!! ……マリア、醜いものを見せちゃったね」
アランはマリアという名前の、知らない女をぎゅっと抱きしめ、それにマリアも応じました。
それを尻目に、為す術も無く私は大罪人として兵に連れられていきました。
結局、泥を被ったのは私だけですか。
あぁ……本当に、どこで人生を踏み間違えたのでしょうか。
『エリア……お前はぼくとこんやくするんだ!』
『うん……!』
『だから、ぼくたちは助け合って生きていこう!』
『わかった! わたし、アランのためなら何だってします!』
この庭園で昔した約束は______?
★★★
牢獄は、暗い照明やわずかな光しか無くて、薄暗く陰鬱な雰囲気が漂っていました。壁は古びた石や金属で作られていて、厚く頑丈な扉や檻が存在感を主張しています。光が届くのはわずかな窓や、通路の向こうから差し込む月明かりだけで、自分がどこにいるのかも分からなくなりそうです。
鎖の音や落ち着かない足音、囚人たちのため息や嘆き声が響き渡る中。
「お前が例の殺人鬼だったとはな」
そんな中、声を掛けられました。
サーカスの見世物でも見るみたいに、鉄格子の向こうから誰かがこっちを覗いています。
「何ですか」
「なに、この俺の命を狙ってる奴だって聞いたからどんな命知らずかと覗きに来ただけのこと」
「……ああ、第四王子様ですか」
第四王子もといシン王子は、アランを除いて唯一生き残っている王子です。
勿論シン王子も殺すつもりでいましたが……この王子だけは別格に身辺警護が厚く、中々攻めきれずにいました。
シン王子が強かった理由は、彼の圧倒的カリスマです。
武芸をやらせれば臣下が見蕩れ、内政をやらせれば犯罪が減り収穫量が増え民が潤い、それに加えてこの甘いマスク……彼に魅せられた者達はシン王子を本気で守ろうとしていました。
「結局、あなただけは殺せませんでした……」
「俺が暗殺なんぞされる訳がなかろうが。特に、お前のような小娘では無理な話よ!!」
シン王子は子供のようにゲラゲラと笑います。
どうして自分の暗殺計画の話を笑いながら聞けるのか私には分かりませんが、これがカリスマなのでしょう。
「まあ、なんだ。この家に産まれた者達は野心家ばかりであったからな、家督争いが起こることは自然の摂理であった。お前が手を下さずとも、結果は変わらなかっただろう。むしろ戦争などにならなかった分だけマシだった」
「……」
「殺人鬼だなんだと言われているが、俺はそこまでお前を嫌ってるわけではない。暗殺を企てていたのだとしてもな」
話が見えませんが……随分と真剣に、私に寄り添ってくださっているように感じました。もしかすると、牢に墜ちた私をからかいに来たわけではないのかもしれません。
「お前、アランに捨てられたのであろう? さぞ悔しいだろうな、今頃アランとマリアはステーキを食べているというのに、お前はこれからも床に落ちたカビの生えたパンしか食えぬのだから!」
ちょっと心を許しかかったところで、裏切られました。
しかも、図星を突かれました。また愉快そうに笑い出す彼が心底憎いですが、私は不貞腐れることしかできません。
「別にもういいじゃないですか、放っといてくださいよ。私は幸せなんですよ! アランが幸せならそれで幸せで……
「それは本心ではなかろう」
私がつらつらと小声で煙巻こうとしたところを、一喝されます。優しく、諭すような声で……カリスマのせいなのでしょうか。思わず耳を傾けたくなってしまいます。
それに、シン王子の言う通り、本心ではないかもしれません。
でも__。
「そんなことないですよ。私はアランが大好きだから、アランの幸せが一番大事で……」
私は無意識に言葉を並べ立てていました。
だって、仕方ないじゃないですか。
もし、私が『アランの幸せが一番大事な女』じゃないっていうなら……私の人生はなんだったんですか。
「アランの奴は、これからお前を犯罪奴隷として扱き使ってやろうと画策しているらしいが……それでもあいつの幸せが一番か?」
それは……。
「……」
「選ぶがいい、王になれるのはどうせ一人だ」
シン王子は、何のためらいも無く牢の鍵を開けました。
こんな凶悪犯罪者を前に、あまりに命知らずですが、元からそのつもりで来ていたのでしょうか。
看守をちらっと見ると、明らかに素知らぬフリを決め込んでいました。根回しは完璧ですか……。
「俺が相応しくないと思うのなら殺すが良い。だが、俺が王だと直感で感じたのなら……」
牢を出た私に覆い被さるように、壁ドンの体勢を取られ、鉄格子がガシャンと揺れます。シン王子の碧色でキリッとした目が、瞬き一つせず、吐息も感じるような距離で私を見つめています。
「俺を選べ、エリア」
だめなのに。
私はゆっくりと、頷きました。
★★★
それから私はシン様の側近として働くことになりました。
法治国家である以上王族を殺した私が許されることなどあり得ないのですが、そこをシン様の家督争いを有利に進めた立役者として演出したことによって、なんとかシン領の方々に受け入れていただけました。
実際、王族を暗殺するまで持っていた内政力は高く評価していただけて、今はシン様の国の舵取りを横で一緒に手伝うような日々を過ごしています。アラン領にいた頃と違い内部争いも少ないので、仕事も快適です。
「それで、どうしてあなたがここにいるんですか? アラン」
そんな日々の中、シン様の屋敷の庭園をお散歩していたところ、怪我を負った元婚約者がベンチに座り込んで私を待っていました。
「あっ……え、エリア……」
「元婚約者さん、何かご用でしょうか? せっかくの良い景色なので、どこかに消えていただけるとありがたいのですが……」
本当に顔も見たくないです。蹴り飛ばさなかっただけ偉いと思います。
あの日、アランに平然と捨てたられたことは、一生癒えることの無い傷跡になりました。アランも何やら訳ありで殺傷沙汰に巻き込まれたようですが……心の傷に比べれば、そんなものは大したものではありません。誇りを重んじるシン様もきっとそう言うでしょう。
「どうした、エリア……ほう、アランか。どれ、中々決まったファッションをしているじゃないか」
「あ、シン様」
着いてきていたシン様が、見窄らしく傷だらけのアランの服装を揶揄いましたが、アランは何か言い返す気力すら無いみたいでした。
「お、俺はもうだめなんだ……エリアの力が無いと、死……」
「ははっ、知ったことか! ブレーンを失った領地がどうなるかなど、分かりきっていたであろうに!」
高らかに笑うシン様とは対照的に、アランは悔しそうにベンチを強く叩きました。
アラン領はトップの頭が弱いことを良いことに貴族達が好き勝手やっているみたいで、この前通りかかった際もひどい有様だと見ていて呆れるほどでした。
……まあ、そうなるよう裏で私達が根回ししているのですが。
こうしてアランが屋敷に来たのは一度や二度ではありません。見る度にやつれていくなとは思っていましたが、今回も随分ひどそうですね。
「お、俺ができることなら何でもする……お前との婚約だって、もう一度……」
「結構です。マリアにも捨てられて……本当、哀れですね」
追い詰めてる張本人でもあるので、哀れとか言う資格があるかは微妙ですが。
うっ、うっ、と声が聞こえると思えば、アランが嗚咽ながらに涙を流し始めました。
「お願いだ……お願いだから、だすけて……」
ベンチから降りたと思えば、床に額を擦り付け始めました。それはもう必死に、見苦しい土下座です。
顔を上げたと思えば……
「あの日の……約束を……」
……ああ、もう。本当にこいつは。
「先に破ったのは、そちらの方でしょう?」
私はそう言い残して、庭園を後にしました。
これから先も、私はアランを一生許すことができないと思います。アランにいい加減に扱われて捨てられたあの日が、ずっと忘れられないのだから、当然です。
「エリア、お前は極端な女よな」
「……何ですか急に?」
帰り道、シン様がわざとらしく溜息をつきました。
「好きなものをとことん愛で、その分嫌いなものをとことん嫌悪する。その熱量は、中々持ち得るものではない」
「まあ、自覚はありますが……。なんですか、喧嘩売ってるんですか?」
「ははっ、何……
その熱量を全部俺に向けさせたらどうなるか、興味があるだけだ」
「それって……」
★★★
数日後、アランの急死の知らせがありました。
シン領の屋敷に通う途中で領民の謀反であっけなく殺されたそうです。求心力の無い王族の死に方なんて、こんなものでしょう。
思うところはありますが……それでも、やはり同情する気にはなれませんでしたね。
そんなニュースもあって、王選も終結に向かい、だるま落とし的にシンが正式に王として即位する運びになりました。
「ようやく、家督争いも終わりですね……」
「そうだな」
今日もシンと庭園の白百合を愛でながら、目的もなくぶらぶらと散歩を続けます。
「俺達の子には、間違っても醜い家督争いなどさせたくは無いな……」
俺達の、ね……。
「そうですね。私もそう思います」
「だろうな。きっと……今この国で一番そう願っているのが、俺とお前だろう」
「俺達は、これから助け合って生きていこう」
「はい……。 約束破ったら、ぶっ殺しますので」
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