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終わりは新しい世界に続く始まり

システム:ラクガキ挿絵を追加。20230714

 しばらくの間、ヴィータは忙しなくそこら中を駆けまわりました。光の王女が何か言っていましたが、探し物に夢中なヴィータの耳には届きません。探し疲れたヴィータは……ペタンとレモンの木の根元に座り込みました。今にも泣き出しそうな悲しみの表情を浮かべています。


「……胸に穴が開いたままじゃ、クイニーに会えないよ」

「ヴィータ、その事なら心配いりません。ほらーー」


 膝をついてヴィータの傍にしゃがんでいる光の王女の手にはキラキラと輝く人形の右手がありました。驚愕しているヴィータに申し訳なさそうな声で言葉を続けます。


「ごめんなさい、見せるのが遅くなってしまって……」


「いいや、僕こそごめんよ。君が何かを言おうとしていたのに聞こうとしなかった。ありがとう、これで一安心だ。後は銀の鍵を見つければルディと一緒にーー」


「まだその人形が必要ですか? 」

「ルディは僕にとって、かけがえのない存在なんだ」


「彼女は壊れた人形です。器の中の魔法が消えてしまっているので、残念ながら……切り株の魔女の薬はもう効きません……」


「そんな……」

「ヴィータ、人形の代わりに貴方の命を私が取り戻します。目を閉じてください」


 ぽっかりと開いたヴィータの胸の穴に、人形の小さな右手を入れた光の王女は魔法の呪文を唱えました。黒いオーラを放つ何百という糸のような細い何かが土の中から這い出しています。それらはヴィータの胸の穴に入り込むと、胸の穴を塞ぎました。


 ヴィータの胸から心臓がどくんどくんと鼓動する音が響いています。


「これでもう大丈夫です」

「光の王女、ありがとう。お礼に君の願いを何でも聞くよ! 」


「本当ですか? 」

「あぁ、もちろんだ! さぁ、言ってごらん」


「ヴィータ……私を愛して下さいませ。そして願いが何でも叶う銀の鍵を使って、幸せになりましょう」


 光の王女の右手にある銀の鍵を見たヴィータはごくりと喉を鳴らしました。命を取り戻したので、別の願い事に使うことが出来ます。ヴィータは高鳴る胸を抑えながら、目の前に出された光の王女の左手を握りました。


挿絵(By みてみん)


 ヴィータは『運命の番い』と言う光の王女を少しも怪しむことなく、胸の穴を塞いでくれた彼女に感謝しました。やっと人形のルードベキアに会えたというのに、願いが叶う銀の鍵に夢中で見向きもしません。


 人形は悲しくて仕方がありませんでしたが、森に捨てられる前に胸から銀の箱を取り出されてしまっていたので、涙がでません……。感情だけではなく、身体を動かす力も声も失ってしまったため、明るい声で喜んでいるヴィータの背中をただ眺めることしか出来ませんでしたーー。



 元気よく城の扉を開けたヴィータは目の前の光景に唖然として立ち尽くしてしまいました。なぜなら床や柱が真っ黒に焼けこげ、屋根が無かったからです。玄関があった場所には真っ黒な柱が何本も崩れています。ヴィータは光の王女の手をパッと離して、妹のクイニーを探しました。


「どこにいるんだクイニー! 返事をしておくれ! 」


 クイニーは倒壊した壁の隙間で仰向けで倒れていました。慌てて駆け寄ったヴィータは重い壁を必死にどかしています。


「お兄ちゃんが来たから、もう大丈夫だよ。クイニー、すぐに助けるからね」


 息を切らしながら微笑みかけましたが、クイニーは微動だにしません。目を閉じた彼女の首に一筋の線が入っています。ヴィータはわなわなと身体を震わせながら、ゆっくりと物言わぬクイニーを抱き上げました。


 首の薄皮のみで繋がっていたクイニーの頭が胴体か離れて地面を転がってしまいました。ヴィータはすぐさま拾い上げ……強く抱きしめながら咽び泣きました。


「僕の大事な妹クイニーが……なぜこんな姿に……」


 大粒の涙がヴィータを責めるように頬を伝っています。なぜ妹を1人残してしまったのか。なぜもっと早く帰ってこなかったのか……。ヴィータは悔やんでも悔やみきれない想いに打ちのめされーー『ごめん』と言う言葉を呪文のように何度も繰り返しました。


「……クイニーの笑顔が二度と見られないなんて、底が無い井戸に落ちていくようなものだ。そんなの僕には耐えられない……」


 涙でぼやける視界でクイニーを見つめたヴィータは彼女の血の気の無い白い頬を撫でています。ぽたぽたと涙を落としていましたが、突如何かを思い出したように目を見開きました。


「そうだ、銀の鍵だ! 銀の鍵を使えば、クイニーは生き返る」


 ヴィータはクイニーの頭を横たわる胴体に置くと、明るい声で笑い出しました。銀の鍵を使えば何でも願いが叶えられます。そのことを忘れるほどパニックを起こしていた自分が恥ずかしくなりました。ヴィータは安堵の笑みを浮かべて、後ろを振り返りました。


「光の王女、君が持っている銀の鍵をちょうだい! 」


 光の王女の額から5本の鋭くて細長い銀色の何かが飛び出しています。流れる血で汚れた彼女の瞳はヴィータを見ることなく、あさっての方向を向いていました。手をだらりと垂らしたまま、真っ赤な血だまりの中に、ゆっくりと正面から倒れ……二度と動くことはありませんでした。


 ヴィータは彼女の背後から現れた赤い髪の男に驚愕しすぎて、言葉を失っています。


 オオカミの耳を頭に乗せた彼は見覚えがあるおもちゃ箱を小脇に抱え、銀の鍵を見せびらかすように右手でつまんでいました。ふさふさで大きな尻尾は怒りを表すかのように逆立っています。


「俺様の大事な箱を持っていった盗人め! 」

「獣王ガンドル……。妹を殺したのは、お前か! 絶対に許さない……」


 ヴィータは腰からぶら下げている魔法の笛を吹きました。奏者が想像したものを具現化することができるこの笛を使えば獣王ガンドルといえども、ひとたまりもないはずです。身体から湧きあがる復讐の炎をごうごうと燃やして、怨念を宿す人型の何百という思念体が獣王ガンドルを食らいつくす姿を想像しました。


 しかし、一向に思念体は現れません。それどころか笛から飛び出した音符たちが手足に貼りつき、長くて硬い毛を生やしています。身体中から噴き出すように黒い毛で覆われたヴィータは怪物になってしまいました。


 獣王ガンドルは愉快そうに大声で笑いました。

 

「あっはっは! ざまぁみろっ! 俺の仲間を、散々殺してきた罰だ! 」



 黒い毛で覆われた怪物は『オナカガ スイタ』と言って、足元に転がっている遺骸をむさぼり食べてしまいました。全てを平らげてもなお、よだれを垂らしながらギョロギョロと大きな眼を動かしています。人間を襲うだけでなく、犬や猫、ネズミ……昆虫などを手あたりかじりついていました。


「お前みたいなやつは、残飯処理がお似合いだ」


 侮蔑の視線を送った獣王ガンドルは怪物になったヴィータに背を向けました。森に帰るために歩き出しましたが、すぐに止まりました。行く手をオーディン王と彼の兵士が塞いでいたからです。


 にやりと笑ったオーディン王は虹色に輝く魔法の王笏で時間を止めると、さらに氷の槍を作って獣王ガンドルの胸を貫きました。時間が動き出した途端に、獣王ガンドルは何が起こったのか分からないというような表情を浮かべました。オーディン王は冷笑しながら、森で獣王と崇められているガンドルに近づいていきます。


「近々、討伐予定だったお前が自ら来てくれるとはな。手間が省けたというものだ」


「祈りの王笏をどうやって手に入れたんだ? おぞましき人間よ」

「お前が知る必要はない。銀の鍵を渡して、さっさと冥府に行くがよい」


 オーディン王は獣王ガンドルの右腕を切り落として、何でも叶うと言われる銀の鍵を奪いました。しかし銀の鍵は獣王ガンドルが息絶えたと同時に砂となり、オーディン王は悔しそうに顔を歪めました。


 

 毛むくじゃらの怪物が唸り声をあげながら街の人々を襲っています。剣を突き立てようとした兵士たちは退治するどころか、怪物の長くてかたい毛に切り裂かれていました。人々の悲鳴を耳にしたオーディン王はとても深い溜息を吐き出しました。そしてくるりと振り返り、背後で整列している弓兵たちに向かって大声を張り上げます。


「邪蛇毒を使うことを許可する! 被害がこれ以上広がる前に殺しなさい! 」


 弓兵たちの矢が黒い毛で覆われた怪物に飛んでいきました。悲鳴を上げた怪物は身を守るためなのか、長い毛を寝かせて小さくうずくまりました。青紫色の邪蛇毒が塗られた矢は怪物の毛にはじき返されることなく、次々に突き刺さっています。


 やがて……怪物になったヴィータは人間の心を取り戻すことなく、力尽きてしまいました。



 その頃、花壇に取り残された人形は小さな椅子にぽつんと座っていました。心配そうにのぞき込む『何か』を不思議そうに眺めています。彼らは話しかけているようですが……ひび割れた耳には届いていません。


 ーーもしかして彼らは……精霊?


 人形は薄れていく意識の中でぼんやりと考えていましたが、急にはっとしたように1点を凝視しました。視線の先には血で汚れた白いウサギの前足が落ちています。人形は一気に色を失い……涙が1粒もでない美しい瞳から命の光が消えてしまいました。



 風の精霊が花壇の上空でバンシーのようにすすり泣いています。彼らの知らせでやってきた光王ルルリカは唇を震わせながら、ボロボロに朽ち果てた人形と白いウサギの亡骸を拾い上げました。すると、人形の陶器製の身体に刻まれた記憶がホログラム映像のように飛び出しました。


「あぁ……。何ということだ……」


 オーディン王に攫われた娘が人形になり、記憶をクリスタルに封印された様子がはっきりと映し出されています。怒りで唇を噛みしめていると、人間の兄妹の元で楽しく暮らす映像に切り替わりました。


「良かった……オーディン王の手から逃れることができたのですね」


 ルルリカが少しだけ気持ちが和らいだのも束の間、人形は森に打ち捨てられ……泥まみれになっています。なぜ娘がこんなひどい仕打ちを受けなければならないのだろうか……。腑に落ちない表情を浮かべて、痛くなった胸を押さえました。


 これ以上見ても辛いだけだと思ったルルリカは真っ暗な箱の中で眠る人形から目を背けました。しかし、スノーポールの精霊がルルリカの髪を引っ張って指を差しています。不思議に思いながら、ちらりと見ると……人形は青い花で楽し気に冠を作り、白いウサギと手を繋いで仲睦まじくしています。


 人形は無表情でしたが、恋する少女のように、ほんのりと頬をピンクに染めていました。ルルリカは目頭がじんわりと熱くなるのを感じると同時に、なぜ愛娘の幸せな時間が消えてしまったのか、疑問を抱き始めます。


 その答えは……間を開けることなく流れた映像ですぐに分かりました。


 白いウサギが魔法のステッキを剣に変えて、人形を狙う魔族と戦っています。ウサギは小さな身体を捻って口にくわえた剣を回転させると、敵の背中にある羽の片方を切り落としました。このまま順調にいけば勝てるのではないかと思うほどのウサギの進撃にルルリカは釘付けになりました。


 ウサギの身体のあちこちに傷が増え始めました。魔族の手下に囲まれ、押され気味になっています。迫りくる風刃を避けきれず、長い耳が切り落とされたシーンでルルリカは小さな悲鳴を上げてしまいました。


 結果は分かっているというのに、ルリリカはウサギの勝利を願ってやみません。ですがとうとう……ウサギは人形を庇って胴を真っ二つにされてしまいました。人形は右手を切り落とされ、顔面を踏みつけられています。ルルリカは悲しげな表情で人形を見つめました。


「愛する娘よ……危機に駆けつけられなかった私を許しておくれ……」


 ルルリカは長い銀糸の髪を地につけて、黄金の瞳から涙を零しました。滝のように流れ落ちた涙は洪水となってゴウゴウと唸りながら、この世界のありとあらゆる生き物をーーあっという間に洗い流してしまいました。


 草木も何もないまっさらな大地が産声をあげて姿を現します。


「白いウサギよ、命尽きるまで我が娘を守った騎士よ……。そなたに『剣王』という称号と『ブラン』という名を与えよう。我が娘と共に、来世で幸せになること切に願う」


 ルルリカは魔法で人形を樹木の種子にして、白いウサギの亡骸と一緒に世界の中心に埋めました。種子はすくすくと育ち……悪しき者から世界を守り、平和をもたらす大樹ユグドラシルになりました。



 終わりは新しい世界に続く始まりです。1日の半分を光を授ける王として空に昇ったルルリカは何があっても、二度と地上に降りることはありませんでした。そして残りの半分は愛する者たちの夢を見るために、ユグドラシルのウロの中で眠りにつきましたーー。 


システム:本編で大型アップデートで新たに登場するNPCたちの設定に組む込まれた『オーディン王の人形物語』のお話は残酷な描写があるため、最終章はプレイヤーには伏せられました。そのため神の箱庭のゲームでは『人形はミミックの王に拾われて箱に入れられました』で終わりになっています。


 最終回である次回は、マキナにオーディンの人形を助けてくれと言った「ヴィータの願い」です。


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 奏は本を閉じようとする母の手をぎゅっと握りながら、顔を上げました。不満げな表情を浮かべています。


「お母さん……どうしてこんなに悲しい終わり方なの? お人形が可哀そうだよ……」

「お人形は新しい世界で愛する人たちと幸せに暮していると思うわ」


「そのお話はないの……? 」

「奏がお人形の楽しい様子を想像して、お話を作るのはどうかしら? 」


「うん、分かった! ん~っと。あ、そうだ。お人形がブランやガンドルと一緒に旅をするっていうのはどうかな? 」

「それはとても面白そうね。お母さんに聞かせてくれる? 」


See You Next Week!

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