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オーディン王の人形物語という本

システム:神の箱庭の本編でヴィータになってしまったマキナがプレイヤー『ルードベキア』と川辺で会った後からの話になります。『オーディン王の人形物語』については、大型アップデートの時にピエロが語っていました。


 ヴィータは怪物退治をした褒美にオーディン王から魔法の人形を貰いました。クイニーは喜び大事にしていましたが、だんだんと人形が笑わないことを悲しみ始めます。

 ヴィータが盗んだ宝箱の中から出した銀の箱を人形の胸に入れると、人形はにこやかに笑うようになります。クイニーは喜び、姉妹証としてサファイアのイヤリングの片方を人形に与えました……。


この後については、オーディンの人形になったルードベキアが『クイニーに森に捨てられ……人形はミミックの王ハルデンに拾われて、黄金の宝箱の中に入れられた』と話しています。


そして、マキナが最終章に続く物語を読み始めます。


システム:ウサギと人形のラクガキ挿絵を追加。2023630

 樹木が1本もない、だだたっぴろい草原に風が吹いた。一面に生えているキャットグラスのような草がゆらゆらと揺れている。どこを見ても同じ草ばかりで、それ以外のものは見当たらない。


 どのくらいこの場所にいるのだろうか。


 時間を確認できる時計やスマホがないため、現実世界でどのくらい時間が経ったのかも分からない。マキナは千切った草の葉をパラパラと落としながら、復活する草の様子を何度も眺めた。


「やっぱり、ここはゲームの世界なんだな」


 マキナは力無く笑い……立膝にしている左脚を両手で抱えた。現実世界に戻る方法を探した方が良いことは分かっている。だが、そんな気力は到底無かった。雪崩のような悲しみに巻き込まれ、零れ落ちた涙を膝で受け止めた。


「総司、総司……。俺の、せいで……」


 ほんの少し前まで、マキナは笛吹ヴィータに変化してしまった自分を受け入れるどころか、ゲームの設定に縛られることが理解出来なかった。身体を乗っ取られる感覚に怯え……抵抗する度に激しい頭痛に苛まされた。


 そして従弟の総司ルードベキアが川辺に現れたあの日……、ほっとして気が緩んだ隙にヴィータでない他の誰かに身体を乗っ取られてしまった。何者かは分からないが、そんな事が出来るのは開発者ぐらいだろう。


 腑に落ちない……という表情を浮かべたマキナは傍でごろりと寝転んだ総司の幻に話しかけた。


「ひどい話だと思わないか、総司。俺の身体を勝手に動かせるのはヴィータだけじゃなかったなんてさ」


「おいおい、兄さん。ゲームでリアルネームを言うのは御法度だぞ」

「誰もいないんだから、いいじゃないか」


「ったく、しょうがないなぁ。それで、マキナはいつまでこんな所に引きこもっているつもりなんだ? 僕のことは……もうーー」


「俺は助けようとしたんだ! 俺は……総司を、助けようと思って、手を出したのに……それなのに、何で……」


 爆発が起こった瞬間、マキナはルードベキアである総司の(データ)が黒い手に掴れて霧散したのを目の当たりにした。それと同時に、現実世界にある彼の肉体が崩壊していく映像が脳裏に流れていた……。


 自分のせいで従弟を死なせてしまった重みに耐え切れず、気が狂いそうになったマキナは自身を呪い殺そうとした。たが、総司の幻がそれを許さなかった。『生きろ! 』と叫んだ彼の声がマキナの耳にまだ残っている。


「何で止めたんだよ。あのまま放って置いてくれたら良かったのに」


 総司は勢いよく身を起こし、恨めしそうな表情をしているマキナの目をじっと見つめた。


「マキナ、リアルに帰るんだ。そして僕の分も生きてくれ」


「冗談言うな! ーー俺は総司をリアルに連れて帰るためにログインしたんだ。探し出すまで絶対に帰らない」


「悟兄さん……」


「お前がいないリアルになんか帰りたくないって言ってるんだ! 子供の頃から、ずっと一緒だったんだぞ。それに、総司を殺した俺がのうのうと生きられると思うのか? そんなの……無理だ……」

  

 マキナは咽び泣いた。困り顔になった総司は何かを言おうと口を開けていたが、蜃気楼のように揺れて……スーッと消えてしまった。その後はマキナがどんなに会いたいと願っても、総司の幻は現れることがなかった。


「置いていくなんて酷いじゃないか……。俺もそっちに連れて行ってくれよ」


 喪失感で抜け殻のようになってしまったマキナを西に傾いた太陽が照らしている。草むらに伸びた細くて長い影が、ぐにゃりと動いた。


「マキナ、お前のせいじゃない。自分を責めるな」

「……俺の身体ぜんぶを手に入れて満足そうだな」


 声の主がヴィータだとすぐに分かったマキナは眩しそうに夕陽を眺めた。ヴィータはマキナの影に潜んだまま、静かに言葉を続けた。


「……私自身がマキナの身体を欲したわけではないーー。だが、君の意思とは関係なく……別の世界にいる君を使って、私が作られてしまった。その事は申し訳なく思っている」


「俺がNPCに変えられたのは理解したよ。でも、そんなことは、もうどうでもいいんだ。ヴィータ、とっとと俺の魂を食い尽くしてくれ」


「それは出来ない。……私はーー君の力を借りたいんだ」


「何を言ってるんだ? お前はプレイヤーが倒すことができない、この世界の最強キャラじゃないか! 魔法の笛がを使えば何でも出来るだろ」


 マキナは足元に出現したトランクケースを影に向かって乱暴に投げ捨てた。トランクケースは青々とした草むらを滑り、影の頭辺りで止まった。


「俺は……俺自身を許せない。消えてなくなりたい……」

「ーーマキナ、彼は生きている」


 マキナは大きく目を見開いて後ろを振り返ると、草むらに落ちている影を手のひらで勢いよく叩いた。


「ヴィータ、それは本当なのか!? 」

「彼はオーディンの人形の中にいる」


 影がゆらりと立ち上がりヴィータの姿を形作った。困惑した表情を浮かべたマキナは頭を抱えたり、顔を覆ったりししながら、ヴィータの前を行ったり来たりしている。


「……それは、総司も俺と同じようなNPCになったということか? 」

「あぁ、そういうことになる」


「そうか、オーディンの人形の中で生きているのか……。総司が生きている。良かった、良かった……俺の従弟は死んでいない。生きているーー」


「マキナ……」

「しばらく独りにしてくれ! 」


 ヴィータは落ち着いた頃にまたやってくる……と言うと、夜の帳に溶け込んだ。


 月の無い夜空の下でマキナは柔らかい草の上に膝をつき、背中を丸めた。草を掴んで大声で泣き叫んでいる。やがて、その声は笑い声に変わりーーマキナは顔を上げた。


「ヴィータ、いるんだろ? 出てこい。ーーオーディンの人形について詳しく教えてくれ」


 暗闇にランタンを持つ右手が浮かんだ。左手は『オーディン王の人形物語』という本を抱えている。帽子を目深に被ったヴィータはランタンの明かりに照らされた本をマキナに手渡した。


「これを読んでくれれば分かる。我々はこの物語を元に作られたんだ。これが設定に織り込まれている……」


「これって、大型アップデートのテーマになった物語だよな。確か……ミミックの王が森に捨てられた人形を拾って、宝箱に大事にしまってーー終わりじゃなかったっけ? 」


「まだ続きがあるんだ。マキナ、彼女を助けるために読んでくれないか? 」

「彼女を助けるために? ヴィータ、それはどういうーー」


 浮いていたランタンがトサッという音を立てて、地面に転がった。ランタンを持っていたはずのヴィータはどこにも見当たらない。


「なるほど、1人でじっくり読めってことか」


 マキナは明るい輝きを放つランタンを拾うと、その場に座って胡座をかいた。紙の匂いを感じながらパラパラと本をめくり、人形が宝箱の中で眠っている挿絵で手を止めた。しばらく眺めた後、最終章へ続く物語を読むために次のページをゆっくりと開いた。


  

 ヴィータは1本の樹木に寄りかかり座った状態で目を覚ましました。魔法の人形ルードベキアに貫かれた心臓を左手で押さえながら、薄暗い世界を見渡しています。周囲には建物も森も山も、何も見当たりません。


「ここはどこだろう……? 」


 星が見えない夜空を見上げて、黄金で出来た針のような月を瞳に映しました。命が尽きたのではなく、別の世界にやってきたのだろうか……そう思うほど意識も身体の感覚もはっきりしています。しかし胸にはぽっかりと穴が開いていました。


「心臓が無い……。僕は冥府に来てしまったんだな」


 深い溜息を吐き出したヴィータは水平線の彼方を眺めました。これからどうすればいいのか……しばらく考え込んでいましたが、何も思いつきません。それでも希望を捨ててはいませんでした。『ルードベキアが銀の鍵を使って生き返らせてくれる』と信じていたからです。


 ヴィータは柔らかい猫毛のような地面に手を付いて立ち上がり、空に浮かぶ月に向かって歩き出しました。とぼとぼと歩くヴィータの足元から草をかき分けるような音がしています。変わらない風景にうんざりしたヴィータは『あと10歩進んだら休憩しよう』と考えました。


「あれ? パシャパシャという音がする。水辺に入り込んだのかな」


 地面を足で踏みつけると波紋が広がりました。しゃがんで触れてみましたが手が濡れません。不思議に思いながら歩みを進めていると、だんだんと辺りがぼんやりと明るくなってきました。月しかなかった空は朝焼けに染まり、ヴィータを思わず立ち止まりました。


「なんて美しい景色なんだろう! クイニーが見たらきっとはしゃいで……」


 たった1人の家族、妹のクイニーを想い浮かべたヴィータは涙がじんわりと滲み出てくるのを感じました。今頃、クイニーは泣いているに違いない……。ぽっかりと穴が開いている胸が締め付けられたように痛くなり……両手で押さえました。


ルードベキア(ルディ)が傍にいるから、きっと大丈夫だよね……。サファイヤのイヤリングを姉妹の証として分けたんだからーー」


 涙がヴィータの頬を伝っています。雲1つない空では鮮やかな色彩がひと時のショーを繰り広げ、明るい光が真っ青な地面を照らしました。


 ヴィータは両手でごしごしと目を擦っていましたがーー突如、顔を強張らせました。きょろきょろと辺りを見渡しながら、足を震わせています。


 なぜなら、自分が立っている場所が大地ではなく湖面だったからです。足元に目を向けると、桃色の水中花やヴィータの背丈の2倍以上のある魚が泳いでいるのが見えました。ヴィータは恐怖で背中が寒くなるのを感じて、ゴクリと息を飲みました。


 1歩踏み出したら、水中に落ちてしまうかもしれない。そうしたら、あの巨大な魚に食べられてしまうだろう……。ヴィータは良くない事ばかりを考えて足がすくんでしまいました。


「ずっとあの木の所にいればよかったのに、僕はなんで動いてしまったのだろう。僕はなんて馬鹿なんだ! 」


 今さら悔やんでも仕方ないと思いつつも、ヴィータは自分自身を罵倒しました。そうでもしていないと、恐怖に囚われて心が死んでしまいそうな気がしました。大声をだしているうちに、ヴィータは湖面の中央にティーテーブルがあることに気が付きました。


 途端に、中央に向かって白く光る道が湖面に現れました。よく見ると素焼きレンガを並べて作られているようでした。ヴィータは不思議に思いながら、恐る恐る……その道を歩いて行きました。



 木製のティーテーブルの傍にシルクハットをかぶった真っ白なウサギが立っていました。鼻歌交じりにお茶を淹れています。ヴィータがやってきたことに気付いたウサギは機嫌良さそうに髭を揺らしました。


「やぁ、お客さん。香りの良いハーブティーはいかがかな? その椅子にお座りなさい」


 ウサギはヴィータが座るには小さすぎる椅子に手を向けました。ヴィータはどうしたらいいのか分からずオロオロしています。その様子が気に入らなかったのか、ウサギは足で地面を蹴ってダンダンと踏み鳴らしました。


「なんて礼儀知らずだ! 私の誘いを断るのか!? 」

「ごめんなさい。僕が座ると、その椅子を壊してしまうかと思って……」


 ヴィータを見上げたウサギは頭のてっぺんからつま先まで、舐めるようにヴィータの姿を見つめました。


「ふむ、確かに……君が座ると、私の大事な椅子が潰れてしまうな。では代わりに……私のお気に入りの人形を座らせよう」


 テーブル下に置いてある黄金の宝箱から、あちこちが土で汚れてボロボロになった人形が出てきました。ウサギは目元口元を緩めて、愛おしそうに人形の銀糸の髪を撫でています。


 人形の顔をみたヴィータはとても驚きーー思わず小さな椅子に向かって手を伸ばしました。


「ルディ!! 」

「私の人形に触るな! 」


 ウサギは手に持っていたステッキでヴィータの手をバチンと叩きました。ヴィータは手を擦りながらウサギに泣きつきます。


「この人形は怪物退治の褒美として、僕がオーディン王から賜ったものなんだ」


「違う! これは黄金の宝箱に入ってたんだ。ミミックの王ハルデンを倒した私の戦利品だ! 」


「宝箱に入ってたって!? そんなの嘘だ! 彼女は妹のクイニーと姉妹の契りをかわした僕の大切な人形なんだ。返してくれないか? 」


「冗談じゃない! なんて勝手な言い草なんだ! 」


 ウサギは顔を真っ赤にして怒っています。ヴィータはなんとか説得しようとして、ポケットから金貨を出しましたがウサギは断固として首を縦に振りません。不機嫌になったウサギはステッキでティーテーブルと黄金の箱を叩いて、魔法のジャケットのポケットにしまっています。


 今にも立ち去ろうとするウサギの様子に焦ったヴィータは腰にぶら下げていた笛を手に取りました。


「ウサギさん、この魔法の笛はどうかな? かなり値打ちがあると思うんだ」

「使えば使うほど呪われる道具なんかいるものか! 笑わせるな! 」


 魔法の笛を少しも見ることなく、ウサギはふんっと鼻息を飛ばしました。ウサギは人形の頬についている土塊を拭うと、とても大事そうに抱きかかえながら、岸辺に向かってスタスタと歩き出しました。


「待ってウサギさん! お願い、僕のルディを返して! 」


挿絵(By みてみん)

システム:白いウサギはシルクハットをかぶり、ジャケットだけを羽織って、ステッキを持っています。まだ名前も称号もありませんが、ミミックの王ハルデンを倒して、宝箱を奪うほどの力を供えていました。


 ゆえに使えば使うほど呪われてしまうヴィータの魔法の笛には微塵も興味がありません。美しい人形に心を奪われたウサギは『返せ』というヴィータを敵視して警戒するようになりました。


see you next week

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