第24話 玄野たける
玄野たけるは和歌山県の粉河市で生まれた。
たけるは生まれつき発達障害を抱えていて、幼い頃からこだわりが強かったり人の目を異常なほどまでに気にしていた。
保育園に入ってからも周りと上手く馴染めず孤立していた。
そして、たけるの両親はたけるが発達障害である事を知らなかった。
周りの子たちとは何かが違うと感じていたものの、あまり深くは考えていなかったのだ。
たけるは保育園に行くのが大嫌いであった。
周りの子たちと上手く話したり仲良くできない事に大きなストレスを感じていた。
母に連れられて通園バスが停まる場所までには行くものの、バスに乗るのが嫌で家に引き返す事がよくあった。
車で保育園まで送ってもらう日もあったが、母と離れ離れになるのが悲しくて泣き出してしまう事もしばしばあった。
そんなたけるではあったが、日常に楽しみが無い訳ではなかった。
『黒魔法のプリンス』。
過去に日曜日の朝に放送されていた魔法少女アニメ『魔法のプリンセス』のスピンオフアニメであるこの番組は日曜日の夕方に放送されていた。
このアニメの主人公は黒魔法使いのダークヒーローで、たけるはそのキャラクターのカリスマ性に強く惹かれていた。
そのダークヒーローに自分自身を重ねる事でたけるは弱い心を何とか崩れないように保てていたのだ。
***
たけるは小学生になっても同級生とは馴染めずにいた。
授業の内容は全く頭に入ってこず、休憩時間は教室の片隅でずっと本を読んで周りとの関わりを遮断していた。
低学年ではそれでやり過ごす事ができたが、高学年にもなるとそれを良しとしない担任や同級生がたけるに強く当たるようになっていった。
次第にたけるは同級生のいじめの対象となる。
下駄箱の靴の中に画びょうを入れられたり、登校中や下校中に石を投げられたりした。
内気なたけるはいじめられている事を両親に相談できず、担任に至ってはたけるをいじめている生徒に「あははは、お前らほどほどにしとけよー」とまで言う始末であった。
たけるにとって学校生活は地獄となって精神的にも肉体的にもつらい状況が続き、それでも両親に心配をかけないようにと学校に通った。
たけるへのいじめは収まることが一切無く、日に日にエスカレートしていった。
ある日。
たけるはいじめの主犯格から放課後になったら学校の屋上へ来るようにと命令される。
***
「玄野、これ食え」
屋上に来たたけるにいじめの主犯格が地面を指さして言った。
「え……」
たけるは地面を見つめ、体が震える。
そこには足でぐちゃぐちゃに踏みつぶされた焼きそばパンが散らばっていた。
「ほら、もったいないだろ。お前のために買ってきたんだからさっさと食えよ」
主犯格はニヤニヤと笑みを浮かべながらたけるにそう言った。
周りにいる同級生も手で口を押えながら笑いを堪えている。
「む……無理だよ……。やめようよ、こんな事……」
たけるが声を振り絞ってそう言うと、主犯格はたけるの後頭部をガッと掴んで無理やり地面へと向かわせた。
「食えっ! 食えっ! 食えっ!」
ぐぐぐっ、とたけるの頭を力いっぱいに手で押しながら焼きそばパンに近づける。
自然と周りの同級生も声を揃えて「食ーえ! 食ーえ!」とたけるを煽っていた。
たけるは涙を流しながら頭を上げて地面から離そうと抵抗するが、主犯格の腕の力はどんどんと増していく。
「や……めて……」
そして。
必死に訴えかけたたけるの思いは届かずに、顔がぐちゃぐちゃの焼きそばパンに密着した。
「ぎゃはははははっ! 汚ぇなあ、玄野っ!」
主犯格は大笑いしながらたけるの頭から手を離す。
「なーんてな、食中毒にでもなられたら厄介だから食わせはしねぇよ。お前、顔洗ってもう帰れ。この事は誰にも言うなよな」
親や担任にバレるのを避けたくて主犯格はそう言った。
しかし、たけるは地面から顔を離さない。
クチャクチャ…… モグモグ……
クチャクチャ…… モグモグ……
まさかと思った主犯格が恐る恐るたけるの顔を覗き込む。
「あは……クチャクチャ……あはは……モグモグ……」
たけるは涙を流し、笑いながら足で踏み潰されたぐちゃぐちゃの焼きそばパンを食べていた。
「ひっ、ひいいいっ」
顔を青ざめた主犯格はその場で腰を抜かす。
同級生たちも「きも!! きもおおおーーーッ!!」と叫びながら帰っていった。
屋上にはたけると主犯格が二人。
「玄野、お前何考えてんだよ……。そんなモン食わねえって普通……」
「ぐすっ……どういうこと……? 君が食べろって言ったから……ぐすっぐすっ……食べたんだよ……?」
たけるは地面に残ったぐちゃぐちゃの焼きそばパンを両手で丁寧に搔き集め、拾い上げる。
震えている主犯格の目の前に両手を突き出してたけるが言った。
「ね、君も食べてみて。美味しいよ……焼きそばパン」
異常なたけるの様子に恐怖を覚えた主犯格は「頭おかしーって、お前! 一人で食っとけっ!!」と言い放ち、おぼつかない足取りで屋上を去っていく。
夕暮れ。
カラスたちがカーカーと鳴く中、たけるは一人その場に座り込んだ。
***
カランッ
たけるは手で握っていたボールペンを地面に落とした。
テストプリントの裏面に最期の言葉を書き終えたたけるは「ふぅ……」と息を吐く。
身の回りにはカバーの開いたランドセルと『死ね』や『学校くんな』などと書き殴られた教科書、学習ノートが散乱していた。
日はもう沈んで学校には誰もいない。
たけるはゆっくりと立ち上がって屋上の端まで歩き、柵を乗り越え、脱いだ二つの上履きを丁寧に揃えた。
丸めたテストプリントをそっと上履きの中に差し込む。
「ごめんなさい」
そう呟くと、たけるは屋上から飛び降りた。
一つの命が失われる。
残酷なまでに夜空にはたくさんの星が輝いていた。
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お父さんとお母さんへ
今まで大切に育ててくれてありがとう。
でも、ごめんなさい。
もう無理です。
僕はいっぱいいじめられました。
辛かった。
苦しかった。
悲しかった。
この世界は平等じゃないです。
神さまはいません。
さようなら。
たけるより
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