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第23話 マジカルン666と少年の涙

―――地獄にて。


「魔法には魔法? 僕が魔法を使うの?」


少年はキョトンとした表情で言った。

死神の言葉を理解するのは少年には難しかった。


「ああ、魔法だ。お前さんが魔法を使って3人の魔法少女をコテンパンにしてやっつけるんだ。魔法を使うためには、お前さんは……コレを飲まなければならねぇ」


死神は少年の返事を待たずにコートの胸元から黒い粒を取り出して少年に見せた。


「それは何? 非合法のクスリ的なもの?」


少年は変なものを見るような目でそう言う。


「まぁ、そうだな。この地獄には法律なんてもんはねーが、合法か非合法かと問われれば非合法かもしれねぇな」


「で、それは何?」


間髪入れず質問してくる少年の態度に対して死神はイラッとしたのと同時に、少年の強迫的でもある好奇心に少し恐れを抱いた。


「これは『マジカルン666』という、魔法が使えるようになる錠剤だ。この地獄で商売している闇の売人から買ったものなんだが……売人の話によるとマジカルン666はかなり危険な錠剤らしい。飲むと強力な魔法を使う事が出来るようになるが、その副作用として脳や身体に異常な変化が現れるらしいんだ」


死神は神妙な顔をしながらそう説明する。

そして、少年は聞いた。


「異常な変化? 脳と身体にいったい何の変化が起こるの?」


ポリポリと頭を掻きながら死神は言った。


「実はな……わからねぇんだ。オレ様もどんな変化が起こるのかが気になって売人にその事を聞いたんだが、売人はニヤニヤと笑みをこぼすだけで何も答えようとしなかった。だからたぶん、超がつくほどに危険な錠剤だと思うぜ?」


しかし、少年は「ふーん」という感じでマジカルン666の副作用の話を聞いても全くもってビビる様子を見せなかった。


「ありゃ、怖くねぇのか? お前さんがこの錠剤を飲むんだぞ?」


死神の言葉に対して、少年は笑いながら言った。


「あはは! 全然怖くなんかないよ! だって僕は自ら命を絶つ選択をして、一度死んでるんだよ? だから今こうして地獄にいてるワケだし。確かに最初は真っ暗闇の中にひとりぼっちで少し怖かったけど、死神さんに会えたから怖くなくなったし。そんな僕にはもう怖いものなんてないよ。……僕が怖いと感じるのは、孤独だけ」


死神が真剣な顔つきで言う。


「そうか。じゃあ、マジカルン666を飲む覚悟は出来ているという事なんだな?」


少年は躊躇なく答える。


「もちろんっ!」


元気いっぱいの少年の返事に死神はほんの少しだけ悲しげな表情を見せたが、すぐにニヤッとした笑みに切り替えると「OK!」と言って黒いマジカルン666の錠剤と水の入ったコップを少年に渡した。

少年は死神から受け取ったマジカルン666をコップに入った水で喉の奥に流し込む。

―――その瞬間。

少年は左胸をギュウゥッと押さえつけ、口から血を吐いた。


「ぐはぁあああああッ!!」


断末魔(だんまつま)の如く、地獄全体に少年の苦しみの叫びが響く。

地面に打ちつけられる大量の血を見て、死神は焦った。


「お、おい! 大丈夫かよッ!?」


死神は死神らしからぬ心配の言葉を少年に投げかけた。

しかし、少年は死神の言葉には一切反応せずにその場に倒れ込んでもがき苦しんでいる。


「やべぇ! 何とかしねぇと……! でも、どうすればいい!?」


死神が慌てて少年の体をさする。

それくらいの行動しか死神には出来ない。

すると、体をさすっている死神の手を少年がガッと掴んだ。

少年は言う。


「この手、気持ち悪いから壊すね」


「え?」


少年が発した言葉の意味を理解する時間も与えられないまま、掴まれた死神の右手は少年の目から放たれた赤い閃光によって破壊された。


「うあああああぁああぁああッ!!」


死神が叫び倒れる。

と、同時に少年が立ち上がる。

少年がニコニコしながら死神に言った。


「痛い? とても痛い?」


死神が苦し紛れに答える。


「ハアッ……ハアアッ……痛てぇに……決まってんだ……ろうがッ……!」


すると、ニコニコしていた少年はキッとした怒りの表情に変えて言った。


「痛くなんかない! 体の痛みなんて痛みのうちに入らない! 心に受ける傷のほうがよっぽど痛いんだっ!!」


血だらけになった右手首を左手でおさえながら死神は少年に言う。


「……ハアッ……ハアッ……お前さん……少し……落ち着けよ……」


しかし、死神の言葉に少年の怒りはさらにヒートアップする。


「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 僕の痛みを知らないくせに! 僕の辛さを知らないくせに! 僕の苦しみを知らないくせに! 勝手な事を言うなっ!!」


「……ハアッ……ハアッ……」


死神は何も言い返せない。

言い返せないのには理由があった。

少年の瞳から涙が溢れていたのだ。

少年は泣いていた。


「ひっくッ……ひっくッ……ひっくっひっくッ……」


死神は泣きじゃくる少年を見ている事くらいしか出来ない。

ただただ、見ている事しか出来ない。

そう。

体の傷は目に見えるが、心の傷は目に見えないのだ。

だから……死神は心に傷を負った少年を目の前にしてもどうする事も出来ない。

少年の心の痛みに対して死神は無力を感じていた。

死神はそんな自分に少なからず苛立ちを覚えていた。

でもそれは、仕方の無い事なのだ。

少年自身が自分の抱えている心の辛さや心の痛み……心の苦しみの原因を打ち明けない限りは、死神だけではなく他の誰にだって少年を救う事は出来ない。

死神は少年に「何があったのか」を聞きたかったが、深い悲しみに()けている少年にそれをいま聞くのは酷だと思った。


***


落ち着きを取り戻した少年は暗闇の空間を指でなぞり、青白い円を描いた。

死神は聞く。


「……お前さん、一体何をするつもりだ?」


死神の右手首には自前の包帯が巻かれていた。

少年は鋭い眼差しで死神の方に顔を向ける。

そして、少年の口が開いた。


「『課題』だよ。死神さんが言ったんじゃんか。3人の少女をコテンパンにしろって」


「ああ……そうだったな……」


右手首の痛みを感じながらも、死神は少年の乾いた感情のない口調に不安を感じる。

何か嫌な予感がするのだ。


「じゃあ、行ってくるよ。 3人の少女を “殺し” に」


「いや……ちょ、おいっ! オレ様は一言も殺せだなんて言っ……」


少年の目が赤く光る。


「邪魔すると死神さんも殺しちゃうよ?」


死神は言葉を詰まらせた。

マジカルン666を飲んでしまった少年の暴走を止める力は死神には、ない。


「……あっ。そういえば思い出したよ、僕。全ての記憶を」


死神がハッと目を丸くして言う。


「マジかよ!? お前さん!!」


「違うよ、死神さん。僕の名前は『お前さん』じゃない。僕の名前はね…… “玄野(くろの)たける” だよ」


少年はそう言い残し、青白い円の中へと入っていった。

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