第22話 戦う意味
2025年12月28日。
【曼荼羅】の宇宙要塞にて。
伊吹貴は落胆していた。
この世界が【造られた世界】で、自分が【現実世界】では存在していないという事実に。
「くそっ……俺はどうすればいいんだ? 人類を滅亡させて地球征服する事を野望に今までアゲアゲな気分でいたのに。まさかこの野望を阻止する敵を救うために自分が存在しているとは……本当に困った……」
伊吹貴が頭を抱えている中、要塞の隅っこに置かれたソファベッドで羅生はヨダレを垂らしながら気持ち良さそうに爆睡している。
その様子を見て伊吹貴はイライラが抑えきれなかった。
我慢の限界に達した伊吹貴は爆睡中の羅生に向かって叫ぶ。
「こらあああ!! 起きろ羅生おおお!!」
羅生は「ふぁッ」と目を覚まし、寝ぼけながら大声を発した。
「っしゃあああ!! 三連単的中ーー!! 1000万円ゲットーー!! 競馬最高ーーッ!!」
驚いた伊吹貴が羅生に「何を言ってる?」と聞くと、羅生はまぶたを二重にしたままの状態で辺りを見回す。
しばらくして、ようやく自分が寝てしまっていた事を悟るとソファをグーの手で思いっきり叩いて言った。
「夢かよ! ちくしょうっ!」
その様子を見て呆れながらも、伊吹貴は羅生に聞いた。
「なぁ、羅生。 現実世界ではない……この造られた世界で俺はどうすればいいんだ?」
「1000万円ゲットできたと思ったのにッ!」
伊吹貴の質問を打ち消す勢いで羅生はそう叫び、悔しそうに「どうして夢なんだ!」「クソッタレ!」「もう嫌だ!」などと連呼している。
伊吹貴は質問に答えない羅生にキレる元気もなく、ただ黙って立ち尽くしていた。
***
しばらくして落ち着きを取り戻した羅生は伊吹貴の方を向いて言った。
「会社に戻りたいんだが」
その言葉に伊吹貴は一つ溜め息を吐いた後、答えた。
「悪いが、お前を帰す事は出来ない。まだ聞きたい事があるからな」
「いや、会社に戻りたいんだが」
伊吹貴は「ハァァァ〜……」と深く溜め息を吐いて羅生に言った。
「分かった、解放してやる。だが……その前に一つだけ教えてくれ。この造られた世界で俺はこれからどうすればいいんだ?」
羅生は頭をポリポリと掻きながら答えた。
「そうだな……予定通り人類を滅亡させて地球征服する為に、それを阻止しようとしている魔法少女の愛野あいこ・佐倉のぞみ・飛鳥すずかと戦えばいいんじゃないか?」
伊吹貴は言った。
「戦うだと? 俺の存在はその3人の少女たちを救う為に造られたものだというのに? 訳が分からん。戦って何の意味があるんだよ。仮に戦いに勝って、人類を滅亡させて地球征服が出来たところで所詮は造られた世界。全く意味がない」
伊吹貴の声には力が無く完全に目が死んでいる。
その様子を見た羅生はソファから降り、伊吹貴の肩に手をポンッと置いて言う。
「そう悲観するな。戦う意味は、ある」
「戦う意味がある……だと?」
伊吹貴が眉間にしわを寄せながらそう言う。
造られた世界での戦いに意味を見出せない伊吹貴にとって、羅生の発言はとても腹立たしいものであった。
「戦う意味は大いにある。それは、もう、スーパーミラクルぷるるんぷるん並にな」
羅生のふざけたような発言に伊吹貴の怒りは頂点に達した。
伊吹貴はアーミーナイフを取り出す。
「ふふ、何だそのオモチャは? そんな物でこの私を……羅生門ノ助を倒せるとでも思っているのか?」
「だまれ!!」
伊吹貴は羅生の左胸を思いっきりナイフで刺した。
手応えはあった。
しかし、何故か羅生の左胸にはナイフが刺さっているものの血は出ていない。
「ど、どういう事だ……ッ!?」
ナイフを持った伊吹貴の右手が震える。
そんな伊吹貴が混乱しているのを余所に、羅生は左胸にアーミーナイフが刺さっている状態で鼻をほじりながら「パチンコ行きてー」「今日は新台入替だしなー」などと言っていた。
「な……何故……」
膝から崩れ落ちた伊吹貴は地面に手をついて、俯いた。
羅生は伊吹貴を見下ろしながら言う。
「すまない、冗談が過ぎた。もし私が胸ポケットに“コレ”を入れてなかったら普通に即死だったぞ」
胸ポケットから羅生が取り出したのはハズレ馬券の束であった。
「くそっ……!」
伊吹貴は自分のアーミーナイフの刃が羅生のしょうもない欲の詰まった馬券を貫けなかったという事実に屈辱を感じたが、伊吹貴にとって今はそんな事はどうでもいいのだ。
「教えてくれ、羅生。現実世界で存在しない俺が……曼荼羅がこの造られた世界の中で魔法少女たちと戦う意味とやらを」
羅生は馬券の束からアーミーナイフの傷が付いていないものを丁寧に整理して胸ポケットにしまうと、伊吹貴に優しい口調でゆっくりと話し始めた。
「伊吹貴よ。確かに私もお前も現実世界には存在しないし、この世界も瀕死状態にある愛野あいこ・佐倉のぞみ・飛鳥すずかの〈生きたいという思い〉が共鳴し合って造られた世界だ。しかし……こうやって俺とお前は実際に話をしている。 現実世界に我々は存在していないが、造られた世界の中で造られた存在として話をしている。……なんというかな、どうも私はこの事が意味のないものだとは思えんのだよ」
「……どういう意味だ?」
「私は全ての事象には必ず意味があると信じているのだ。つまり、お前たち曼荼羅の【人類を滅亡させて地球を征服するという野望】も、我ら魔法少女株式会社の【魔法少女となる者を雇って曼荼羅から地球を守るという使命】も、どちらも[意味]があって存在している。その[意味]とは……やはり、3人の少女を救う為だろうな」
伊吹貴は俯いたまま、羅生に言った。
「俺たちは……本気でいくからな。造られた世界だとか自分が現実世界には存在しないだとか、そんな事はどうでもいい。必ず、人類を滅亡させて地球を征服してやる」
羅生がニヤッと笑みを浮かべて言う。
「ああ、その意気だ。我々も本気でいかせてもらうぞ。愛野と佐倉と飛鳥がきっとお前たちの野望を打ち砕く事になるだろうな」
伊吹貴は「フンッ」と吐き捨て、要塞の操作盤のある所まで歩いてシェルターの解除ボタンを押した。
「もうここから出られるぞ」
そう言われた羅生はシェルターのほうを向いて言った。
「そうか……」
〜3分後〜
羅生があまりにも長くシェルターを眺めているので、伊吹貴が聞く。
「どうした羅生、フリーズしているぞ。帰らないのか?」
羅生は伊吹貴のほうを振り向くと、神妙な顔つきで言った。
「帰る道わすれた」
伊吹貴は「ハァァァ〜〜……」と深く溜め息をつくも、羅生に要塞の地図を見せて出口までの道のりを赤ペンで引いて説明してあげたのだった。




