第21話 研修室の秘密
2025年12月27日 15時。
魔法少女株式会社、研修室前にて。
私たち3人は月野さんに案内されて、会社の二階にある【研修室】の前までやってきた。
月野さんがジャラジャラと沢山の鍵の束から研修室の鍵を探す。
月野さんは「これかな? ……あ、違う。じゃあこれかな? ……あ、違う。さすがにこれかな? ……あ、違う」と色んな種類の鍵を何度もドアノブに付いている鍵穴に差し込むが、なかなか形の合った研修室の鍵を見つけられないでいた。
その様子を見て「早く見つけてよ」とは思いながらも、研修室を前にして緊張している私がいるのも事実だ。
研修室の中は一体どうなっているのだろう?
月野さんからの説明によれば、16時から6時間……つまり、22時までみっちり研修を受ける事になるという話だ。
因みにマジカルンEXの効果が6時間くらいなので、休憩はないらしい。
休憩がないのはちょっとキツいとは思ったけれど、逆に言えば時給が1500円だから……この6時間だけで9000円も稼げると考えればモチベーションは上がるというもの。
……それでもやっぱり、どんな研修が行われるのかが今のところ全く分からないので頭の中は不安でいっぱいだった。
研修室に来る前に私とのぞみんが月野さんに研修の内容がどういうものなのかを何回も聞きまくったけれど、月野さんは「研修室に入ってから説明致します」の一点張りであった。
そして案の定、りんりんに関しては「楽しみは後にとっといたほーが良いよねっ!」と研修を勝手に楽しいものだと決めつけていた。
なんか楽観的というか……天然なんだよね、りんりんは。
可愛いとこではあるけど。
***
数ある鍵の束の中からやっとドアノブの鍵穴に合う研修室の鍵を見つけ出した月野さんは、何か凄く偉大な事を成し遂げたような表情を浮かべながら言った。
「さぁ! お入りください! ここが弊社の! 研修室ですっ!」
月野さんが鍵を開けてドアを開くと、そこには……何の特徴もない真っ白な一室にパイプ椅子が3脚並べられているだけだった。
「しょぼ」
つい、のぞみんが小声でそんな言葉を漏らしてしまった。
その言葉を月野さんは聞き逃さなかった。
「佐倉様、この研修室はしょぼくなんかありません! 確かに見た目は何の変哲もないただの一室ですが、ここはとても特別な研修室なんです!」
とてつもなく必死になって興奮している月野さんを落ち着かせるように私は言った。
「月野さんが息を切らすレベルでそう言うのですから、きっとここは間違いなく特別な研修室なんでしょうね。……そこで聞きたいんですけど、どういう点で特別なのでしょうか?」
月野さんは「よくぞ聞いてくれた」というような表情で研修室の説明をし始めた。
「はい、では説明させていただきます。簡単に言わせてもらいますと、この研修室は……かなり頑丈なんです」
頑丈?
どう頑丈なんだろう。
「愛野様。どう頑丈なんだろう、というような顔をしておられますね。お答え致しましょう。そう……この研修室の壁や地面や天井は、なんとダイヤモンドの数億倍以上の硬さを誇る素材の『ワタガシン』で造られています」
ワタガシン!!
名称的にめちゃめちゃ脆そうなんですけど……っ!!
「ワタガシンは、弊社の建築開発部と物理研究部が協力して開発した超絶的に頑丈なスーパー素材なのです! ですので……例えば愛野様のアイテム[魔法deスティック]で室内中に強力なビームを撃ちまくりましても、ワタガシンの素材で造られたこの研修室内には小さな傷一つですら付きません! つまりはワタガシンの前では魔法deスティックなんか何の役にも立たないただのガラクタのゴミ同然なのですっ!!」
ちょ……そんなこと言わないでよー……。
月野さん興奮し過ぎだよ……。
ワタガシンが頑丈な素材なのは分かったけれど、あまりにもひどいよ……。
私の魔法deスティックちゃんが泣いちゃってるよ……。
私は自分のアイテムをボロクソに言われた事に大きくショックを受けた。
と、ここでりんりんが月野さんに近寄っていく。
どうしたんだろう……りんりん。
月野さんの元に着いたりんりんは、月野さんの背中を右手でさすりながら言った。
「ウチ……そういう言い方はきらいです……。ワタガシがすごいのはすごくてすごいですけど、あんな言い方したらあいちゃんもあいちゃんのアイテムも可哀想です……だから、ダメ。ああいう言い方はダメだと思います……」
りんりん……。
ワタガシじゃなくてワタガシンだし「すごいのはすごくてすごい」は語彙力崩壊しているけれど、私のメンタルをフォローしてくれてありがとう。
りんりんは……優しいね。
背中をさすられながらりんりんからそう言われた月野さんは我に返り、私に「すみませんでした」と謝った。
魔法deスティックを撫でながら「ごめんね、ごめんね」と言っていた。
そして、研修室の中はポカポカと温かく優しい空気で包まれた。
……んだけど、その空気をぶち壊すかの勢いでのぞみんが大声で言った。
「ダイヤモンドの数億倍以上ってやばあああああーー!! 建築開発部と物理研究部やばあああああーー!! ワタガシンやばあああああーー!!」
『空気読めよ』
のぞみんのうるさすぎる大声に、私の頭にはその5文字しか浮かばなかった。
***
「先ほどは取り乱してしまい誠に申し訳ございませんでした。 それでは気を取り直しまして、これから[魔法少女特別強化研修]を行います」
特別強化研修……。
一体、どんな内容の研修なんだろう。
ついさっきまで温かくて優しい空気が流れていた研修室が、一気に殺伐とした冷たい空気に包まれる。
私は再びとてつもない緊張感に襲われた。
……しかし、月野さんの次の言葉でこの緊張感が急激にほぐれる事になる。
「今から行う特別強化研修は、題して“ハシビロコウ作戦”。通称・ビロコウ戦です」
で、でたー!
ハシビロコウーー!
まさかのハシビロコウーー!!
月野さんハシビロコウ好きなのッ!? ってか、ハシビロコウ作戦って何なのよ……。
研修の内容が全くもって予想がつかない。
何よりも【ハシビロコウ】というワードが私の頭の中を混乱させる。
のぞみんもりんりんも私と同じく混乱している様子だ。
そして、月野さんは私たちの入ってきた研修室の入口まで歩いていき……ドアを開く。
ドアの向こうには頭にハチマキを巻いたおじさんが立っていて、大きな皿を月野さんに渡すと「まいど!」と言葉を残して去っていった。
遠くからでよく見えないけれど、なにやら大きな皿の上では褐色のにゅるっとした生き物が蠢いている。
月野さんは大きな皿を左腕で抱えながら右手でゆっくりとドアを閉める。
すると、一気に研修室の中が魚介類の生臭い匂いで充満した。
そーー……っとした足取りで、月野さんが慎重に大きな皿を両手で持って私たちのいる所まで向かってくる。
私ものぞみんもりんりんも「くさいー!」「くさっ!」「くっっさ!」などと言いながら鼻をつまんで騒ぐ。
月野さんは私たちの目の前まで来ると皿を床に置いて、ニコッと笑みを浮かべて言った。
「でわでわ……研修を始めましょっか♪」
大きな皿の上には、見たことのない魚が三匹も乗っかっていたのであった―――




