第19話 マジカルンEX
2025年12月27日 14時。
魔法少女株式会社、エントランスにて。
月野さんが卓上に置かれているピンクの錠剤を一つ摘み、私たち3人に見せながら説明を始める。
「この錠剤が『マジカルンEX』な訳ですが、羅生様が仰った通り特別な副作用が起こる事はありません。錠剤を飲む事であなた達は6時間くらい魔法少女になれます。そして、変身! の一言で、アニメでよく見るようなTHE・魔法少女的な衣装を纏う事が出来ます。しかし……」
月野さんは次の言葉を発するのに少し躊躇してる様子だった。
副作用は無いと言っていたけれど、マジカルンEXを飲む事で何か問題があるのだろうか?
私は少し不安になる。
しばらくの沈黙の時間をとった後、覚悟を決めたように月野さんが言った。
「マジカルンEXを飲むと、効力が切れた後に強い睡魔に襲われ眠ってしまいます。そして〈精神的苦痛を伴う悪夢〉を見る事になります。身体には何の異常も現れはしないので副作用は無いと申しましたが、申し訳ございません……これはある意味では副作用ですよね……」
いやいや、それは完全に副作用だよッ!
ただでさえ精神疾患を持っている私たちなのに、精神的苦痛を伴う悪夢を見るだなんて絶対に嫌だよ……。
そんな恐ろしい錠剤は私には飲めない。
私は月野さんに強い口調で言った。
「すみません、月野さん。私はマジカルンEX飲みません。自力で『魔法deスティック』で曼荼羅と戦います。悪夢なんて見たくありませんので」
すると月野さんは少し厳しい顔をした。
それは、怒っているような哀れんでいるような……何とも言えない表情であった。
「曼荼羅の攻撃に対抗する事は自力で何とかなるものではありません。魔法deスティック1本で倒せる相手ではないのです。それに、万が一倒せたとしても……愛野様」
「なんですか?」
「愛野様は悪夢から逃げるのですか? 確かに精神的苦痛を伴う悪夢を見る事はとてつもなく辛いものだとは思います。ですが、その悪夢を乗り越えて未来に突き進む人生はとても輝かしいものだとは思いませんか?」
月野さんは力強くそう言った。
しかし、私は月野さんの『逃げる』という言葉だけに反応してしまった。
「逃げる……? この私がですか? たかが錠剤一粒なんかで、そんな言い方をされるのはとても不愉快です。私は逃げるんじゃなくて、スティック1本で曼荼羅に立ち向かうんです! スティック1本で戦ってみせるんですっ!」
私は我を見失って叫ぶようにそう言っていた。
だけど、のぞみんもりんりんもきっと私と同じような気持ちでいるはずだ。
私は月野さんの話を聞いた2人の反応を気にする。
のぞみんが言った。
「あたしは飲み散らかすよ、マジカルンEX! だって飲まないと魔法少女になれないんでしょ? 魔法少女株式会社に入って魔法少女にならないだなんて、そりゃもうアホウ少女だからね。悪夢だか何だか知らないけど、そんなものにあたしは負けない! ってか、魔法少女の衣装も気になりまくるしー!」
そんな……。
のぞみん怖くないの?
悪夢を見る事になるんだよ?
それもただの悪夢じゃなくて精神的苦痛を伴うものなんだよ?
そして、のぞみんに続いてりんりんも言う。
「ウチも……怖いけど飲みます。悪夢を見るのはとっても怖いけど、人類が滅亡してしまうのはもっと怖いし……地球が曼荼羅に征服されるのはもっともっと嫌ですし……。ウチには絵描きさんになるっていう夢があるから」
何なの。
何なのよ、みんな。
私だけ……カッコ悪いじゃん……。
月野さんがもう一度言う。
「愛野様、佐倉様と飛鳥様はマジカルンEXを飲む決意をされたようです。……もう一度聞きます。愛野様はマジカルンEXを飲まれますか?」
…………。
あーー!!
もうわかったよぉぉーー!!
飲むよ、マジカルンEX!!
悪夢でもなんでもドンと来いっ!!
「はい、飲みます! 飲ませていただきます! そして曼荼羅っちゅー、悪の組織をぶっ潰してやりますよっ!」
私がそう答えたら、月野さんは厳しい表情からにこやかな表情に変えて言った。
「うふふ。それでこそ、愛野様です。私もしっかりと体力面と精神面をサポートさせていただきますので……みんなで協力して曼荼羅の奴らをやっつけてしまいましょう!」
そう……どんな悪夢を見る事になるのか不安で仕方ないけれど、それは私だけじゃない……。
のぞみんもりんりんも同じような思いをするんだ。
私は一人ぼっちなんかじゃない!
だから、きっと大丈夫!
月野さんが私の強い覚悟を確認すると声を大にして言った。
「それでは満を持して[魔法少女特別強化研修]を始めたいと思います!! 皆様、マジカルンEXをお飲み下さいませ!!」
その言葉に答えるように、私とのぞみんとりんりんは同時に水の入ったコップを持つ。
そして……お互いに目を合わせて頷くと、マジカルンEXの錠剤を喉の奥に水で流し込んだ。




