第18話 もうひとつの世界
とある世界にて。
この世界には時間はない。
「……あれ、どこだココ?」
おかっぱ頭の白い制服を着た少年が目を覚ます。
周りは真っ暗で何も無いし誰もいない。
ただただ、何処までも真っ暗な世界。
「どうして僕はこんな所にいるんだろう」
少年は立ち上がり辺りを見回す。
しかし、やはり何も無いし誰もいない。
少年はどんどん不安になってきて、真っ暗な世界の中を走り回りながら叫ぶ。
「お父さーーん! お母さーーん!」
でも、返事はない。
声が響いている感じもしない。
少年は走っている途中でつまづき、転けた。
恐怖と不安で頭がいっぱいになって泣いてしまう。
「うわぁぁぁん! お父さぁあん! お母さぁああん!」
泣き崩れていると、真っ暗闇の向こうから足音が聞こえてきた。
足音はどんどん近くなってくる。
少年のいる場所から3メートルくらいまで足音が近づいたところで、その足音はピタリと止まった。
「だ、だれッ!?」
少年が思い切ってそう聞くと、ボワワァ〜ンとモクモクと煙が立ち……煙の中から灰色のコートを着た金髪の青年が現れた。
「よ、少年! オレ様は、そうだな……人間が言うところの『死神』ってやつだ。よろしゅう」
「死神?」
ついさっきまで泣きじゃくっていた少年だったが、死神と名乗っている金髪の男があまりにも普通に喋るので自然と涙は止まっていた。
同時に、この真っ暗闇な世界に自分が一人ぼっちではないという事実に少年は安堵した。
「ありゃ、ビビらない系男子か? 大体の奴はオレ様が死神だって名乗るとビビってこの真っ暗闇の中から逃げ出そうとそこら中を走り回るんだがな。で、オレ様は言ってやるんだ。『無理だよー。無駄だよー。どれだけ逃げ回っても脱出できないタイプの世界だよー』ってな」
そこで少年は気になった。
気になったのは「大体の奴」という言葉だ。
何故ならその言葉は、自分以外にもこの真っ暗な世界に放り込まれた者が何人もいるという事を意味するからだ。
少年は単刀直入に死神に聞いた。
「どうして僕はココにいるの?」
死神も何の躊躇いもなしに答えた。
「お前さんが自殺したからだよ」
死神の言葉に少年は頭を抱える事になる。
何故なら、少年の脳内には「自分が自殺した」という記憶がないからだ。
少年は気付く。
自分の記憶がほとんど喪失している事に。
父や母の存在は覚えているが、自分の名前は思い出せない。
自分が何処から来たのかも分からない。
そして、どうして自分が自殺をしてしまったのかが全くもって分からないのだ。
少年が何も思い出せずに俯いていると、死神は言った。
「お前さんはな、小学校のクラスメイトからいじめを受けていた。それが苦で学校の屋上から飛び降りちまったんだよな。言い方が悪いかもしれねーが、即死だったわ。まぁ、だからこの世界にいる訳なんだけどよ……」
死神は頭をポリポリと掻いて、少し困ったような顔をしている。
そんな死神を気にもせず少年は聞いた。
「いじめで飛び降りって……そんな! じゃあココは天国? 地獄?」
困った顔を変えずに死神は答える。
「いや、まぁ……地獄だわな。神から与えられた命を自ら絶つってのは最大級の罪だからよ。だから自殺した者はこの真っ暗闇の世界で永遠に過ごす事になる訳だ。最悪だろ?」
少年はまた頭に疑問が浮かんだので死神に聞く。
「あれ? でも、僕と死神さん以外は誰もココにはいないって感じがするけど……どゆこと?」
死神は「痛いところを突かれた」と右手で顔を覆い、溜息を吐いた後に言った。
「子どものくせに鋭いな、お前さん……。実はな……オレ様は地獄に来た人間をこっそり天国に送っているんだよな。いや、全ての人間を送ってるワケじゃないぜ? 殺人や強盗的なすこぶる悪い事をした奴らは罪を償わない限りは完全に地獄行き確定だ。でもよ、いじめや生活苦とかで自殺を選んだ奴はな……俺の良心が地獄行きを許さねーんだよな。だから、俺がこっそり天国に送ってるんだ。……もちろん神には内緒でだけれどな」
話を聞いた少年は明るい顔で言う。
「じゃあ僕も天国に行けるってこと!?」
少年のキラキラと輝いた瞳を見ると、死神は「ハァ……」と溜息を一つ吐いて答えた。
「あいあい、行かせてやるよ。課題をこなしたらな」
「……課題?」
少年はキョトンとした表情を浮かべた。
「さすがにタダで天国には行かせんよ。お前さんだけじゃなく、地獄から天国に送る奴らには皆に課題を与えている。因みに、課題の内容は人それぞれ違う。そいつに合うような課題をオレ様が考えて決める。いくら死神っつっても、そーゆーとこはちゃんとしとかなきゃな!」
「えー。めんどくさいー」
「めんどくさいとか言わねーのっ!」
少年は「しょうがないなぁ」という雰囲気を醸し出しながら死神に聞いた。
「じゃあ、僕の課題はなに?」
だんだんと偉そうな態度をとるようになってきた少年にイラッときながらも、死神は質問に答えた。
「そうだな……。つい最近、現実の世界で1人の少女がネットで自殺志願者を募り、それに乗っかった2人と共に自殺を試みた。形は違えど、お前さんと同じように自ら命を絶つ選択をしたんだ。だが……彼女たちはギリギリ生きている。今にも死にそうなんだがな。でもな、その3人の少女たちの僅かな〈生きていたかった〉という意志が天国でも地獄でもない【造られた世界】を生み出したんだよ。この造られた世界で彼女たちは《魔法少女》になって『曼荼羅』という本来は現実に存在しない敵と戦って、現実世界での生きる力を身につける……ってな話なんだけど、なーんか納得できねぇんだよなぁ。気に食わねぇ。お前さんだって現実世界でつらい思いをしたから自ら命を絶ったワケじゃん。んで、もうお前さんの『死んだ事実』は変えられないワケじゃん。でもよ……この3人の少女たちは命を絶つ人生を選んだくせに、死の運命を受け入れられずに造られた世界を生み出して、現実世界で生きていく力を身につける為にあーだこーだやってるワケじゃん。つまり、この3人せこくね? ずるくね? って話だよ」
「うん、せこいしずるいっ!」
少年は怒りながら拳にギュッッと力を入れた。
「そう、だからお前さんの課題は〈造られた世界に行って3人の魔法少女をコテンパンにして『死に向かう現実』を受け入れさせる〉……だ!」
死神はビシッと少年を指差してそう言った。
「……でも、僕みたいな普通の子どもがどうやって魔法少女なんかをコテンパンにすればいいの?」
少年の困っている顔を見て死神はニヤッと笑みを浮かべて答えた。
「ふふふ、 《魔法》 には 《魔法》 をだよ」
「魔法……僕が?」
少年が首を傾げながらそう聞くと、死神はハッと何かを思い出したように急に焦りだす。
「やばっ! タイムカード押してなかった!」
「タイムカード……?」
そして死神は「ごめん、後でな!」とまたボワワァ〜ンと煙の中に消えていってしまった。
「ち、ちょっと! 死神さーーんっ!?」




