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第13話 飛鳥すずか

飛鳥すずかは千葉県の市原市で生まれた。


物心がつく前から母によく寝る前に絵本の読み聞かせをしてもらっていた。

もちろん物語の内容はまだ幼いすずかには理解できていなかったが、絵本に描かれている色とりどりの絵にとても興味を持ち、惹かれていた。

保育園でのお絵描きの時間では、画用紙にクレヨンで動物や花の絵をたくさん描いた。

絵を描く事がすずかは大好きだった。

そして、その絵はクラスの誰よりも上手であった。

この時から既にすずかは将来は絵描きさんになりたいと思うようになっていた。

両親も保育園の友達も先生も、みんながすずかの描く絵を褒めてくれた。

すずかはとても幸せな気持ちでいた。

だから、ずっとずっと絵を描き続けていきたいと思っていた。

絵を描く事がすずかの癒しだった。


すずかは動物や花の絵を描くのも好きだったが、好んでよく観ていた魔法少女アニメ『魔法のプリンセス』に登場するキャラクターを描くのも好きだった。

テレビの中で活躍する魔法少女を見て、それを頭に記憶して画用紙に描いていた。

すずかの六才の誕生日には、父が『魔法のプリンセス』に登場する[魔法deカード]というおもちゃをすずかにプレゼントした。

すずかはプレゼントをもらって幸せな気持ちになり、カードの隅っこにカラーペンで小さい花の絵を描いた。

すずかは動物や花、『魔法のプリンセス』のキャラクターなどの絵をたくさん描いて楽しい幼少期を過ごした。


小学校に入学すると美術クラブに入部した。

小さい頃から絵を描いていたすずかはすんなりと美術クラブの部員と打ち解ける事が出来た。

絵描き友達がたくさんできて、すずかは幸せな気持ちでいた。

しかし、すずかには一つ問題があった。

それは絵を描く事以外に興味を持てないというものであった。

算数、国語、理科、社会……と、どの科目にも関心が持てずに、それらの授業中ではずっと自由帳に落描きをしていた。

それを気に食わなかった担任はすずかから自由帳を没収した。

それでもすずかは学習ノートに落描きをし続けた。

テストの時も一切問題を解かずにテスト用紙の隅っこに落描きをしていた。


すずかは担任の先生だけではなくクラスの皆からも変な目で見られるようになっていた。

すずかの学校での居場所は美術クラブだけになっていた。

どれだけクラスの皆から嫌われていても「ここだけはウチの存在を認めてくれている」と思っていた。

すずかにとっての唯一の癒しの場所だったのだ。

しかし、初めの頃は美術クラブの部員達はすずかの絵の才能に魅了されていたが、すずかが「美術クラブの活動以外に関しては全く何もしていない。授業中もずっとノートに落描きをしている」という事実が知れ渡り、美術クラブの部員達もすずかに対して悪い印象を持つようになった。

高学年に進級した時に美術クラブの部長がすずかに言った。


「あまり言いたくはないんだけどさ、飛鳥さんが絵を描く事ばっかりで授業をまともに受けない事が美術クラブのイメージを悪くしているんだよね。だから、授業を受けないで絵ばかり描き続けるんだったら美術クラブから退部してくれない? 皆、迷惑してるの」


すずかはその言葉にとてもショックを受けた。

自分のせいで美術クラブの印象が悪くなっていた事に。

そして何よりも、美術クラブの部員が自分に対して悪い印象を持っていた事に。

すずかは幼い頃から絵を描いていて、それを周りの皆から「才能がある」と認められていて、自分を悪く思う人は誰もいないと思っていた。


しかし、実際は違った。

自分の存在を邪険にする者がクラスにたくさんいた事、そして美術クラブの部員にも迷惑な存在だと思われていた事をすずかは知ってしまった。

すずかはそれを知った事で、ひどく落ち込んだ。

クラスの皆や担任の先生に悪く思われていても、美術クラブの部員の皆からは自分が好きな絵を描く事で評価され褒められていると、すずかはずっとそう思ってきたからだ。

すずかにとって唯一の癒しの居場所が癒しの居場所じゃなくなった。

そして、すずかは他の同級生と同じようにちゃんと授業を受けるようになった。

ノートに落描きをする事もやめ、美術クラブも退部した。

すずかは絵を描くのをやめたのだ。


それからのすずかは異常なまでに周りの視線を気にするようになり、人が怖くなった。


「担任の先生に嫌われていないか」


「クラスの皆から嫌われていないか」


「学校にいる全ての人に嫌われていないか」


すずかは周りから良く思われるように、自分のする事や行動に間違いがないか慎重になって毎日ビクビクしながら学生生活を過ごすようになった。

そしてそれは、家での生活にも支障をきたしていた。

学校の皆だけでなく、父と母にも嫌われてしまうのではないか……という恐怖をすずかは感じるようになってしまった。

すずかは母に良く思われようと積極的に家事の手伝いをするようになり、父が仕事から帰ってくると走って玄関まで行き、「お仕事お疲れ様!」と毎日欠かさず言った。


中学校に入学すると更にすずかは周りに気を遣うようになった。

嫌われてはいけない、迷惑に思われてはいけない、自分の存在を認められるようにならないといけない……と、言動や行動など全てに置いて慎重になった。

それからのすずかは強迫観念に襲われる日々を過ごす事になった。

自分が触る物にバイ菌が付いてそれを誰かが触れて病気にならないように手を何度も洗うようになった。

自分の発言で人を傷つけていないか話をした相手に何度も確認するようになった。

もしも家に泥棒が入ってしまったらという不安から家から外に出る時にはドアの鍵閉めを何度もチェックするようになった。

家が火事になってしまわないようにとキッチンコンロのガスの元栓がちゃんと閉まっているかも何度も確認するようになった。

すずかの生活は日に日に辛いものになってきていた。

何をするにしても加害恐怖と確認行為がすずかを苦しめていた。


自分の言動や行動の異変にすずかは不安を感じ、あまりにも生活がしんどくてストレスが溜まりに溜まって耐えられなくなったすずかは心療内科に行って診察を受ける事にした。

医師の診察を受け、すずかは自分が【強迫症】を患っている事を知った。

すずかは処方されたルボックスという薬を受け取り、おぼつかない足取りで家に戻った。


もう、すずかは何もかもに疲れていた。

人との会話にも、行動にも、日常生活にも、全てに対してとてつもない程の労力を使ってきて疲れ切っていた。

これから先もこんな生活が続いていくと考えると気が重たくなって、すずかは生きていく希望を失いつつあった。

それでもすずかは高校受験の勉強をした。

高校に入学すれば何かが変わる……と、根拠はないがそんな気がしたのだ。

正直、すずかは美術系の専門学校に入りたかった。

また前のように好きな絵を描く日々を送りたいというのが本音だった。

でも、それと同時に小学生の頃のトラウマが頭から離れなかった。

自分が絵を描くと周りに迷惑をかけてしまう。

自分が絵を描くと周りに嫌な思いをさせてしまう。

すずかはそれを恐れて美術系の専門学校に入るという選択肢は捨てた。


* * *


―――高校入試の日。

模試で良い成績を残せたすずかには試験に合格できる自信があった。


「試験に合格して高校に入学する事さえ出来ればウチには明るい未来が待っている」


何だか、そんな気がしたのだ。

会場に試験官が入ってきてテスト用紙を配り始める。

すずかは少し緊張が高まっていたが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。


そして、試験開始の合図と共に受験生達が一斉にテスト用紙を表にして問題を解き始めた。

すずかも同じようにテストの問題を解き始める。

テストはマークシート形式だった。

すずかは問題を解き、マークを鉛筆で塗りつぶしていった。

順調に問題を解いていったすずかだが、テストの終了時間が二十分前に差し掛かった時に強迫症状が出てしまった。

今まで解いてきた問題の解答用紙にマークをちゃんと塗りつぶせていたか気になりだしてしまい、残り数問のところで解いてきた解答用紙のマークがしっかりと塗りつぶされているか確認し始めた。

一つ一つのマークに隙間がないか、はみ出していないかを何度も確認して消しゴムで何度も何度も調整した。

そして、テスト終了の合図。

すずかの答案用紙は半分以上も問題が解かれていなかったのだ。


解かれていない解答用紙のマークにはうっすらと鉛筆で塗りつぶした跡が残っていた。

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