19
旅から帰った日は父さんに挨拶だけをして、翌日、きちんと旅から帰ってきた報告をする。
「旅から帰ってきました」
「無事でなによりだな」
一応形だけでも無事で帰ってこれたことを祝ってくれる。
「とても有意義な物になりました、旅に出る許可を頂けたことを感謝しています」
「ふん」
「ところで話は変わりますが、父さんに一つお願いがあります」
「ほう、なんだ?」
「僕が屋敷を出る際に、サーシャさんを連れて行きたいのですが」
「お前は屋敷のこと全てにおいて関心が無いと思っていたが?」
「まあ、そうなんですが、僕も多少の情くらいは湧きます。正直な話でいうと、先生方が今のサーシャさんの状況で僕が出て行くのは良くないって言うんですよ。その理由は分かっていますよね?」
「思ったよりお人よりでお節介な連中だったか」
「そうですね」
「それでお前はお願いをすれば、わたしの許可を得られると?」
「まさか、ここに最上級の娼婦と最高級の奴隷を買えるお金を用意しています」
表情は崩さなかったが父さんも流石に驚いているのが伝わってくる。
「どこからそんな金を持ってきた?」
「まあ今回の旅はそれだけ有意義だったということです。まあ、殆どこれで消えましたけどね。あとは、先生方が多少都合をつけてくれました」
「そうか」
「では、話はついたということでよろしいでしょうか?」
「いや、お前の頼みは聞いてやることは出来ない」
「何故ですか?」
「実はな、あの娘は予約済みでな」
予想外の答えが返ってくる。
「デッィクが婿養子に行くにあたってな」
ディック? えっと、ああ、三男兄さんか。
「遊び相手が欲しいとあの娘を望んでな、お前が出て行った後は処遇をどうしようかと考えていたらか、丁度良いと許可を与えた」
「玩具じゃなくて?」
「変わりあるまい?」
ちっ、余計なことをしたな、三男兄さんは。
「分かりました、兄さんと少し話をしてくるので、これで失礼します」
そう言って部屋を出ようとする。
「それを置いて行くのか?」
「ようは兄さんを説得すればサーシャを連れて行って良いんですよね。なら、そのお金は置いていくべきでしょう。それに、兄さんと話がついたらもう一度ここに来ることになりますし」
「ふん、まあいい、説得できたなら持って行くがいい」
とりあえず、許可は貰った。
さて、どう説得したものか。
屋敷の中を迷いつつ、どうにか三男兄さんの部屋に辿り着く。
ドアをノックすると、入れと返ってきたので中に入った。
「お久しぶりです」
「貴様か、なんの用だ」
「サーシャさんから手を引いて貰おうかとお願いに参りました」
「父には許可を貰っている」
「ええ、僕も許可を貰いました。なので兄さんさえ手を引いてくれたらお終いです」
「父は貴様に甘すぎる」
「十五年間屋敷に軟禁に近い状況だったのですが。それにもうすぐ迎える十五の誕生日には屋敷から出て行くことになってるのが、甘すぎるということは無いと思うのですが」
「捨てるのに教育を施してやる時点で甘いと言わざるおえんだろう」
「四ツ星とはいえ、冒険者に依頼してる時点で形だけと分かるでしょうに」
人材的に大当たりだったのは、父さんの慧眼が凄いというしかないが。
「ふん」
「とりあえず、謝礼は十分にします。明後日までには用意しましょう。別にサーシャさんじゃなければいけない理由は無いんでしょう? ならそれで好きな女性でも奴隷でも買ってください」
「いや、あの女がいいんだ」
「何故?」
「わたしの誘いを断ったからな」
「誘いですか」
「貴様付きになったことで、周りの態度が酷かったからな、可哀想だろう? だからわたしから父に外してもらえるように言ってやろうというのに、拒否したからな。生意気な女は躾けたくなるだろう?」
なんでこう歪んでるのかね。
「悪趣味ですね、そもそもそういう風に当たらせたのは兄さんでしょうに、ちゃんと分かってましたよサーシャさんは」
「さらに貴様付きというのが一番の理由だ」
「正直そこが一番分かりません。殆ど接触したこと無かったでしょう。僕が受けるはずだった恩恵も全部貴方に行った筈です、正妻の子からそれを奪えたのは悦ばしかったのでは?」
「奪ったんじゃない、施されただけだ」
プライドの問題かぁ、貰える物は細かいことを考えず貰えば良いのに。
「兄姉達も、おこぼれを貰った妾の子としか見やしない」
この様子じゃ与えられた物で何かを成さなかったんだろうな。
「ならば、貴様の全てを手に入れてやろうとな」
その反骨心を兄さん達に向けないで僕に向けて逃げてるんじゃ、そりゃ見下されるのは当然だ。
「はぁ、そんなくだらないことで他人を巻き込んで……」
「五月蝿い! とにかく貴様にあの女は渡さん、貴様も父に歯向かうような気はないんだろう? ならばここから出て行け」
「失礼しました」
三男兄さんの部屋から出て行く。
「はぁ、サーシャさん次第かな。ヴィオーラ、一応だけど父さんに渡した額と同じだけのお金を揃えて」
「筋通す必要ないでしょアレに」
「それはそれ、これはこれだよ」
「ラジャー」
姿を隠していたヴィオーラの気配が消えた。
「とりあえず、先生方に相談かなー」
部屋に戻って父さんからの話の流れを説明した。
説明が終わったと同時に扉が開いた。
「わ、私は嫌です、あの方の元に行くなんて!」
いつも感情を表さないサーシャさんが錯乱したように僕に縋り付く。
「サーシャさん落ち着いて」
過呼吸になっている。
うーん、三男兄さん嫌われ過ぎ。
「お見苦しい姿をお見せしてすいませんでした」
落ち着いたサーシャさんはお辞儀して部屋から出て行った。
「サーちゃんのあの反応分かるなー」
「いやらしい目で見てくるのよね」
「さすがに不快だった」
「あたいは女扱いされなかった。見た目がこうだから仕方がないけど、まあその分不快な気分にならなかったから良かったかな」
「まあ、サーシャは美人だしねぇ」
「美人?」
エル先生の言葉に疑問を口に出してしまう。
「お前……」
ラルフ先生が信じられないといった反応をする。
「まあ、その反応をする理由はわかるんですけど、生まれてこのかた屋敷にいたんですから、親族とサーシャさん以外に女性と接することが無かったんで、女性の見た目の基準はサーシャさんですよ、僕。母も姉達もサーシャさんより綺麗でしたし」
「あーなるほどねー」
「でも前世は?」
「その……、魔法一筋だったんで、知り合いに女性はいるにはいたんですけど、顔まではっきり覚えてる人はいませんねぇ……」
「ああ、そう……」
ちょっと可哀想な人を見るような視線で見られる。
「んーじゃあ、サーちゃんを基準にして出会った女性で誰が一番綺麗だった?」
え、何その怖い質問。
「女性の見た目を優劣をつけるのは良くないと思うんですよ」
「そんな綺麗事は今はいらないかな?」
「えー……」
うーん、人より綺麗かどうかっていうのはやっぱり気になるものなのかなぁ。
「じゃあ言いますけど、トップは普通にフィーン先生です」
流石に人間がエルフに勝てはしない。
「次点でエル先生でその次が戦乙女様ですかねー」
「やっぱり、あたいは入ってないか!」
「番外ですね。素顔を見たことが無いですからね、それで優劣をつけるのは失礼ですから」
「そういうことなら、実はギャリーが一番綺麗」
フィーン先生がそう言った。
「そうなんですか?」
「本当よ」
「マジだ」
「いやぁ、皆持ち上げ過ぎだって。でもまあ、髭剃れたならウィーの感想は聞いてみたかったかな?」
「ドワーフの女性の髭は人間の女性で言う所の髪と同じで魔力を溜めておくという役割がありますからね、しょうがないですよ」
「おー、女性ドワーフの髭の役割をちゃんと理解している人間は初めて見た」
「ぶっちゃけ、ドワーフの知識はギャリー先生のお父さんから教わったんですよ」
「関心したことに微妙に父親がチラつくってなんか嫌じゃない?」
とりあえずノーコメントにする。
「それで、サーシャのことはどうするんだ?」
「サーシャさん次第ですね」
「ふーん」
「入ってきたらどうだ」
いるの? と思ったら本当にサーシャさんが入って来た。
気まずくなって部屋から出たものの、気になって聞き耳を立てていたようだ。
「アル、どんなに安心できる場所でも気配は無意識に読めるようになれって」
「なんか常に人を見張ってる感じで拒否感があるんですよね」
「性分なんだとしても、危険はどこにでもあるんだから、割り切れ」
「はい」
「それで、サーちゃんはどうしたい?」
「私は……、ここを出たいです、ですがディック様とは嫌です」
おう、サーシャさんがここまではっきりと自分の考えを言うとは、それと三男兄さん嫌われ過ぎ何やっただろう、父さんの目があるから直接何出来たわけじゃないはずなのに。
「で、ウィーの答えは?」
「死んでもいい覚悟があるなら、ここから連れ出しましょう」
「お願いします」
即答ね。
「ま、いいでしょう。決行日は僕の誕生日前日としましょうか」
「結構先だがなんでだ?」
「単純にその日まで僕付きだからってだけですよ。あと、ちょっと準備したいことがあるんで」
「こういうのはすぐしたほうがいいと思うけどなー、まあ、ウィーに考えがあるなら従うけど」
「それと、エル先生」
僕が自分の頭をわざとらしく掻いてみせると、頷いた。
「本当に、貴方と関わりあってから、良くも悪くも退屈しないわね」
エル先生は僕への皮肉を言いながらさりげなくサーシャの頭に触れる。
何回か撫でて、サーシャさんの視界の外で一瞬険しい表情になった。
「いやぁ、照れますね」
「褒めてないわよ」
「とりあえず詳しいことは明日ということで、サーシャさんは仕事に戻ってください。当然のことですが、このことは誰にも秘密ですよ?」
「本当に連れ出してくださるのですか」
軽い感じで話が進んでいたからか、サーシャさんは半信半疑のようだ。
「はい、……えっと何に誓いますかね」
「いえ、何にも誓わなくて大丈夫です、ウィルアル様のことは信じていますから」
そう言ってサーシャさんは頭を下げて部屋から出て行った。
サーシャさんが部屋から離れていく気配を感じる。
「というわけで、そういうことになったので、お手伝いお願いします」
「おう」
「サーちゃんのことは好きだからねー、頑張るよー」
「それはいいんだけど、作戦とかはサーシャに教えるの?」
「それは勿論」
「全部筒抜けになるわよね?」
「どゆこと?」
「サーシャに黒魔法が掛かっているのよ」
「洗脳か」
「まあ、黒魔法をかけているだけで、全く縛ってはいないみたいですけどね。僕の場合は黒魔術を掛けられていると分かった時点で封印して頭の隅っこに放置してました」
「消さないの?」
「生まれてすぐに掛けられているので深層意識に根ざしていて、無理に消そうとすると精神に傷を負うんですよ。なので最近まで放置するしかなかったんですよね」
「それはお父様は知っているの?」
「知ってますよ。ただ何もしてこなかったので、父さんのルールを守ってさえいれば、好きにさせる方針なんでしょうね。万が一の保険なんでしょう。ただ今回のことに関しては完全に筒抜けになるでしょうね。なので、サーシャさんには大雑把な計画しか教えません、というか大雑把な計画にします」
「ということは大体はもう考え付いてるのか?」
「はい」
思いついていることを先生方に説明する。
「――という感じにしようかと」
「まあ一番安心安全なやり方だな。とりあえず下準備は全部俺らの仕事だな?」
「まあ、屋敷出られませんからね」
「分かった。しかし、計画がばれている前提の逃走劇か、詳細は伝わらないとしても、ちょっと面倒だな」
「期待してますよ、勇者様」
「鳥肌立つから止めろ。じゃあ俺達は今日は帰るわ、ま、明日から授業しながら精々悪巧みしようぜ」
「はい、よろしくお願いします」
先生方は帰って行った。
「ふう……。ヴィオーラ?」
「なんだーい」
「もしもの時のための用意を頼めるかな?」
「いーけど、もしもの時って?」
「それは当然――」




