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 もうすぐ儂は死ぬ。

 齢八十を越えてから数えておらぬから分からないが、おそらく九十前後にはなるはずだ。

 大往生だ。

 ここ数年は寂しい生活を送っておったが、人生の大半は幸せであった。

 来世があるならば、同じように幸福に生きて、一人で死なず看取ってもらえるに、生き抜きたいものだ。

 眠るように目を閉じた。


 その日、かつて大賢者と呼ばれたが晩年は凋落した老人が一人静かに逝った。




(ふわぁ~、あー、よく寝たのー)

 欠伸をしつつ両手を頭の上に伸ばす。

 今何時じゃ? と起きようとしたが、体が思うように動かない。

(なんじゃと、老いても運動は欠かさずおったから、生活に問題ない程度には体が動いておったのに、少し寝ただけで動かなくなった……じゃと?!)

 と、ふと違和感を覚えた。

(あれ? 儂は死んだのはずでは……)

 目だけは自由に動かせたので、周りを見渡してみると、全く知らない部屋の柵付きベッドに寝かされているのが分かった。

(誰にもはいれないようにしてたはずじゃが……。偶然に儂を越える魔法使いが尋ねてきてくれたのかの?)

 何日も体を動かしていなければ体は硬くなる、老人なら尚更進行が早いだろう。

 だが、今この体が動かないという状態はちょっと違う気がする。

 なんというか意思と身体が紐付けされて無い感じというか。

(とりあえず、誰か近くに居らんか、声出るかの?)

 おーい、と声を出してみると、突如赤ん坊の声が部屋に響いた。

 一瞬、赤ん坊が近くにいるのかと思ったが、すぐに違うことに気付いた。

(あー……、これ儂の声じゃなー……)

 唐突に青い空を見に行きたいという衝動に駆られたが、現実逃避が出来ようもなく諦めた。

(転生って本当にあったんじゃなぁ~……)




 十二年後。

 あまり日当たりの良くない部屋で本を読んでいた。

「暇だな」

 生まれ変わって六年、とりあえず健やかに成長した。

 恙無くとはいかなかったが。

 今世の名前はウィリアル=ポートレット、侯爵の六番目の子として生まれた。

 男だけでいうと四男に当たる。

 さらに言うと、正妻の子である第一子長男と第二子長女と第四子次男とは同じ母親で、第三子次女と第五子三男は同じ愛人のから生まれた僕とは腹違いの兄弟だ。

 この時点で、あんまりなのだが、生まれた順番以上に悪いことがあった。

 魔法の資質が無かったのだ。

 無かったというのは言い過ぎだが、生まれてすぐに魔法資質が測られるらしいのだが、五段階評価でレベル0だったそうだ。

 正確には資質はあるが、レベル1に達しない程度ということらしい。

 平民の平均が1でちょっと才能があると2、努力しだいで3になる者もいるという話だ。

 貴族の平均は3で、レベル5は数年に一人の天才になる。

 平民でも貴族レベルになれるのだが、一生を費やしてやっとレベルが一つ上がるというものなので、どうもこうもしようがない。

(前世では大賢者とか言われてたんだけどなぁ、剥奪されて落ちぶれたけど)

 過去の栄光にしがみつくことはないが、流石にへこんで溜息が出る。

 そういうことで、次女と三男にいじめられることになった。

 まあ流石に正妻の子を表立っていじめてこようとはしないが、裏では積極的に行おうとする。

 いじめのことは家族も使用人も全員知っていて、見てみぬふりをしているのだが。

 だがまあ、子供相手に老いぼれとしての前世の記憶がある自分をどうにかしようとしても、どうとでも対処できるので問題ない。

 しかし別の問題があった、日々の大半が暇なのだ。

 前世では色々と忙しかった、現世でも行っている神々等への祭事―― この時代には残っていなかったので、奇行として見られている―― をしたりお金を稼いだりとしていたが、現世では魔法資質がゼロなばっかりに、何かをさせてもらえるということが無く、自由に使える時間に比べて、やることが少なかった。

 だから、祭事が無い日―― ほぼ毎日なのだが―― は本を読むしかなかった。

 六歳になると通例として学院にあがる前に家庭教師を付けられるのだが、そういう話もなかった。

 家庭教師は魔法以外にも文字の書き読み等を教えるという役割もあるのだが、前世の記憶のおかげで読み書きが出来たので、必要がないと思われているのかもしれない。

 一番の理由は魔法素質ゼロの子を出来るだけ人目に付けたくないと言うことだろう、家庭教師って大体が同じ貴族だから、まあ色々と話が広がる。

 俺の素質がゼロのことなんか、二日で広まったらしいし。

 そして、十二歳になり、学院に入学する年齢になったが、そんな話は一度も聞くことは無かった。

 こんな扱いではあったが素質の結果が分かった時点で、殺されなかっただけマシだと思っておこう。

 そう思いつつも、魔法の本を読まさせて欲しいとは思う。

 死んでから三百年経っていた。

 仮にも大賢者といわれていたのだ、長い年月でどれだけ魔法が発展したのか知りたいと思うのは当然だ。

 大賢者時代に国の依頼で携わった研究が実ったのか腐れたのかなんかも、気になる。

(前世の住処に残してきた素材も資料も回収したいな)

 風化や劣化しないように処置はしてある。

 それでも、駄目になったものはあるだろうが、見に行くだけでも価値はあるはずだ。

 大賢者の称号を剥奪された時に、大勢いた弟子達はまるで火事場泥棒のように金になりそうな物を全て持っていった。

 だが本当の本当に大切な物は誰にも知られないように厳重に保管していたので気付かれなかったし、もう僕以外に入ることが出来なくしてあるので、盗まれてはない筈だ。

 貴重な物ではあるが厄介な品物でもあるので、資質がゼロの今の自分では扱いきれないのは分かりきっているはいるが。

 まあ確認しに行くだけでも実行することが出来るのか怪しいんだけど。

「あれらを腐らせて置くのは勿体無いんだけどなぁ」

 未練たらしくしていると。

 コンコン。

 ノックがした。

「どうぞー」

「失礼します」

 メイドさんが入って来た。

 僕の専属メイドのサーシャさんだ。

「どうしたんです?」

「旦那様がお呼びです」

「んー、なんのようだろ? 今日は奇行って言われるようなことはしてないし、静かにしてたはずだけど、次女姉さんと三男兄さんが何か嘘の報告でもしたかな?」

「まだご用件も分かっていないのに、ご兄弟を悪いように言ってはいけません」

「ははは、うん、そうですね」

(さて父さんとはいつ以来振りに会うだろうか、もう憶えてないなぁ。次会えるのがいつか分からないし、あの提案をしておこう)

 さっきまで久しぶりに会えることがどうでもよかったが、ちょっとだけ楽しくなった。

「嬉しそうですね」

「あれ? わかるんですか」

 いつも微笑みを浮かべるようにしてるから、嬉しいとかわからないはずだけど、ちょっと気が抜けてたかな。

「長くお側にいますから」

「そうなんですね」

 朝と夜の挨拶と食事に呼びに来たときと、こうやって父さんに呼び出されたときぐらいしか会うことがないけどね。

 サーシャさんが父さんの書斎のドアをノックする。

「入れ」

 厳かで渋い声が聞こえてきた。

 前世では自分の声はどちらかというと高く明るい声質だったので、父さんの威厳ある低い声に正直憧れる。

「失礼します」

 サーシャさんが開けてくれたドアをくぐって部屋に入る。

 父さんの机の前に行って頭を下げる。

「久しぶりだな」

 声を掛けられたことで、頭を上げて視線を合わせた。

「お久しぶりです。それで何の御用ですか?」

「当面のお前の今後についてな」

「あ、そういう用件なら、僕から提案があるのですが」

 父さんの話を遮ったからか、執事がピクッと反応する。

 親子の会話なんだからこれぐらいいだろうに、資質として父さんの子供と認めてないってことなんだろうけど。

「ほう」

「十五歳、つまり成人したら貴族として家名を返しますので、屋敷内外の魔法に関する物を閲覧する許可をください。出来れば父さんが閲覧できるレベルで、大図書館と中央博物館の物の閲覧許可も」

 おお、鉄壁に近い執事の表情が驚愕になってる。

「……言っている意味が分かっているのか?」

「そうは言われても、そもそも四男なんて平民になるのは当たり前の話ですし、どうせ僕が提案しなくても、そうするつもりだったでしょう父さんは。あえて僕から提案したのは魔法関連の資料を読めるようにして欲しかったからです。理由ととしては、ほら、出来ないからこそ憧れるってあるじゃないですか、それですよ」

「それは貴族をやめるほどの価値があると?」

「僕には貴族としての価値が無いですからね」

「お前にはある貴族と繋がりを作る為に、婿養子として許嫁がいる、そういう価値があるのだが」

「それって僕が生まれる前に交わした約束ですよね。僕が欠陥品と分かっている今なら大喜びで無かったことにしてくれますよ。というかそんな話が来てたんですね」

「こう見えてもわたしは、商才があってな」

「ああ、お金が欲しい人がいて、その人は家より爵位が上なんですね」

「そういうことだ」

「それなら、三男兄さんに変えたらどうですか」

 基本的に家族の近況なんて教えてもらっていないが、確か許嫁とかいなかったはず。

「話は分かった」

「じゃ、そういうことなので退室しますね」

「わたしの話が済んでないが?」

「今、許可を頂けるということで?」

「お前の提案を許可しよう」

 おお、執事目をひん剥いてるよ。

「その代わり、教育係をつける」

「教育係?」

「その人材を見つけるのに時間が掛かったが、やっと見つけてな。連れて来い」

 言いつけられた執事が頭を下げて呼びに行った。

「冒険者ですか?」

「何故そう思う?」

「魔法の資質がゼロの僕に出来る仕事はほぼありませんからね。それでもお金を稼ぐことが出来そうな職業と言ったら、何でも屋である冒険者ぐらいかなと」

「話がスムーズに進んで、良かったよ」

 ドアが開いて、男女四人が入ってきた。

 人間二人にドワーフ一人エルフ一人のパーティだ。

「へぇ、珍しい組み合わせを見つけてきたんですね」

「珍しい?」

 エルフ冒険者が反応した。

「ええ」

「たしかにエルフは珍しいだろうが、物珍しい物を見るのをやめてくれないか」

 リーダーらしい人間の男性がそう抗議してきた。

「すいません。でもエルフの方ではなくて、ドワーフの女性をパーティに入れているのが珍しくて、つい」

「あたいのことわかったの?!」

 ドワーフは女性でも髭が生えているので見た目で性別も判りづらく年齢なんて更に分かるはずも無い、なので声が若くて驚いた。

「まあ、なんとなく。それよりも結構声が若くて驚きました」

「流石に若さは分かんなかったかー。まあこんなかで二番目に歳くってはいるけどねー。いやー君気に入ったよ、大分不安だったんだよねー」

「ははは」

「ふむ、大丈夫みたいだな。ウィリアル用件はすんだ、下がりなさい。君達も一緒に」

 サーシャさんがドアを開けたので冒険者達と一緒に出る。

「あ、そうだ。父さん魔法関係のはいつ見ていいのですか?」

「大図書館と中央博物館は数日待て、この屋敷の分なら明日から好きに見ていい」

「わかりました。それでは失礼します」

 廊下にでる。

「どうしましょうか、僕の部屋に連れて行ったらいいのかな? そんなことより、皆さんに部屋は用意されてるのでしょうか?」

「いいや、部屋は用意されていない。君の教育係を依頼されたが、条件の一つに自由に他の依頼を受けてもいいとしてもらった、期間が長すぎるからな。本音をいうとこっちは副業だ、だからこの後も街に帰る」

「なるほど、じゃあ僕の部屋に行きましょう」

「ウィリアル様の部屋ですか?」

 サーシャさんがちょっと難色を示す。

「応接室は誰かが使っているかもしれないですからね。そうだ、サーシャさん父さんに別館に部屋を移すことにしたって言っておいてください」

「それは……」

「サーシャさんの手間が増えますけど、まあ、問題無いですよね? 父さんもこの程度は許可をくれるでしょう。部屋に連れて行くぐらいなら、僕でも出来るんでよろしくお願いします。さ、先生方いきましょうか」

「おおう、先生だってー」

 ドワーフ先生が嬉しそうだ。

 他の三人は嫌そうだったが。

「ウィリアル様、後でお話が」

「僕には無いんで、無しで」

「かしこまりました」

 サーシャさんはお辞儀して父さんの部屋に踵を返した。

「話ぐらい聞いてあげたらいいのに。君のこと気に入ってるけど、嫌な貴族ムーブはいただけないなぁ」

「聞いてもしょうがないですから、この屋敷で僕が出来ることなんて無いも等しいですからね。聞く意味が無い」

「ちっ」

 男性冒険者が舌打ちした。

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