二人で紡ぐ過去(これまで)と現在(いま)と未来(これから)。
◇(ユキ)
「ユキ、貴女のことが好き。これからは姉妹じゃなく恋人として付き合って欲しい」
お姉ちゃんからの突然の告白にいつものようにお姉ちゃんに抱き着いて甘えていた私はびっくりして思わず顔を上げてしまった。
私の血の繋がらない大好きなお姉ちゃん。
それまでは赤の他人同士だった私たちが姉妹になったのは今から三年半前。
今日のように外に雪の降る寒い日の夜のこと。
物心ついたその頃から生みの親から虐待を受け、挙句の果てにもういらなくなったからという理由で捨てられた私は行く当てもなくふらふらと彷徨った末に小さな公園の遊具下で座り込んで縮こまっていた。
体だけじゃなく心まで凍り付いてしまいそうな寒い夜。後は死を待つだけだった。夜が明けて朝になったら私は確実に凍死しているだろう。
『私、何のために生まれてきたのかな……』
そんなことを考えながら自分自身を嘲笑したとき、私の前に現れたのがお姉ちゃんだった。
「えっ? 子供? 貴女こんなところで何してるの!?」
たまたま。お姉ちゃんが私を見つけたのは本当にたまたま。
学校帰りにこの公園の近くのコンビニに寄って、ベンチに腰を下ろして肉まんを食べようとしていたら異臭が漂って来たから、その臭いの元を確かめようとその場所に近寄ったら私がいたというわけだ。
その臭いは当時の私の体臭だ。私はもう数年間は家に入れてもらえず納屋で飼われていて、そこにはお風呂なんてないから体は汚れ放題で、生みの親曰く[腐った卵みたいな臭い]な体臭だったらしい。何はともあれ臭いで見つかるなんて私にとっては恥ずかしいことだ。けどそのおかげで助かったのも事実だからこの時のことは今思い出しても微妙な気持ちになってしまう。
「お姉ちゃん、誰?」
「わたし? わたしはサキっていうの。それより貴女……」
見知らぬお姉ちゃんの手が私の額にそっと添えられる。
こんな臭い私に触ると綺麗なお姉ちゃんが汚れちゃうよ!
そう思ったけど、長年の栄養失調とこの寒さとで動けなくなっていた私にはその手を避けることなんてできなかった。
「酷い熱!! すぐに病院に連れて行かないと。ねぇ、貴女の家は何処? 言える?」
「私……」
「うん」
「捨てられたから家ない」
「は?」
後のことはあんまり覚えてない。
お姉ちゃんが言うには私はこの後高熱によって倒れて意識を失ってしまったらしい。
その後お姉ちゃんは私を病院に連れて行ってくれて、そこで看護師さんと一緒にお風呂に入れてくれて、医者から診察を受けて栄養失調と感染症による熱風邪と診断されて、それから私が起きるまでずっとお姉ちゃんは私に付き添ってくれていた。
目が覚めてからは、あれよあれよという間に物事が進んだ。
仕事の都合でお姉ちゃんとは別の町で暮らしてるお姉ちゃんのお母さんがお姉ちゃんからの連絡で飛んで来て、そのお母さんが私の生みの親に私を引き取る旨を交渉しに行って、それはあっさりと良いように決まったらしいけど、お母さんは般若みたいな顔をして帰ってきた。
もしかして決裂したんだろうか? そんな風に思ったらしいお姉ちゃんがお母さんにその顔の理由を聞いたところ、生みの親は私のことを「あいつが欲しければ金貨一枚(十万ベル※)で売ってやる」と言ったそうだ。金貨一枚と言えばこの国の庶民のひと月分の給金相当。それを聞いたお姉ちゃんは即座にお母さんと同じような顔になってベッドに半身だけ起こして二人の話を聞いている私を抱き締めてきた。
「酷い……。なんでそんな……。自分の娘に! なんで……」
お姉ちゃんは生みの親の仕打ちを聞いて私が辛い気持ちになってるって思ったのかもしれない。
でも私は『そんなものだろうなぁ……』くらいにしか思っていなかった。
それからはお姉ちゃんとたまに帰ってくるお母さんと三人で暮らすことなった。
最初は私もお姉ちゃんたちも緊張していたし、何処か余所余所しかったことを覚えてる。
でも半年程経つ頃には私はすっかりお姉ちゃんに心を開き、お姉ちゃんが何処に行くにも着いて行こうとする甘えんぼなシスコンになっていた。
◆(サキ)
きっと幼い頃から愛情を与えられずに育ってきたからその反動が出ているんだと思う。
何処に行くにも着いて来てわたしに甘えてくるわたしの可愛い妹。
妹は、ユキは本当に可愛い。見つけた最初の頃は、あまり良い表現ではないけど、浮浪児だったけどお風呂に入れて、お母さんがボサボサで伸び放題になっていた髪を整えて、栄養失調が幾分か解消された頃にはそれはもう可愛い女の子がそこにいた。
青く澄んだ深い湖面みたいな色の丸い瞳、ショートボブなさらさらの白金髪、整った顔立ち、華奢というか痩せすぎではあるけどちゃんと女性らしい形をしている体、病的な程に白い肌。
わたしの紅色の瞳に胸までの黒い髪とは対照的。
そう言えばユキという名前はわたしが付けた。
ユキの意識が戻ってから名前を聞いたところ、それまでは「お前」とか「おい」とか呼ばれてたから名前はないっていう事だったから。
だからユキ。真冬の寒い雪の降る日に出会った女の子だから、雪みたいな髪と白い肌の女の子だから。そう名付けた。
「ユキ」
驚くことにわたしとは三歳差。
わたしが十六歳だからユキは十三歳。
正直もっと年下だって思ってた。
だってユキはどう見てもその年代の女の子たちより縦も横も小さい。
そんなユキを抱き締めてわたしはわたしが付けた妹の名を呼ぶ。
「なぁに? お姉ちゃん」
と嬉しそうにそう返事するユキが可愛い。
もうすぐユキはこれまで行かせてもらえてなかった学校に通うことになる。
虐められたりしないだろうか、わたしがいなくて泣いたりしないだろうか、不安になって精神を病んだりしないだろうか。
やっぱり行かせたくない。このまま家に監禁してしまいたい。
お母さんに言うと叱られてしまった。
だってだって、ユキはこれまでろくに人と関わってこなかったんだよ?
そんな子が、わたしの体の何処かに触れてないと安心できずに縮こまってしまうような子が、寝る時も一人だと寝れないような子が、一人で学校に通うなんて私は不安になるに決まってるじゃない。
大丈夫かな。ユキの行動を逐一知るための方法が欲しい。
◇(ユキ)
私はろくに学校に通わせてもらってなかった。
だからお姉ちゃんとお母さんに常識と勉強を教わるまではその辺にいる初等部低学年と同じくらいしか物を知らず、常識とか行動とかそのレベルだった。
けどお姉ちゃんとお母さんから教わる勉強は思いのほかに楽しくて、そのおかげで私はお姉ちゃんとお母さんがびっくりする速度で年相応の知識を身に着けていった。
そんな私の初登校日。何故か私よりお姉ちゃんの方が緊張していて、そんなお姉ちゃんを横目に見てるお母さんはため息をついて呆れている。
中等部の職員室迄二人とも着いて来てくれて、編入という形になる私への教師の人たちからの説明を一緒に聞いてくれて、それが終わればいよいよ私は一人の中等部学生。
不安と希望。この時は不安が遥かに大きかったけど、結果から言えば私の中等部デビューはあの不安は一体なんだったんだろう? っていうくらいに上手くいった。
教室に入って、先生からの自己紹介を終えてホームルームが終わっての休憩時間。
クラスメイトに囲まれて色々聞かれて、過去をちょっとだけぼかしながら応えて、それが四時間目の休憩時間になるまで繰り返された頃、何故か私はクラスのマスコット的な存在に祀り上げられていた。
訳が分からない。初日でどうしてこんなことになるんだろう?
不思議に思って早速できた友達に聞いてみると私が小さいし、笑顔が可愛いし、何か食べてる時の顔が小動物みたいで可愛すぎるからってことだった。
どおりで何かお菓子をくれたり、お弁当のオカズをくれたりする子が多いなって思った。
餌付けされてたらしい。それを知って微妙な顔をしてたんだと思う。友達が朗らかに笑う。
「可愛いよね」
「褒められてるのかな?」
「勿論! 兎に角これからよろしくね。ユキちゃん」
「うん! こちらこそ」
学校生活、上手くやっていけそうで安心した。
明日からも楽しみ。
「ただいまー」
「ユキ!!」
学校から帰ってきたらお姉ちゃんがバタバタと玄関まで走ってきた。
先に帰ってたみたい。お迎えが嬉しくてお姉ちゃんに抱き着くとお姉ちゃんは私の腰に手を回してくれながら私に学校でのことを聞いてくる。
「どうだった? 学校」
「えっと……」
包み隠さずに話した学校でのこと。
この時のお姉ちゃんの顔は忘れない。
私の話を聞いて嬉しそうなような、イライラしてるような、不安そうな、そんな顔をお姉ちゃんはしていた。
◆(サキ)
正直安心で不愉快だった。
ユキが一人でも大丈夫だったこと、皆に認められたことは嬉しい。
でも同時にわたしのユキを取られたりしないか不安になり、そんなことを想像して不愉快になった。
甘えぼのユキ。いつかわたしより友達の方がいいって言い出すんじゃないだろうか。
距離ができて、精神的に大人になって、甘えてくれなくなっていって……。
凄く嫌だ。ユキにはこのまま変わって欲しくない。甘えんぼのままていて欲しい。大人になってもわたしに甘えてくれたら最高だ。
それでもこの頃はまだユキのことを妹として見ていた。
それが変わったのはわたしとユキの学年が一つ上がった頃。
その日はユキがわたしより先に学校から帰っていて、呼んでも返事がないから心配しつつ家に上がって、そしてリビングのソファで寝落ちしたらしいユキを見たときに心臓が跳ね上がった。
制服のまま寝落ちているユキはスカートがちょっと捲れ上がってしまっていた。
その姿、いつもお風呂に一緒に入っているからユキのもっとあられもない姿を見慣れている筈なのに……。
それに夕焼けに照らされているユキの姿。妙に色っぽくて、女の子で女性で、気が付けばわたしはユキの唇に吸い寄せられる感じでその唇にわたしの唇を重ねてしまっていた。
柔らかかった。この時ユキから女の子の匂いがした。
それに脳をやられてじっくり味わいたいって思ったけど、ユキが少し苦しそうに身じろぎしたから、わたしはすぐに唇を離した。
『わたし、何して……』
冷静になるととんでもないことをしてしまったって気がして咄嗟にユキの顔を見た。
その時はまた安らかな寝顔。可愛くて、何か幸せそうで、わたしの中の罪悪感は何故かゆるゆると萎んでいった。
その代わりに湧き上がってきたのが甘酸っぱいと表現してしまう何か。
顔は熱くなり、心臓が早鐘を打ち出してわたしはまさかのことに焦って何度も何度もその気持ちを否定しようとした。
でもダメだった。一度自覚するとそれはどんどんわたしを侵食して蝕んでいった。
苦しい気持ち。それに悩まされ続ける日々。
どうしても我慢できない日はユキが寝ている時にこっそりキスをして自分自身を納得させて満足させた。
それで上手くいっていたのだ。こないだまでは。
学校からの帰り道で見てしまった。
ユキが同じ学校の中等部の男子に告白されているところ。
その男子はユキにフラれて肩を落として帰っていったけど、それを見て安心したけど、すぐに湧き上がってきたのは、敢えて考えないようにしていた、封印していた気持ち。
ユキの隣をいつかわたしではない誰かが歩いているのではないかっていう漠然とした妄想。
吐き気がした。そんなもの耐えられない。ユキが誰かのものになって、その誰かを家に連れてきて、万が一紹介なんてされたら……。
「あ、無理だ」
ダメになったわたしはユキに自分の気持ちを吐露することにした。
夜になり、いつものようにわたしに甘えてきたユキにわたしは緊張しながらも告げる。
◇(ユキ)
私は見上げたお姉ちゃんの顔をじっと見ていた。
今日、告白はこれで二回目だ。
学校の帰り道のこれから家が建つのであろう、今はまだそのための小さな広場になっているその場所で男子から告白された時は心はいつもと同じだったけど、お姉ちゃんに告白されて今は表現しづらい感じで心がざわめいている。
「……お姉ちゃんは私に恋してるの?」
「うん。そう」
「恋ってどんな感じ? お姉ちゃんの気持ちには答えたい。でも私には恋って分からなくて……」
「じゃあキスしてみる?」
そう言うお姉ちゃんの顔は真っ赤だった。
それを見てまた一段と私の心はざわめきを増す。
「嫌だったら避けて」
短くそう言うと私の唇に迫ってくるお姉ちゃんの唇。
途中まで自分でも何故か分からないけどガン見しちゃってたけど、唇同士が触れるか触れないかの距離まで来た頃、私は目を閉じていた。
そのすぐ後でお姉ちゃんと重なった。
初めての筈なのに初めてじゃないような気がする。
もっと前からお姉ちゃんを知っていたような感じ。
そのお姉ちゃんを強く感じた日は私は幸せって感じて何か甘い夢を見た。
「ユキ、どうして避けなかったの? 期待してもいいの?」
「なんだか」
「ん?」
「……初めてじゃない気がする。もっと前からお姉ちゃんとキスしたことあったような感じ」
「う……」
お姉ちゃんの顔色が悪くなる。
目線を彷徨わせて狼狽える。
「な、なんでだろうね?」
「……好きだったのかな」
「え?」
「そう感じちゃう程、私は自分で気付かずお姉ちゃんが好きだったのかな」
「……いや、そんな可愛いこと言われるとやばいんだけど。……っていうか原因はわたしがユキが寝てる時にキスしてたからだし、絶対」
やばいんだけど。の後小声になったから聞き取れなかった。
何言ったんだろう? 気になる。
「……………」
「……………」
真っ赤な顔で目線をあちこちさせてるお姉ちゃん可愛い。
私から目線を外しながらもたまに私を見るの凄く可愛い。
「お姉ちゃん」
「は、はい!!」
「私、姉妹っていう関係も好きだから姉妹やりながら恋人関係になりたい。我が儘だけどそれじゃあダメ? 後、もう一回キスしたい」
「くふっ……。ユキ……、可愛いのいい加減にして」
「へ?」
「ああ、そっか。上目遣いはわざとじゃなくて身長差のせいか。破壊力が」
「お姉ちゃん?」
「やばい、まじでやばい、可愛い、やばすぎなんだけど、なんだこれ」
「………」
呼んでも応えてくれないからイラッとしてきて私からお姉ちゃんにキスすることにした。
お姉ちゃんの首に手を回してこっちに引っ張るようにしてのキス。
「答え聞きたいなぁ……。お姉ちゃん……。……………サキ」
「………条件勿論飲むわ。後、理性がもう無理。ごめん、ユキ。先に謝っとく」
「え?」
私はその後、お姉ちゃんに襲われた。
お姉ちゃん、私ショートボブだからこんなところに痕残されると隠せないのだけど。
明日学校どうしよう。事の後、鏡を見て呆然とする私。
「ごめんね。つい」
「ついって……」
目と目とが合わさる。
その後、ややあって何故かき出してしまう私たち。
「「ぷっ、ふふふふふっ、んははははははははっ」」
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「大好き」
始まりは絶望から。
そして深くて暗い闇に光を与えてくれたお姉ちゃん。
私たちは二人で紡いでいく。
これからを――――――――。
*
二人で寝てもまだ余裕のあるサイズのベッド。
素肌で感じるお姉ちゃんの温もりと柔らかさ。
遠くに楽しそうな小鳥たちの囀りが聞こえる。
朝がきたみたい。起きないといけないけど目が開かない。
「うぅ……。学校……でも眠い」
体が怠い。今日は楽しみにしてた魔法学がある日なのに。憧れの魔法。
いつか私もお姉ちゃんと一緒にお姉ちゃんのお母さんみたいな魔女になりたい。
覚えた魔法は人のために使いたい。私が生みの親から受けた虐待の傷を魔法でお母さんが消してくれたように。
それを思い、体に鞭を打ってのそのそと起き上がろうとしたらお姉ちゃんの手が私に伸びてくる。
「ふぁ……二度寝しよ?」
「今日平日だよ!?」
「ん……ユキ」
「きゃっ!」
布団に引っ張られて、お姉ちゃんに抱き締められてしまった。
好きな人の温もりで自然と瞼が落ちてくる。
こんなことでいいのかな。
私もお姉ちゃんも恋に溺れそうな気がする……よ。
*
――――――――
後日談
――――――――
◇(ユキ)
私と私の血の繋がらないお姉ちゃんが姉妹で恋人っていう関係になってから数日後のこと。
その日私は、もう二度と会いたくないと思っていた人たちと再会してしまい、追い詰められていた。
「あんた、久しぶりね。暫く見ないうちに随分と綺麗になったじゃない」
「ああ、これなら問題なく金になりそうだ」
それは私の生みの親。
下卑た顔で私を見て嘲笑う元母親と舌なめずりしながらこちらに近寄ってくる元父親。
ここは比較的人通りが少ない場所。右側には山の裾野が広がっていて、左側には地元民しか訪れない小さな神社への道と畑と納屋のような建物が何棟かまばらに並んでいるだけの本当に静かなところ。
少し走れば住宅街に出るのだけど、生みの親を前にした私はトラウマが蘇っていてそこから少しも動くことができない。
足が竦んで、喉が渇いて、体が震える。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?
ほんの少し前までは親友のミアと一緒にいて、たわいのないお喋りをして笑いあっていたのに。
それが家の方向の違いからミアと分かれて、一人になったと同時になんでもない幸せな日常は悪夢の日常に代わってしまった。
これは偶然じゃない。生みの親は私を待ち伏せしていた。
多分何日か前から私のことを見張っていたのだろう。
その証拠に私が一人になるのを見計らって、生みの親は並ぶ納屋の一角の陰から出て来て私の前に現れたのだから。
「何震えてんだよ。昔を思い出しちゃったかぁ?」
ついに元父親が私の目の前に到着して私の肩にその手を置く。
条件反射的にびくっと跳ねる私の体。
耳に届く元母親の残酷な言葉。
「貴方、顔はダメよ」
「分かってるって。女は顔だからな」
次の瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。
殴られたと気付いた私は無意識的にその場に屈みこんで生みの親に命乞いをしていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もうしません、許してください。殺さないでください。お願いします。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
血の気が引いて気を失いそうになる。
なるけど、ここで気絶してしまったら私は終わりだ。
生みの親が何を企んでいるのか、どうして今更私に会いに来たのか知らないけど、とにかく碌な目に合わないことは確実だろう。
なので必死に意識を保つように耐える。
そうしていると元父親が私の髪を掴んで無理やり私を立たせ、私に告げて来るのはこのクズ親たちのろくでもない計画。
「なぁ、俺たち金に困ってんだよ」
「……おか、ね?」
「ああ、そうだ。だからお前を娼館に売って金に換えちまおうと思ってな」
「っ!」
「だからお前をここまで迎えに来たってわけだ」
思わず茫然としてしまう。
この人たちは私の人生を狂わせておきながら、それでは飽き足らず尚も壊そうというのか。
「い、いや……、絶対に嫌!!」
私の髪を掴む元父親の腕目掛けて手を振り上げ、爪で思い切りその腕を引っ掻く。
「っっっ!! てめぇ、何しやがる」
それにより元父親が手を離した一瞬の隙をついて逃亡を試みるけど、背を向けて走り出そうとしたところをすぐに押さえられてしまった。
右腕を後ろに回されて押さえられ、その腕を捻り上げられる。
脳に走る激痛。続いて膝を強く蹴られて私は無様に体勢を崩してしまう。
背後から元父親の怒り狂った声が私の耳に届く。一連の出来事を突っ立って見ていた元母親からは元父親を揶揄う声が。
「こんなことしてただで済むと思うなよ」
「そいつにしてやられそうになるとかださっ。代わってあげようか?」
「うるせぇ。ちょっと油断しただけだ。もう抵抗させねえよ」
体が地面に押し付けられる。
元父親が私の背中にまたがって来て、その状態で両腕を後ろにされて掴まれる。
こちらに近づいてくる元母親。
その手に持っているのは隷属の首輪と手枷。
いずれも金属製。それから発せられる冷たい光沢が私の背筋を凍らせる。
手枷はまだいい。自由が奪われるだけだから。
だけど隷属の首輪はそれだけじゃ済まない。嵌められたその瞬間から嵌められた者は嵌めた者の言いなりになってしまう。
意識があるのに自分の意志では望まないことをさせられることの恐怖。
これまでの人生でそんな恐怖を味わったことはないけれど、想像するのは易い。
「いや……。やめてください……。お願いします……。もう逆らいませんから。隷属の首輪、っだけは」
「うるせぇよ。お前はここで終わるんだよ。人生諦めろ」
最初に腕に冷たい感触。続いて首に隷属の首輪が回される。
これで私は終わりだ。元父親の言う通りに人生を諦めそうになった時に脳裏に大好きな人の笑顔が蘇る。
サキお姉ちゃん――――――――。
何を諦められようとしていたんだろう。
私がいなくなったらお姉ちゃんは絶対に悲しむ。
もしかしたら最悪な結末を迎えようとするかもしれない。
私はそれだけお姉ちゃんに愛されてる自信がある。
「ざっけんな!!」
お姉ちゃんを思えば気力が戻ってきて勇気が沸いてきた。
私は今までの弱いだけの私とは違うんだ!! 今の私は何も知らない私じゃない。
頭の中で魔法を素早く構築して発動。
半径10メトル(※)で地面が凍ってその範囲内の空気が冷たく下がる。
「な、なんだ」
「何よこれ。まさか、魔法?」
この世界の女性は誰でも魔法を使うことができる。
男性は使えないけど、その分だけ女性よりも何倍も体力面が優れている。
でも……。
学習しようとしなければ、鍛えなければ、ただの人だ。
生みの両親はクズだから人でしかない。
一般人が魔法使いに勝てるわけがないんだ。
それは当たり前の道理。世界の真理。
凍り付いた地面から氷柱が生えて生みの両親を襲う。
元と父親と元母親は私に隷属の首輪を嵌めることも忘れ、血相を変えて逃げようとするけど、すでにこの半径内は氷の壁に覆われていて逃げ場はない。
「ひっっっ!!」
「な、何よこれ。なんであんたが魔法を使えるのよ! どうして!!」
「ヒーチクパーチク煩い!! 黙れ!!」
手枷を瞬間的に凍らせて、次に地面に全力で叩きつける。
脆くなった手枷は簡単に割れて私は自由。
ゆらりと幽鬼のように立ち上がって生みの両親を見る。
「「ひっっ」」
心の底から怯えきった表情。
こんなのに私は怯えていたのか。
ちょっと前の自分を振り返って自身を冷笑する。情けないな、私。
「………」
無言で生みの両親に魔法の氷柱をけしかける。
正し、殺さないように。皮と肉を薄くだけ切るように調節をして。
「殺さないでくれ。頼む、許してくれ!!」
「貴女はあたしたちの娘でしょう。お願い、こんなことやめて」
四方八方から襲い来る氷柱。生みの両親の体はその切っ先により切られて全身ボロボロ。赤に染まっている。
元母親の方などはそれに加えて下半身から別のものが滴っている。
私はこれよりも酷い暴力を振るわれたことがある。
生と死の狭間を彷徨ったことがある。
それに比べて現在生みの両親が受けている苦痛は全然生易しいものだ。
それなのに見苦しく喚いて、暴れて。人を傷つけるのはいいけれど、自分が傷付けられるのは嫌。
人を傷つけたら復讐されるかもしれないって考えるべきだ。
自分だけは何しても許されるなんて考えが甘すぎる。
「バカな人たち」
思わず笑う。と、元父親が睨んでくるが手の平に冷気を発生させ、それを見せつけて睨みを黙らせる。
さて、これからどうしようかな。
いつまでもこんな人たちの相手をしている程、私は暇じゃない。
というか帰りたい。お姉ちゃんに会いたい。会って抱き締めてもらってこの出来事を忘れさせてもらいたい。
「………」
氷柱の攻撃を停止させて、一旦地面を平らな氷結しただけの地面に戻す。
「助かった」なんて声が生みの両親から聞こえて来るけど、勿論そんなことはない。
手を上に挙げて今度は空中に氷柱を千柱発生させる。
後は私が挙げた手を下げたら氷柱は容赦なく生みの両親を襲って元父親と元母親は人生の終わりだ。
「さよなら」
それが分かったのだろう。絶望した顔をしている生みの両親に別れの挨拶を告げて手を下げようとする。
その時に私の体を包む温かいもの。
「ユキ、こんな奴らのために貴女が手を汚したらダメよ!!」
温もりの正体はお姉ちゃん。強く抱き締められたことで私の意志が搔き乱されて、それによって構築していた魔法が霧散する。
「間に合って良かった……」
「お姉ちゃん、どうして?」
「下校していたらユキの魔力が凄い勢いで高まっていくのを感じて、それで何事かと慌てて走ってきたら貴女が連中を殺そうとしてたものだから、焦ったわ」
「そ……っか。私、人を殺そうとしてたんだ」
その時は何も思わなかったのに。お姉ちゃんに指摘されて肝が冷える。
後少しお姉ちゃんが止めに来るのが遅かったならば、私は確実に生みの両親を殺していただろう。
その後どうなっていたか。殺したことそのものを後悔するかどうかは分からない。
けど、お姉ちゃんに二度と近寄れなくなってしまったことは後悔し続けるだろう。
汚れた私がお姉ちゃんに近寄っていい筈がない。
私はその後の人生を後悔と共に生きなくてはいけないところだったのだ。
「ご……。ごめんなさい、お姉ちゃん。ごめんなさい……私」
涙が溢れる。次から次に零れて一向に止まらない。
「大丈夫、大丈夫だから。ね? ユキ」
「お姉ちゃん……」
優しいお姉ちゃんの励まし。
私は愛するお姉ちゃんの胸の中でこんこんと泣き続けた。
この後のことは私は知らない。
お姉ちゃんが言うには私は張っていた気が抜けて気を失ったとのこと。
その後お姉ちゃんは動かなくなった私を支えながら未だ死の恐怖から抜け出せず地面にへたり込んで固まっていた私の生みの両親を睨みつけ、「次はないから」って脅したらしい。
それを聞いて新たな死の恐怖を感じたらしい生みの両親。
情けない悲鳴を上げながら一目散に私たちの前から逃げ出してそれからどうしたのかは私もお姉ちゃんも知らない。
ただ、多分もう今度こそ二度と私たちの前にあの人たちが現れることはないだろうって思う。
だってあれだけの恐怖を味わったのだ。私の知っているあの人たちはそれでも私の拉致に再挑戦しようって考えられるような強メンタルはしていない。
自分たちより弱い相手には強いけど、強い相手にはとことん弱い。
あの人たちはそういう人たちだ。
「お姉ちゃん」
私たちの家。リビングのソファ、大好きなお姉ちゃんの隣。
そのお姉ちゃんの首に両手を回して、私はお姉ちゃんを目だけで誘惑する。
「っ……ユキ」
絡み合う視線。言葉にしなくても伝わる二人の大好き。
目を閉じるとお姉ちゃんが私に顔を近づけて来て私たちは重なり合う。
好き。大好き。どうしようもないくらいに貴女のことを愛してる―――。
「お姉ちゃん」
「ユキ」
「大好き」
「知ってる」
「お姉ちゃん、今日のこと……忘れさせて。お願い」
「うん、分かったわ」
お姉ちゃんは私の懇願の後、私の願い通りに私にたっぷりと愛をくれた。
お姉ちゃんで染め直してくれたのだった。
.
.
.
数日後。
「そう言えば知ってるかしら?」
夜の食卓を家族で囲んでいる最中、その台詞と共に語られたお母さんの話に私とお姉ちゃんは思わず顔を見合わせて苦笑いしてしまっていた。
それは濁った青色の瞳とくすんだ灰色の髪を持つ中年男女がこの国で禁止されている奴隷売買を行おうと子供を攫おうとしたところを警備兵に捕まって投獄されたっていう話。
その容姿の特徴、間違いなくあの人たち。
更にこの話には続きがあって、後日、本来なら後数日は投獄される筈だったその中年の男女をたまたま私たちの国に視察に来ていた隣国のとある貴族が衛兵にお金を渡してその身柄を引き取ったのだとか。
その貴族の名前はブラド・フォン・ツェベル。
表の顔は善人だけど、裏では使用人をゴミのように扱っていて何人も精神を病ませて壊したりだとか、手足を欠損させたりだとか、殺したりだとか、そう言った噂の絶えない危険な人物。
そんなことをしていれば捕まりそうなものだけど、証拠がなくそれに至っていないらしい。
そんな人物に買われたとなれば、あの人たちは只では済まないだろう。
甘いと言われそうだけど、あれでも一応私をこの世界に生んでくれた親だ。
冷静な状態の今、あれこれ思い、ちょっとだけ複雑な気分になる私。
そういう気持ちが表情に出ていたのだろうか?
お母さんが爆弾をここで落とす。
「ところでその中年男女幾らで買われたか知ってる?」
「え?」
「もしかして……」
「そう、金貨一枚。因果応報というやつね」
ざまあみろ。そんな顔で食卓に並べられた料理を口に運ぶお母さん。
私とお姉ちゃんはお母さんのそんな姿を見ながら、大きなため息を吐いた。
※ベル=この国の通貨単位
鉄貨=100ベル、銅貨=1,000ベル、銀貨=10,000ベル、金貨=100,000ベル、白金貨=1,000,000ベル
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2021/05/10
投稿ジャンルをローファンタジーから異世界(恋愛)に変更しました。
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2021/05/14
二人で紡ぐ~R版
https://novel18.syosetu.com/n9082gy/
↑ユキとサキの〇〇〇なお話。
こちらはR18作品ですので、未成年の方はご遠慮ください。
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2021/05/18
※メトル=この世界の距離の単位
メトル=メートル センメトル=センチメートル
後日談を追加しました。