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 なにか、あたたかいものにつつまれている。


 ちょっとだけかたくて。

 ちょっとだけやわらかくて。

 ふくらんだり。

 へこんだりする。


 いいにおいがして、きもちよくて。

 おもわず、からだをこすりつける。


 まぶたのむこうに、ひかりはない。

 まだ、くらい。


 まだ、おきなくて、いい。

 まだ、あさは、きてない。

 まだ、ゆめは、さめてない。


「んぅ――」


 ひたいをおしつける。

 はなをおしつける。

 ほほを、くちを、みみを。

 のどを、むねを、おなかを。

 うでを、てのひらを。

 ももを、あしをおしつける。


「んっ、ぅ――」


 かおをおしつけたまま、いきをすいこめば、

 しあわせの、においがする。

 かれの、においがする。



 ――かれ、の……?



 あたたかなねつから、顔を離す。

 からだはまだ、くっつけたまま。


「…………ふー、が、く、ん?」

「……ん。おはよ、カノン」

「……。…………え?」

「あれ、カノン寝起き弱いのか」


 あれ、ここどこだっけ。

 あれ、いまいつだっけ。

 あれ、わたし、なにしてたんだっけ。


「『ここどこ、わただれ』的な顔しとるな」

「……ふーが、くん」

「ん」

「……いま、よる?」

「いや、さすがにそんなことはないが」

「……いま、なんじ?」

「確認してみるか」


 わたしを腕の中に納めたまま、くらやみのなかで、かれが指をこすり合わせる。

 すると、くらやみのなかに、ブォンっと、電子窓が立ち上がる。


 あれ、まだ暗いよね?

 まだ、夜だよね?


 かれの仮想端末の、右上に表示されている、よんけたの数字。



 09 : 52



 ……。


 …………。


 ………………?


「……ふーが、くん」

「ん」

「いま、なんじ?」

「9時52分と読めるな」

「くじ」

「9時だが」


 ……あれ?


「まだ6時間くらいだし、もうちょい寝とく?」


 ……あれ?

 やっぱり、ここは、ゆめ?

 くらいし、あたたかいし。

 きもちいいし。


 ……?


「……ふーが、くん」

「ん」

「……きょう、へいじつ、だよね?」

「9月5日の木曜日だな」

「いま、なんじ?」

「9時だが」


 よくわからない。

 現状がよくわからない。

 だけどふつふつと、なにか危ない予感がわいてくる。

 大きな窓ガラスを割ってしまった時のような。

 機械の上にコーヒーをひっくり返してしまった時のような。

 取り返しのつかないなにかを、やってしまった時のような。


「……ふーが、くん」

「ん」

「……わたし、寝てた?」

「ぐっすりだったが」

「フーガくん、も?」

「ちょいちょい起きてた」


 だんだん、意識がはっかりしてきた。

 昨日の――寝る前の、ことも。


 ……あれ?


「フーガ、くん?」

「ん」

「……きょう、おしごと、は?」

「休んだが」


 え?


「ああ、別にこの場を離れたとかではないから心配は要らんぞ。

 こっちに来る前、昨日の時点で至急連絡を入れておいたんだ」


 え?


「こんなこともあろうかと……っていうのはカノンに失礼か。

 でもまぁ、結果オーライというか、予防線って大事だよねというか……」


 よくわからないけど、心配しなくていいらしい。

 いい理由は、よくわからない。

 おしごと、あったはずなのに。


「むしろ、カノンの方は大丈夫なのか心配――と、思ってたけど。

 カノン、いまは夏季休暇中になるのかな?」

「う、ん。わたしは、まだ、夏休み、だから」


 9月の最終週までお休みだ。

 だから、わたしはいいのだけど。


「……いや、それにしても。けっこう、こっちでも寝られるもんだな。

 起きたときにどっちで起きるのか気になってたけど、ふつうにこっちで起きたな。

 りんねるの例は見てたけど、あれはりんねるだしアテにはならん。

 ……うん、フルダイブゲームで寝るのも面白いな」


 かれの声が、少し弾んでいる。

 なにか面白いことを見つけたときの声だ。

 なにか、いろいろ試したがってるときの。


「……現実側の生理現象だけはちょっと気になるな。

 でも、叩き起こされてない以上、問題は起きてないはずだし……。

 連続ダイブイン時間も、まだいつもより短いくらいだし……」


 まだぼんやりとしているあたまを、かれのむねのなかに落とす。

 かれが、心配しなくていいと言ってくれるなら。

 1分1秒でも長く、このしあわせのまどろみに浸っていたい。


「……カノン、もっかい寝るか?」

「……ん、ねは、しないかも。

 でも……もうちょっとだけ、いい?」

「……いいぞ。いまのカノンには、オキシトシンが必要だろうし」

「おきしとしん?」

「あー、あれだ。スキンシップで発生するらしい脳内物質。

 ストレス軽減とか、情緒安定とか、安眠効果とかあるらしい。

 らしいってだけで、詳しくは知らんけど」


 かれが、わたしに触れてくれていたのは、

 わたしを安心させるためだったらしい。

 それはうれしい。

 うれしい、けど。


 ――ちょっと、くやしい?


「……。」

「いまはなにも考えず、したいようにすればいい。

 まだあたまが、疲れてるだろうしな。

 たっぷり8時間くらい寝るのが――」

「フーガ、くん」

「――ん、なんだ?」


 くやしさの理由は、よくわからないまま、

 なんとなく、口からことばが出る。


「フーガくんも……わたし、に。

 なに、しても、いい、よ?」

「んぅゅっ!? ――げほっげほっ」


 フーガくんが、驚いてくれて。

 ちょっとだけ、さっきのくやしさが、薄れた気がする。


「ぃ……いきなりどしたの、カノン、さん?」

「んっ、聞いてもらってばっかりだったから。……おかえし」

「手痛い反撃だなぁ……」


 ……フーガくんも、どきどき、してくれた、かな。



 *────



「……ところで、カノン。身体は大丈夫か?」

「えっ、と?」

「ほら、ここ、セドナ・ブルー生えてるだろ?

 結晶の大きさから言って、たぶん大した量ではないけど。

 ここ、世間一般的に言って、有毒空間だと思うぞ。胆礬の」

「いまさら、じゃない?」

「まぁ……」


 わたしは、いいんだ。

 むしろ、望むところだ。

 かれがとめないのなら、望んでここに来たかもしれない。


 そういえば昨日、フーガくん。

 わたしがこっちに来てる可能性も……って、言ってたよね。

 それは、ここにセドナ・ブルーが、あったからなんだ。

 その花もまた、わたしをこわしてくれるかもしれないもの。

 かつてわたしを、いっぱいこわしてくれたもの。


「わたしは、いいけど。

 フーガくんは、だめじゃない、の?」


 わたしとフーガくんは、同じだと言ってくれたけれど。

 それでも、やっぱりちがうんだ。

 かれは、死にたくないと、思っている。

 わたしにはない、つよさが、ある。

 

「いや、せっかくだから今作では俺も【有毒】育ててみようかと思っててさ。

 濃度薄そうだし、取得のいい機会かなー、と」

「――っ」



 *────


【有毒】は、『いぬ』で、わたしが一番、育てていた技能だ。

 たった一つだけ、育てようと思って、育てていた技能。


 毒物を、摂取していると。

 からだに、毒が溜まっていく。

 溜まった毒は、わたしの肉に、染みついて。

 わたしを食べた、生き物をこわす。

 わたしをこわした生き物もこわす。


 とても、便利で、役に立つ、技能。

 とても育てにくい、そして扱いづらい技能だと、フーガくんは言っていたけれど。

 わたしは、そうは思わなかった。

 なぜならそれは、わたしのプレイスタイルに合っていて、

 ほかの人の役にも立った、技能だったから。


 *────



「技能の取得タイミングが生還時である関係上、死んじゃ駄目なくせに、ある程度の致死毒じゃないと取得できないっていうの、けっこうえげつない取得条件だったよなぁ……」

「……で、も。……フーガくんが、有毒、取っても、使えない、んじゃない?」


 かれは、わたしのように、死ぬのを前提にした、使い方はしないだろう。

 死んでもいいわたしだからこそ、役に立てられるんじゃないか。


「いやー? いろいろやってみようかと思ってさ。

 カノンみたいに相手の口に直接叩き込むのが一番効率よさそうではあるけど。

 ほかにも面白そうな使い方あるかな、と。

 その検証をカノンの身体でやるわけにもいかんし」

「してくれて、いい、のに」

「あとほら、【有毒】って【耐毒】の上位互換みたいなもんだし?

 俺が取っとけば、カノンも気兼ねなく【有毒】取れるかなって」

「――っ」


 わたしは、また。

 かれのやさしさにふれる。

 わたしのもつ、ちっぽけなどくなんかでは、

 きっとかれは、こわれないのに。


「カノン、マキノさんの拠点から戻る帰りに、茸見て、悩んでたろ?

 今作でも有毒を取るべきか、取ってもいいのか、って」

「……うん」

「それも、変わりたいっていうカノンの決意の表れなら、そのままでいいんだけど。

 でも、技能ってのは使い方だから、取っといてもいいんじゃないか。

 天然の獣除けになるかもしれんし?」

「ん、ふふっ。なに、それ」

「毒持ってるやつに近づきたい生き物はおらんだろうし、持ってるだけでも――

 ……というか、えっ? カノン、そういう意図はなかったのか?

 探索するのに有毒持ってた方が安心、的な。護身用技能、的な」

「んっ、なかった。……どくなら、ちょっとたべてみたいなぁ、って」

「筋金入りだな……」


 なんだろう。

 昨日の夜、かれとたくさん話して、ぜんぶ吐き出して、

 どろどろも、ちょっとだけ軽くなった気がする。

 かれには、このどろどろも、ぜんぶ話していい。

 きっとぜんぶ、わかってくれているから。

 どろどろも、かれにふれたいことも、

 もうぜんぶ、ばれちゃったから。


「……カノン、やっぱり眠いんだろ?」

「……ちょっとだけ」

「胆礬の毒で、ってことはないよな……」


 ちからを抜いて、あたまの中をまっしろして、

 むねの鼓動を早めて、からだじゅうを熱くする、

 わたしのからだに、満ちている毒。

 それはきっと、セドナ・ブルーの毒じゃない。


「……いい?」

「ん」


 くらいやみのなか。

 かれのからだに、精一杯のちからで抱き着く。

 この毒は、もうずっと、この身に馴染んだものだ。

 いまさら抜くことなんて、できはしないし。

 抜きたくも、ない。



 このどくに、おかされているいまが、


 わたしがもっとも生きやすい、


 わたしの、あるべきかたちだから――

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