セドナを流るる
カノンの拠点を出て、久方ぶりにセドナ中央部の川へと向かう。
こちらの時刻は午前7時ごろ。
日はまだ空に見えないが、空は既に青んでいる。
天候は今日も快晴。絶好の探索日和だ。
この世界はまだまだ朝方、樹林に遮られるためか、風はほとんど感じない。
だが、それにしてもかなり涼しく感じられる。
気温は……15度よりはあるだろうか?
「カノン、寒くない?」
「ん、現実と比べると、だいぶ涼しいけど」
「そりゃあ現実は30度超えてるもんなぁ」
「わたしは、ケープもあるから。フーガくん、は?」
「俺どっちかって言うと寒い方に強いから」
暑さに弱いというのを前向きに言い換えるとこうなる。
夏は、溶ける……。
「ここら辺のカオリマツ、防風林みたいな役割もしてくれるのかね」
「マキノさん、葉量が多いって、言ってた」
「ますます頼もしいぜ、カオリのまっちゃん」
生えてるだけで爽やかフレーバーに防風機能。
資源としては精油に樹脂に建材に。
本当に捨てるところがない。おまえはクジラか?
「……しかし、やっぱり山は見えないんだな」
東に向かって歩きながら、右手のまばらな樹々の向こうを見るが、その上方に山は見えない。
マップを見れば、確かにそちらに白灰色の稜線――恐らくは山岳地帯があると思うのだが。
「あんまり高く、ない?」
「聳えたつような山だったら、流石に見えるだろうからな。
……山岳だの山だの言ってきたが、もしかしたらそういうのじゃない可能性が……?」
マップ上の衛星写真では、特に疑問を持たずに白い山肌があるなと思ってしまったが、もしかすると、俺がなにかとんでもない思い違いをしている可能性もある。
川も南に向かって流れているわけだしな……。
セドナの南にあるのは、もしかして山ではない……?
*────
そんなことを考えながら、まばらなカオリマツの樹林の合間を、サクサクと歩き続けること10分ほど。
かつて川からカノンの拠点まで向かったときと同じくらいの時間で、無事にカオリマツの樹林帯を抜ける。
そうして俺たちの前に、朝の陽ざしを受けて輝く静かな水面が姿を見せる。
セドナのマップの中央を蛇行しながら細く縦断する川。
名前は……まだない。
トウヒモドキのことを思い出すと安直な命名は避けたいが、便宜上の仮称は必要だ。
脳内ではひとまずセドナ川と呼んでおこう。
このあたりが、ちょうど俺が墜ちてきた地点にあたる。
このあたりの川幅は10mと少し……目測11mくらい。
水深は結構深く、俺が墜ちたときの感覚では、中央あたりでは3mほどはありそうだ。
水量は多く、流れは緩やか。
そしてその両脇には、植物に覆われたなだらかな土手。
「……うーん、やっぱり、……妙な地形、だな。
国内ではあんまり見ないかたちというか、なんというか……」
「でも、どこかで見たことある、かも」
「どこだろうな、どっか国外の風景写真……?」
水流の形状自体は渓流っぽいのに、川全体の景観はかなり下流っぽい。
飛び石できるような大きな岩はないし、かといって削れた石が作り出す河原もない。
「アマゾン川、とか、こんな感じ、かも?」
「あー……」
アマゾン川の湿地帯で、川の両脇がなだらかな土手状になっている部分は、たしかにこんな感じか?
あれってどんな風な物理的要因があってああいう地形になるんだろうか。
それがわからない以上、目の前のこの川についてこれ以上考察を深めるのは無理そうだ。
「駄目だ、わからん。少し川沿いを歩いてみよう」
「ん、どっち行く?」
「……下流、南に行くか。北は……なんか、果てしない気がする」
いや、南に果てがあると思っているわけでもないが。
なんとなくだ。
この川の様子からして、ちょっと遡上したところで源流には行き当たりそうにない。
それなら、推定山岳がある南に向かった方が石材の入手可能性は高いだろう。
「ん、じゃあ、右に行く」
「おう。 ……ここから一時間くらい歩いたら、セドナのマップ外になるかな」
「どうなってるか、な」
「……わからん」
わからんなら歩いて確かめればいいのだ。
ゴーゴー!
*────
川を南に向かって歩き始めて、わずか1、2分のこと。
ふと、川の反対側の樹林――川向こうに生える樹々は、カオリマツとは別の広葉樹のようだ――の中に、なにか大きな白いものが見える。
「……ん? なんだ、あれ」
「誰かの、脱出ポッド、かな?」
「……だいぶ川に寄せてあるな」
マップを開いてあらためて見てみれば、なるほど確かに、そこにはほかのプレイヤーの拠点があることを示す青い光点。
鉄砲水が怖い位置だと思ってしまう。
水資源の採取のために一時的に寄せてある、とかだろうか。
水量が上がれば水に浸かってしまいそうで、腰を据えるには向いていなさそうだ。
脱出ポッドは柔軟に接地する六つの足で地面から浮いている。
その点、ある程度の耐性はあると言えるが……。
「……あれ、よく見たら誰かいるっぽくない? 脱出ポッドの影」
「ほんと、だ。なにか、動いてる、ね。 ……あいさつ、する?」
「しようしよう。第二村人発見だ」
現在、この広いセドナに点在する、プレイヤーの拠点を示す光点の数は50ほどになっている。
その中で遭遇したのがようやく2人目というのは、果たして多いのか少ないのか。
まあ、お隣さん以外の拠点を意味なく積極的に訪問しようと思うほど陽気なキャラでもなし。
逢えたら挨拶するくらいに思っておけばいいだろう。
このゲームはソロプレイヤーにも優しいからな。
遠目に脱出ポッドを目視しながら、川沿いを下流に進む。
やがて、脱出ポッドの影にいたプレイヤーの姿も鮮明になってくる。
俺たち同様、初期装備の革装備一式に身を包んだ、やや若い細面の男。
ただ一つの個性として、恐らくは自分で作製したのであろう、ブラウンのテンガロンハットを被った――
「……うん?」
あれ、あの姿、どっかで見たことがあるぞ?
「なあ、カノン、あの人ってさ」
「うん、見たこと、ある」
「だよなぁ」
この世界で、初対面の人を見たことがあるというのは、一つの事実を指し示す。
その人物がこの世界で新たに生み出されたキャラクターならば、当然見覚えがあるはずはないのだ。
すなわち、その人物がこの世界で新たに生み出されたキャラクターではないということ。
ひいては前作『犬』でも同じ姿をしていたということ。
その姿のままこの世界に降り立つことを選んだということ。
俺やカノンと同じ。
すなわち――
やがて、川向こうに見えるその人影は、こちらに気づいたようで、こちらに顔を向ける。
挨拶として大きく手を振りながら、川向こうにいるその相手に届くように、少し声を張って言う。
「よぉっ! 久しぶりだな、モンターナっ!!」
「む、なぜ私の――っ、……おいおい、マジか。
フーガじゃないかっ! それに、カノン、だよなっ!」
やはりというか、俺たちが発見した第二村人は、前作『犬』プレイヤー、モンターナであった。
セドナは広いが、世間は……いや、実に狭いな。
というか、モンターナ、俺たちの名前覚えてたんだな。
数回しか会ったことなかったはずだが。ちょっと嬉しい。
こちらはあちらのことがわかって当然だ。
なにせあちらはりんねるに勝るとも劣らない、『犬』の超有名人。
「久しぶりっ! 元気そうだなっ!」
引き続き大きな声で言葉をかける。
川の水流は緩やかなので、水音にかき消されるようなことこそないが……。
川幅のぶん距離があるので、いちいち声を張らないといけないのが面倒だな。
「ああっ! あー……、下流に丸太で渡した橋があるっ、
君らなら渡れるだろっ、暇ならちょっと寄っていくといいっ!」
あちらにとっても思わぬ再会が喜ばしいのか、そんな声を掛けてくれる。
というかもう橋とか作ったのか。
さすが前作経験者、ムーブが強い。
「カノン、どうする?」
「あいさつ、してこ?」
「うん、そうしようか。あー、それにしてもモンターナもここかぁ」
りんねる、モンターナ。
『犬』の有名人がちょいちょい来てるな。
やっぱり見知った名前に釣られたのかな?
*────
モンターナに言われた通り十数秒ほど川沿いを下流に向かうと、そこにあったのは、
「……はし?」
「……橋かな」
「……丸太?」
「……丸太だな」
「……ただの、倒した、樹?」
「……素材の味そのままだな」
向こう岸から、川を横断するように横倒しにされた、一本の樹。
どうやら川沿いにあった樹木を、無理やり川の方に向けて荒く切り倒したようで、枝葉なども削がれていないままだ。
かなり背の高い樹木だったようで、切り倒された幹はきれいに川の上を横断している。
太さは50cmほどあるので、確かに渡れないこともない。
「カノン、行けそう?」
「ん、やってみる」
川向こうからこちらに向かって倒された倒木。
その樹の上方の枝に足を掛け、カノンが倒木に攀じ登る。
「……けっこう、がっしりしてる、かも」
「滑らないように気をつけないとな。
滑り止めがあるからバランス崩さなければ大丈夫だろうけど」
「ん、行けそう」
カノンは特によろけることもなく、倒木の上ですっくと立ちあがり、川に渡された倒木をてこてこと渡っていく。
……ん、無事に辿り着いたようだ。
向こう岸についたカノンが、こちらに向けて手を振ってくれる。
「……じゃ、俺も行くかね」
カノンが問題なくわたり切った手前、俺が滑落したらお笑い草だ。
しばらく立ち直れそうにない。
だから頼むぜ、名も知らぬ広葉樹さん。
カノンよりちょっと重いかもしれんが俺の荷重に耐えてくれ。
幹の上の方についた太い枝に足を掛け、勢いよく身を持ち上げる。
そうして倒木の上で身体を立たせてみれば……たしかに、存外しっかりしている。
茶色い樹皮はやや粗く、つるりと滑るようなこともなさそうだ。
切り倒された倒木の根本の一部が、まだ切り株とくっついているのか、足場も全然ぶれない。
なるほど、これだけ安定しているなら、これは橋と言えなくもないかもしれない。
樹を架け渡してあるのだから、漢字の成り立ち的にも実質橋……?
そんな怪しい結論を出しながら、特に事故もなく川を渡り切る。
「っと、おっけー、余裕」
「やっぱり、フーガくん、身軽、だね?」
「カノンもかなり動ける方だと思うぞ」
カノンはそれほど運動は得意ではないが、それでも俺と同じで元ワンダラーだからな。
こういうアウトドアチックな行為に対する躊躇いや淀みは少ない。
好んでやらないだけで、運動神経も決して悪くはないのだ。
「じゃ、あらためて挨拶しに行くか」
「ん」
無事に川を渡れたことだし、あらためてモンターナに挨拶と行こうか。




