もしも、だったとして
「サラ、夕食は何が食べたいですか?」
「なんでもいいの?」
「はい、できる限りのことはするつもりです」
屋敷に着いた頃には、既に日は暮れ始めていた。
子供の彼女ならば、違う世界の食事は口に合わないものも多いだろう。なるべく希望を聞こうと思い尋ねると、しばらく悩む様子を見せた後「あのね」と口を開いた。
「オムライスがいい! うさぎさんの絵もかいてほしい」
「分かりました。少し待っていてくださいね」
料理長には任せず、もちろん俺が作るつもりだ。
サラは俺が子供の頃からオムライスを何度も作ってくれていて、つい先日の休日も一緒に作ったばかりだった。その際に作ったケチャップも、まだ保存してある。
「ルークおにいちゃん、すごいね! かっこいい」
「本当ですか? ありがとうございます」
サラはキッチンまでついてきて、調理中も後ろで興味津々と言った様子で見つめていた。可愛すぎて、何度も手を切りそうになったのは内緒にしておこうと思う。
その後、なんとかオムライスは無事に完成したものの、ひとつだけ問題があった。
「サラ、うさぎでいいんですよね?」
「うん!」
「……分かりました。頑張ります」
ケチャップを袋に入れてきっちりと結び、袋の角を小さく切る。そして小さく深呼吸をすると、俺は小さなオムライスに向き合い、サラのリクエストであるうさぎを描き始めた。
──幼い頃から、俺は何でも人並み以上にこなすことができた。けれど、唯一絵を描くことだけは苦手で。
子供が喜ぶような絵というのは、かなり難易度が高い。それでも何とかサラを喜ばせたい一心で、精一杯描いていく。
「サラ、できたんですが……」
そう呟くと、食堂の椅子にすでに腰掛けていたサラの前にことりと皿を置く。わくわくとした表情を浮かべ、皿の中を覗き込んだサラは、やがて「ふふ」と吹き出した。
「あはは! ルークおにいちゃん、へたっぴだね」
「すみません、頑張ってはみたんですが」
自分でも、とてもうさぎには見えない。良くてスライムだろう。今後は絵の練習をしようと決意した。
「ううん、かわいい。ありがとう! うれしいな」
それでもサラは、眩しいくらいの笑顔で喜んでくれて、俺が向かいに腰掛けるのを待った後、両手を合わせた。
「わあ、すごくおいしい!」
「本当ですか? よかったです」
サラが母親に教えてもらったというレシピだからこそ、彼女の口にも合うのだろう。
内心安堵しながら、二人で楽しい夕食の時間を過ごした。
◇◇◇
その後メイドとともに寝る支度を済ませたサラは、広間で話をしているうちにソファで眠ってしまった。静かに抱き上げて寝室へと運び、その隣に腰掛ける。
「……かわいい」
すやすやと気持ちよさそうに眠る姿は、やはり天使のように可愛らしい。あどけない寝顔には大人になったサラの面影もあって、思わず笑みがこぼれた。
「サラは、子供の頃から明るくて優しい子だったんですね」
初めは戸惑ったものの幼い彼女と過ごし、知らなかった新たなサラを知ることができたのは、幸運だったように思う。
「俺は過去に何度も、サラと同じ世界で、同じくらいの年齢で生まれていたら、なんてことを考えていたんですよ」
──もしも違う場所で違う出会い方をしたとしても、俺は絶対にサラを好きになっていただろう。
彼女もそうだったらいいなと思いながら、柔らかな頰に触れると、サラはくすぐったそうに身を捩らせた。愛しさで、全身が満たされていく。
「おやすみなさい。良い夢をみれますように」
小さくて柔らかな手を握り、いつかの彼女が俺にしてくれたように、そう祈ったのだった。




