小さな手を取って
「そう言えば、この服はどうしたんですか?」
屋敷へと向かう馬車に揺られながら、俺は隣に座る小さなサラにそう尋ねた。今の彼女は、やけにぴったりな魔術師用のローブを身に纏っているのだ。
「スレンおにいちゃんの、子どものころの服っていってた」
「すぐに新しいものを用意します」
スレン様は幼少期からその才能を発揮し、学院にも行かず子どもの頃から王国魔術師として活躍していたと聞く。当時のものが、まだ王城に残っていたのだろう。
子どもの頃と言えど、他の男が着ていた服をサラが着ているというのは不本意なため、俺は馬車の行き先を至急変更するよう御者に伝えたのだった。
◇◇◇
「あれ、もうサラちゃんとの子ども生まれたの?」
「違う」
「あはは、冗談だって。本気で照れるのやめてよ」
サラの服を用意しようとレイヴァンの店を訪れたところ、勘のいい彼はすぐに状況をなんとなく察したらしい。
その後、簡単に事情を説明したところ、レイヴァンはひとしきり笑ったあと、俺と手を繋いでいたサラの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「俺はルークの友達のレイヴァン。よろしくね」
「さらです、よろしくお願いします。ルークおにいちゃんのお友だちって、みんなかっこいいんだね」
「ルーク、聞いた? サラちゃんは子どもの頃から良い子だったんだね。抱っこしてあげようか」
「うるさい、サラに近づくな」
そう言ってサラを自身の背に隠したところ「前にもこんなことあったよね」と、レイヴァンは懐かしげに目を細めた。
初めてサラをこの店に連れて来た時にも、こんなやりとりがあったことを思い出す。
「今のサラに合う服をいくつか頼みたい」
「おっけー、かわいいお姫様にしてあげるよ」
それからすぐにレイヴァンは沢山の子ども用のドレスを持ってきてくれ、サラはそれを見て目を輝かせていた。彼女の世界とは、衣服も全く違うからだろう。
女性店員に連れて行かれた10分後、やがて桃色のドレスを着て、同じ色のリボンで髪をひとつに結んだサラが俺のもとへ戻ってきた。そのあまりの可愛さに、目眩すら覚える。
「このドレス、お姫さまみたい。にあうかな」
「はい、とても。間違いなくサラが世界で一番可愛いです。サラのために作られたドレスかと思いました」
「ありがとう、うれしい!」
姿見の前で嬉しそうにくるくると回る姿に、俺は思わず緩む口元を押さえた。やはり天使は実在するのだと実感する。
「サイズが合うものは全て買って帰る」
「いやいや、数日で元に戻るんじゃないの? まあ俺としてはありがたいけど、サラちゃんいつも怒ってるじゃん。ルークは買い物が下手だって」
「下手じゃない」
俺は元々金は使わない方だった。サラに関することとなると、ほんの少し歯止めが効かなくなるだけだ。そのための金だってある。
「ルーク、娘が生まれたらすっごい親バカになりそう」
「…………」
「あ、そこも照れるんだ。ルークはサラちゃんが絡むとすっかり別人になるのがいいよね、俺は嬉しいよ」
結局「足りなくなったらすぐ持っていくから、今はこれだけにしておきなよ」とレイヴァンに言い聞かせられ、4着のドレスと靴、夜着などを数着購入した。
最初に試着したドレスを着たまま店を後にしたサラはとても嬉しそうで、足取りも先程よりずっと軽い。つられて笑顔になってしまいながら、再び馬車に乗り込んだ。
「ルークおにいちゃん、どうもありがとう。どうしてこんなに優しくしてくれるの?」
「どういたしまして。俺はサラに恩返しをしたいんです」
「わたしに……?」
「はい。サラは俺の命の恩人ですから」
小さなサラは不思議そうに首を傾げている。とは言え、初めて会った大人にそう言われては、戸惑うのも当然だろう。
やがて彼女は、流れていく窓の外の景色へ視線を向けた。
「お馬さん、大きくてかわいいね!」
「サラのいた所では、違う乗り物があるんでしたね」
「うん。ここ、ゆうえんちみたい」
視界に入る全てのものに驚きはしゃぐ小さなサラは、とても楽しげだ。同時に、彼女が生きてきた世界とこの世界の違いを、あらためて思い知らされる。
彼女が初めてこの世界に来た時には、かなりの苦労をしたに違いない。そんな中で、サラはいつも自身より俺を優先してくれていたのだと思うと、胸が締め付けられた。




