祈り
アキラから沙羅の状況を伝え聞いた重蔵は言った。
「そうさな、その相楽さんとかいった娘さんは、家を出なきゃならないかもしれねえ。その継父さんは、沙羅さんとかいったっけ、再婚前はそのお嬢さんに家事やってもらっていたんだろ。片やお嬢さんの小さい頃を知らねえ継母さんが、家事の中心になったらぶつかるさ。ましてや継父さんまでお嬢さんとは他人だったら、新しい継母さんはお嬢さんになんの未練もないぜ。」
「そうなんだぁ。」
「アキラ、おめえは気楽すぎらあ。」
アキラは改めて、沙羅の境遇の不安定さを思った。アキラ自身も父母を亡くしている。しかし、今は母親の親戚に引き取られている。それに対して、沙羅には他に身寄りがなかった。
重蔵は続けた。
「その継父さんが生きていることが、頼みの綱だな。俺もおめえも祈唱しかねえな。せめて朝は一緒に祈ろうぜ。」
アキラは、幻をいや希望を持って祈唱することを、この時初めて意識した。彼女のため、彼女の継父さんとその家族のために。
沙羅の継父義男は、なんとか一命を取り留めた。心臓に広がる壊死の部位。一・二か月ほど必要と告げられた入院。症状が落ち着いたとしても、心臓に残った重い障害で、もう無理はできないという。沙羅は、危うい状況を改めて覚悟した。
沙羅は、病室の継父の義男から『大切な話があるから見舞いに来い』と言われた。見舞いに行った病室の彼は、やつれがひどかったものの、言葉はしっかりしていた。アキラたちの祈唱が通じたのかもしれなかった。
「沙羅、あんたの死んだ母親について伝えておきたい。」
「・・・・。」
「おまえの母親、花奈さんは、お前が八歳の時に、亡くなったよな。……花奈さんと知り合ったのは、あの時………。たまたま俺が恩のある神父の教会のクリスマスに行っていた時、お前のお母さんは、アメリカから赤ん坊連れで逃げて来ていたんだ。そこで、おれがお前をあやしたら、泣き止んでさ、それから二人で付き合うようになったのさ。……あまり事情を話してくれなかったけどな、頼る人もいなかったようだ。おれも長く独り者だったんで、二人で洗礼受けて結婚したのさ。でも、しばらくして交通事故で死んじまった、俺とお前を残してな…。あん時から独りにさせてしまってすまなかった。あれから……、お前の母さんが死んでから、小金原へ礼拝にも行く気がしなくて、ずうっと行ってなかったよ。でも、今はまた行きたいと思っているんだよ、この体じゃ無理だけどな……召される方が先だな……。」
沙羅は、継父から伝えられた自分の過去に、母親と継父との受洗と結婚に、そして継父の厳しい病状に、改めてショックを受けた。
「お父さんが召されるの?。真美は?。由美さんは?。私たちはどうなるの?。」
沙羅は、自分のことについて直接聞くことが怖かった。せめて「私たち」という言葉に自分を含めさせて、自分の行く末を聞いてみたかった。
「由美には関西に親せきが多くいる。そこへ帰るのかな。」
「私たちが一緒にそこへいくの?。私、由美さんたちと・・・・・」
「あいつがあんたに辛く当たるのを、許してやってくれ。あいつは可哀想な奴なんだ。」
「でも由美さんは私を家族として受け入れ続けてくれるの?
「わからない。・・・・頼んではみるが…。」
「私が彼女を許すことができないのに、まして彼女が私を許すのかしら?。」
「わからない・・・・。」
「私は一人になるの?。」
「あんたは独りになるかもしれない・・・。すまない・・・。ただ、これだけは覚えていてくれ、あんたも俺も由美も真美も、あんたの両親も洗礼を受けたんだ。だから、もうあんたも、俺や真美・由美と同じように、命の書に刻まれた民となったはずなんだ。だから、必ず道が与えられるから……それを信じて待ち続けてほしい。」
「そんなことをいまさら・・・・。」
「そうだね。いまさら何を言っていると思うかもしれない。しかし、忍耐すること、祈唱すること、皆と分かち合うことを忘れなさんなよ。それから…、アメリカから来た時のあんたのパスポートと、あんたの生まれた時の品とを、今の連れ合いが持っているはずだ。」
継父義男の入院から三カ月。五十日祭を過ぎて夏日となっていた。
沙羅は、今更ながらに自らを見つめた。入院生活が始まって、継母由美は看病と仕事のために毎日遅く、真美の迎えはアルバイトとともに沙羅の日課となっている。夏休みとなっても、部活はおろか学校へ行くことはほとんどできず、学校では校舎でも部室でも沙羅を見かけることはなかった。