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ペット&ライフ  作者: 仮ノ一樹
エピソード0 プロローグ
2/18

第2話 晶と三尾

1月31日 月曜日

――00:05――


 あれから時刻は十二時に。もう日が変わってしまった。

 バイクが止まる。見れば、真っ暗な夜でもいつもと変わらない我が家があった。


「晴樹、悪いが先に行って玄関を開けてくれ」


 父さんから鍵を渡されるも、僕は眠ったままの二人をじっと見つめていた。


「大丈夫だから。お前は、お前のできることをしなさい」

「……うん、わかった」


 僕は父さんから家の鍵を預かると、サイドカーから飛び降りて急いで玄関まで走った。

 入口に近づくと、照明に取り付けられたセンサーが反応して扉を照らしてくれるので、僕は鍵穴に向かって目一杯腕を伸ばした。

 鍵穴は結構低い所にあって、普通の男の子と比べて小柄な僕でも、背伸びをすればギリギリ届く所にある。


「うーん!あれ?」


 と思っていたのだが、いざ開けようと試みると思ったより高かった。


「ぐぬぬぬ……!」


 僕はもう一度目一杯、腕が延びそうなぐらいに背伸びして、伸ばした。


「―――入った!」


 本当にギリギリ、届くか届かないかの距離に鍵を差し込めた。後は手首を捻って回すだけだ。

 ガチャリ、という音がした後。二人を抱き抱えた父さんがやってきた。丁度良いタイミングだ。


「よしよし、よくやったぞ」


 父さんは病院に居た時のように僕の頭をワシャワシャと撫で回した。

 その後で扉を開けると、真っ暗な玄関が顔を出す。と思いきや、今度も勝手に電気が付いた。

 ようやく視界が明るくなったお陰で二人の状態を改めて確認できる。

 そう思った僕は、気になって父さんに抱えられた二人の方を見る。瞳は閉じられ、唇は青ざめ、雨に濡れた体は小刻みに震えている。あまり芳しくない状況だ。

 二階では妹達が寝ているからあまりバタバタしないようにと思いつつ、僕と父さんはレインコートを脱いで二人を部屋へと運んだ。


 帰ったばかりだというのに部屋が暖かい。そうだ、今は真冬も真っ盛りということで、帰った時に暖かいようにと暖房を付けたままにしていたのだった。


「暖かくしておいて正解だったな」


 と言いつつ、父さんはスマホをポケットから取り出して机に置いた。


「父さん、お風呂は?」

「ああ、先に竜と琴音を入れる必要があったからな。ちゃんと沸かしてあるぞ」


 二人の服はびしょびしょで冷え切っている上に、泥まで浴びて真っ黒に汚れている。早くお風呂に入れて体を暖めないと。 


 父さんは二人を抱き抱えたまま風呂場に辿り着くと、靴下を脱ぎ、袖と裾を捲り、二人の服を躊躇無く脱がして洗濯機に放り込んだ。

 そして気を失っている二人の体をシャワーでさっと洗い流す。頭からお湯を被ってはいるが、それでもまだ二人は目覚めなかった。

 二人が溺れてしまわないよう、父さんは湯船のお湯を半分ほど抜いてからゆっくりと湯船に浸からせた。子供を二人抱えた上、片手のみの作業はさぞ堪えたであろう。

 ここで一段落、という所で突然机に置いてあった父さんのスマホが震え出し、着信音が廊下まで鳴り響いた。


 プルルルル……プルルルル……プルルルル……


「全く誰だ、こんな時間に。……いや、まさか」


 電話の相手に心当たりでもある口振りで、父さんは気色を変えてスマホを取りに行く。相手を確認すると、納得したと同時に妙に苛ついた様子で僕に言った。


「晴樹。すまないが、あの子達を見ててくれないか?」

「うん、わかった」

「ごめんな。ちょっと無視できない電話なんだ。大丈夫、直ぐに終わらせるから」

「はーい」


 返事をすると、父さんはそそくさと風呂場を後にする。

 これで湯舟に少女二人、風呂場の外に僕一人の三人だけの状況になった。

 見ていろ。と言われたものの、他に何かできる事はないのかな?

 でも、今は考えても答えは出ない。実際他にないのだから、余計なことをするよりも、じっとしていた方が賢明だろう。

 だけど、この二人はどうしてあんな所で倒れていたんだろうか。色々気になる事はあるけれど、結局あの子たちが目覚めない限りは何もわからない。

 そう思っていた矢先、ゆらりと湯舟に波紋が移る。


「う―――ううん……」


 二人の少女の内、一人の目が覚めた。栗毛の女の子の方だ。ほぼ同時に、黒髪の女の子も静かに目を覚ます。


「ああ、よかった!目が覚めたんだね!」


 素直に、二人の意識が戻ったようで僕は安心した。これなら、後は父さんに任せても問題ないだろう。


「ちょっと待ってて。直ぐ父さんに伝えて来るから!」


 さっき出ていったばっかりだから、多分まだ電話中だと思うけど、それでも一旦伝えに行った方がいいと僕は判断した。


「あ、あのっ!ま、待って……!」

 

 背後から投げ掛けられた言葉に、僕の足はぴたりと止まった。

 栗毛の女の子か、それとも黒髪の女の子のものかは分からなかったが、確かに「待って」と言われた。

 何かお願いごとでもあるのだろうか。もちろん、僕にできることなら、なんだって力になるつもりだ。


「どーしたの?」

「あの、えと……その、もうちょっと、一緒に……い、行かないで……!」


 もごもごと小さく口を動かしながら、栗毛の少女は絞り出すような声で手を伸ばす。

 その顔はひどく怯えているけれど、僕を見つめる瞳には、僅かながらな光が宿っているように見える。


 それから、しばしの沈黙。

 栗毛の子の言葉は、たどたどしくて、はっきりと聞き取れない。なんとなく言いたいことはわかるような気はしたけれど、それでも頭で噛み砕くには、もう少し時間がかかる。

 とにかく、ここに居ればいいのだろうか? 他にできることは? どうしてそんなに怯えているの?

 思考を巡らせるばかりで、返す言葉が見つからない。湯船の波と、二人の髪から落ちる雫の音が静かに響くばかりだ。


「私達二人だけじゃ、その……寂しい、です」

「……です」


 しびれを切らしたのか、栗毛の子が再び口を開くと、今度はもう一人の黒髪の子もしゃべってくれた。


「うん、いいよ!」


 何か言ってあげなきゃ。そう思ったら、飛び出たセリフは自分でもびっくりするぐらい、穏やかだった。

 すると、二人の顔がぱっと明るくなったような気がした。

 よくはわからないが、わかった。どうも僕はここから離れてはいけないらしい。まあ、元々父さんからも二人を見るよう言われていたし、それ自体は別にいいのだけれど。

 あっ、そうだ。身体を洗う手伝いぐらいはしてあげようかな。さっきシャワーで一度身体を流したとはいえ、まだ汚れは残っているように見える。

 とにかく、このまま何もしないよりはできることをしよう。妹たちともよく一緒にお風呂に入るし、その要領でやれば問題ないと思う。

 服は外着のままだけど、どうせ濡れるのだから、今着替えるよりも父さんと同じように袖と裾を捲り上げる事にする。

 そうして、直ぐに準備を整えて風呂場の扉をゆっくりと閉めた。



――00:41――


「うーん、べちゃべちゃだぁ……」


 あれから三十分以上後経って、僕はずぶ濡れになって風呂場を出た。

 結局、途中で来ると言っていた父さんの助けは来なかった。まあ、それはどうでもいいや。それよりも、僕一人でちゃんと手伝えていたのか、そっちの方が不安でたまらない。


 だけど、こんなに濡れてしまったのは、体を洗ってあげたからだけじゃない。

 どういうわけか、あの二人、やたらと僕に体をくっつけようとしていたのだけど、なんだったんだろう?

 寒かったから人肌が恋しかったのかなあ。動物は群れで寄り添って寒さを凌ぐって言うし。ほら、おしくらまんじゅうとか。

 だけどお陰でこの有様だ。風邪を引く前に着替えたいと思って外に出ようとすると、その度に引き留めれられて、何とか説得してようやく解放してもらえた。

 あとは、しばらく湯船に使って温まってくれれば、もう大丈夫だろう。そうだ、他に何かできることはないか、父さんに聞きかないと。


「へっくち!」


 その前に、まずは着替えよう。このままじゃ僕が風邪を引いてしまう。


「―――だから、後日にしてくれと言っているだろう! 今は妻と子供の事で忙しいんだ‼」


 突然、父さんの怒鳴る声が廊下まで届いてきた。

 僕は身体をびくりと振るわせる。もちろん、寒いからじゃない。

 気になった僕はずぶ濡れのまま、恐る恐るリビングの扉を開けて、隙間を覗く。そこには、まだスマホに向かってしゃべる父さんの姿があった。


「ああ、研究については後日ちゃんと資料を送る。だが今すぐは無理だ。こっちも立て込んでいるのでね。何……明日? 頼むから止してくれ。明日も予定がある」


 もう少し問答を続けると、父さんはうんざりしながら通話を切った。すると、背後からの視線に気づいて、こちらを振り返る。


「ああ、晴樹か。って、ずぶ濡れじゃないか!? 何があったんだ?」

「うんとね。父さんが電話に行った後に直ぐあの子たちの目が覚めたんだ。それで、一緒にからだを洗ってあげたんだけど……」

「それでずぶ濡れになってしまったと?」

「うん」

「お、おう、そうか。ごめんな、父さんちょっと長話しちゃってて」


 父さんは申し訳なさそうに僕に頭を下げるが、何かを隠して誤魔化しているようにも思えた。まあ、その“何か”はよく解らなかったけど。

 だからとりあえず本題を切り出すことにした。


「父さん、他にできることはあるかな?」

「そうだな。じゃあ、着替えを用意してあげなさい。妹達の服なら、余ってるのが一着二着あるんじゃないかな?」

「わかった。探してくる!」


 と、僕が勢いよく二階へ駆け上がろうとしたところ、父さんが肩を掴んで止めた。


「ちょっと待て。まずはお前が着替えなさい」

「あ……そうだった。えへへ」


 父さんは、ちょっと待ってろ、と言って替えを用意してくれたので、僕は直ぐに着替えて二階へ上がる。

 ―――と思ったのだが、やっぱり気になるので、僕は父さんにさっきの事を訊くことにした。


「父さん、さっきの電話って、一緒にお仕事している人?」

「あ、ああ。まあ、そんなとこだよ」

「ふーん」

 

 自分で訊いておいて難だが、それならそうとで疑問が解消されると、それ以上は気にする事なく階段を駆け上がった。


 そうして、たどり着いたのは二階の子供部屋。

 つまりここは僕の部屋である。と同時に妹達の部屋でもある。

 僕は妹達を起こさないよう、ゆっくりと扉を開けた。

 中は三人で共有するのに十分な広さがある。

 部屋の真ん中には円形のテーブルがどんと構えて置いてあり、向かって右手に子供用の三段ベッド、左手にはお目当てのクローゼットがあったが、それでもまだスぺースに空きがある。

 ここが僕ら兄妹で共有してる子供部屋という事は、当然ベッドもクローゼットも三人で共有している。どちらも三つある内の端っこが妹達で、二人に挟まれるように真ん中は僕の領分となっている。

 暗くてその辺りは探り辛いかと思ったが、部屋の奥にある窓のカーテンから月明かりが漏れ出しており、都合のいい事にちょうどクローゼットの辺りを照らしてくれていた。

 これなら電気を着けて妹達を起こしてしまう心配は無さそうだ。


 ただやっぱり、勝手に服を漁るのは流石にどうかと思うなあ。

 僕はちらりと妹達を見た。

 うん、すごく気持ち良さそうに寝てる。これを起こすのはちょっと可哀想だ。でも、何も言わないのもマズイ気がする。


「おーい。りょう~……ことね~……おーい」


 若葉(りょう)と若葉琴音(ことね)。僕の二人の妹の名前だ。上の妹が竜で下の妹が琴音。そしてその下に“ありさ”がいる。それぞれ二歳ずつ歳が離れいていて、僕が六歳なら竜は四歳、琴音はまだ二歳だ。


 三段ベッドの一番下の段には琴音が、一番上の段には竜が寝ている。本当は僕が一番上で寝ないと危ないのだけれど、気の強いあいつは、自分が一番上と言ってきかなかったのだから仕方がない。

 僕は梯を登り降りしながら妹達の体を揺さぶったのだが、ダメだ。ぜんっぜん起きない。よっぽど眠りが深いのか、目を覚ます気配が微塵も無い。


 ―――うーん。どうしよう。

 大声を出して無理矢理起こそうかな。いやそれはダメだ。突然起こされて、その流れでいきなり服を貸せ、とか言われても納得してくれる気がしない。

 僕はそんなような事を考えては、梯を降りて思考を巡らせた。


 ―――で、特に良い解決方法が思い付くわけでもなかったので、結局無断でクローゼットを開ける事にした。もたもたするぐらいなら今取れる一番速い方法を選ぼうという判断だ。というか、もしかすると、使ってない服なら覚えてすらいないかもしれないし。

 

 早速クローゼットの扉を開けると、中には何段か積んである三列の衣装ケースが並んでいた。三列ある内の両端のケースが妹達ので、真ん中が僕のケースだ。

 そういえば、今後はケースがもう一列増えることになるのか。

 僕はつまみを引っ張ってケースの中を見ると、そこには当然の事ながら女の子らしい服が沢山あった。ここから栗毛の女の子と黒髪の女の子に似合いそうなものを選ばなければならない。

 といっても、僕には女の子の趣味なんて全く判らないから押し入れの棚から適当なものを選ぶより仕方無いのだが。


 がさごそ……がさごそ……がさごそ……


 あれこれと服を漁りながら、僕はちらちらと後ろに目を遣った。やっぱり、気が引ける行いだ。ここまできたら、二人が起きないことを祈るばかりである。

 


――00:52――


 数分後。

 僕は選んだ着替えを持って、風呂場まで向かった。


「えっと。着替え、持って来たから置いておくね」

「は、はいっ! あ、ありがとうございます……!」


 風呂場の扉の奥から声が聞こえた。多分、栗毛の女の子の声だろう。身体を洗っている間、幾らか言葉も交わしたので、もう声は覚えていた。

 随分と言葉がたどたどしいのは、どうも緊張しているかららしい。いや、本人から直接聞いたわけではなく、飽くまで僕の所感だ。ずっと何かに怯えているのも変らない。

 もう一人、黒髪の女の子はどうやらかなりもの静かな性格らしい。何か話してみてもあまり会話が繋がらず、口を開いても出てくる言葉は二言三言のみ。ずっと寡黙を貫き通していた。


 ―――僕、何かしちゃったのかな……。

 

 ふとそんな不安が頭を過る。が、そんな不安が些細なことに思えるほど、気になる事があった。

 彼女たちの身体を洗っていた時、二人の身体には幾つもの傷があったのだ。 

 指には切り傷、足には擦り傷、背中やお腹周辺には打撲で出来たであろう痣が幾つも。石鹸で洗ったりお湯で流す度に、痛い痛い、と小さく呟いていて、それも洗い辛い理由の一つだった。

 原因は何かと聞きたくもなったが、それは父さんの居る時にしようと思い、疑問を胸の内に仕舞いながら風呂場を出たのである。


「じゃあ、ここに置いておくね。お風呂を出たら直ぐ目の前にあるよ。それと、ドライヤーも用意しておいたよ。髪を乾かしたかったら遠慮なく使って良いって父さんが言ってたよ」


 と言って僕は風呂場から見て正面、洗面器の直ぐ近くにある棚に用意した着替えを置いた。

 本当にどんなものが良いか判らなかったから、とりあえずそれぞれにイヌとネコの絵がかかれた個人的に気に入ったものを選んできた。

 うちの親は結構親バカな所があって、「大きくなったら着るかな」程度で買ってきた服が何着かある。まさか、こんな所で役立つとは思わなかったけど。


 それから程なくして、外の雨が強くなってきた頃。お風呂から上がった二人が僕と父さんのいるリビングまで戻ってきた。


「わあ……!」

「ほほう」


 矢にでも射抜かれたかのような衝撃に僕は思わず声を上げ、それに父さんが続く。

 初めて会った時は泥だらけで気付けなかったれけど、率直に言って二人供ものすごく可愛かった。

 容姿は端麗で美人、というよりはやはり総合して「可愛い」という評価が頭に浮かぶ。それこそ、ペットのイヌやネコのような愛らしさがあると言って良い。

 髪も乾かして来たようで、乾かし方に性格がよく現れていた。

 栗毛の女の子はちょっとガサツみたいで、所々髪が跳ね上がっていて面白い。逆に黒髪の女の子は几帳面なのか、艶のある黒髪を綺麗に整えていた。

 用意した服も思いの外よく似合っていて、我ながら良い仕事をしたと思う。

 因みにどっちの髪も短くて、栗毛の女の子がイヌの服、黒髪の女の子がネコの服を選んでくれたようだ。

 それから、父さんは二人の身体に、簡単だけど適切な応急処置を施した。手当と言っても傷を消毒したり絆創膏を張ったりと本当に簡単なものだ。

 

「さてと、それじゃあまずは自己紹介から始めようじゃないか。晴樹、こっちへ来なさい」

「うん!」


 手当が終わると父さんは、ぱんと手を叩いて自分に注目を集め、僕を呼びつけて自己紹介を促した。


「僕は若葉晴樹。よろしくね!」

「そして、晴樹の父親の晴幸だ。さあ、次は君達の番だよ」

「は……はい!私は、犬飼(いぬかい)(あきら)と言います」

「……猫宮(ねこみや)三尾(みお)、です」


 何と。まさか名前と服の絵が一致するとは。

 偶然は偶然だが、好んで選んでくれたのかな。だとしたら僕自身としても嬉しい限りだ。


「すごいすごい!父さん、この子達、名前と僕が選んだ服が一緒だよ!」

「犬飼……猫宮……この組み合わせ、どこかで聞いたことあるな」


 二人の名前に気になる事があったのか、一人テンションを上げる僕を他所に、父さんは顎に手を当てるポーズで何か考え事をしていた。


「多分ですけど……私達の両親は“せいじか”だったので、テレビとかで聞いたことあるのかも……?」

「……かも?」


 へえ~。二人のお父さんとお母さんは“せいじか”だったんだ。今度、どんなお父さんとお母さんなのか訊いてみよう。

 と、僕が訳も分からず感心していると、父さんも晶ちゃんの言葉がどうやら腑に落ちたようで、何も言わずに大きく頷いていた。そして同時に、何か重要な事を思い出したみたいで、ぐわっと目を見開いては二人の肩を乱暴に掴んだ。


「じ、じゃあ君達は、あの猫宮議員と亡くなった犬飼議員の娘さんかい!?」

「ひゃあっ……!」

「……‼」


 父さんのその強引な行動に、晶ちゃんは悲鳴を上げ、三尾ちゃんは鋭い目付きで父さんを睨んだ。


「ああっ、すまない。職業柄、高揚すると形振り構わなくなる癖があってね……いやあ、本当にすまない…」


 こほん、と咳払いを一つして気分を落ち着かせ、父さんは二人に二度誤った。が、今ので警戒させてしまったらしく、晶ちゃんと三尾ちゃんは父さんから一歩距離を置いては体を震わせていた。


 そんなに怖がらなくてもいいのに。確かに今のは父さんが悪いけど、どうしてそこまで怯える必要があるんだろう。


「怖がらせてしまったか……それじゃあ、話題を変えよう。晶ちゃん、三尾ちゃん。どうして、君たちはあんな所にいたんだい?」


 二人は答えようとしなかった。いや、むしろ一番答えたくないのかも。

 いくら僕でも、二人が訳有りなのは解る。まあ、何がどうとか詳しい事までは流石に分からないけれど。

 少なくとも二人が言いたくないなら、今は訊かない方が良いのかもしれない。

 だけど同時に、僕は二人の事を知りたいと思ってる。


 晶ちゃんがどういう女の子なのか知りたい。

 三尾ちゃんがどういう女の子なのか知りたい。

 二人のお父さんとお母さんがどういう人なのか知りたい。

 二人が何を怖がっているのかを知りたい。

 どうしてそんなに傷だらけなのか知りたい。

 なんであそこに二人でいたのか、なんで雨に濡れていたのかを知りたい。


 ―――もっと、二人と仲良くなりたい。


「ねえ。僕にも教えてよ。二人の事、もっと知りたいな」


 僕は笑顔で二人にそう伝えた。

 すると、二人は少しの間顔を見合わせて考え、やがて互いに頷くと、父さんではなく僕の方を向いてこたえてくれた。


「私達……い、家を、追い出され、ちゃったんです……」

「……です」


 その一言に、僕と父さんは唖然とした。

 

「「な、なんだって……!?」」


 さらに思わず二人で声を上げる。数舜の間静寂が続き、窓の外の゙雨音だけが聴こえていた。


「え…えっと……その…はい……」

「……」


 だからこんな真夜中で雨の中、路地裏をさ迷ってたんだ。それならそれで説明がつく。

 だけど、どうしてそんな、家を追い出されるなんて……。

 僕と父さんはその理由を訊いてみたけれど、それだけはどうしても言いたくないみたいで、今度は僕が言っても教えてくれなかった。


「分かった。言いたくないなら、今はこれ以上訊かないよ。それじゃあ、今夜はここで泊まっていきなさい」


 そう言って父さんは毛布を取りに行こうとしたのだろう。その場から離れようと座っていた椅子から立ち上がる。

 ―――家を追い出された。と、二人は確かにそういった。とても信じられない。そんなことをする親がこの世にいるなんて。

 でも、現に二人はここにいる。傷だらけで。怯えていて。とても寂しそうで。


 ―――だから、迷いに迷っていたけど、僕は意を決して一つ提案した。

 

「ねえ、父さん。それなら、二人を家に住まわせてあげる事は出来ないかな……?」

「「え―――!?」」


 少女二人は驚いて僕の方を見た。


「ほう。お前がそんな事を言うなんてな」

「だって、他に行くところも無いみたいだし、追い出されたっていうのもきっと……それなりの理由があるんだと思う」

「ふむふむ」

「だから、さ。その……うまくは言えないけど、僕…二人を助けてあげたい、な」


 ああ、もう!どうしてもっとこう、はっきり言えないんだ!

 正直、深い考えがあったわけじゃない。まるで捨てられたペットを飼う、みたいな事を言ってて自分でも恥ずかしい。

 だけど、僕にはどうしても晶と三尾という、この二人の少女の事がどうしても放っておけなかった。その気持ちだけは自分の中ではっきりしていた。

 それにあの二人を見ていると、何だか僕の胸がぎゅうっとする。特に栗毛の女の子―――晶ちゃんには。

 僕は頭を下げて、どうにか面倒を見れないか懇願した。

 すると、父さんは僕の頭をまたもやワシャワシャと撫で回した。


「はっはっはっ!晴樹、お前自分が何を言ってるのか、ちゃんと分かっているのかな~?」

「も、もちろん……!」

「本当か?知らない女の子と一つ屋根の下で暮らすって事なんだぞ」

「うん」

「しかも二人だぞ。ふ・た・り! うちで暮らすにしても何処の部屋に住まわせて上げるんだい?」

「部屋は、僕と同じところでいいよ。妹達もいるけど、十分広いし」

「ベッドはどうすんだい?」

「も、毛布があれば、後は下に何か敷いて眠ればいい。もしダメなら、そ、その時は……」

「その時は?」

「い―――」

「い?」

「い、一緒に、ねる」


 ―――って僕は一体何を言っているんだろう。

 売り言葉に買い言葉というか、つい勢いで色々口走ってしまった気がする。

 放っては置けないとは思っていたけど、正直後先のことは何にも考えて無かった。

 誰かを助けることは良いことだ。そこに疑いはないし、後悔もない。

 でも、父さんの顔を見ていると、何かとんでもないことを言っている気がして、僕は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら俯いていた。

 父さんはしばらく僕や晶ちゃん、三尾ちゃんの事をじっと見据えて、最後にフッと微笑むと。


「はっはっはっはっはっ! あっはっはっはっはっはっ!」


 今日一番の――正確には日を跨いでいるけれど――笑顔を僕達に見せつけた。

 僕は何がなんだか解らなくて、つい二時間前のようにおろおろと焦っていた所を、これで何回目だろうか、父さんがまた僕の頭を撫で回した。


「そうか、そうか!ははっ。そこまで言うのか、お前は」

「うわ~! 何するんだよ~!」

「はっはっはっ! じゃあまずは、あの子達の気持ちを訊いてみないとな」

「……!父さん……!」


 父さんはすっかりボサボサになってしまった僕の頭から手を離して後ろに回ると、ぽん、と背中を叩いた。


「ほら、お前の口から訊いてごらん」

「うん!」


 僕が威勢良く返事を返すと、父さんは毛布を取りに行くと言ってその場を離れてしまった。

 そして僕は二人にゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。

 事の重大さを理解しての事なのか、それともただ気恥ずかしいだけなのか。普段軽いはずの足がやけに重い。

 僕は少女二人の前に立つと、大きく深呼吸して気持ちを整える―――前に先手を取られてしまった。


「あのっ! 本当に良いんですか? 私たちの事、まだ何も知らないのに……」

「私達は、ただ、家を追い出された、だけ。あなた、は、関系無い」

「……僕は別に構わないよ。だってさ、ほらその、困った時はお互い様って言うじゃん。僕、最初に二人を見たときからさ、なんだか放って置けなくて」

「「………‼」」

「だからさ、やっぱり上手くは言えないけど、うん。決めた! はっきりした!」


 突然吹っ切れた僕を二人は喫驚仰天きっきょうぎょうてんとしたまま見据える。

 まだ何となく迷いはあったけれど、二人の眼を見てたら、なんだか全部どうでもよくなった。

 だから、僕の方から言うべきだろう。手を差し伸べるべきだろう。

 僕は覚悟を決めた。大袈裟な言い方だけど、彼女たちの意思をちゃんと確認しなければ。


「ねえ。あきらちゃん、みおちゃん。二人はここに居たい……?」


 何の捻りも無く、ただただドストレートに。

 あ、これ、後できっと恥ずかしくなるやつだ。何てこと、六歳の無垢な少年にはわかりません。

 その言葉が、彼女たちにどう響いたのかはわからない。

 気付けば二人の眼は潤いに溢れて、ポタポタと大粒の涙が床を濡らしていた。


「はい……ふつつかものですが、どうか……よろ、しく、お願いします……」

「うう……ありが、とう、本当に、あり、がとう……」


 共に溢れる涙を自らの手で拭いながら、二人は感謝の言葉を述べた。

 嗚咽でしゃくりあげてしまって言葉になっていないが、その気持ちは確かに伝わった。

 むしろ、わんわんと大声で泣き出す二人に罪悪感を感じてしまって、僕が慌てふためいて騒ぎだす始末だ。

 どうしたら良いか分からなくなって、僕は勢いのまま二人の手を引くと、取り合えず落ち着かせるためにソファに座らせて上げた。


 するとどうだろう。二人は僕を挟むようにして両脇の席に付き、一緒に座った僕に体を擦り付けてきた。


「―――――!?」


 突然の事に僕の頭中がすうっと白けていき、正気を取り戻すのに数瞬の時間を要した。


 ―――え? 何? 僕、何されてるの!? そういえば、お風呂でも似たような事をされてたような!?


「あの、えっと。その、お願いがあります」

「な、何?」

「その……私の事は名前だけで呼んでくれませんか?」

「名前だけ……?」

「ん……私も。お願い、したい」


 意味が分からなかったけど、二人がそういうなら、と僕はその願いを了承し、試しに呼んでみることにした。


「えっと、“あきら”…と“みお”……?」


 そしたら更に二人は僕に抱きついきた。

 確かな温もりを感じたかと思うと、やがて二人が眠りについている事に気付いた。

 それはまるでおとぎ話に出てくるお姫様みたいな、とっても安らかな寝顔だった。

 きっと、色々と疲れたんだろうな。何て思ってると、二人の寝息が僕の鼻に潜り込んできた。

 女の子に対してこれを言うのはかなり失礼だと思うけれど、とっても甘くて、良い匂いだった。

 そんな二人の様子を見ていたら、なんだか急に頭がクラクラしてきた。

 時計を見れば、既に一時を回っている。

 こんな時間まで起きていた事は今までに無い。新記録だ。

 思えば、今日はずっと母さんに付きっきりで、帰り途中はこの二人を見つけて、それから色々とバタバタして……。


 ―――ああ、そうか。僕も、疲れてたんだな。そういえば、バイクに乗ってた時も、眠くてボーッとしていたっけ……。


 段々と僕の意識はさっきのように朦朧としてきて、やがて電気も消していないのに視界が真っ暗になっていた。


 ―――――――


「あらら。三人供眠っちゃったか」


 僕たちが眠りについた後、父さんは毛布を持ってリビングに戻ってきた。

 無論、この事に僕は気づいていない。

 ()()()と一緒に、深い眠りについていたのだから。

 もちろん、これも気付いていない事だけれど、父さんはソファに座って眠る僕たちに毛布をかけて、一言こう声を掛けてくれたらしい。


「がんばれよ、晴樹。応援しているからな」

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