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ペット&ライフ  作者: 仮ノ一樹
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第18話 脱出と襲撃とクリスマス

12月5日

――A.M.2:59――

 ユウカとミサ、そしてメイド三姉妹と合流してからは、全員大慌てで回収に当たった。ただし、サヤとフミナだけは意識のない患者を運ばせる為に先に離脱させている。

「爆発するって、後どのくらいなのよ!?」

「わからん。そもそもこの施設に爆破装置があること事態初耳だ。あの男め、どこまでもコケにしてくれる……!」

「わ、私が探してきても良いけど…?」

「無駄。それよりもさっさと回収を済まして脱出した方が早い」

 ユウカはレイコに詳細を聞こうとするも、彼女は屈辱に歯を食い縛るのみ。そこでサナエが装置の捜索に向かおうとするが、ミオにより断念される、この状況では彼女の意見が正しいだろう。

 《BAD》は燃えやすい物質である為、爆発なんて起こされたら全て灰になる。施設共々、証拠隠滅には最適な手段だ。

 残念ながら、こっちに出来るのは首輪を通して獣人や周囲の生物の把握したり、通信と連絡ができるぐらいだ。予め作成した立体地図や探索によって建物の把握は出来ても、爆弾のような無機物の探知は出来ない。残された時間は不明だが、悠長に探す時間も無いのもたしかだ。


 この倉庫は先程死神と戦った場所から更に奥へと進んだ所にあった。本当に、どんだけ広いんだと言いたくなるがそれはそれ。

 死神もこの方向に逃げたように見えたが、何処かに隠し通路でもあるのか既にもぬけのからだった。

 しかしミクの居ない今、気にする必要はない。脱出する事を最優先に考えるべきだ。

 棚の引き出しを開けるとそこには既に袋詰めにされた《BAD》があった。また、隣にはもう一つ《キメラ》が厳重に保管された倉庫があり、これはサナエとレイコが予め解除キーを手にいれているので特に問題なく回収に当たれる。

 回収、と言っても要は持ち帰るだけだ。マオ、アキ、ヒトミの三人が持ってきたバッグに皆でせっせと詰め込み、後は外に出て夜明け前に帰るだけ。もちろん、全て回収するのは不可能だ。この際、ある程度回収さえ出来ればそれでいい。

 本当にこの施設が爆破されるなら残った物は跡形もなく灰になるだろうし、どちらにせよ、多すぎる場合は処分しないとそれこそ家が倉庫になり兼ねない。

 ただ、連中がどさくさに紛れて撤退したのなら、損しない程度には持っていかれただろう。

 ユウカの見立てだが、《合成獣人キメラ》が既に実践段階にあるということは、物はほぼ完成に近づいていると考えて良いはずだ。詳しい事は持ち帰らなければわからないが、今回は一歩遅かった、ということになる。

 レイコの話では、《ヴォルフガング》以外の『組織』という存在が裏で糸を引いてる可能性が有るとかなんとか。色々と気になる事が多いが、詳しい事はやっぱりここを脱出してからだ。



 淡々と回収作業を行う彼女達の姿をモニター越しで見つめている僕は、ふと父さんの言葉を思い出した。まだ《BAD》が完成する前―――僕が小学生くらいの頃―――に呟いていたことだ。


 ―――――僕は、これがいつか人々のためになると思っているよ。人間のイメージの力がここまで肉体に影響を与えるならきっと使い道が有るはずだ。人間という生物をより進化させ、人類により良い未来を築けるようになるはずだ――――


 当時幼かった僕は、ただ何か凄い研究をしてるんだ、とずっと尊敬の念を抱くばかりで、その言葉の意味は全く理解できていなかった。

 獣人の存在を知った今では、本当にそんな理想的な研究だったたのか、と思う。だけど、不思議と父を慕う心は変わらなかった。むしろその想いが僕にも宿っている気さえする。《BAD》の回収をするのも、そのことの表れなのかもしれない。あれは、言わば両親の形見のようなものだ。

 だけど、両親の意思を継ぐなんて、本当はそんな大層な事は言えない。それを成し得るだけの才能が僕には存在しないんだ。


 ―――それならどうして、僕は危険を冒してまで、形見を集めようとするのか。

 答えは単純だ。

 今居る家族と幸せに暮らしたい。それだけだ。

 当然、彼女達がもう普通に暮らせない事は分かっている。

 人間に戻れない事も分かっている。

 ただ、両親を亡くした僕にとって、彼女達は掛け替えのない存在になった。例えニンゲンでなくても、彼女達が我が家の一員である事に変わりはない。

 《BAD》を回収するのは、これ以上両親の研究を悪用させないための、尻拭いのようなものだ。そうすれば、いつかは平穏な日常がやってくると信じて。

 あの二人がどういう経緯で《BAD》を作り出したのかは知らないが、結果的に生物兵器となった存在が、世界に及ぼす影響は想像に難くない。

 皮肉な事に、《BAD》と関わる内に、僕には多くの仲間かぞくが出来た、出来てしまった。

 ――もう二度と失いたくないものが、こんなにも――


 結局は自己満足なんだろう。

 僕の事情に、皆を巻き込んでるだけに過ぎないのだろう。

 いつも守られてばかりで、我が儘で、何も出来ない自分にこんな大役が勤まるとも、正直思っていない。

 だけど、それでも皆は付いてきてくれた。

 信じてくれた。

 僕の理想(ゆめ)のために。

 僕の想いのために。

 理由はどうあれ、ヒトの道を外れたのは彼女たちの意思だった。

 ()()に至るまでの決意があった。

 ちょっと前まで、ただの女の子――一部例外と成人女性も混じるが――だったのが、今こうして、戦いの場に身を投じている。

 余りにも現実離れした現実と向き合うために。

 だから、その期待に応えるためにも、せめて―――せめて心だけは、皆と同じくらい強いつもりだ。強く、在らねばならないのだ――――――

 


 

「――――ご主人様。回収完了した。撤収する」

 りんすずの音が鳴ったような、静かで落ち着いた声が囁いた。

 僕が物思いにふけている間にどうやら作業が終わったようだ。三人はパンパンになったバッグを背負い、各自撤収準備に取り掛かっている。

〈あ―――ああ。わかった。残り時間も帰路に残党が潜んで居るかも分からない。皆、くれぐれも離れ離れにならないよう、速やかに脱出してサヤ達と合流してくれ〉

「ん。了解」

〈さっさと帰って来なさい。なんなら夜食でも作るわよ〉

「それはありがたいな。戻ったらゆっくりさせてもらおう。サナエはどうする?」

「う、うん。じゃあ私も……」

「アタイは暖かいものでお願いします。寒いんで」

「では、後片付けは私が致しますね」

「そら、皆無駄口叩かない。私はちょっと疲れたし乗ってくから振り落とすんじゃないわよ、アキ」

「ほいほ~い。でも飛ばすからユウちゃんこそちゃんと捕まっててよ」

「―――はっ!今日のアニメ録画してたっけ!?」

「ミクさん大丈夫でしょうか。心配です……」

「おーい。アカリー!皆もう先行っとるでー」

「うーん。ありゃだめだね。置いてこ」

「フッ、当然だ。我は死より蘇った者、死より選ばれた者。故に不死身だ。この程度の迷宮ダンジョンに屈する筈などあり得ない!だから案ずることはないのだぞ、我が主よ。フッ、この眼に封印されし死の魔眼が有る限りこの我が地獄の底に堕ちることなど……ってあれ?だれもいなーい!?」

 皆が思い思いに一言言葉を残していく中、淡々と長台詞を喋っていた痛い子が、一人取り残されてしまった。

「だあーーーー!おーいーてーかーなーいーでー!」

 放置された悲しさか、或いは寂しさか。ご本人自慢の魔眼に涙を浮かべながら慌てて追いかけていった。まあ、あれでもヒグマ獣人だし。その気になれば時速約六十キロ以上のスピードは出せるし。そのうち追い付くだろう。


 この先はここから来た道を辿って、外に隠してあるワゴンに乗り込む算段だ。そこにミクとグレイを運んだサヤとフミナが待機している。人数は少しばかり多いが、何人か獣形態で小さくなれば、スペースは十分確保出来る。

 しばらくすると辺り飛び散った血の後が多くなっていった。さっきまで獣人の大群に襲われていた場所だ。こうしてみると、敵の数の多さや戦いの戦慄が浮かび上がって来る。

「ユウちゃん、大丈夫?」

「平気よこのくらいなら。それに、さっき薬を打ったのは見てたでしょ。暫くの間は問題ないわ。ほら、ちゃんと前見なさい!」

 前にも説明したが、ユウカは血――特に流血や命に関わる重症――に対してトラウマを抱えている。多くは語るまいが、それが転じて暴走の起因となってしまうのが彼女の弱点だ。


「この様子だと、死体はもう()()()()らしいな」

 持ち前の脚力で四足走行するレイコが、辺りを見渡して言った。

 そう、あれだけ派手な戦闘をしておいて妙な違和感がある事は気付かなければならない。戦いの後なのだから血が残っているのは当然なのだが、それ以前に足りないものがある。廊下を赤く染めようとするほどの夥しい血痕があるのに対し、()()()()()()()()()のだ。

 この静かな空間にあるのは彼女たちが走る音、或いは多少の会話と血痕のみ。切り落とした腕一本も見つからない。

 実は生体活動を完全に停止した獣人の体というのは、消滅するように出来ているのだ。というのも、一種の安全装置のようなものらしい。獣人の存在は――世間を混乱させないためにも――絶対機密だ。明るみにされないために、活動を停止した肉体を分解させ塵へと変えるシステムがBADの成分に組み込まれているらしい。消滅する時間には個体差があるが、これにも、やはりイメージの強さが関係あるらしい。こういった情報も父さんのデータベースに記録されている。

 理屈としてはそれでいいのかもしれないが、医療目的の研究の筈なのにどうしてそんな現象が起こるようになっているのか、獣人もとい《BAD》については調べれば調べる程不可解な点が増えていく一方だ。


「うーん。来おへんなぁ」

「来ないねぇ」

 一方、集団の最後尾で遅れたアカリを待つチサとナナミ。

 ハムスターであるチサは兎も角、この中で唯一水棲生物のナナミは陸上での活動はほぼ人間並み――とはいえ身体能力自体が劣っている訳ではないので戦闘に支障は無いのだが――だ。なので、今はマオの背中を借りている。こういう時はいつもなら金太郎さながら獣人態のアカリに乗ったりするのだが。

「あの。アカリさんを置いてきてしまってよかったのでしょうか」

 心配しながら、マオが背中のナナミに問い掛ける。

「あー、大丈夫大丈夫。アカリちゃんしぶといし」

「そ、そういう問題なのでしょうか……」

 しかし、噂をすればとはこの事か。マオが言った側から、泣き叫ぶような声が近づいて来た。

「ま~~って~~‼」

「「あ、来た」」

 チサとナナミの声が重なる。

 獣人態の四足走行で、巨体がドカドカと走って来た。

 彼女の獣人態は少し特殊な類いのもので、獣化の際に体のサイズが大きくなる。元々十三歳の体で小柄だったまま獣人になったアカリは、クマの能力を得るには体が小さすぎた。その所為か、彼女の擬人態は獣部分が通常の獣人より多く現れる。加えて獣形態、獣人態になると元の体(約百五十センチ)の約一・三倍に至る。更に厚い毛皮に包まれるため、より巨体に見せるのだ。

 また、本来メスのヒグマの身長は約百八十センチが最大だ。そういう意味でも、彼女は特殊だと言えるかもしれない。

「もう、アカリちゃん遅いよ」

「置いてったのそっちじゃんか!」

「アホ。振りがいちいち長いねん。時間無いて言うとるやろ」

「扱い酷くない!?しょうがないじゃん。なぜなら!我が言葉はこの封印されしこの死の魔眼が、そう呟けと囁いているのだから。フッ…」 

 四つん這いで走りながらキラッとドヤ顔を決めるアカリ。

 チサとナナミはその様子も白い目で見つめていた。

「ちょっと、何でそんな反応をするのカナー!?」


 

――A.M.3:39――

 先頭で走るミオの首輪から送られてくる景色が、地下施設から地上へと変わり、僕は彼女たちが無事に脱出できたことに安堵した。

「報告。脱出成功。すぐにサヤ達と合流する」

〈わかった。二人にはこっちから連絡しておくよ〉

「ん。了解」

 ミオからの報告も受け、即座にサヤとフミナの居る車と回線を繋いだ。

 こちらの画面が切り替わり、彼女達の姿が映った。車内のカーナビがモニター機能を備えており、これによりお互いの様子が見えるようになっている。

 二人の側にはミクとグレイという彼女の知り合いが横たわっていた。どちらも昏睡状態にあるが、大事に至る程のものではないため、今はそっとしているのだろう。

〈サヤ!フミナ!〉

 僕の声に二人の耳がピクリと動く。

「はいはい!ご用ですか?」

 フミナが画面まで駆け寄ってきた。口調を聞く感じ、白フミに戻ったようだ。

〈皆が脱出に成功した。すぐにそっちに向かうだろうから、先にエンジンを掛けておいてくれ〉

「はい、わかりました。サヤちん、キーそこにあるから取って」

「オッケー、はい」

「サンキュー」

 サヤからキーを受け取ったフミナは、それをハンドル手元の鍵穴に差す。くいっと捻るとエンジンが掛かる。まあ、普通の乗用車だ。―――多少魔改造されている事は否定しないけど。

〈それで、そっちの二人はどうだ?〉

「「………」」

 おっと、まずったかな…。

 二人とも黙り込んでしまった。数秒の間だけだったが、やけに長く沈黙を保っていた気がした。

 大方、ミクとグレイくん、どちらも目が覚めないままなのだろう。

 ミクはこっちで面倒を見れるが、彼に関しては暫くカウンセリングが必要かもしれない。本人の意思無く獣人にされてしまったのだ。目覚めた瞬間、暴れだす可能性だってある。仕方がないことだろう。


 二人が黙り込んでいる数瞬の間に、ワゴンのドアが開いた。ミオとヒトミが先に乗り込み、その後に続いてゾロゾロと皆が入ってくる。

「すぐに出して」

「かしこまりました」

 助手席に座ったミオの指示を受け、運転席に座ったヒトミがレバーを動かし、サイドブレーキを解除する。

「皆様、少し飛ばしますので、しっかり捕まっていてください」

 そういってアクセルを踏み、暖まったばかりのエンジンを稼働させて、車をかっ飛ばした。

 車内はとても広く、事実横になっている者が二人いてもスペースはまだ余っているほどだ。とはいえ何人か小さくなる事でスペースを確保している、というのもあるが。

 内装は先頭の助手席・運転席を除き、後部座席はスムーズな出動できるよう改造が施されている。また、座席の下には潜れるようスペースが空いており、人数の関係で車が狭くなる場合には、アキラ、ミオ、サヤ、ユウカ、サナエ、チサ、ミツバのような体を小さく出来る者がそこに入れるようになっている。まあ、大抵はパートナーの肩の上に乗ったりするのだが。

 元は普通の大型ワゴン車だが、戦闘時に全員を輸送するためにこの作りに改造された。さらに、先程使った連絡機器の他にも、獣人感知システムを搭載したレーダーやモニター、さらには光学迷彩にステルス機能も配備されているため、現地での簡易指令室としても機能できる万能車だ。

 実際、これがあれば、態々僕が同行する必要がさらに無くなるのだが、そこは僕の我が儘を通してもらっている。目を逸らさないためにも、現地へ赴き、肉眼で見届ける事は、何よりも大切なことだからね。


「ご主人様、報告。脱出成功、帰還する」

〈ああ、ご苦労様。もう日の出も近い。皆、帰ったら十分に休んでくれ。今―――〉

 突然、モニター越しの車の外から轟音と共に爆風が吹き荒れた。

 車が風に煽られ、車体の走行が乱れる。同時に車内でも悲鳴が上がり、ミオやレイコなど冷静な者は少しでも車を浮かせまいと身を端に寄せ、サヤ、マオ、フミナは患者を庇った。

「くっ―――うう…!」

 運転手のヒトミは暴れ馬のように揺れる車を必死に支えようとハンドルを切り続けた。

 やがて風が収まると走行も安定し、元の大人しい車に戻る。

「ふう…」

 ヒトミが息を着くの見て、ミオが空かさず現状の確認に窓の外を見る。そこには炎と煙が立ち上っており、方角はあの廃研究所だ。

 どうやら本当に施設が爆破されたらしい。しかも、地上部分にあった廃墟を吹き飛ばす程の爆発だ。


「あてて…。びっくりした~」

 車内でぶつけた部分を擦り、ナナミが安堵の息を漏らす。シートベルトをしていたとはいえ、ここまで車が暴れれば何処かに体をぶつけても仕方がないだろう。

「チチチ…ほんま、死ぬかと思ったわ」

 ナナミの谷間から、ゴールデンハムスターが顔を出し、関西弁で同じく安堵の息を漏らす。

 当然チサだが、体が小さくなっている為に空気の振動の関係で声が高くなって聞こえる。

 谷間から抜け出すと肩から頭に登り、周囲を見渡すと。

「アカリは大丈夫か?っておわあ!?」

 そこには席からはずれ、倒れるアカリの姿があった。

「だ、大丈夫……?」

 ナナミが声を掛ける。

「うーん……ダイジョブ」

 呼び掛けを受け、何事も無かったように立ち上がるアカリ。だが彼女の身体の異常を目の当たりにし、フミナが悲鳴を上げる。

「ヒエッ!アカリん……その腕…」

「ふえ?腕?―――あ」

 その左腕が、通常の人体ではあり得ない方向にひん曲がっているのである。

「あちゃー、やっちゃったかー。ごめん、まだシートベルト着けてなくって―――フッ、たが案ずることはない。我は死より蘇りし者、不死身の肉体を持つ紫眼の獣。この程度のかすり傷、一晩寝れば元にもど―――」

〈全治一週間だからな、それ。いやそれだけでも凄いけどさ〉

 前髪を手で押し上げ、いつものポーズを決めるアカリに、僕が指摘してやった。

 今のアカリは間違いなく骨折しているのだろう。揺れる車の中でシートベルトも着けずにいれば、当たり前の結果だが、彼女の場合は何処かで既に折っていた可能性がある。


 彼女は獣人としてはかなり特殊な存在だと言ったが、その大きな要因のとして、彼女は()()()()()()()。そう、本人の中二ぶりから疑わしい所だが、本当に痛覚が消失しているだ。理由は長くなるためここでは割愛させてもらう。

 兎にも角にも、腕が折れても痛覚の無いアカリには、この程度の傷が些細な事に感じてしまうのだ。また、さらにいえば獣人は治癒能力も非常に高い。人間で全治一ヶ月の怪我でも先の通り一週間程度――或いはもっと早く――治ってしまうため、このくらいの傷なら軽傷として済ませられる。

 とりあえず、車内に配備した救急箱を使うよう、僕から指示を出しておいた。


「で、ご主人様。アキラは?まさか本当に料理?」

〈え?あ、うん。マジで料理してる。アイツが料理なんてなんだか久しぶりだよな〉

 今のアキラは宣言通りキッチンでシチューを作っていた。ミサやヒトミのいる最近では珍しい事だ。ああ見えてアキラもミオも昔は旨い料理を作って僕や父さん達にも振る舞ってくれたものだ。

 そういえば、さっきからいい匂いが漂って来ている。

「アキラの手料理か……。後で毒味しないと」

〈しなくていいから!ジョーダンでもそういう事いうのはやめなさい!〉

「テヘ」

 片目を閉じたミオが舌を出して片耳をかくんと曲げると、右手で軽くコツンと頭を叩いた。

 などと冗談じみた会話を交えながら、車は真っ直ぐ家へと向かった。

 画面の向こうからだが、窓の外を見てみると大きな煙が立ち上っている。もはや、廃研究所は見る影も無かった。

 ――――こりゃ、明日からマスコミが騒ぎ出すだろうな。



――A.M.4:12――

「ハア……ハア……ハア……」

 工場の爆発を何とか逃れた私は、ボロボロのまま近くの街路樹までやって来た。

「クソがっ!何だってあの小娘一人に殺され掛けなきゃいけねえんだ!本部からの連絡もねえ、一体どうしたら……!」

 普段の冷静沈着な口調も忘れ、怒りのままに言葉を吐き捨てていると、急に右側の肩が痛んだ。そこは一番傷が深く、先程までだらだらと血が垂れていたが、今は止まっている。

 これも獣人になった利点ですか……。

 《組織》の命を受けた私は、あの工場で仲間と待ち伏せし小娘共を叩き潰す、ただそれだけの楽な仕事のはずだった。だが結果はどうだろうか。仲間は無様に逃げ出し、単細胞な相棒も殺され、私は深手を負った。

「たかが家畜供が……舐めやがって……!」

 どれだけ憎悪しても物足りない。あの瞬間、煙に紛れて致命傷を回避し、そのまま気配を隠しつつ死んだふりでやり過ごした。全くこれだからシロウトは甘いのですよ。

 しかし、今の私にそんな事で笑う余裕はない。今は、ただ怒りに身を任せたいにもかかわらず、その相手がいない事にも激怒しながらさ迷う様は下等な獣のそれだった。自分がこんな屈辱を味わうなど、思いもしなかったのだから、余計に。


「……ん?」

 そんな迷える(リカオン)の眼に、一人のニンゲンの女が入った。

「はあ~。なんだってこんな時間から取材にいかなきゃいけないのさ。う~寒っ。蔓城(つるぎ)先輩まだかな~」

 女は寒そうに腕を擦った。どうやら誰かを待っているらしいが、今の所ここにヒトが近づく気配は無い。

 今が何時が知らないが、星を見る限り午前四時くらいだろうか。何れにしろ、こんな時間に、しかも今の私の眼の前に現れるとは、彼女も運が悪いですねえ。

 女の服装は防寒用のジャンパーに動きやすいジーンズとニット帽を被った普通の服装だ。おそらくこの辺りに住んでいるのだろう。さらによく見てみれば首からカメラを()げているではありませんか。

 下手に近づいて、この身を写真に納めらる訳にはいくまいと、私は息を殺した。

 女はバッグから携帯を取りだし、メールアプリを開くのが見えた。そこにはこう書かれてあった。


『彩美ちゃん、彩美ちゃん!さっきの轟音、聞こえたわよね?気になって外を見たんだけど、街外れの廃墟から煙が上がっているのが見えたの!きっと何かあったのよ!間違いない、これはスクープになるわ。絶対になる!さあ、時は金なりよ。今すぐ支度して、街路樹で待ち合わせよ!』


 工作員としても訓練を受けた私がこうしてメール内容を盗み見る事など造作も無い。

 なるほど、文面から察するに彼女はジャーナリストのようですね。

 本来、組織と獣人の事を表社会に出さない為にも、無闇な殺生はあまり好まれる事でありませんが、相手がネズミなら話は別。こういう勘のいいのが嗅ぎ回っていると、後々面倒になります。ここで殺した所で問題は無いでしょう。丁度、腹の虫がざわついて憤りが治まらないですし。

 あの女を襲うに当たり、首に吊るされているカメラを真っ先に壊す必要がありすね。万一この姿を写真に納められでもしたら、獣人の存在を世に(さら)す証拠になってしまう。それだけは避けねばならない。今の私とて、そのくらいの理性は存在している。

 本来、リカオンは群れで狩りを行う動物だが、今の私にはもう仲間も居ない。最早ヒトの感情を捨て去る勢いで、ただ一匹の獣として、私は女に襲いかかった。

「ガルアアアッ‼」

「きゃああああ‼ば、バケモノ……!」

 女の悲鳴が上がる。飛び掛かった私は、女の落としたカメラに眼を付け、それをそのまま踏み壊す。

「あーーー!何て事を……ジャーナリストの命がぁ……」


 私は彼女の首を掴み、まずは殺さない程度に爪を立てる。ゆっくり、じっくりと苦しめてあげますよ。

「う………あ……」

「グルルルル……‼」

 さて、ここからどうしてやろうか。このまま犯してやるか、それとも腹を裂いて内臓をえぐり出すか。何れにせよ、ここから拐う必要がありますがね。

 もはや自我すら薄くなっていく私は、組織の利益よりも己が感情に支配され、ヒトを襲うことしか考えていない。

 ああ、これがきっと《暴走状態(オーバードライブ)》というものなのでしょう。なんと爽快な。何て心地の良いのか。

「は、は……ははは……」

「ヒィ……!」

 溢れでる高揚感故に、腹の底から笑いが込み上げて来るようだった。だがそこに―――――

 ブロロロロ……

 私の耳に車のエンジン音が飛び込んで来た。それも大型のワゴン車のものだ。

 まさかこの女の仲間か?いや、それにしては車が大きい。よっぽどの事があれば別だが、仕事やプライベートに大型車を一人で運転する一般人がいるだろうか。いや、まさか――――――

 予感は的中し、その車はあの忌ま忌ましい連中の乗った車だった。

 私は一点その車の中を凝視した。果たしてそこには、()()()()もその車に乗っていた。窓の奥からこちらを見据えている。その顔を見た瞬間、心臓がドクン…!と跳ね上がる。

 アイツだ。アイツだ、アイツだ。アイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだアイツだ―――――――――――――――‼

 私の意識はここで途絶え、次に意識が戻ったのは、既に心臓を撃たれ、立ち往生していた時だった。その時見たのは、塵になって消えてゆく自分の体だった。





――A.M.4:05――

 車は進み、やがて現地から町へと戻り人気ひとけの無い街路樹の辺り見えてきた。

 家までそうかからないが、流石に疲れたのか、ミツバやアカリんなんかは眠ってしまったみたいだ。

 互いに身を寄せ、非常に微笑ましい寝顔はまだ私の中にある戦いの緊張感を薄れさせてくれる。

 そんな皆の画面越しでその寝顔を見ながら、ご主人様はそっと笑みを浮かべていた。

「どうかしたんですか?」

〈別に、なんでもないよ〉

 そういって、あの人はニヤつく顔を慌てて誤魔化した。

「ダンナ様。じきに日の出ですが、如何致しますか?」

 運転しながらも、聞き取りやすいはっきりとした口調でお姉ちゃんが尋ねた。

 そっか、もうそんな時間なんだ。思ったよりも時間がかかったんだなあ。あ、でも今回はかなりの大物だったっけ。改めて振り替えると、全員生還出来てよかったと思う。このまま帰りたいところだけど、その前に済ませなければならない用事がある。

「お姉ちゃん、海原診療所に向かって。グレイさんを運ばないと」

「……ご主人様、如何いたしましょうか」

 お姉ちゃんはちらりとこっちを見つつも、飽くまで判断をご主人様に委ねるつもりらしい。

「ま、こうなったら仕方がないだろう。連絡はこっちからしておくから、アイツの所に行ってくれ」

「マリネ様の所ですね。承知致しました」

 こんな時間帯だけど、()()は私たちの医療顧問、つまり専属医師だ。ご主人様からの知らせであれば、直ぐに病院を開いてくれるはずだ。

 アカリんの腕は折れたままだけど、今は包帯と板で補強している。応急措置とはいえがっしりと固定させたから、無理に動かす事はもう出来ないはず。

 ただし、直ぐに完治するであろうアカリんの事よりも――いやもちろん心配すべきなんだけど――精神的に不安定な状態にあるグレイさんの方が心配だ。ご主人様が言うには一旦隔離して、じっくりと馴染ませたほうが良いと言う話だ。

 それを考えると、私の顔が徐々に強張ってゆく。


 ――――とそこに――――


「きゃああああ‼」

 ――――――――!

 車越しでも聴こえる明らかな悲鳴。

 条件反射的に私達の耳がピクピクと動く。同時に既に窓を開けて状況を確認したミオさんが叫んだ。

「感じる。獣人の、気配!」

〈待ってろ、今こっちでも調べてるから……出た!そこから百メートル圏内、丁度街路樹の辺りに獣人一体分の反応がある!〉

 ご主人様の言う方向にお姉ちゃんが車を走らせ、悲鳴のあった現場に向かった。

 そしてそこには一人の女性と、そのヒトを襲うリカオンの獣人の姿があった。それを見た瞬間、ふと意識が入れ替わり、あいつが前に出た。

「リカオン―――!アイツ、生きてやがったのか!」

 気配で分かる。アイツはさっきオレが倒したはずの獣人だ。てっきり仕留めたとばかり思っていたが、あの距離で急所を外したか?よく見れば、右肩に損傷が見られる。あの野郎、ギリギリで直撃を避けやがったか。流石に軽症で済んではいないようだが。

「クソッ!オレとした事が仕留めるのミスっっちまった」

「ダンナ様、如何いたしますか?このままではあの方が危険です!」

 その通りだ。多分、あれは暴走している。半分直感だが、眼を見れば、さっきとは様子が判る。多分、ここでアイツを野放しにしたらヤバい。

「お姉!(オレ)にやらせてくれ!アイツは(オレ)が仕留め損なった獲物だ。だから……」

「ご主人様……?」

 ミオさんが画面越しにいるダンナに判断を委ねた。

〈いいよ。心配しなくていいよ、ミオ。ゲーマーっていうのは、ゲームの腕が良い程、何でも出来たりするんだぜ。サナエ、ライフルを貸してやれ〉

「は、はいっ」

 サナエっちからライフルを預かったオレは窓から銃口を伸ばし、狙いを定める。向こうはどうやらこちらに気づいたらしく、荒々しく雄叫びを上げた。その腕には、まだ女性が捕まったままだ。

 (オレ)が引き金を引こうとしたその瞬間、(オレ)の中の(アイツ)の声が聴こえた。

 ――――ねえ、私にやらせてよ。

「んだよ急に。別に(オレ)がやってもお前がやっても、変わんねえだろ」

 ―――そんなのはわかってるわよ。ただあなたに頼りたくないだだけ。さっきはあなたがやったんだから、今度は私がやるべきじゃない?だから、お願い。

「………はあ、いいぜ。替わってやらあ。ミスすんじゃねえぞ!」

 オレは目を閉じ、人格を後ろに下げる。同時に、アイツが入れ替わるのも感じた。

「――――もちろん!私を誰だと思ってるわけ?私があなたであなたは私。そうでしょう?」

 ―――はっ、そうだな!そんだけノッてんなら遠慮なく任せられる。

 実践で狙撃の経験は全く無い。ただ、獣人は自分のイメージがそのまま己の技術スキルになるというなら、STGシューティングゲームの要領で出来る筈だ。

 私と(あいつ)とのやり取りが思ったより短かったのか、相手はまだ雄叫びを上げている。

 ゲームでも現実リアルでも、狙いを定める時は呼吸が大切だ。一つ息を吐く度に照準がブレる。しかも動く車の中からの銃撃だ。素人がやろうものなら本来は当たる筈のない弾丸(タマ)。だけど、今の私には絶対の自信があった。

 狙うは一点、敵の心臓(ウィークポイント)。私は全神経を集中させて、引金(トリガー)を引き絞った。

 ズキュンッ!と、果たして銃弾は命中した。

「ケホッ、ケホッ……」

 心臓を貫かれた事でリカオン獣人の力が弱まり、女性が解放される。

「そん……な……。この……俺が……あんな……小娘に……家畜……如きに……」

「……!?……!?」

 何があったのかまるで理解出来ない、と言うように、女性はぱちくりと二、三度瞬きを繰り返した。

「グアアアアアア…………‼」

 サァ……と絶叫しながら、リカオン獣人は消えていった。彼もまた、自分に起こった事柄が信じられない、といったように。


「彩美ちゃーん、何があったのー!?」

 どうやら、もう一人人間がやって来たらしい。なるべく騒ぎにならないようにしたつもりだったが、こうなっては仕方がない。

 私はと言うと、銃を撃った後、獣人の消滅を確認しては乗り出した体を車内に引っ込めて、その後は何も無かったかのように車は走っていくと、暁の闇に消えていった。




12月25日

―――P.M.20:02―――

 あれから早二十日が経った。ここ数日、ニュースや新聞ではあの廃研究所爆発で話題が持ちきりだ。毎日のように同じ情報が流れるばかりで、まったくうんざりさせられる。

 そのニュースや新聞を見る辺り、地下の施設も木っ端微塵に破壊されたようで、証拠隠滅は完璧らしい。

 元々あの施設事態にマッドサイエンティストの研究所だったという実績が有ってか、全てその時の残骸として処理されたようだ。ネットも漁ってみたが、これ以上の情報はやはり見当たらない。仮にあったとしても、いざとなれば、その道のプロに心当たりがある。

 なんにせよ、今回の事件はこれ以上大事にならないという話。

 ただし、あの襲われた女性の事が脳を過る。証拠はほとんど残っていないとはいえ、彼女が襲われた事は変えようのない事実だ。もし、それをネットに流すなり、マスコミに言いふらすなりされれば、世間から見る獣人という存在の確実性が増してしまう。

 考え過ぎかもしれないが、僕はそれが心配でたまらなかった。


「ご主人様~、準備出来ました~」

 ドア越しに、アキラの声が届いてきた。

 お、そうだ今日はクリスマス!この寒い真冬で一番壮大かつ一年で最後のロマンティックなイベントディだ。

 というわけで、うちの家族(ペット)達にはクリスマスコスプレでパーティーをすることになったというのがつい先月の話。

 会場は当然うちの店。料理は既に並べられ、僕は椅子に座って彼女達の着替えを待つばかりだ。

 もちろん、言い出しっぺはアキラとミオだ。決して僕から頼んだ訳ではない。また、レイコやユウカなど、恥ずかしがる()もいた。しかし、そんな彼女らをアキラとミオ(あの二人)が半ば強引に連れ込む形で引き込んでいっていた。よっぽどサンタコスやらトナカイコスを見せたいのだろう。

 ……本当に僕から言い出した訳ではないよ?いやまあ、僕の趣味にドストライクであるけどさあ。


 そういう訳で難しい事は後に回しにすることにした。どっち道、ネットやマスコミに言いふらした所で、確たる証拠がなければ、都市伝説程度にしかならない。いざとなれば、情報操作の類いも可能だ。

 僕は期待に胸を膨らませながら彼女の声に返事を返す。

 すると声の後に続いて、店からリビングにつながる扉が開く。

「はあ~い、お待たせしましたー」

 甘い声を発しながらガチャリと扉を開け、サンタ姿のアキラ、マオ、サヤ、レイコ、サナエ、ユウカ、ミツバの六人が現れた。

 赤い服装に赤い帽子は典型的なサンタクロースのそれで、腰には革製のベルト、手には手編みの手袋、足には手作りのブーツを装着。人によっては髭を付けたり袋を持ったり、はたまたミニスカ仕様やマント、中にはヘソや肩出しのものもある。飛び出した耳と尻尾が相まってとにかくマニアックな光景だ。


「おお~いいじゃん!メチャクチャ可愛いよ!」

「えへっ♪あったりまえじゃないですか~」

 衣装ゆえか妙な色気が出ているが、僕が絶賛したことにより、アキラは尻尾をフリフリ振りつつ誇らしげに胸を張った。

「ご主人様!ご主人様!私は?どうどう?」

「モー、サヤさん。そんなにはしゃいじゃだめですよ。あ、私はどうですか?」

 バサバサと羽を動かして自分をアピールするサヤには、赤と白というカラーリングがよく似合う。

 ただサヤは兎も角、マオは別の意味で目のやりどころに困る。他と比べて露出度は控えめなのだが、もっこりとした二つの丘がでーんと構えているお陰で、全くその存在を隠せていない。むしろ服が絶妙サイズなのかぴっちりとしていて、抜群の破壊力を醸し出している。

 だが、上には上がいるという。この三人を凌ぐさらなる刺客は他にもいた。

「……な、なあ。これは……す、スカートが短か過ぎやしないか!?せめて、後数センチは欲しいのだがっ……!」

「う、うん。お、お腹も出てるし……。その、い、いろいろ恥ずかしいよおっ!」

「くっ!この…!私の事、完全に子供扱いしてない?してるわよね!?なによこのフリフリとウサギの人形は!?」

 こ、これは―――!なんという光景だろう。

 レイコとサナエはその大人なボディをこれでもかと強調するため、太股までカットされたミニスカにを中心に肩、腕、腹、うなじなどなど露出度マシマシのセクシー&ダイナマイツボディが僕の脳内に記録されてしまった。さらに、恥ずかしさの余りモジモジする可愛らしさがさらなるギャップを産み出している!

 反対に、フリフリ付きのスカートと襟元、左右対称に取り付けられた手作りウサギ人形を携えたユウカは、そのロリータ衣装を完璧に着こなしている。これを名付けて(合法)サンタ・ロリィと呼称してみようか!――――いや、それを言ったら間違いなく殺されるだろうから、心の内に留めておこう。


「フォッフォッフォ。良いではないか。似合っておるぞ。それでこそ作った甲斐があったというものじゃ。フォッフォッフォ」

 ジジィ口調で割って入って来たのは、これまた凝ったコスチュームのミツバだった。付け髭までつけて、喋りに合わせて伸ばす仕草すら見せてくる。彼女も比較的子供体型のため、ユウカとデザインは似通っているが、フリフリや人形のような装飾は無い。それだけ聞くと質素に思えるが、彼女には翅がある。

 そう、翅だ。普段は邪魔になると仕舞っているものだが、わざわざ衣装に専用の穴をあけ、今宵ばかりはその鮮やかな模様である種の幻想を産み出している。服以外の部分も見てみると、耳にはハロウィンでも使った先の尖ったつけ耳に、頭には赤いとんがり帽子。髭はある癖にサンタというよりはお手伝いのエルフがモチーフのようだ。


「ここまでする必要があるのか?普通でいいだろ、普通で!くう……どうしてこうなった……!」

「私の趣味です」

「「――――!?」」

 既に着替えを終えたヒトミが突然沸いて出てきて話に割ってはいるので、気配感知に長けているはずのサナエとレイコが呆気に取られていた。

 それからヒトミは眼鏡をキラリと輝かせ、爆発するように熱弁した。

「良いですかレイコ様。貴女様程の美しい方は、やはりそのボディラインを強調し、しっかりと魅力を放出してもらいませんと。なので少々面積を広げさせて頂きました。サナエ様はやはりその大きな翼をどうするか悩み所でしたが、いっそノースリーブにするという結論に至りました。そのアイディアはサヤ様にも流用されていますね。まあ、このくらいは常識の範疇でございます。それに、一人一人皆様の衣装をデザインするのは、大変でしたが楽しい時間でした。あ、因みにですね―――――」

「もっと別のデザインでも良かったのではないか…?」

「ええ、ですので初期の構想段階では和風デザインにする予定だったのですが――」

「なっ――それはっ……!」

「――と、申されると思いましたので、妹達との決議の結果、サナエ様と同じこのデザインに変更致しました」

「……………。」

 ペラペラと語るヒトミに切りが無いと踏んだか、口を挟むが、直ぐに動揺して閉じてしまう。

 それから何度も口を開こうとするも、言うことが無くなったのか、また直ぐに閉じてしまい、もどかしい気持ちが彼女を包んでいった。

 というか、和風サンタってどんな衣装だよ。そっちの方が気になる。

「まあまあ、落ち着け落ち着け。それよりヒトミ、お前がいるって事はトナカイ組も準備万端だな?」

「ええ、はい。もちろんでございます。只今呼んで参りますので、少々お待ちください」

 そういうと、ヒトミはその場から立ち去り、コスプレ大会第二回戦の面子を呼びに行った。


「あの~?」

 ヒトミが店の部屋を出たかと思うと、物影からミサが顔を出していた。頭には例に漏れずサンタの帽子を被っている。

「ん?どうした。お前も早く来いよ」

 と、僕が手招きしてみると。

「いや、まあいいんですけど…」

 恥ずかしいのか、やけに気の進まない心持ちで中に入ってきた。上半身はスタンダードな赤いコートを羽織った普通のサンタコスチューム、と思いきやニョロニョロと這い出た下半身と合わせてみると、全身にものすごい量の飾り付けが施されていた。

「これ、どうみてもサンタっぽくないんですけど…」

 取り付けられた飾りを見てみると、金、銀、銅のオーナメントボールと、リボンを結んだ小さなプレゼントボックス型の飾り、更には色とりどりのモールがぐるぐると巻き付けられて、よく見ると下半身全体には緑色の布が敷かれていて、胸には星型のバッチがつけられていた。

 これって、まさか……。

「おいミサ、ちょっとそこで蜷局とぐろを巻いてみろ」

 僕の指示通り、店内の少し広めのスペースで、ミサがその長い体を器用に巻いて見せた。そして、出来たものが――――


 ―――あ、これクリスマスツリーだ―――


 皆で揃ってそう言った。

「ですよね!?これどう見てもツリーだよね!?されるままあの三人に着替えさせられたけど、アタイだけなんかおかしくないですか?!」

 と、必死に訴えるミサに堪える声が。

「いやぁ、ミサ様の衣装には難儀しました。何せヘビの胴体が大半ですもので。上半身は普通に赤服着せても、下半身はどうするか姉妹で悩んだものです」

「うわぁ!ひとみ」

 ……なんか、今日のお前神出鬼没だな。

「あ、ちなみに取り付けたオーナメントボールとモールにはライトが仕込んでありますので……ポチッと。このようにイルミネーションも演出できますよ」

「いちいち無駄に凝ってるわね!?」

 いや全くその通りで。

 これには流石に同情せざるを得ない。とことんまでインパクトを攻めたな……。

 それはそうとトナカイ組の方はどうなのか、とヒトミに聞いたところ、準備は万端ですと答え彼女たちを招き入れた。


 そうして出てきたトナカイ達は、ミク、アキ、アカリ、チサ、ナナミ、フミナ、ヒトミを合わせた系七人。こちらも個々の特徴が強調されており、スカート付きのころもからパーカー状の着ぐるみなど多種多様だ。中にはスイッチで鼻が光る仕様が見られる拘りもある。

 因みにヒトミは前者のスカートタイプで、飾りのものを合わせた四つの角に加えてたホワイトブリムや服装はメイド服をアレンジしている。

い、

「まあ!ミクさん!」

「ミクちゃん可愛い~~」

「そ、そう?なんか、お腹出て恥ずかしいんだけど…」

 ミクの衣装は後者の着ぐるみ型だ。わりとシンプルなデザインだがそれが良く、ぽっちゃりとした体型が意識されつつも可愛らしく着こなしている。顔にはいつものブタ鼻の代わりに真ん丸な鼻をつけていた。

「いいんじゃないか?似合ってるよ」

「……!ほ、本当?少しは痩せなきゃって思ってるんだけど」

「いやいや、ちょっとぽっちゃりなくらいが丁度いいんだよ、お前は」

「……それ、褒めてんの?」

 あれー?ちょっと(かん)に障っちゃったかな?

 因みにブタの体脂肪率は約十三パーセントとさほど高くはなく、見た目程太ってはいない。

 まあ、それに関係なく、彼女が気にするのは乙女の性ってやつなんだろう。

 それにしても元気そうで良かった。あれから丸一日寝込んでいた彼女だが、起きてすぐ自分の失態を自覚してからというものの、反省の色を込めてか暫く部屋に籠っていたのだ。

 《死神》に親を殺された恨みのある彼女だ。家族を失った気持ちは僕もよく解る。後は自分で立ち直ってもらうしかない、と今の今までそっとしていたのだが、こうして楽しんでいるようで何よりだ。


「―――フッ、さあどうだ我が主よ!死の使いたる我が、今宵は聖夜の使いとして君臨したッ!見惚れたか?当然であろう!我が死のオーラは例え聖なる夜でもこんなにも輝いているのだからッ!」

 痛々しいオーバーアクションと共に現れたのはヒグマのアカリさん。ドヤ顔でしんと静かな空気を一瞬で作り出し、ふと我に返って見つめると、真っ赤なお鼻がピカピカと輝いていた。

「―――プッ、なんだそりゃ!」

「え?え、え!?」

「死の使いとか聖夜の使いとか、意味わかんないし!」

「モーうふふ、でもなんか面白いですー」

「あっはははは、コケーッケケケケ」

「うぇええ!?」

「大体オーラとか出てないし、光ってるの鼻だから!」

「こ、これは……我ながら傑作の出来です!」

「ふぇえ!?」

 沈黙の果てに皆笑いだし、何が起こったかわからないと慌てふためくアカリが、これまた滑稽だ。衣装はゴスロリ風のスカートの所謂ブラックサンタというもので、例によって角と鼻を着けた、これもまた個性の効いたもの。仕舞いにはいつもの眼帯も着けているのがなんとなくカオスなコスチュームだ。因みに、腕の骨は既に完治している。

「おーおーおー、予想外に大爆笑やなー」

「ねえねえ、アカリちゃん。こっちの道で食べてこうよ」

 冗談を混じえて、チサとナナミがやって来た。

 チサはパーカー付きのパジャマ風デザインの衣装で、ナナミも同じくパーカー付きなのだが、こちらは外でも使えそうなジャンパー風―――と思わせてその下には水着らしきデザインの衣装が隠れていた。流石に寒いし季節外れだろうと思ったが、キンギョの特性を持つ彼女に配慮した結果だろう。

「み、皆やめてよ~~~~!笑わないで~~~!」

 一方アカリは、親友二人にもからかわれ、涙目になって黒歴史をまた一つ増やすのであった。


「お、なんか盛り上がってるね~」

「ふう、思ったより着替えるの手間取っちゃった」

 今度現れたのはフミナとアキだ。フミナは姉と同じくメイド服を基準としたものだが、他の皆と違って茶色ベースのトナカイカラーではなく、白と黒のモノクロなのであまり変わっていない。ついでに首輪にはベルが取り付けられている。

 アキはここに来て完全に着ぐるみ衣装。ふさふさとした毛皮をしっかり再現し、顔以外の部分は随分と暖かそうだ。

 ヒトミもそうだが、彼女達はトナカイと同じ偶蹄類―――そういう意味ではミクもだが―――なので、こういった衣装がよく似合う。

「アンタも何よその格好。着ぐるみじゃない」

「ん~?ユウちゃんこそ、可愛いよ~。お姉ちゃん抱き締めたくなっちゃう。ぎゅ~!」

「ああっ、ちょっ、止めなさい!あ、結構モフモフしてる。ってそうじゃない!」

 中々、愉快な光景だ。背の高いアキが小さいユウカを抱き締めている姿は、本当に姉妹かあるいは親子に見える。……おっと、これもまた口に出したら彼女に殺されそうだ。


「そういや、あいつ遅いな」

「いや、とっくに着替えてると思いますよ。大方、恥ずかしくて恥ずかしくて、そりゃあもう気持ち整えるのに一生懸命なんじゃないですかね」

 実は今回のパーティ、皆の衣装はくじ引きで決まったもので、くじの結果に合わせてメイド三姉妹が全て手作りしたものなのだ。コスプレに関して彼女達の右に出るものは居ないと思っていたが、この凝り様に改めて再認識されたよ。

 そして最後に残った雪だるまなのだが、それはミオだ。雪だるまはいわゆるハズレのつもりらしく、くじ運の悪い彼女がそれを引いてしまったがために酷く落ち込んでいたのが最近の事だ。

「ウニャ……そんなことない」

 噂をすればとばかりにキィとドアが開き、何やら巨大な影が姿を表した。

 うん、まあ…なんというか、雪だるまだ。真っ白なボディは下半身と上半身でそれぞれ大きさの違う着ぐるみで、頭にバケツ、手袋、マフラーなど、これでもかというくらいに雪だるま要素が詰め込まれいる。ただ一転、顔面部分のみ穴が開いていて、そこからひょっこりミオの顔が覗いている。とにかく動き辛そうではあるが。

「よお、ミオ。似合ってる……な。うん」

「むう……」

 若干顔を赤らめる様を見せ、部屋に入ろうとするミオだが、着ぐるみが思った以上に大きかったようで、入り口に嵌まってしまった。

「う……引っ張って」

 うーん。これは助けるしかなさそうだ。ということで皆で『大きな株』さながら、皆でミオを引っ張りだしてやった。

 

「ったく。こんな時まで世話掛けさせるんじゃないわよ」

「屈辱。雪だるまさえ当てなければ……」

「あれ?でもくじ引きにしようって言ったのは、ミオさんですよね?」

 マオが言った。

「え、そうなの?」

 そして僕が聞いた。企画の発端は確かに彼女とアキラなのは知っていたが、衣装決めに関しては、てっきりヒトミが意見したものだと思っていた。

「……事実」

 しばしの沈黙の後、ミオは答えた。

「また妙なチャレンジ精神を……。お前、運は悪い方、なんて言わないけど程々にしろよ」

「ん。にゃあ……」

 やや不服気味だが、ゆっくりと首を縦に振るミオだった。


「さ、これで全員揃った事だし、そろそろパーティーを始めるとしますか」

 僕の声に皆元気よく堪え、一斉にそれぞれ好きな席に移動する。

 料理を見てみるとフライドポテト、ポテトサラダ、コーンスープ、ビーフシチュー、鮭の塩焼き、焼きそば、ピザ、ナポリタン、グラタン、鶏の唐揚げ、ハンバーグ、ローストビーフやミートローフなどなど、そしてメインのターキーも添えたクリスマスのスペシャルメニューがずらりと各テーブルに並べられてある。

「えー、僭越ながら僕の方から仕切らせてもらいます」

「ひゅーひゅー」

 と、横からの黄色い歓声を聞きつつ、僕は咳払いを一つ。

「……コホン。それじゃあ、クリスマス&作戦成功を祝して――――――」

『かんぱーい‼』

『メリークリスマース‼』




 ――その頃――

「今頃、坊っちゃん達はクリスマスで祝杯でもあげてるんですかネ?」

 部屋の壁にもたれるボクは、センセが作業をする背中を見ながら呟いた。

「だろうな。きっと幸せな顔をして楽しんでいるのだろうさ。叔父として、身内の笑顔を想像出来るのは実に喜ばしい」

 カタカタとボードを打ちつつ、センセは坊っちゃんへの想いを語る。

「そんなコトよく言えますネ、センセ。あれほど教え子と坊っちゃんの事、利用しておいテ」

「それは致し方あるまい。彼らの力無くしては、実験は成功しなかっただろうからね」

 センセは笑顔というには皮肉な笑みを浮かべて、こちらを向いた。

「あの子達のお陰で非常に有益なデータが採取出来た。見たまえアル。この研究データを」

 そうして見せられたものは、《ChemistryMakingCreature》――つまり《Chimera(キメラ)》――の研究レポートだ。そこには現状の利点と改善点が詳細にリストアップされてあった。

 これは以前、坊っちゃんトコの天才ロリちゃんが、試作品を調べに調べ上げたデータだ。

「しっしかし、あの教え子サン、大したモノでしたヨ。まさかボクの作ったセキュリティを破ってくるなんテネ」

「流石は私の見込んだだけの事はあるな」

「自分の手で殺そうとしたのニ?」

 ニヤニヤと笑うボクに、センセはまた不敵に笑って見せた。

「ふ…君も意地が悪い。あれは仕方がなかったといっているだろう。遅かれ早かれ、彼女が獣人と関わることは眼に見えていた。何れ邪魔になるだろうと思ってしたことだが、今ではこうして利用価値の高い駒に過ぎんよ」

「アハハ。アンタも優しいんだが残酷なんだか、つくづく面倒なヒトだネエ」

「君にそれを言われるとはね。私も焼きが回ったかな」

 苦笑を浮かべつつ、センセはパソコンの画面に向き直る。

「さて、これで私の家族を救う道に一歩近づく。この《キメラ》が、私の研究に拍車をかける事になるだろう」



 読者の方、どうもです。あるいは初めまして、狩野です。

 唐突ですが、本作品のストーリーは一旦ここまでとさせていただきます。

 いえ、決して作品放棄ではありませんよ?

 ですが、今回を一区切りとし、以後は軌道修正のためストーリーを練り直していく所存です。

 一話一話、丁寧に直していきますので、何卒ご了承下さい。

 また修正が終わりましたら、直ぐに更新していきますので、活動報告を参考に読んでいただければ幸いです。

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