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ペット&ライフ  作者: 仮ノ一樹
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17/18

第17話 仮面の死神 ―後編― 

12月5日

――A.M.2:02――

「セイッ!はぁっ!」

 フミナ達が悠々と戦闘中の頃、作業の為動けない私を護るためにアキが獣人化。メリケンと足の蹄で襲いかかる獣達を次々と撃退していた。しかし、圧倒的な数の暴力で入り口も塞がれ、既に退路は断たれている。

 下の実験室とは違い、ここは元々狭い部屋なのだが、押し寄せてくる獣人達によって更に狭くなり、図体のでかいミサはほとんど身動きが取れない状態だ。尻尾の先に敵が来れば直ぐにはたくぐらいは出来るが、巨大な下半身が完全に災いしている。かといって人間態に戻っても直ぐに取り押さえられてしまうだろう。動きづらいが、威嚇の為にも獣人態でいた方が都合が良いわけだ。


 ―――クソッ!これ以上時間を掛けたら二人が持たない!

 私は悪化し続ける状況に焦りを感じていた。その所為かいつの間にか耳が垂れ下がれ、無意識ながらも疲れが生じている。

 今、私はこの施設に記録された《BAD》及び《キメラ》の研究データの入手作業に当たっている。ここで実施された研究は恐らく今後も何処かに流れて活用される事になるだろう。特に《キメラ》に関してはまだまだ未知数な部分が多い。《BAD》の回収も最優先だが、将来的にもこのデータはこちらも有効活用出来るはずだ。

 しかし、流石と言うべきか。データをコピーするだけでもロックがかかり、これを突破するのに先程から妙に苦戦していた。誰よ!こんな面倒なセキュリティ仕込んだやつは!

 だが、作業に没頭するあまり、私は背後に迫る敵に気づくことが出来なかった。

「ガアァッ!」

「―――!しまっ…」

「させるかーーー!」

 アキの護りをすり抜け、一匹の獣人が牙を向ける。逃げ場もなく呆然とする私だったが、武器と服を脱ぎ捨てたミサが獣形態となり取り囲む他の獣人達の間をすり抜けて首に巻き付いた。全長九メートル前後はあるオオアナコンダなら、獣形態でも十分な戦闘が可能だ。ただし、防具も武器も捨てる事になる分、無防備になってしまう。

 そんなリスクを垣間見ず、アイツは私を護ったのだ。

「ミサ……」

「べっ、別に助けたわけじゃ…ってバカ!アンタはそっちに集中してなさい!」

「そうだよユウちゃん。こっちは全部任せていいから、何も心配しないで続けて!」


 仲間の言葉を受け、再度キーボードへと体を向けると同時、耳をピンと立て直し思考を巡らせる。

 頭の中に無数の数式が渦巻くイメージが流れ、焦る気持ちを沈めていった。

 ―――そうだ。落ち着け、私。プロテクトはあともう少しで解ける。後はこいつをコピーして送信するだけ。でもその後は?このままじゃどの道全滅する。どうする?なんとかこの状況を打開できる法則を―――


 ―――――タタタタタタ


 不意に耳に足音が轟いた。それも近い。まさか増援!?しまった眼の前の事で警戒が……いや、この足取りは―――!

「―――百八十秒」

「「え?」」

「あと三分だけ時間を稼いで。そうすればあいつらが来る。あのおバカ共がね!」

 コクり、と二人は首を縦に振る。何かを察してくれたその眼差しに疑う様子は微塵も無く、ただ真っ直ぐに敵の群れへと突っ込んで行った。


 アキはメリケンをカツカツと鳴らしながら、相変わらず素手で挑む。ミサは今さら形態変化も出来ないので、そのまま相手の首に巻き付いて首をへし折っていった。

「……百七十………百六十………百五十―――――」

 一秒一秒、一瞬のブレもなくカウントし、同時進行でプロテクトを外していく。

「―――――百………九十………八十――――――」

 アイツらが来るまでまだ時間がかかる。だがこっちはそろそろ終わりそうだ。

 ――――ほんと、こんな土壇場で調子を戻してくれる仲間がいて、私はなんて運がいんだろうか。

「―――――五十………四十………三十……よし!」

 カウントを始めて百五十秒が経過し、ようやく解除に成功した。足音も近くなっている。後はコピーして送信するだけだ。

「………十三……十二……十一―――――」

 百六十九秒が経過。コピーは完了した。首輪のボタンを押し、データが送信される。

「ユウちゃん、危ない!」

 再度、敵が二人の間をすり抜けて私に襲いかかった。が、既にデータの送信は遂行され、百七十七秒が経過している、先程のような焦りもなく私は冷静にカウントを続けた。

「三……二……一……ゼロ!」


「「「おっ待たせーーー!」」」

「キャインッ――――!」

 私の狙ったタイミングバッチリに、三人分のやんちゃな声と共に獣人が飛んでいった。いや、跳ねられたというべきか、そのまま下の実験室に無防備なまま落ちていく。頭から落ちたようなので、多分絶命しているだろう。

「な、なんだ仲間が!?」

「バカな、そんなはずは……」

 下に降りていった《ヴォルフガング》の連中からも動揺の声が聴こえた。まあ、こんな登場されたら普通は困惑ぐらいするだろう。

 直後に何体か下に飛び降りて行ったが、程なくして爆発音と四、五発程の銃撃音が鳴り響き、あちらの戦闘は終了したようだ。


 それはそうと、こちらに加勢にやって来たのは、アカリ、チサ、ナナミの三バカ共だ。まあ、明確にアホなのはアカリぐらいなのだが。

「な、なんだこいつは……」

「こ、こんなの聞いてねえぞ」

 今の今まで奇襲で優位に立っていたはずの《ヴォルフガング》の戦士達は、驚愕に体毛で覆われた顔を歪めていた。それも無理もないだろう。

 彼らの目線の先にいるのはアカリだ。獣形態のその姿は日本に住む陸上生物の中でも最大種である《エゾヒグマ》だ。

 当然服は脱いでいるし、脱いだものと武器はチカが所持しているようだ。しかし、眼帯と首輪だけは外していない。

 しかし、彼らが驚いているのは立てば二メートルを越える巨体ではなく、その状態だ。身体中に傷を負い、一部流血までして身体の三割は赤く染まっているのだ。

 これには流石にアキもミサも、もちろん私もドン引きした。

「ちょっアンタ一体何が―――うっ!」

「ユウちゃん!?」

 アカリの酷い傷口を見て()()()()()()が甦り、頭に電気が走ったように激痛が走った。これは、私特有の暴走サインだ。

「ううっ―――はあっ、はあっ……もう、大丈夫」

 慌ててポケットから鎮静剤の入った注射器を取りだし、それを自分に打った。これでもう暴れる心配はない。


「ヒ、ヒィ‼」

「て、撤退だああああ」

「うああああああああああああああああ‼」

 アカリのゾンビっぷりにニンゲンとしての恐怖心に囚われ怖じ気づいたのか、それとも最大級の猛獣であるクマに生き物としての本能が騒いだのか、情けない姿で獣人達が逃げていく。

「グオオオオォォォ!」

 しかしそれを逃がすまい、と密室で私の耳が痛くなる程の咆哮を轟かせ、逃げるオオカミを掴み上げたり、金太郎さながらに張り手で突き飛ばしたり、最早やりたい放題である。

「「「あー……」」」

 劣勢からの一気にどんでん返しするまではよかったが、流石にこれは予想外。こんなカオスな状況にについて行けない私とアキとミサの三人はただ呆然と立ち竦んでいるだけだった。


「グオオォォー!」

「アカリちゃん、それ以上はストーップ!」

「どうどうどう、ええい、この。落ち着けぇい!」

 《ゴールデンハムスター》の能力を持つチサが暴れるアカリの背中をとっとこと掛け上がり、斜め四十五度の角度で彼女の頭にゴツンッ、と肘打ちを入れた。すると衝撃で落ち着き、体が縮んで擬人態となる。

「あたっ―――いった~。何すんのさ~」

 この機会を逃すまい、と《ヴォルフガング》は一目散に逃げていき、かつてのテロリスト達の群れは壊滅状態に墜ちながらも、無様に天井から逃げていった。

「ええ加減暴れ過ぎや!それ自重せいてご主人様からも言われとったやろ。ええからこれ着とき」

 そういって服を投げ渡す。

「だからって()たなくもいいじゃん」

「いやいや、()たないと治らないから、アカリちゃん。いや、()っても治らないのか」

「ちょっと、ナナミちゃんそれ酷くない!?」


「―――はっ!なんかボーッとしてた!」

 不意に正気に戻ったアキを始め、私とミサもハッと意識が戻る。

 同時にフミナ達がグレイとか言う獣人をを連れて管制室に上がって来た。

「おっ、やっぱりアカリんじゃん。派手に暴れたようだな」

「あえ?黒フミだ…ってその人誰?」

 既に獣人態を解き、擬人態となった黒フミ達には特に支障はないようだ。

 グレイという人物については経緯も含めヒトミが即座に説明した。

「っつうか、お前らおせーんだよ。ここに来るまで何してた?」

 そう、それだ。入り口で別れてからと言うもの、合流するはずだったのだが、それがこのタイミングとはどういう訳なのか聞きたい。まあ、足音聴くまで私もすっかり忘れていたのだが。

「いや~それがさあ、途中で道に迷っちゃって~」

「はあ!?オマエなあ、地図マップは覚えたろう?でなくてもカンでどうにかなるだろ(オレ)達」

「あはは。一応連絡ぐらいはしよう思っとったんやけどな。そんときに丁度敵が襲ってきて」

「それから急にアカリちゃんのスイッチが入ってさあ。散々暴れてる内にちょっと敵さん脅したら、ここの事吐いてくれたから駆けつけたってわけ」

「何よそれ。無茶苦茶じゃない!ていうか脅したって何?何したの?さらっとそういうこと言うの恐いんだけど。あと血だらけになって来るの止めて少しは自分の体を気遣いなさい。それと―――」

 ウサギはストレスが溜まりやすい。それを体現している今の私は、緊張が溶けた事もあって一切の不満を説教風にぶちまけた。

 だらだらと愚痴を吐く私を横目にミサは服を着用し、アキはホッと息をついていた。

 しかし、一段落着いたと安堵するのも束の間。

 私の首輪から着信音がなった。着信音と言っても私にしか聴こえない小さな音だ。首輪に仕込んである端末に、携帯と同じ仕組みで――――――って今はどうでもいいか。

 首輪のスイッチを押し、呼び出しの応答する。

「こちらユウカ。機密データの送信は完了したはずよ。今せっかく―――」



「ユウカ‼ミクが暴走したわ。直ぐに鎮静剤を持ってこれる!?」




――A.M.2:08――

「ようやく―――見つけた―――!死神―――‼」

 時間は少し遡り、フミナ達が戦闘を始めた頃。

 作戦を開始して、いつの間にか二時間が経過していた。

〈お、おい待てっ!ミク!〉

 僕の静止も聞かず、ミクは獣人態となり〈死神》に迷わず突進していった。

「お前の所為で‼お前の所為でっ‼お前の所為でえっーーー‼」

 叫びが壁や天井に跳ね返って響き渡り、モニター越しでもその激しさが伺える。

 単調な突進を繰り返すミクだが、死神はヒョイヒョイとそれを躱し、相手にする様子もない。

「くうッ!この、逃げるなァッ‼」

 感情に任せてサブマシンガンに火をふかせ、死神に向かって乱射するが、跳躍でふわりと身を翻し、尚も攻撃を躱していく。

 そのまま奥へと誘うように逃げて行くと、ミクが「待てぇッ!」と叫んで追いかけて行った。


〈ご主人様!ミクの精神パラメーター、急速に上昇中!何とか自我は保てていますが、このままじゃ…〉

〈くっ―――!ミオ、ミクを止めろ!〉

「了解。でも…」

 僕の指示を受け、ミオが一歩踏み出すが、その前を緑の男が邪魔をする。

「オイオイ。止めさせるワケないダロウ?こんなオモシロイの、良いデータが取れそうじゃないカ」

 そう言って、アルの体が変化を始めた。

 体中が緑の鱗に覆われると長く生えた尻尾がクルりと巻かれ、顔が前方に伸び、眼球が肥大化。そしてその頭部に巨大な角が三本生えた。

 その特徴的な角と形態から解るアルという男のイメージは《ジャクソンカメレオン》だ。

「つい本性を現したか。フッ、カメレオンとは、陰気なお前にはピッタリだな」

「ああ、自分でもそう思うヨ」

 レイコの皮肉たっぷりの言葉をアルは思いの外真正面に受け止め、口を大きく開けたと思うと、喉奥の骨を突きだしながら舌を伸ばしてきた。カメレオンの舌は口の中でもぐるぐる巻きになってるというイメージがあるが、別にそういう訳でもない。

 厄介なのはあの舌が獲物を捕らえるために粘着性の高い体液で覆われている事だ。人間大ともらなれば肉も厚いだろうし、伸ばすスピードは弾丸にも匹敵する。ナイフでの切断は困難を極めるだろう。

 

 たが、隙を見てサナエが牽制し、その隙を突いてレイコが飛びかかる。

「ここは私達に任せろ。ミクはそちらに任せる」

「ん。任せる。マオ、サヤ!」

「は、はいっ!」

 ミオの呼びかけに応え、マオが獣人化。ミオを背中に乗せ、サヤを待つが―――。

「あ、あれ?おかしいな。足が…う、動かないや…」


 僕は慌ててサヤの精神パラメーターを確認した。

 これもまた、首輪を通じてその脳波データをこちらに送り、感情の上下を測るシステムなのだ。暴走を防ぐ為の者ではあるが、同時に簡易敵なメディカルチェックを行う為のものでもある。

 そして、現在サヤのこころにある反応は《恐怖》。暴走する程強い感情ではないが、今のサヤは恐怖心で動けないようだ。実際、彼女の足はガタガタと震え、元々とはいえ鳥肌が目立つ。

 恐らく《死神》を目の前にした事が原因だろう。彼女の両親も、死神によって殺されており、彼女自信も元来臆病な性格を持っている。

「ごめん、二人共先に行って…」

「あーらマア。ここに来て怖気づいちゃった?見た目通りチキンなワケだ」

「う…うう…」

 ヒタヒタと足音を立て、アルが近づいてくる。

「待て。貴様の相手は私達だと言っただろう」

 しゃがみ込むサヤを庇うようにして、レイコとサナエが立ちふさがった。

「ハハハッ。そう来なくっチャ。キミとは一度()り合いたかったからネエッ‼」


 サヤのことはレイコ達に任せるかと思ったが、ミオは震えた彼女の手を伸ばし、マオの背中へと引き上げた。

「……!」

「怯えるのはいい。でも、立ち向かわなきゃ、前には進めない」

 それだけ言うとマオに合図を送る。地面を切って走り出すと、向かってくる他の獣人達を怪力で屠りながらミクを追いかけた。


 短時間で余程奥まで死神を追いかけて行ったらしいミクは、未だ自我は保ち続けているようだった。

〈ミク、アンタ少し落ち着きなさい!興奮しすぎよ!ねえ、ちょっと聞いてるの!?〉

「うるさい…こいつだけは絶対に殺す!」

「……―――」

 唸り続けるミクを見て、死神はカクンと首を傾げた。まるで何に怒っているのか分からない、と言うように。

 まずいな…元々あった憎しみが獣人としての興奮状態でさらに増大してる。ここまで自我を保てていられるのはすごいけど、時間の問題か。

〈アキラ!ユウカ達に連絡しろ。直ぐに鎮静剤を用意させないと…〉

〈はい!ってこれは―――〉


 どうした、何があった⁉と僕はアキラに問いかけると、顔が歪んでいるのが見えた。同時にミクや追いついたミオたちの動きが止まる。

 彼女が見つめているのは獣人の反応を示すレーダーだ。それを見た途端、僕も同じように顔を歪めた。

 普段、レーダーにはその獣人の分類されるタイプが「Beast」「Scale」といった具合に表示されるのだが、今はそれらの反応が全て同位置に表示されているのだ。具体的に言えば、本来二つの生命体として表示される反応が、今回は一つの生命体としての反応が示されているのだ。

 この反応が示す応えはただ一つ。たった一匹の獣でありながら二つの獣の力を宿す獣人《合成獣人キマイラ》だ。

 死神の背後から徐ろに姿を現し、今まで見てきたどの獣人よりも恐ろしい姿を目の当たりのする。

「ゴアアアァァァ―――‼」


 それは二種の動物の鳴き声が混ざっているような咆哮だった。

 形態はワニとゴリラを合わせたものであり、頭部、爪、背中から尻尾に掛けての外側はワニの特徴が目立つ。逆に腕や胸などの筋肉といった内側はゴリラの特徴が目立ち、どちらも一対一の割合で躰が構成されていた。また、表面は毛皮と鱗が入り交じっており、ぱっと見ただけでも両方の印象を同時に抱かせる。 

 ワニとゴリラの《合成獣人キマイラ》――仮にワニゴリラ獣人と名付ける――が巨大な口をパックリと開けて突進して来た。ワニの顎を掲げてゴリラの容姿で走ってくる光景はシュールさを隠せない。

「邪魔をするなあああ!!」

 既に半ば暴走状態に入っているミクは相手が誰でもお構いなしに突撃する。

 猪突猛進もいいところにワニゴリラとミクが衝突。互いに取っ組み合いになるが、ゴリラの腕力は伊達ではない。

「ぐうう――――!」

 両手が防がれても顎があるワニゴリラは、突進の時と同じように口を開け、ミクの頭を砕こうと仕掛ける。

 しかし、マオが開く口を押さえて攻撃を中断させた。

「落ち着いてくださいミクさん!」

 マオの怪力には流石のワニゴリラも耐えられなかったのか、一歩後退る。

 元々、ワニは噛む力が強いだけで開く力は弱い。実際、野生に潜む個体でも輪ゴム一つで口が開かなくなる程だ。

 それは獣人も例外ではなく――ましてや(うち)一番の怪力に――押さえられた口は一向に開く様子はない。だが、互いに取っ組み合い状態は変わらないのでこちらも動く事はできなかった。

 それを好機と見たか、死神がワニゴリラを飛び越えて大鎌を振り下ろそうとする。

「シャアッ!!」

「―――!」

 死神が空中で鎌を持ち上げたところ、ミオも同じようにマオとミクを飛び越えて勢い付け、ドロップキックで妨害した。


 互いに着地し、獲物を追いかけるが如く続けてミオが攻撃を仕掛ける。

 辺りが薄暗いためか、黒いフードに身を包んだ死神とクロネコのミオは周囲に溶け込んでおり、そんな中で繰り広げられるスピード戦の攻防はモニター越しでも眼を見張る程だ。

 身長程はある大鎌を手足のように振るう死神に対し、ミオは得物は小さいながらも攻撃を受け流し、隙有らばと爪やナイフを挟み込んでくる。

 しかし、驚くべきは死神のその身体能力だ。おそらく敵も獣人であるはずだが、ミオが擬人態で応戦するのに対し死神は人間態のままだ。とはいえフードと仮面に隠されているだけで、実は形態変化はしているのかもしれないが。


「ミオ!そいつは私の敵だ!私にやらせろ!!」

 突然ミクが叫ぶが、ミオは一瞬振り向くだけで言葉は交わさなかった。そのため、代わりに僕が応える。

〈ミク、悪いがお前と死神とじゃ相性が悪い。ここはミオに任せて、お前はマオとその獣人を……〉

「いやだ!ずっと探してたんだ。あいつは……あいつは、お母さんを殺したんだ!それだけじゃない……その場にいたサヤの家族も、私の腕も斬られた!」

「ミクちゃん……」

 ずっと後ろで見ていたサヤが静かに呟く。

「だか、ら………絶対に許セナイ―――――コロシテヤル、コロシテヤル―――――!!」

 その言葉を境に、ミクの精神パラメーターが急上昇。危険アラームが鳴り響き、彼女が《暴走状態オーバードライブ》に堕ちた証拠だった。

〈ミク―――‼〉

 僕は必死で呼び掛けたが、もう彼女に言葉は届かない。

 プガアアア!!と雄叫びを上げると、ワニゴリラがそれに気圧されて隙ができる。たががが外れた彼女は右手を中心にマオに勝るとも劣らない程の怪力を見せ、ワニゴリラを押し退けると、四つん這いになって真っ直ぐ突進していった。

 すると、死神はミオを引き離してあっさりと逃亡。追撃を試みるも、暴走列車の如く進むミクがそれを阻んで突っ走って行った。

「待って!ミクちゃん!」

 今まで後ろで見ていただけだったサヤが、ニワトリというよりダチョウのような速さで追いかけて行き、それを見届けたミオは少し笑顔を溢して死神とミクを追跡した。


「おーおー、始まったネ」

 マオの背後から男の声が聴こえ、彼女が振り替える。

「い、いつの間に……!?」

 男の正体はアルだった。口調から分かりきっていた事だが。

 ただ、問題なのはシステム彼の反応が全く無かったということだ。

〈どういう事だ!?こっちでの反応は無かったぞ!?〉

「さあて、何ででしょうネー」

 とアルは頭の後ろで腕を組み、シラを切る。

「ガルアッ‼」

「―――おっと」

 遅れて、既に獣人態化したレイコとサナエが到着し、同時に不意討ちを仕掛けるもアルはそれをヒラリと躱した。

「……?ッチ。外したか。すまない。途中で取り巻きの邪魔が入った隙に……どうやら遅かったようだな。それに、この気配は―――」

「うん。レイコちゃん、あれ…!」

 二人の眼はワニゴリラ獣人に向けられていた。

 ミクによって押し倒された体をゆっくりと起こし、殺意に満ちた眼差しをこちらに向ける。

「グウウゥゥゥ……!」

「さあて、こっから本格的な実践データの収集ダ。この先には作ったBADが保管してあル。マア、キミ達はその辺調べ尽くしているだろうから知っていると思うケド」

 後ろに下がりつつ、軽々しい口調で彼は続ける。

「そこでダ。キミ達にはコイツを倒してもらう。ホラホラ、早くしないとお仲間を止められないゾ☆」

「グオオオオォォォ‼」


 アルの指図を受けたワニゴリラは雄叫びと共に跳躍し、丸太のような二つの豪腕で頭上より襲いかかった。

 マオ、レイコ、サナエの三人は後方へと飛び退くと、床に穴が出来る程の衝撃が走る。しかしそれに怯むこと無く、サナエのライフルが火を吹いた。

 眼を狙った正確な射撃だが、なんとワニゴリラはその豪腕で弾丸を弾いて見せた。どうやらゴリラの皮膚の厚さに加えてワニの堅牢な鱗がそれを可能にしたようだ。

 サナエの舌打ちと共に今度はレイコが喉笛目掛けてナイフを輝かせる。しかし厚く硬い皮膚が邪魔をして少し切り傷を入れるぐらいに収まってしまう。

 今度は反撃と言わんばかりに、ワニゴリラが彼女に殴りかかった。一撃一撃が大振りなのが幸いし、身軽なレイコは一定のリズムを刻んで躱していく。

 一見こちらが不利に見えるが、ここまでは忠の牽制――相手の力量を測る為の遊戯――に過ぎない。

 次にワニゴリラが大振りの一撃を見せると、それを見計らったレイコが尻尾をくりんと回す。


 ――――キイイイィィィィィン――――――‼

 ワニゴリラの鼓膜を、頭が割れそうな程の高音が支配した。

「ゴアアァァァァ―――ッ!?」

 悶えるワニゴリラの背後にはいつの間にかサナエが回り込んでおり、ふう、と息を吐く。

 そう。音の正体はサナエの超音波だ。コウモリの発する超音波は本人の意思で周波数を調整できる。チスイコウモリは飛行だけでなく跳躍にも優れており、レイコの合図を受けたサナエが即座に回り込み、最大出力の超音波をビーム状に放ったのだ。どんなに皮膚が厚く堅くても、これには耐えられまい。

 当然巻き込まれないよう、レイコは音波の範囲外に退避している。そして作ったチャンスをマオに譲った。

「今だ!マオ!」

「はあー!ふんっ!ふんっ!たあッ!」

 二百キロを越える重量の棒を掲げ、まず敵の足元を崩す。次いで腹を叩き、最後に脳天に一撃。

 獣人態により増幅した怪力と得物の重さを活かした連撃が完全に相手の体制を崩すと、サナエがライフルを口の中に突っ込み、発砲。

 如何に外側の防御が堅くとも、必ず中身は脆いものだ。内蔵をぐちゃぐちゃにされたであろうワニゴリラ獣人は堪らず絶命。口から煙を吐きながら音を立てて床に伏した。


「イヤ~お見事、お見事。意外とアッサリ―――」

 キラリ、とナイフの閃光がアルの首筋を通る。

 本来ならここで彼の生首がポトリと落ちるはずだ。だがしかし―――依然として彼はそこに佇んでいた。

「……やはり、そうか」

 端的に、しかしたしかな確信を得てレイコが呟いた。

「まさかホログラムだったとはな。道理で気配も反応も無いわけだ」

「へぇ~。いつから気づいてたんだだイ?」

「さっき、お前に不意討ちを仕掛けた時だ。僅かだが確かにナイフの切っ先がすり抜けたように見えた。最初は気の所為かと思ったが、今のではっきりしたさ。サナエが超音波を放った時、お前の体にノイズが走るのが見えたからな!」

「――――くく、くははははは。アッハハハハハハハ!」

 数秒間を置き、アルは高らかに笑いだした。

「やっぱりキミ達はからかい甲斐があるナァ!アッハハハ」

「で、でもいつの間にすり替わったのですか?レイコさんとサナエさんが戦っていたのでは?」

 驚いて狼狽するマオの質問には、サナエが答えた。

「あ、あの後、結局直ぐに逃げたしたから、この人。追いかけようとした所を他の獣人に邪魔されちゃって…。だ、だからその時に隠し通路とか使ってどこかで見てるんじゃないかな。ここ、色んな所にカメラやスピーカーがあるから」

「概ね、そんな所だろうな」

「そう、その通りダ――――」

 実体の無い偽物を看破され、アルの姿がみるみると掻き消えてゆく。

〈キミ達が《キマイラ》を倒した時点で、こちらの目的は果たしたタ。()()の為にも良いデータが録れたヨ。トリックを見破ったゴホウビにここで作った《BAD》は戦利品として自由に持って行ってくれたまエ〉

「何?組織だと…!?どういう事だ!」

〈どうもこうもないヨー。あ、そうそう。キミ達のおかげで、ここはもう使い物にならなくなっタ。というわけで、昭和特撮ヨロシク時間爆弾セットしたかラ~。そのつもりでネ〉

「「「ーーーー!?」」」

 相変わらず軽快な口調でとんでもないことを宣告され、三人とも声が揃ってしまう。とりあえず、まずは冷静に僕への報告とミオ達を追いかけてBADの回収を最優先にする事にした。

〈あ、そうだもう一つ。薄々気になってたと思うんだケド、ここらでハッキリさせてあげヨウ。レイコちゃん。キミが殺したと思ってる《ヴォルフガング》の首領、『ハンス・ヴォルフガング』だけどネ。彼―――()()()()()



――A.M.2:38――

 同じ頃、ミクの暴走はどんどんエスカレートしていき、僕が何度呼び掛けても、最早手の付けられない状態だ。

〈アキラ!ユウカに連絡はついたか!?〉

〈はい。今アキが鎮静剤を持って向かってます〉

 なるほど。足の早いアキなら直ぐに辿り着けそうだが全力疾走で走っても少しばかり時間がかかるだろう。

 日の出まで時間もない。いい加減事態に収拾を着けて《BAD》を回収しないと…。

 ナビゲートはアキラに任せ、僕はもう一度自我を失いつつあるミクに呼び掛けた。

〈ミクッ!おい、聞いてるのか!?しっかりしろーッ‼〉

「プギイイイィィィ‼」

 呼び声に応えたかどうかは定かでは無いが、マイクに響くのは獣の咆哮だけだった。

 叫べば叫ぶ度にどんどん激しさが増して行くが、素顔を仮面に隠した死神に動揺は一切見られない。

 死神は出現してからというもの、終始無言を通し、喋る様子が全くない。その無口さがフードと仮面と相まって不気味に思えてくる。


「ブガアアアアア‼」

 ドン!とミクがまた壁にぶつかった。死神は先程からミクの突進攻撃をギリギリまで引き付け、壁や曲がり角などに激突させる戦法を繰り返していた。時折壁を破壊したり、そこまでいかなくとも、壁にヒビが入るあたり、その突進力の程が伺える。

 理性を失ったミクの体力を奪うつもりなのだろう。ただ毎度毎度ぶつかるミクもどうかと思うのだが。

「フーッ――フーッ――……」

 これで何回目か。度重なる衝突によって、だんだんと彼女に疲れが出てきたようだ。しかし、一向に興奮が治まる様子はない。スタミナ切れで少しは理性を取り戻してくれないかと思っていたが、残念ながらそんな期待は無駄なようだ。


「サヤ。合図したら、あの間に割り込んで」

「―――へ!?無理ッ!無理だよ!こ、怖いよ…」

 ミクと死神の攻防を眺める最中、ミオが小さな声でさサヤに作戦を持ちかけた。

「平気。一瞬でも隙を作るだけで良い」

「で、でも……」

「いつも通りやれば出来る」

 気付けばサヤの足がまた震えていた。ニワトリという生き物は、感情が非常にはっきりしている。仲間にも同情しやすい性質で、他人の出来事を自分に起こった事のように共感したり気遣ったりする動物なのだ。

 それが感情の起伏が激しい獣人である事でさらに感傷的になり、過去の恐怖体験共々より鮮明にフラッシュバックしているのだろう。

 だが僕もミオもアキラも、もちろんミクも。サヤが見た目より強い子だと知っている。

「じゃあ、何でここまで来れた?」

「それは…うーん、なんでだろ…?」

「―――さっきも言った。逃げてばかりじゃ変わらない」

「……う」

 俯くサヤを見て、ミオは呆れたように息を吐く。そして鋭い目付きをさらに研ぎ澄ませ、涙ぐんだ眼を覗いた。

「お前は、何の為に力を手に入れた?誰の為に戦ってこれた?」

「―――え?」

 突然、ミオがくさいセリフを叩くものだから、当然のようにサヤが戸惑ってしまう。

 ただ、僕にはどうもその言葉には聞き覚えがあった。

 ―――あれ?このセリフ、前にどっかで…。

「これ、受け売り。ご主人様の」

 マイクとモニター越しでそれを聞き、僕の顔が赤く染まり、思い出す。

 ミオにも以前、自分の過去が原因で悩んでいる時期があった。そんな彼女を励まそうと、僕が必死こいて吐いたセリフだ。――とはいえ、いつも見ているヒーローもののセリフを引用したものだったのだが――それでも喜んでくれたようで、その後の彼女は見事自分の過去を絶ち切る事が出来たのだ。


「私は自分の過去に決着を付けた事がある。あまり気持ちの良いものでは無かったけど……。でも、もう後悔はない。あの時、あの人は言った。『自分にやれる事には限界がある。だったらしなくて良いんだ。だって、俺達には家族(なかま)がいる。だから、出来ない事は出来る奴に任せて、せめて自分に出来る精一杯はやる。俺はお前達が居たからそれに気づけたんだ』って」

〈ミ、ミオさん……。そこまでにしてください。かなり…恥ずかしいです〉

〈なんか焼けますぅ。プゥー〉

 僕はもう顔から火が出そうな思いで一杯だが、アキラは横で頬を膨らませていた。


「自分に……出来ること…」

 その言葉が胸に響いたのか、サヤは胸をぎゅっと掴んで呟いた。

「……!」

 キッと顔を上げ、背中のダガーに手を添える。

「―――いい……?」

 ミオは捕食者の眼で、ミクと死神の隙を狙う。


 一方、ミクの体力も限界が近づきつつあり、額を中心に体の至るところが赤く腫れ上がっていた。

「フーッ………フーッ………プギイイイィィィ‼」

 例えボロボロになろうとも、彼女の怒りは収まらない。

 このままでは、体が持たないだろう。あちこち打撲で体が悲鳴を上げている筈なのに、それを認識できていないのかもしれない。

 僕は黙って見届けた。これ以上、ここで傍観している者に出来ることはないだろう。後は現場で戦っている彼女達に任せるしかない。

 無力な自分を嫌悪しながら、いつものように歯を食い縛った。

 やがてミクの動きが完全に鈍ると、死神の持つ大鎌が再び彼女の首に差し掛かろうとした、その時。


「―――今!」

 ミオの合図を受け、サヤが床を蹴る。そのままミクの目の前に着地し、大鎌を二本のダガーで受け止めた。

「ミクちゃん…ごめん…ごめんね……」

「―――!」

 先程まで恐怖で動けなかったサヤの機転に驚いたのか、死神が初めて動揺したように見えた。

 その隙を見逃さないミオは口にナイフを咥え空かさずダッシュ。サヤ程はないものの飛び上がり、空中で身を錐揉みしながら咥えたナイフで首を斬る、ネコの柔軟性と遠心力を活かした彼女独特のアクロバティックな戦法だ。

 しかし、不意をついた一撃も、これまでと同じように躱された―――かのように思えたが、動揺した事で対応がワンテンポ遅れ、覆っていた布を切り裂いて腕に傷をつけることに成功した。

 死神は受けた傷口に目をやり、程度を確認する。

「やあーーーっ!」

 再びサヤの双剣が死神に斬りかかり、同時にミオのナイフも輝きを増す。

 流れるような連携に防戦一方となる死神に、最後の一撃を放とうと互いに相づちをうつ。

「せい、やあーーー!」

「てりゃああああ!」

 ミオの両足蹴りと、鉤爪を利用したサヤの跳び蹴りのダブルキックが炸裂した。


「―――!………」

 これには流石の死神も吹き飛ばされ、両手で顔を覆いつつ、直ぐに体制を整えズザーッと着地した。

 そのまま鎌を構え、反撃に出るかと思いきや……?

〈ハイ、そこまで。もういいヨ。こっちはもう目的は果たしたカラ。直ぐに戻っておいデ〉

 ヒラリとフードを翻し、奥へ去っていった。

「プギイイィィィ!ブギイイィィィ!」

 逃げていく死神を見てミクがまた暴れだすが、そこにアキが到着した。

「お待たせー!鎮静剤持ってきたよー……ってうわっ、派手に暴れたみたいだね」

「無駄話はいい。早く」

 ミオに催促され、鎮静剤の入った注射器を取り出したアキはそれをミクの首元にプスりと突き刺した。

 すると、段々精神状態が安定し、フラフラとよろめいてから最後に擬人態に戻ると静かに瞼を閉じた。

「すぴー、すぴー、すぴー、ブピー」

 なんか、今変な声がしたような……ま、いいか。


〈――――ご主人様!直ぐに全員に回線を繋いでください!至急お耳に入れたいことがっ‼〉 

 細かな機械音と共にレイコからの通信が届く。何だか妙に焦っているな。

〈え?あ、ああ分かった。アキラ、頼む〉

〈はい〉

 僕の指示でアキラがユウカの首輪にも通話回線を繋げた。ここまでしろというのだから、余程の事態なのだろう。

〈繋いだわよ。それで、話って?〉


獣人図鑑

リカオン獣人

 大型の耳と体の黒い模様が特徴。四肢が細長くサバンナのような平原での狩りを得意とする。ちなみに、話し合いの場では頷く代わりにくしゃみで答える習性があるとかないとか。


シベリアン・ハスキー獣人

 極寒地での活動できる暖かい毛皮と、そりなどの物を引いて走れる筋力と体力を持つ。犬科の中でもイエイヌに分類される獣人は、指導者に対して従属する傾向がある。

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