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おねがい

 学校では仲良しの友達が皆、翠子の新しいペンケースを褒めてくれた。黒く柔らかい布地を、何でも入りそうな大きさを、隅っこに小さくつけられた白いラインストーンを。ペンを沢山入れている分、かちゃかちゃと音を立てるものの、これなら落としても大きな音は出なそうだ。

「大人っぽくて可愛いじゃん。どこで売ってたの?」

 香奈ちゃんが羨ましそうに尋ねた。形や素材そのものは、香奈ちゃんのものとそんなに変わらない筈なのだが。

 どこで、と訊かれて翠子は返事に困った。だって目を覚ましたら机の上にいきなり置かれていたのだから。家に置いていき帰ってからじっくり様子を見ようとも考えたが、如何せん自分の缶ペンが見つからない。散らばった文房具をしまって持っていけそうなものは、この出所不明のプレゼントしかなかった。

 事情はどうあれ古いのを処分出来て、新しいものを使えるのは悪いことじゃないが……。

 ふと視線を感じ、翠子は向こうを見る。

 下沢さんがいた。横目でちらちらと自分の方を見ている。嫌に物欲しげな顔だ。「何だろ、下沢さんったら」

「翠子ちゃんのペンケース、盗ろうとしてるんじゃないの」

香奈ちゃんが彼女を見ると、顔を背けて寝たふりを始めた。不満気ながらもどこか寂しそうなしぐさに見えた。


「すごい奴呼んじゃったな」

 自分の部屋でペンケースをしげしげと眺め、翠子は考える。何しろ欲しい欲しいと思っていたものが、本当に出てきたのだ。見た目さえ恐ろしくなければ、アクガレは欲しがりの翠子にとって、最高の相棒になるのではなかろうか。

 もう一回、夜に試してみよう。自分にだけわかるようなやつを。そうだ、パパが出張のお土産で買ってきたノートがいい。ご当地キャラのやつだったけど、好きなデザインじゃなかったもの。代わりにかわいいスイーツ柄とか出してもらえるのかな。

 考える度に胸は高鳴り、アクガレに会うのが楽しみでならなくなった。

「どうしたのかしら。翠子ったら、やけに上機嫌ね」

「友達と何か約束でもしたんだろうさ」

 いつもないものねだりをして不機嫌な翠子の急変に、両親も驚きを隠せなかった。


「あ、あぁ、アクガレ。こんばんは。また会えたね」

『ミドリコチャンがおのぞみなら、いつのよるでもあえるさ。ふでばこ、よろこんでくれたみたいだね』

 アクガレは大きく裂けた「口」をぱかっと開けた。臭い息が鼻をつき、また倒れそうになる。

「あれ、どうやって用意したの」

『ミドリコチャン、みほんをくれたよね。これをみながら、ミドリコチャンのきにいりそうなかたち、かんがえたんだ』

 あれはあげたつもりじゃないんだけど。そう言おうと思ったが、やめた。アクガレの手には、丸められ、腐食し、どろどろした液体のかかった金属板が握られていたからだ。元に戻すことは不可能だろう。

『それで? きょうはなにがほしいのかな。みほんをまたくれるかい』

 アクガレの顔が不気味に歪んだ。

 翠子は身の毛もよだつ顔から目を背けつつ、まだ新しいノートを見せた。


 このカンの良いワルガキの予想通り、アクガレとは中々良い付き合いができるようであった――昨晩渡したお土産のノートは次の朝、黒地の表紙に白いケーキの絵が描いてある、シックなデザインのものとすり替えられていたのである。

 翠子が大いに喜んだのはいうまでも無い。

 世界はようやくあたしに味方してくれるようになった。もうママやパパにあれこれおねだりする必要は無いんだ、アクガレが何でもくれるんだもの。

 図々しい翠子はノートをランドセルに丁寧にしまうと、素敵なプレゼントを手に入れた嘘の経歴を考え始めた。


〈つづく〉

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