青い空 白い雲
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生まれ育ったのは、ジャスコまで右折して240キロと書かれた看板が町外れに立っているような田舎町だった。
タマネギ畑と牛に囲まれた高校を卒業すると同時に、家出当然で飛び出したのは二年前になる。
年寄りと農家の跡継ぎしかいない様な町を出て、高層ビルが建ち並ぶ大都会で暮らすのが私の小さい頃からの夢だった。
冬とも鳴れば地平線まで続く雪原が、私の目の前に広がっていた。
春は遠く、日本各地で春の便りが届く頃になっても豪雪に閉ざされる様な日々に、ずっとうんざりしていた。
だから高校在学中にタマネギ工場でアルバイトしたお金で、大都会の片隅に四畳一間のアパートを借り、生活するために最小限度必要な物を揃えていた頃は、果てしなく未来に広がる日々が輝いているように思えた。
それは仕方のない事だったのだろう。
私は田舎娘だったのだ。
私はまだ子供だったのだ。
思い出して懐かしむほど、そんな昔の事ではない。
希望に満ち溢れていた頃の夢を見ていて目が覚めた私が涙を流していたのは、当時を思い出したからと言うだけではない。
そもそも私は寝ていたわけではなかった。
同棲している彼氏に顔面パンチをされて気を失っていただけだ。
彼氏は私が気を失っているうちに財布を奪ってパチンコにでも出かけたらしく、部屋の中にはいなかった。
ふと、ため息をつきながら鏡を手に取り見てみると、右の瞼が腫れ上がり、目が完全に塞がっている化け物が鏡の中にいた。
私であった。
二日前に蹴りを入れられて切れた下唇からもまた出血していて酷い有様だ。
前歯が二本折れたのは、いつの事だったかもう思い出す事も出来ない。
とりあえず、気絶した私の姿に欲情したのか、彼が出して垂れたままになっているモノをテッシュで拭き取ると、100円ショップで買ったパンティーを履くことにした。
暴力のほとんどは、彼が働かない事に原因し、私に金をせびっては、断ると暴力を振るう日々である。
彼氏とはこの街で暮らすようになって初めて勤めたアルバイト先で知り合った。
私はそれほど彼氏に気があったわけではなかったのだけど、気が付いたら部屋に居座るようになり、自分が借りていた部屋を家賃滞納で追い出されたので、住み着いたのが一年前の事である。
一緒に暮らしているうちに情が移ってしまったのか、他に知り合いなどいないこの街で孤独に耐えられなくなってしまったのかは解らないけれども、働かなくなった彼氏の生活費の分も私が面倒を見るようになっていたのだ。
だけれども、アルバイト生活でそれがいつまでも続くわけもなく、彼に働いてくれと頼むようになった頃から、彼の暴力は酷くなっていった。
少しでも稼ぎの良い働き先を求めて性風俗店で働くようになったのだけど、稼げば稼いだだけパチンコにつぎ込む彼氏の為に、我が家の家計はもうどうにもならないくらい火の車になっていた。
腫れ上がった顔では店に出る事も出来ないなと途方に暮れながら窓の外に目をやると、春だというのに肌寒く、空を覆い尽くした白い雲が私の心も曇らせる。
そんな白い空の中を、どこからか飛ばされてきた桜の花びらが、逃げ出してきた故郷で見た降りしきる雪のように思えて、私は結局逃げられなかったのだと思った。
何のためにこの街までやってきたのかと思うと涙が出てくる。
涙が溢れて零れないようにと見上げた白い空の中に、一カ所だけ雲の隙間から青空の見える場所があるのに気が付いた。それはまるで青い雲のように見えて、世界がひっくり返ってしまったのではないかと錯覚する。
思い返せば全ては最初から間違っていたのかも知れない。
いや、きっとそうなのだろう。
私は故郷の田舎町で死ぬまで過ごしていれば、実はそれなりに幸せな日々を送れたのではないかと思えてきた。
でもそれは、もはや過ぎてしまった出来事であり、過去をやり直すわけにはいかない事は理解できている。
今をやり直すしかないのだ。
そんな時、アパートの窓から彼が帰ってくるのが見えた。どうやら、パチンコで負けたらしく、殺気だった目をしている。
きっと私をいつも通りにボコボコにして鬱憤晴らしするつもりなのは間違い無いだろう。
とりあえず、私はやり直す未来のために、今の問題を解決しなければならないと思う。
その問題を解決し罪を償ったら、この街を出て行こう。
そしていつか故郷に帰り、幾つになっているか解らないけども、地味でも幸せな日々を手にしたいと願わずにはいられないのだ。