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狂狩  作者:
5/9

蝕喰






「一目惚れです。 付き合ってください」





そんな言葉を僕にくれたのは。 美しい人だった。






♦︎






高校生になったら恋ができると思っていた。

正確には、僕でも恋をしていいと思っていた。 でも、こんな早く。 しかも女性から告白されるなんて想像していなかった。




朝、学校に来れば「おはよう」と言ってくれる。それだけで、顔が熱くなる。 上手く答えられずにいると、彼女はいたずらっぽく笑って。僕はそれに見惚れて、また言葉が出なくなって。




なんで僕なのか。 からかう友人たちと僕は同意見だった。 不思議で仕方がない、彼女ならもっとかっこいい人を選べるはずなのに。聞いてみたいけれど…… 勇気がない。



遊びだよ、とか。 罰ゲームだよ、なんて言葉が一番に浮かんでくる。 そんな言葉を笑って受け止められはしない。 たとえそうなんだとしても…… 今はまだ、この幸せを味わっていたかったんだ。






♦︎





ある日の帰り道。まだ慣れない彼女の隣をぎこちなく歩く。 周りの視線が、とても嫌だ。まるで指を刺されてるみたいだ。 似合わない、不釣り合いなんて言葉が聞こえてきそうで。 今すぐ耳を塞ぎたくなる。





「あ、ちょうちょ」



僕の不安をよそに、彼女はそう言った。 顔をあげれば、ヒラヒラと蝶が宙を飛んでいた。



「…好き、なんですか?」


「うん! 虫とか動物とか、生き物全般が好きかな」



そう言って、嬉しそうに宙を舞う蝶を見ている。 ……彼女が蝶なら、僕は。 俯いて地面を見つめる。 僕は、地面を歩く蟻だろうか。よく見なければ、気づかれることもない。 弱々しくて、小さな存在。







彼女を家まで送り届ける。



「じゃあ、また明日…」



そう言って僕は歩き出そうとした。



前触れもなく腕を掴まれた。 振り返ると、彼女の手。 …夕日のせいかな。 少し俯いた彼女の顔が、赤く見えるのは。






「もう少し… 話したいな」





♦︎








彼女に連れられるまま、部屋へと招かれた。初めて入る、同年代の女の子の部屋。 それだけでドキドキする。 帰ることを拒まれた意味を必死に考える。 こうして招かれた意味を、なんてことのない事だと考えられなかった。


テーブル一つを挟んで、彼女が目の前にいる。 僕を、好きだと言ってくれた人が。 こうして、二人きりになることを望んでくれた。 期待を膨らまさずにはいられなかった。 でもそれ以上に…… 不安が大きくなる。




なぜ僕なのか。 その答えをまだ、聞いていない。 それを知らないまま、彼女を求めたくはなかった。 僕は彼女のことを、あまりにも知らなすぎる。





「あの…… 」



「うん。 なに?」




「なんで、僕なんかを好きだと… 言ってくれたんですか?」




僕の言葉に、彼女は表情を変えることもなく。




「なんていうか、こう…… 華奢だなぁって。 守ってあげたくなるなぁって、思ったんだ」



そう言って、彼女はいつもの笑顔に見せる。








……良かった。 きっとこれは、嘘じゃない。 僕がそう思いたいだけなのだけど。 それでも、予想していた答えとは違った。 それだけで、とても安心できた。



守ってあげたくなる。やっぱり頼りないと思われてるんだな。 まぁ、間違っていないけど。










なんでお前なんかが





……友人の言葉をなぜか思い出してしまう。連鎖するように、彼女の隣を歩いていた時の周りの視線が蘇る。 僕の勝手な妄想だ、考えすぎだ。 それでも、不安を誘う言葉が頭に流れてくる。



似合わない、不釣り合い。 そんな言葉が頭の中をグルグルと回る。 違う、彼女は僕を好きでいてくれるんだ。 だから僕も……











「ごめんね。 あんまり遅くなると悪いし、そろそろーーー」




彼女が蝶なら。 僕は蟻だ。




「…どうしたの?」




不釣り合いだ。 そんなの分かってる。 でも……



「……大丈夫? 」










蟻にだって、喰らうことは出来る。












押し倒した彼女に触れる。 触れる感触は、暖かくて、柔らかい。 やっぱり、綺麗だ。 それを穢すように… 彼女の首筋に唇を吸い付けた。





「………んっ」





嫌われるだろうか。 気持ち悪いと思われるだろうか。 それでも僕の欲は収まらない。 僕だけのものだ、彼女の全てを僕だけが触れていい。 離れないように、逃がさぬように。小さな身体を力強く抱きしめる。








……何分経っただろう。 ゆっくりと、触れていた唇を話す。 白い肌、首筋の一部分が赤く染まっている。 僕の色、僕が付けた色。 僕だけが触れていい色。 彼女は何も言わず、赤く染まった所に手を当てる。




「君は、僕のものだ」




その日。 彼女に僕の印を付けた。














♦︎







次の日。



登校すると、彼女は変わらず「おはよう」と言ってくれた。 昨日の申し訳なさを抱えながらも、彼女の首筋に貼ってある絆創膏に。 僕は優越感を感じずにはいられなかった。









「ねぇねぇ。 あれさ、キスマークでしょ」


授業中、隣の女の子に話しかけられた。 後ろの方を指差す。 少し見れば、彼女が黒板を見ている。 こちらには気づいてないようだ。



「いや、その………」


恥ずかしくなって俯いた。 「イチャイチャしちゃって」と、からかうように言われた。 こういうのにも、慣れないとな。 いつまでも恥ずかしがってたら情けないし。






「今、いいかな?」



授業が終わると、彼女が僕の所へとやってきた。 頷くと、彼女は教室の扉を指差す。 ここではできない話なのかな? 僕は彼女と一緒に教室を出た。






屋上へ続く扉の前。 鍵がかかっているから、滅多に人は来ないのだろう。 こんな所で、なんの話かと緊張していると。





彼女は僕に抱きついてきた。




「あの……」



「さっき。 隣の子と話してた。 …ああいうの、あんまり…嬉しくないな」




…ヤキモチ。 こんな姿を見せるとは思わなくて。 嬉しくて、独り占めしたくて。 欲がこみ上げてきたけれど。 昨日の今日で、同じようなことをするのは気が引けた。



代わりに、彼女の首筋に触れる。絆創膏で隠れた僕の印を、優しく撫でた。



「大丈夫だよ」



そう言うと。 彼女は僕の手を両手で包み込む。 暖かくて、気持ちいい。 彼女の感触が、僕は好きだ。






「私は、君のものだよ」







そう言って。 彼女の両手が腕に伝う。 触れられる感触が、僕の欲を掻き立てる。






「だから、ね」









♦︎










いつからなんだろう。 多分、出会った時からなんだと思う。 おもむろに右腕の袖をまくる。 …少し皮膚が切れて、血が出ている。



はっきりと残る、彼女の『型』。 僕が付けたものとは、込められた意味が全く違う気がする。




どれだけ美しくても。 どれだけ弱くても。喰われるだけの存在なんて、いないんだ。












んでも、いいよね?







そう言った、彼女の笑顔に。 僕は初めから、蝕まれていたんだろう。







タイトルは造語です。『むしばみくらう』と読むのが一番かな、と。 お付き合いいただきありがとうございます。

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