正義
ヒーローがいて。 悪者がいて。 ヒーローは悪者をやっつけて。 ヒーローは、弱い者の味方なんだ。
死ね 消えろ 気持ち悪い ウザイ 根暗 変態 童貞 ブサイク 汚物 腐臭
机に書かれた文字を消す作業。 もう何ヶ月になるかな、習慣になるくらいには長い時間、僕は同じ作業を毎朝している。
親も、担任も、少ない友達も。 辛いだろうと言ってくれた。 ただ、それだけだった。 クラスの人たちに、犯人はいるのだろう。 しかし、担任の先生が強く問い詰めてみても分からないままだった。
早くやった奴出ろよ。 そんな顔して、その時間が終わるのを望む顔。 関係ない、そんな顔もあった。 それを見て、僕の机の落書きは。 誰が書いたか分かることはないと、確信した。このクラスに正義のヒーローはいない。 いるのは、職務を全うする大人と、傍観者。 そして犯人だけだ。
だから、こうして消すんだ。 誰もいない教室へ一番初めに来て。 変わらず書かれた落書きを、無かったことにする。 たとえ終わることがないのだとしても。 僕と、犯人しか知らなければいい。 誰も知らなければ、何も無かったことになる。 僕は、こうすることでクラスの平和を守っているんだ。 泣いたって、苦しんだって。 正義のヒーローは現れない。だったら、僕自身がなればいい。 悪意を受け止め、打ち勝って見せればいい。
♦︎
ある日。いつものように教室へ入った。 そしていつものように自分の机を見る。
そこに、『いつもの』 悪意はなかった。
ごめん
ただ一言。 それだけ書いてあった。
それを見た瞬間に、身体の力が抜けるような気がして。 涙が自然と出てきて。
終わったんだと。 僕が勝ったんだと。 辛さと苦しさが、嬉しさと一緒に流れ出てきた。
何度挫けそうになったかな。 死にたいと、願ったかな。 諦めなくて…… 良かった。 正義のヒーローは、絶対に勝つんだ。 どんな悪も、最後は負けるんだ。
涙を拭って。 犯人が書いた『ごめん』を消した。 やっと、これで……
♦︎
「……先生。 具合が悪いので、保健室に…」
授業中、生徒の一人がそう言った。 横目に見れば、確かに顔色が悪い。
終わると思ったのかな。 謝れば、許されると思ったのかな。 罪には罰を。まだ、終わってないんだよ?
だいぶ苦しめられた。 だから、君にはもっと苦しんでもらわないと。 それこそ…… 死にたくなるくらいに。
誰かに頼る? 無駄だよ、このクラスにいるのは。 職務を全うする大人と、傍観者。 そして… 悪を許さない正義のヒーローだけだ。
それでも。 せめてもの慈悲なんだよ? 君は机を汚したのに。 僕はただのルーズリーフに書いただけなんだから。
隣の空いた席。 机の中から少し見える、ルーズリーフの端。
絶対殺す死ね死ねしね苦しめ自殺しろ死ね死ね殺してやる終わったと思うな逃げれると思うな絶対逃がさない一生呪ってやるお前の友達も苦しめてやる後悔させてやる殺してやるお前の全部壊してやる死ねシネしね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
…外は雨だ。 雨は、嫌いだ。 嫌いなものは、どうやっても嫌いだ。
だから。
正義は悪を、許さないよ。