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崩落まで、  作者: 昭如春香
本編
5/9

はなす、こと

 

 

 

 『どうして、こうなったのか』と今回のリッター先輩によるイズベルガ殺人及び逃走事件を知った市民は口々に言っているらしい。客観的に見れば、とても痛ましい事件だったね。


 しかし僕らの現状を知っていた学園関係者は一様に口を閉ざしている。当たり前だね。学問の使徒であり、知を尊び、理性と論理を至上としている学園で、痴情の縺れなんて笑い話だ。


 こう言っちゃうと冷たいように聴こえるかもしれないけど、きっといつか訪れる未来の一つだったと思うよ。僕以外のあの五人だったら、やっちゃうだろうなーって思ってた。


 リッター先輩は特別になりたかった。平等に愛する彼女の特別になりたかった。


 プラッテ先輩は所有したかった。彼女の全てを支配したかった。


 レーヴェンタール王子は自分自身が欲しかった。王子じゃない自分を肯定する彼女が必要だった。


 バルトロメウス君は極々普通に愛されたかった。誰もが本来なら貰える惜しみない愛が欲しかった。


 ヘニッヒ先生は代わりが欲しかった。自分を許してくれた、自分が壊した妹にそっくりな彼女を利用したかった。


 みーんなみんな、そんな歪に愛していた。


 僕? 僕はねぇ、彼女の肉体をこよなく愛している。新雪のような彼女の細く滑らかな腕と足。精巧なビスクドールのような愛らしさと儚さ。そう、僕は彼女の《造形》を愛している。彼女の内面も、願いも、僕にとってはどうでも良かった。だからこそ、イズベルガを含めた七人の関係性を一番客観的に観察できていたんじゃないかな。


 イズベルガを殺すことで、リッター先輩はこの雁字搦めの関係を終えたのだ。


 この生き残った六人の中で、イズベルガの死がマイナスに働いたのはリッター先輩と俺以外かな。プラッテ先輩の傲慢さは前にも増して酷いし、レーヴェンタール王子は気落ちしたまま閉じ篭っているらしいよ。バルトロメウス君はどうか分からないけど、ヘニッヒ先生は以前よりも暗く濁った目をしていた。


 ヘニッヒ先生はリッター先輩を探して、殺しそうなぐらいだ。他の三人はどうするか分からないけど、もう僕には関係ないことだ。







 もうちょっとだけ、思い出話に付き合ってくれないかな。


 僕がこんなにも、《造形》を愛するようになった原因はお爺さまのせいだ。お爺さまも、僕と同じ魔具師。それも稀代とか、形容されちゃう感じの。お爺さまの創る魔具は、どれもすばらしかった。


 その中で、僕の魂を恐ろしく奮わせたのは、人形使いの為に創った一体の人形だった。瞳は矢車草のような深い青で生気が溢れており、整えられた艶やかな黒髪は夜をぎゅっと凝らせた美しさがあった。すっと通った鼻筋にぷっくりとした唇。彼女はとても愛らしい少女の姿をしていた。


 そして何よりも、僕を魅了したのが、滑らかで白い肌をした本当の人間のような弾力がある足だった。ふんわりとスカートの裾から覗く膝小僧は、傷一つなくまろやかな曲線を描いていた。そっと肌を撫でれば、少しひんやりとしていて、柔く華奢な印象を僕の内に残した。


 彼女との逢瀬は、とても短かった。三日もしない内に依頼主の人形使いに攫われてしまったのだ。僕が泣こうが喚こうが、仕事に厳しいお爺さまは僕の願いを叶えてはくれなかった。


 失意の底にいた時、僕はイズベルガに出会った。彼女の母と僕の母は従姉妹という間柄で、歳も近いからと会わせに来たのだ。


 イズベルガはとても美しい少女だった。繊細な顔立ちに豪奢な金髪。そして彼女に似た真っ白な手足。僕はその四肢に惚れ込んだ。


 イズベルガの手足が美しく保たれるように、僕は色々な技術を習得していった。転んだりしたら軽く浮くブローチとか、空中の魔力を収束して作られる結界の魔具の髪飾りとか。時にイズベルガの変わった知識からヒントを貰って肌の秘薬なんかも作った。


 イズベルガは僕の努力と本人の協力もあって、それはそれは美しく成長を果たしたのだ。僕はこのままお爺さまの所に弟子入りして魔具師の腕を磨いていこうと思っていた矢先、イズベルガが学院へ入学するのだと言った。もちろん、僕は付いていく事にした。


 彼女は水を得た魚のごとく、学院という海を泳いだ。持ち前と美貌と話術で次々と、将来有望と言われる五人__リッター先輩やプラッテ先輩・レーヴェンタール王子・バルトロメウス君にヘニッヒ先生までも落としたのだ! 正直、第三といえども王子まで落とすなんて、スッゲェと思った。


 僕は同時に、苛立ちを感じていた。前述した通り、僕はイズベルガの人格に興味が無い。別に恋人になりたいなんて欠片も思ってない。でも、僕が懸命に守って来たイズベルガの腕や足を他の五人に捕られるのか、と思うと我慢ならなかった。


 イズベルガに対して焦慮を感じていたのは、僕だけではなかったはずだ。中々二人っきりになれなかったリッター先輩も、自分の思い通りに行かなくてしかめっ面していたプラッテ先輩も、他の三人だって思っていただろう。


 ____自分だけのモノにしたい、って。


 だから僕は色々と手を打つ事にしたんだ。一つ目は必要な魔具の作成。彼女の手足を確実に守れる魔具とか彼女の現在位置と生命状況を僕に発信する魔具とか色々必要だったしね。二つ目は彼らの焦りを増長させるような、噂話を流す事。ま、わざわざ捏造する必要がなくて楽ちんだったよ。三つ目は、最高の仕事をすることかな。最高の仕事をしないと、最高の結果は得られないでしょ?


 予想以上に上手く行った。魔具の材料費はかなり掛かったけど、良い仕事をした自信がある。







 僕は学園から割り当てられたアトリエで、そっとペンダトトップの魔具の表面を撫でた。魔水晶を加工して半球状にし、こと細かな魔法陣を刻んだソレは僕の最高傑作だ。術式は内部の空間拡張と、内部時間経過の停止に、僕以外の全てに対して認識阻害をしている。


 何が入っているか、って? 聞くだけ野暮ってもんじゃないかな。


 ____この中には僕の欲しかったモノが、入っている。




.

咄す/話す/放す、こと

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