こわれる、こと
召喚術の大家であり、それにより名を上げたリッター伯爵家の次男として俺__アウグスト・ディーター・リッター__は生まれた。家族は祖父に両親、兄一人に弟が二人。一般的に言うには、男所帯という奴なのだろう。
そういう印象が無かったのは、女性型の幻獣__エキドナやメロウやニンフ等と家族が契約していたからだろう。一応この国には建前上一夫一妻制な筈なのに、蓋を開けてみれば愛人や恋人のような関係になっている。外から嫁いで来た母は父を愛していたからこそ、そんな深い召喚術師と幻獣の関係に嫌気が差していたのだと思う。
だからこそ母は俺にだけこんこんと、『貴方は、貴方だけは、ただ一人を愛しなさい』と囁き続けた。母は俺のそんな潔癖といえる所を気付いていたのだろう。後の兄弟は奔放な父に似ていたから、言わなかったのだろう。
幸か不幸か、俺には召喚術師としての才能があった。実際、祖父や父と契約を結んでいる彼ら・彼女らは俺に寛容だったと思う。特に子供嫌いでプライドの高い祖父のエキドナは、祖父以外であるなら俺にだけその尻尾の鱗を触らせてくれた。
俺はなるだけ女性型を避け、同性あるいは無性か、人型のない幻獣と友好を育んだ。そこに召喚術師が幻獣に対して持つ恋慕はなく、ただただ友愛と親愛を積み重ねていく。時に彼らと共に野を駆け、水辺で戯れ、森を冒険した。
彼らは俺の剣。
彼らは俺の盾。
彼らは俺の朋。
彼らは俺の家族。
彼らは俺の片割れ。
そんな黄金とも言える少年時代は、学院への入学と共に終わった。魔法の才能のある者は学院の入学しなければならない。特に貴族は明文化されていないが、義務と言っても過言ではない。
地方の緑豊かな土地から、人が多過ぎる王都の寮に放り込まれた。右も左も人ばかり。正直、息苦しかった。何かとリッター家と友誼を結ぼうとする男子生徒以上に、俺の容貌や自分の家の損得勘定で近付いて来る女子生徒に嫌気がさした。
黄色い声で騒がれるのも鬱陶しいし、俺をじっと見つめている視線が気持ち悪かった。それはまだ大人しい方で、強引なモノだと既成事実を捏造しようとして来たのだ。幸いな事に、小妖精のおかげこと無きを得たが、俺は増々人間__特に女嫌いになっていった。
休日はペガサスの力を借りてなるべく遠くに出かけるようにした。そういう風に過ごしているうちに、ドラゴンと交流できたのは、大変幸運だったと思う。
竜種は幻獣の中で一番に尊い生き物だ。親より産み落とされた後はただ己自身の力にのみ生き抜く。生と死の狭間でその魂は精練され、幻獣の王として成長を遂げる。彼らは真摯でない者には大変厳しい。しかし彼らに認められるというのは、召喚術師として何よりも嬉しかった。
そして、それと同じぐらい、渇きがあった。貴族という枠に嫌気が差していらのもあるし、人間の女という生き物の醜さに辟易としていたのもある。そもそも、俺に誰かを愛するという行為ができない、そんな欠陥人間なのではないか。そんな疑問が浮かんでは消えた。
俺の疑念を払拭してくれたのは、たった一人の女の子だった。彼女の名前はイズベルガ・マルギット・ロッシュ。とても繊細で、砂糖菓子みたいな女の子。
イズベルガは優しかった。俺の手を握って、『貴方もちゃんと人間なんだよ』と言ってくれた。久しぶり感じた人の手の温かさは、確かに俺を満たしてくれた。イズベルガが俺に笑いかけてくれれば、心臓は高鳴り、こんなにも世界は色鮮やかであった、と気付いた。
きっとイズベルガとなら、イズベルガなら、『ただ一人を愛する』ことができるのではないか。そんな事をふわふわした幸福感の中で思っていた。
しかし、どうだろう。俺にとっては、ただ一人はイズベルガ。彼女にとって、俺はたった一人ではない。
華やかに、明るく、甘やかに、微笑む彼女を恋慕するのは、自分だけではなかった。王子に、彼女の幼馴染みに、神官に、教師……。他にも精霊術師の彼にも擦り寄っていた。
きみにとって、おれは、さいあい、では、ないんだな。
捕られたくなかった。彼女の一番になりたかった。彼女の唯一になりたかった。彼女の恋人になりたかった。彼女と夫婦になりたかった。
奇妙な七人の関係は、俺の限界で幕を下ろすこととなった。
「たすけて! おねがい!! 殺さないで!!」
「……………………」
「やだ、やだ! 死にたくないっ! 死にたくない!!」
「……………………」
「こないで! こっちに、こないで!! 化け物!! 化け物ぉ!!」
逃げ、怯え、震え、罵る、女はなんと醜い事だろう! なぜ、こんなちっぽけな存在をアイシテイタと勘違いしたのだろう。不思議だ。非常に不思議だ。
「ハルピュイア」
皆まで言わなくても分かっていると、彼女は囀った。真空の刃は頸部を襲った。彼女達はやはりすごい。その魔術も、姿も、何よりも美しい。____そう、人間なんかよりも。
俺は自身の魔力で契約したドラゴンを喚んだ。
「行こう、人間なんかに縛られぬ所へ」
風を切って、遠くへ遠くへ。
もう、俺を縛るものは何もないのだから。
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毀れる/壊れる、こと