雨
降水確率70%。
今夜は雨が降るらしい。
「ハローハローお元気ですか?僕の声は聞こえていますか?」
おどけて軽やかに受話器にそっと囁けば、軽い嘲笑が帰って来た。
「御機嫌ようクソ野郎。その沸いた頭の中身は大丈夫ですか?」
なんて冷たい。
なんて切ない。
まったくもってたまらない。
「いきなり何の用だ?」
「べっつにー」
「じゃあ何で電話なんかかけてきたんだよ。」
特に理由はないんだ。と、笑いながらいえば、あいつは怒ったような呻き声を出した。
そうだな、もし仮に何か用があるとするならば…。
「あなたの声が聞・き・た・く」
「死ね」
電話先にいる男は、心底うんざりだと。ふざけて言った俺のセリフなど、もうこれ以上聞くものかと、携帯を耳から離す気配がした。
「ぐわーっ!!待って待って待ってっ!!俺が悪かったっ!!とりあえず話を聞いてくれっ!!」
「…なんだ?」
どうやらまだそこにいるようだ。
「よかったー。マジで切られるのかと思ったよ。」
「さっさと用件を言え。」
「…怒らない?」
少しばかり声の調子を抑え、伺うように聞いてみた。
するとこいつは呆れたように息をつくのだ。
「馬鹿かお前は。既に怒ってんだろうが。」
そういう事じゃないんだよ。
「…で?」
「ん?」
「何の用だ?」
すまんな。親友。
どうやら俺は…。
「…悪い。ただ本当にお前の声が聞きたかっただけみたいだ。」
お元気ですか?ジェントルマン。
お元気ですわ。ありがとう。
「声も聞けたし、もういいや。」
「そうか。」
「じゃあ。」
「…。」
「…ん?」
いつにない相手の様子に違和感を感じる。
「どーしのさー?」
俺の問い掛けに、受話器の向こうから囁くような大きさで相手の声が返って来た。
「ありがとな。」
ああ本当。なんてたまらないんだ。
「これだからお前が好きなんだっ!!」
そして、いつの間にか電話は切れた。
降水確率70%。
電話が切れても、彼はずっと携帯を耳に当てていた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
彼はただ首を振った。
「ありがとう…だとか好きだとか、こっちのセリフだったんだ。」
「へ?」
「声が聞きたかったのも俺の方で。」
「だからあいつは馬鹿なんだよ」
黒いスーツを身にまとった妹が、これまた同じく黒いスーツに身を包んだ彼に声をかけた。悲しい…というよりとても苦しそうに見えた。
降水確率は70%だ。
早く雨が振らないものか。
そしたら親友。無理しないでいい。俺の為に盛大に泣いてくれ。
願いが届いたのかぽつぽつと彼の頬に水滴が当たる。
この雨が俺の涙なら、どうかあいつの涙を隠してくれ。
完