厄災姫
あるところにそれはそれは凶暴な姫がいました。
ある日、姫はイライラして玉座から立ち上がり、大臣に命じました。
「わたくしは今ムシャクシャしておる! 今すぐに国中の料理人に命じて料理を持って来させよ!」
姫様は右大臣に命じて国中の料理人に一品料理を運ばせました。
毒見済みの料理が届く端から姫はムシャムシャバリボリ食べます。肉を引きちぎり、サラダを頬張り、スイーツに齧り付きます。
「腹が満たされたわ! 余ったものは愚民共に処理させなさい」
姫はグビグビと果汁を飲み干し、ナプキンで口元を豪快に拭うと勢いよく立ち上がりました。
「城下に行くわ! 馬車をお出し!」
臣下達は大慌てで馬車を用意します。姫は着るドレスや靴に文句を言いながら馬車に乗り込みましたが、しばらくすると金切り声で御者に言います。
「トロい! もっとお飛ばしなさい!」
「しかしこの道はすこし凹凸があり、飛ばすと馬車が揺れます……」
恐る恐る言う御者を睨みつけると馬車から降りてヒールで御者を御者席から下ろし、周囲の臣下が止める中、馬車の中へ放り込みました。
「わたくしの腕を見ておいでなさい!」
パシンと鞭を振るうと勢いよく駆け出す馬。ガタゴト馬車は揺れて跳ね上がり、馬車の中はさながら転がる樽の中です。御者と姫のお付きの者はひたすらクッションと共に天井と座席を転がり阿鼻叫喚の地獄絵図です。
そうしている間に馬達は城下に駆け降り、姫は結い上げた髪を解きながら地面に降り立ちました。
「さぁ城下で買い物よ!」
ヒールを鳴らしながらツカツカと歩き、すぐ手前の王家御用達の洋服店へ臣下を待たずに入って行きました。
「いらっしゃいま……ひっ! 姫様!?」
「騒ぐでない! 今すぐに全品並べるのよ!」
「は、はい! 承知しました!」
店の者は皆大慌てでドレスから装飾品、カタログを集めます。姫は全てが揃うのを待たずに用意できたものから袖を通し始めました。
「これは?」
「お似合いでございます!」
「これは?」
「まさにピッタリかと!」
「これは?」
「姫様に合わせたようです!」
「これは?」
「聖女のようです!」
数時間後、店員が声が枯れそうな時になり、ようやく全ての試着が終わりました。
「ふん、なんだかパッとしなかったわね」
「も、申し訳ございません……」
責任者全てが息を切らし、バックヤードでは店員全ての疲れ果てた屍が累々と積み上がっていました。
「無駄な時間を過ごしたわ!」
イライラと店のドアを開け放つと店を覗いていた民衆に叫びました。
「この店の良さが分かる者は好きな衣装を選んで持っていきなさい! 代金はわたくしが払うわ! 後日感想を報告なさい! これは命令よ!」
馬車から金貨が大量に入った袋を掴むと、店の責任者の目の前に投げつけました。
「これをとっときなさい。不足が出たらまた払うわ!」
「ああそんな……姫様」
「同じようなデザインに色だけ変えただけなんてバカにしてるわ! 王家御用達の名が泣くわね!」
バンと勢いよく馬車のドアを閉めると、御者は慌てて馬車を出しました。馬車は転がるように城下町を駆けていきます。縦横無尽に揺れる馬車の中では、姫がひとり両足を豪快に開いて魔王のように座り鎮座していました。
姫の不機嫌は治らないまま城下町の広場までやって来ます。
姫は御者に合図を送ると馬車を止めて、冷気を纏いながら降りました。
「城下の広場なのに何もないじゃない!」
姫は狼が毛皮を置いて逃げるほどの唸り声を漏らしながら辺りを見回しました。そこには怯える民衆に埋もれている、みすぼらしい子供達が野花を手に花売りの籠を持っていました。
「ちょっとそこのアンタ達。なんでわたくしの国にいるのにそんな貧乏な姿をしているの!」
姫は目を釣り上げて睨みつけました。
「お、お母さんが病気で……」
「お父さんが炭鉱で脚を怪我して……」
「親はいないから……」
子供達は震え上がりながらそれぞれの事情を話しました。
「そんなの関係ないわ! アナタ達のその姿でわたくしの国の景観が台無しよ!」
姫は花籠をひったくると噴水の縁に乱暴に置きました。
「ラインダンスをなさい!」
「ら、らいん、ダンス?」
「え? ダンス?」
子供達がキョトンとしていると姫は周囲の大人達に指を差しました。
「そこのアナタ達! この子達にラインダンスを見せておやりなさい!」
「ええ!?」
「そこの楽団! 音楽始め!」
「ひぃぃ! はいっ!」
急遽広場で演奏していた楽団達がぎこちなく演奏を始めました。大人達は恐る恐る肩を組み一列になって控えめに脚を上げる。
「何をやっているの! もっと脚を上げる! 跳びなさい!」
姫が目を見開いて指差し、自ら高らかに脚を上げた。
「姫様! はしたのうございます!」
臣下が慌てて止めに入りますが姫に打ち払われます。
「お黙り! この愚民共がなってないからこのわたくしが直々に教えているのよ!」
獅子と竜の刺繍が施されたドロワーズが民衆に晒されるのも構わず、姫は爪先で立ちながらピンと片脚を一本高らかに上げます。その雄々しくも美しい姿に民衆は畏怖の念を抱きました。
「さぁアナタ達も!」
呆然としていた子供達は顔を見合わせると、肩を組んで脚を上げてステップを踏みました。
「そうよ! さぁこの場の者共も隣の者と肩を組み、脚をあげなさい! これは命令よ!」
かくして広場は暴君姫の命令で踊り狂うダンス会場に変わりました。皆肩を組み、脚を上げ、できない者は歌を歌ったり手拍子をおくることで免除されました。
「音楽やめ!」
姫の合図で音楽が終わると皆は汗びっしょりになり肩で息をしていました。
「この程度でばてるだなんてなってないわ!」
姫は鼻を鳴らすと従者達に馬車を開けさせました。
「この軟弱者達に金貨を配りなさい。少しは体を鍛える足しにするよう言い付けなさい」
民衆達は恐る恐る姫に口を開きました。
「姫様。ではこれで食事を買っても?」
「構わないわ。体は資本よ」
「穴の空いた靴を修理しても?」
「いっそ買い直しなさい!」
「薬を買っても?」
「愚問ね。当然よ!」
民衆達は膝をつき泣き合いました。姫はその様を見て高笑いしました。
「ほーっほっほ! 愚か者達が! せいぜいその端金で生活を潤わせることね!」
そして子供達が嬉しそうに駆け寄り花籠を差し出します。
「姫様ありがとうございます」
姫はそれを見て眉を寄せると身につけていたアクセサリーを取り外し花籠へ放り投げました。
「なってないわね! どんな躾を受けているの? わたくしに贈り物をするならそれくらいしないといけないわ。それを恵んであげるから質にでも出して学舎に行きなさい!」
鼻を鳴らして踵を返すと馬車に乗り込みました。馬車が出ると皆安堵の息を吐き、また疲労で座り込みました。しかしその顔はどこか晴れやかでした。
姫はまだ不機嫌でした。もっと胸のすくことをしたいと腕を組んで眉間に皺を寄せていました。そして城下町を出てひらけた所に出た時、小高い丘の麓で人々が集まっていました。
「ちょっと、あれは何をしているの?」
姫が臣下に問うと騎馬の一人が人々に近づき話を聞いて戻って来ました。
「どうやら丘の上にある廃墟の撤去に困っているそうです。跡を継ぐ者もおらず、壊すにしても資金が足りないとか」
それを聞いた姫は目を輝かせました。
「すぐに大砲の準備をなさい! 近くに砦があったはずよ!」
「何をなさるおつもりですか!?」
「あの廃墟を大砲で吹っ飛ばすのよ!」
「しかし大砲の球は……」
「花火も用意なさい! 派手にやるわよ!」
有無を言わせず臣下達に指示を出し急遽大砲が用意されました。近くの村人達は心配そうに向こうにそびえ立つ廃墟と大砲の列を眺めます。
「放て!」
姫の合図で砲弾が廃墟目掛けて次々に飛び、廃墟はあっという間に土煙にまみれます。するとその土煙からこの廃墟を密かに根城にしていた盗賊達がヨロヨロと現れたではありませんか。
「盗賊だ! 盗賊がいたぞ!」
驚きの声に姫の口角は上がります。
「花火を打ち上げろ! 総員総攻撃せよ!」
緊急用の花火が上がると、砦から兵達が、瓦礫と化した廃墟へわあああっとなだれ込みます。その間も花火を打ち上げ、姫は士気向上せよと高らかに言い放ちます。
すでにぼろぼろの盗賊達はすぐに捕まり、城の牢へと送り出されました。
「ああ楽しかったわ。久しぶりに清々しい気分ね」
姫は機嫌良く馬車に乗り込み、手に持っていた扇子をそよそよと扇ぎました。
三日後、外交に向かわれていた王様とお妃様が帰って来て、留守中の出来事を聞いて目を剥きました。
「姫ぇ! こ、これはどういう事じゃあ〜!」
王様は中庭でティータイム中の姫に駆け寄りました。
「国中の料理人に食事を作らせ庶民に配り、城下の王家御用達のドレスを全て買い上げ民に配り、さらに民衆と踊った挙句、私財の金貨をばら撒いたじゃと!? しかも勝手に砦の大砲を使い廃墟を破壊し盗賊を攻撃した!? こ、これが一国の姫がすることかぁ〜! 何かあったらどうするんじゃあ〜〜!」
興奮して顔を赤らめる王様を尻目に、姫は静かにティーカップをソーサーに置きます。
「パパ様ったら大袈裟ですわ。うんざりする公務に疲れて少しばかり息抜きしただけですわよ?」
「その変な呼び名もやめんか〜! 父上と申せ! 父上とぉ!」
肩で息をする王様に姫は淑やかに微笑んだ。
「パパ様ですと可愛らしい響きではないですか。それにきちんとした席では国王陛下とお呼びしてますでしょ?」
王様は疲れ果て姫の向かい側に座ると、すぐに用意されたレモン水に手をつけた。
「でもパパ様。良いことはたくさんありましてよ? あのあぐらをかいた王家御用達の店を見て刺激を受けた庶民達から、新しいデザインの応募がわたくしのもとにたくさん届きましたし、辛気臭い城下の景気事情が知れましたわ。国中に配った料理で村や街で面白い交流が生まれましたし、ボロい廃墟は片付き、盗賊まで何もせず捕まって牢屋送り。結果全て良ければよろしいではないですか」
そう言って姫は王様に優雅な所作でお茶を淹れます。
「わたくし、ちゃんと良い子にしておりましたわ」
パチンと片目を閉じた姫に完全に毒気を抜かれ、王様は盛大に息を吐きました。
「まったく……お前は妃に似たな。儂もここに婿入りしたときは度肝を抜かれることは多かったが、今からお前の婿が心配じゃわい……」
王様はお茶を口に含んで遠くを眺めました。
「あらあなた。娘とお茶を飲んでるのですか?」
三階の出窓からお妃様が手を振ります。
「おお妃よ。お主もどうだ?」
王様は優しく微笑むとお妃様は頷きました。
「はい。ご一緒しますわ!」
そう言って部屋に駆け込むと、お妃様は綱を出窓から解き放ち、そのままスルスルと降りて来ました。
それを見た王様は盛大にむせ、姫は大笑いしました。
こうしてこの国は、ときおり巻き起こる「姫という名の厄災」に困惑しながらも、今日も平和に過ごしていました。




