花
満開の桜。春の陽気。玲と別れてから、何度目の春か分からない。ずっと、仕事以外で外には出られなかった。
花見に来たのは、職場の同僚から誘われたからだった。四月から異動が決まっている碧に対して、同僚は何か思い出を作りたいと思ったらしい。
碧は、本当は花見に行くつもりなどなかった。花見に限らず、楽しいことがあれば、玲と一緒にいる想像をしてしまうと分かっていた。碧が同僚と一緒にやってきたのは、同僚の必死の説得のおかげだった。
やはり、満開の桜を見ても碧は心からは楽しめなかった。隣に玲がいる想像をしては、一人でつらい思いを抱えていた。もう玲は碧のことを忘れているかもしれないのに、未練がましい自分に、碧は嫌気がさした。
そして、「玲が決めたことだから」と、碧は一人首を振った。
寂しそうな碧に、同僚は何度も声をかけたけれど、いつも碧は上の空だった。しまいには、同僚は碧との会話を諦め、近くにいた子供たちに混ざってボール遊びをしていた。
***
花見の帰り道、碧は駅に向かっていた。その途中にある繁華街には、ずっと聞こえないふりをしていた、人々の楽しそうな声があった。碧はまたしても、玲のことを思い出してしまった。
「いい加減、忘れないと……」
思わずそう口に出し、碧は足早に駅に向かおうとした。
そのとき、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。生の声ではなく、機械を通したような。碧は思わず足を止め、振り返った。
「玲……」
ビルに貼りついた巨大スクリーンには、碧がどれだけ忘れたくても忘れられなかった人が映っていた。
「なんだ、頑張ってるじゃん……」
口をついて出たのはそんな言葉だった。足の力が抜けて、その場にへなへなと崩れ落ちた。そんな碧のことを、誰も気にすることなく人々は歩いていた。




