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受付窓口8

役割は、人を守る。


 同時に、

 人を縛る。


 それが正しさであればあるほど、

 逃げることは許されない。


 だから彼は、

 守られる側をやめることにした。

受付を捨てる日


 その朝、俺はいつもより早くギルドに来た。


 窓口はまだ開いていない。

 灯りも落ちている。

 誰もいない受付は、ただの木と石の構造物だった。


 ――最初から、特別な場所なんかじゃなかった。


 カウンターに手を置く。

 ここで何百回、名前を呼んだだろう。

 何千回、背中を見送っただろう。


 そして何回、

 帰ってこない名前を、心の中で呼んだだろう。


 水晶板は、もう反応しない。

 スキルは沈黙し、

 ダンジョンガイドの声も聞こえない。


 それでも、分かっている。


 今日は、ここに立つ最後の日だ。


 扉が開く音。

 スパルタ指導員の女だった。


「……噂は本当か」


 俺は頷いた。


「受付を、やめる」


 彼女は一瞬だけ目を伏せた。


「逃げるのか」


「違う」


 言葉は、すぐに出た。


「これ以上、ここにいたら、

 俺はまた嘘をつく」


 彼女は、何も言わなかった。

 代わりに、短剣の柄に手を置いた。


「前に出る覚悟はあるか」


「……ある」


 嘘じゃなかった。


 昼。

 窓口が開く時間。


 俺は、そこに立たなかった。


 代わりに、掲示板の前に立った。


 ざわめきが起きる。


「受付はどうした?」


「今日は不在か?」


 俺は、声を張った。


「このダンジョンに関する助言は、

 今日をもって、俺からは出ない」


 ざわつきが、大きくなる。


「理由は?」


 誰かが叫ぶ。


 俺は、一度だけ息を吸った。


「俺は、真実を守れなかった」


 それだけ言って、

 カウンターの内側に戻る。


 引き出しを開け、

 一枚の札を置いた。


 受付証。


 それを、そっと置いて、

 手を離す。


 その瞬間、

 胸の奥で、何かが切れた。


 ――役割だ。


 夜。

 ギルドの外。


 空気が、やけに軽い。


 ダンジョンの方角から、

 久しぶりに、声がした。


 ――来るのか


「行く」


 答えは、即答だった。


 ――代価は分かっているな


 ああ。


 受付を捨てるということは、

 守られていた全てを捨てるということだ。


 権限。

 免責。

 戻る場所。


 それでも。


 洗脳された彼女を、

 突き落とした連中を、

 このまま見送る気はない。


 俺は、剣を持たない。

 魔法も使えない。


 それでも――

 選択だけは、できる。


 受付窓口は、

 今日も開いている。


 ただし、

 そこに俺はいない。


 名前を呼ぶ者はいない。


 代わりに、

 ダンジョンへ向かう一人の男がいるだけだ。


 ――それで、十分だった。

受付を捨てるという選択は、

 勇気ではない。


 それは、

 最も楽だった場所を、

 自分の手で壊す行為だ。


 彼はもう、

 名前を呼ばない。


 背中を見送らない。


 代わりに、

 自分が歩く。


 次に彼が立つのは、

 窓口の内側でも、

 外側でもない。


 ダンジョンの中だ。


 ――そこでは、

 嘘は通用しない。

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