表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

受付窓口5

受付は、

 帰還を前提に名前を記す。


 だからこそ、

 帰ってこない名前は、

 最初から存在しなかったかのように処理される。


 それが、秩序だ。

 それが、仕事だ。


 ――それでも、

 忘れてはいけない名前がある。

でも俺の彼女はもうこの世にいないだろう


 帰還予定時刻を、二時間過ぎていた。


 その数字を見た瞬間、俺はもう分かっていた。

 〈受付男子〉のスキルは、時々こうして、言葉を使わずに答えを出す。


 ――未帰還。

 ――生存確率、限りなく低。


 それでも、俺は窓口に立っていた。


「次の方、どうぞ」


 声は平常通りだった。

 それが、何より異常だった。


 彼女――リーナは、単独で潜る予定はなかった。

 新人パーティの後衛、補助役。

 スパルタ指導員も妻も、同行していない。


 理由は単純だ。


「今日は軽めだから、大丈夫だよ」


 そう言って、笑ったからだ。


 水晶板は、朝から警告を出していた。

 魔力循環の乱れ。

 下層魔物の活性化。

 相性が悪い日。


 俺は、止めるべきだった。


「今日は、やめておけ」


 そう言えばよかった。

 受付の立場を盾にしてでも、引き留めるべきだった。


 ――でも。


「心配性だなあ」


 そう言われるのが、怖かった。


 夕方。

 血まみれの冒険者が、一人戻ってきた。


 新人の斥候だ。

 息が荒く、目が焦点を結んでいない。


「……魔法が、暴走して」


 それだけで、十分だった。


 詳細は聞かなかった。

 聞く必要がなかった。


 水晶板が、静かに表示を切り替える。


状態:未帰還

判定:探索不能

生存確認:不可


 俺は、その文字を、ただ見つめていた。


 涙は出なかった。

 叫び声も、なかった。


 受付だからだ。


 夜。

 ギルドが閉まり、誰もいなくなった窓口で、俺は初めて椅子に座った。


 彼女の杖が、カウンターの隅に立てかけてある。

 朝、転んだ拍子に置いていったものだ。


「……忘れ物、だぞ」


 声に出して言ってみた。

 返事は、ない。


 ドジっ子魔法使い。

 失敗ばかりで、でも生きて帰ってきた彼女。


 今回は、帰ってこなかった。


 受付は、知っている。

 ダンジョンは、取り返さない。


 一度、奪ったものは。


 翌朝。

 俺は、いつも通り窓口に立った。


「次の方、どうぞ」


 彼女の名前は、呼ばない。

 もう、呼ばれることはないからだ。


 それでも、受付は続く。


 彼女がいない世界で。

 彼女が戻らないと、分かっている世界で。


 ――だから俺は、受付をやめられなかった。


 ここに立っていなければ、

 彼女の死は、ただの数字になってしまう。


 それだけは、

 どうしても、耐えられなかった。

彼女は、もう戻らない。

 それは推測ではなく、

 知ってしまった事実だ。


 受付は、未来を変えられない。

 だが、過去を消すこともできない。


 だから彼は、

 今日も窓口に立つ。


 彼女が確かにここにいたことを、

 世界が忘れないように。


 次の窓口で、

 彼は一つ、

 取り返しのつかない選択をする。


 それが誰かを救うのか、

 それとも――

 さらに失うのかは、まだ分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ