受付窓口12
彼女は、
最後まで嘘をつかなかった。
ただ、
真実を語らなかっただけだ。
影武者は、
逃げでも、未練でもない。
あれは――
時間を稼ぐための、
意志そのものだった。
S級冒険者が泣き叫んだのは、
彼女を失ったからじゃない。
自分たちが、
誰かの判断に甘えていたことに
気づいたからだ。
俺は、
彼らを許さない。
だが、
裁きもしない。
それは、
受付の仕事じゃない。
受付の仕事は、
目を覚まさせることだ。
そして――
彼女がもういないと、
正しく認めることだ。
受付窓口12。
ここで失われたのは、
彼女ではない。
彼女が戻ってくるという幻想だ。
それを手放したとき、
ようやく世界は、
次の判断を待つ。
彼女はもういなかった
――最後の魔法/影武者
彼女は、もういなかった。
それは、
水晶板が示す前から分かっていた。
受付は、
“いない者”を呼ばない。
それでも俺は、
彼女を見た。
ダンジョン最下層。
崩れかけた魔力溜まりの前で。
彼女は、立っていた。
「……来ちゃったんだ」
あの声。
少しだけ間延びした、
ドジっ子魔法使いの声。
俺は、足を止めた。
〈ダンジョンガイド〉が、
はっきりと警告を鳴らしている。
――実体なし
――生命反応なし
――高位残留魔法
影武者。
最後の魔法。
「やっぱり、そうか」
彼女は、少し困ったように笑う。
「受付さんは、
すぐ分かっちゃうね」
触れられない。
近づけない。
でも、
確かにそこに“形”がある。
背後で、
S級冒険者たちが立ち尽くしていた。
あの日、演技を引き受けた連中。
その中の一人が、
膝から崩れ落ちた。
「……嘘だろ」
震える声。
「ここまで来たら、
助けられるはずだった……!」
彼女は、首を振った。
「ううん。
最初から、ここまで」
影が、わずかに揺らぐ。
「これ、時間稼ぎなの。
あなたたちが、
“本当のこと”を言えるようになるまでの」
S級冒険者の一人が、
叫んだ。
「ふざけるな!!
俺たちは……
お前を救うために……!」
彼女は、笑った。
あの日と同じ、
覚悟を決めた笑顔。
「違うよ」
声が、少しだけ弱くなる。
「私が、
あなたたちを救いたかったの」
魔力が、散り始める。
影武者の限界だ。
「ねえ、受付さん」
彼女が、俺を見る。
正確には、
見ている“ふり”をする。
「ちゃんと、怒ってる?」
喉が、詰まる。
「……ああ」
「ちゃんと、拒んだ?」
「ああ」
「なら、よかった」
それだけで、
彼女は満足したようだった。
S級冒険者のリーダーが、
泣き崩れた。
「……俺たちは、
何をやってたんだ……」
彼女は、最後にその男を見る。
「お願い」
「……なんだ」
「この人を、
“英雄”にしないで」
視線が、俺に戻る。
「受付のままで、
いさせてあげて」
影が、ほどける。
魔法が、終わる。
彼女は、
本当にいなくなった。
沈黙。
ダンジョンの魔力が、
静かに安定していく。
俺は、
S級冒険者の前に立った。
「目を覚ませ」
それは、命令じゃない。
受付の言葉だ。
「お前たちは、
英雄でも、悪役でもない」
男が、顔を上げる。
「じゃあ、俺たちは……」
「判断を、他人に押し付けた人間だ」
それだけで、十分だった。
彼らは泣いた。
叫んだ。
謝った。
だが、
彼女は戻らない。
それでも。
俺は、受付に戻る。
彼女が選んだ役割を、
俺が否定しないために。
受付窓口12。
ここで終わったのは、
希望じゃない。
幻想だ。
人は、
信じたいものを信じる。
それが嘘でも、
演技でも、
救いに見えるなら。
だが――
受付は、違う。
受付は、
「もう存在しないもの」を
存在しないと判断しなければならない。
それが、
どれほど残酷でも。




