受付窓口1
異世界に転生したなら、
剣を持つか、魔法を使うか、英雄になるものだと思っていた。
けれど現実は、窓口の向こう側だった。
これは、
冒険に出られなかった男の物語であり、
冒険に出ていった者たちを、見送るしかなかった男の記録である。
英雄譚ではない。
それでも、確かにダンジョンは彼を選んだ。
目を覚ましたとき、天井は石だった。
コンクリートでも木造でもない、冷たく削られた灰色の石。湿気を含んだ空気が肺にまとわりつく。
「……異世界、だよな。これ」
つぶやいた声はやけに現実的で、自分でも笑えなかった。
テンプレは一通り知っている。トラック、女神、スキル、チート。
どれが来ても対応できるつもりだった。
――だから、冒険者になる気でいた。
剣を握って、魔物と戦って、名を上げて。
危険でもいい、死ぬかもしれなくてもいい。
前に出る人生を、今度こそ選びたかった。
「あなた、適性ありますね」
ギルド職員の女性は、事務的にそう言った。
茶色の髪を後ろでまとめ、机の上の水晶板を指で叩く。
「冒険者……ですか?」
「いえ」
即答だった。
「ダンジョン受付です」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……受付?」
「はい。冒険者登録、依頼受理、パーティ編成相談、進行管理。とても重要な役目です」
水晶板が淡く光り、文字が浮かび上がる。
スキル:〈受付男子〉
加護:〈ダンジョンガイド〉
俺はその文字を、しばらく黙って見つめていた。
「……ハズレスキルだろ、これ」
思ったより、声は低かった。
剣でも魔法でもない。
戦闘補正も、身体強化もない。
あるのは、机と書類と、窓口だけ。
「冒険者になりたくて来たんです」
そう言うと、職員は少しだけ困った顔をした。
「皆さん、そう言います」
それだけだった。
配属初日。
木製のカウンターの向こう側に立つと、視界が変わった。
冒険者たちが、数字と感触として見える。
疲労。焦り。慢心。
この三人は噛み合っていない。
このパーティは、今日は行かせてはいけない。
理由は分からない。
ただ、分かってしまう。
「この依頼は……今日は見送った方がいいです」
俺がそう言うと、冒険者は笑った。
「受付が何言ってんだ」
その日の夕方、彼らは帰ってこなかった。
受付窓口は、静かだった。
書類の角が、やけに鋭く見えた。
――俺は冒険者になれなかった。
でも、ダンジョンは、確かに俺を見ている。
カウンター越しに。
人と死の、境目から。
受付は、安全な場所だと思われがちだ。
剣も振らず、血も浴びない。
だが、帰ってこない背中を数える役目は、
案外、重たい。
止められたはずの死。
止めても聞いてもらえなかった死。
そして、止めるべきか迷ってしまった死。
この物語は、
「前に出なかった者が、何を背負うのか」を描いていく。
次の窓口でも、
彼は今日も名前を呼ぶ。
――帰還予定時刻は、もう過ぎている。




