星名さんはキス魔
衝動で書きました。よろしくお願いします。
「キス魔」。体裁構わずキスをせがんでくる厄介なやつのことだ。
「甘海ちゃんはキスすればなんでもしてくれるって聞いたんだけど」
清涼な風が頬を艶やかに撫でる。
昼休みの屋上。クラスのムードメーカーの星名胡桃さんに呼び出されて、開口一番のことだった。
「いや、わたしそんなことしないけど……」
わたしといえば学校生活を慎ましく陰に過ごしてきたもので「キス」なんて行為とは全く無縁だし、そもそもその単語を聞くことがないし。
陽キャからの呼び出しにビクビクしていただけに、なんだか安心するような、逆に気が重くなるような。
「え~、本当だって思ったから勇気を出して声をかけたのに」
「がっかりさせてごめんだけど、そもそも誰からそんなこと聞いたの?」
「んー、風の噂かな」
友達への愛情が強い星名さんのことだ、多分口を割ってくれない。
というか、酷すぎない?わたし無害であるようにナメクジのような学校生活を送ってたはずなのに。
誰に何を恨まれてそんなゴシップを…………。
「もう帰っていいかな?星名さんの誤解も解けたわけだし」
「ああ、待って!やっぱりお詫びはしないとかな~って。私、今すんごい失礼な奴じゃん?」
「……なんかの罰ゲームだったりする?」
「大丈夫!私はそんな誰かが傷つくことしないよ?」
上目遣いでそんなこと言われたら、そうだねって頷くしかないじゃん。
やはりムードメーカーなだけある。簡単に人を転がせる。
「で、お詫びって?」
「それは……ね」
星名さんは頬を緩ませながらわたしとの距離を詰めてくる。
「ちょ、えっ?えっと、今なんて?」
星名さんとは相反してじりじり後退するわたし。
しかしかかとにフェンスがぶつかりとうとう距離は縮まる一方。
「キスしようよ」
普段遠くから見つめている、くしゅっと癖のある星名さんの前髪が近くにある。
彼女は超がつくほどの美少女で、くりくりと大きな瞳は宝石をはめ込んだみたいに綺麗だし、小柄で小動物感溢れる体系は大変お可愛らしい。
だけど、そんな美少女がわたしなんかの取るに足らない小物を呼び出し、挙句の果てにキスを迫るなんて不自然すぎる。
その時、一つの考えが頭を過った。
「ねえ、もしかして元からキスしたくてわたしのこと呼び出してない?」
「バレた?甘海ちゃんならいけるかもって」
思ってたんだね。最低だ。
星名胡桃という人間はキスが重症なほどに好き。だから都合が良さそうなわたしを呼び出して、現に犯行を及ぼうとしている。
甘いミルクのような香りが鼻腔をくすぐる。もう少し動けば体が触れ合いそうな距離感になって、わたしの理性はオーバーヒートを起こしそうだ。
「ねえ、星名さん。わたし用事を思い出したかもしれなくて」
「往生際が悪いよ、甘海ちゃん。胡桃すっごく我慢したから、責任とってね」
「ね、ね、ちょっ……」
直後柔らかい感触が唇を包み込んだ。わたしは現実を直視しないようにきゅっと目を瞑る。
もう逃れられないと悟ったわたしは星名さんに委ねることにした。
ふにふにと柔らかい唇は蕩けそうな程心地よい。何度も、微妙に位置をずらしては星宮さんの唇はわたしを啄む。
「ん……」
漏れ出した声がじれったく聞こえる。胸の奥が熱い。
星宮さんはどんな顔をしているのだろう。そんな考えが頭に浮かんではわたしにそこまでする勇気はなかった。
「はい。おーわり!」
一瞬にも永遠にも感じられる不思議な時間だった。
「もう終わり?」
体温が上がったみたいで軽く息が上気する。キスのせいか体温が上がったみたいで火照っている。
「甘海ちゃん。めっちゃ可愛いよね」
「え、なに?急に」
「いや、凄いそそられるというか。またキスしてもいい?」
「キス……」
その瞬間、わたしは一気に現実に引きもどされた。
「キスしちゃったじゃん!」
「そうだよお」
相変わらずの星名スマイルというか、デフォルトすぎる表情に少し苛立ちを覚える。恥ずかしがってるのわたしだけじゃん!なんか悔しい。
「もう、なんで勝手にしちゃったの!」
「私は悪くない。甘海ちゃんが可愛いのがいけないのだ。美少女有罪。ギルティー」
「美少女言うな!わたしはいっつも日陰にいるような、ボッチ界隈では誉高い存在だったのに」
「それ自分で言う?」
「う……」
途端に視界がぐるぐるし始める。一瞬忘れかけていたわたしの陰キャなる本能がキャパの限界を伝えているのだ。
今までの人の背中の影を歩いてきた走馬灯のようなものが駆け巡り、星名さんのキスでまた回帰するループが始まった。
そうして処理の限界を感じた脳内は防衛本能からブラックアウト!
閉じ行く視界の中、体が前傾してアスファルトとぶつかりそうになる。
「ちょっ、ちょっと甘海ちゃん……?」
視界の切れ端で目を大きくして慌てる星名さんが見えた。
☆★☆★☆
知ってる天井だ。
一定間隔で刻まれた黒い斑点模様は保健室のベットから見えるもので、年数回見ることがある。
掛け布団をどけて、ゆっくり身を起こしながら、頭が少しずつ機能を取り戻していく。
「あ、甘海ちゃん。起きた?」
「星名さん……?わたし、いつまで寝てた?」
「今はもう放課後だね」
そう言われて次第に背筋に冷たい汗が伝う。
もしかして、わたし午後の授業全放棄?
それも真っ当な理由じゃなくて、キスのショックで寝込んでいたなんて……。
情けない自分に涙が出る。
「ごめんね、甘海ちゃん。正直、私が悪かったと思うんです」
星名さんは手を合わせて真剣に謝罪をする。
それはムードメーカーの星名さんというより、本性に近い影のような面影を感じた。
「ほんとにごめん。私が悪かったんです。自分がキスしたいが為に甘海ちゃんに無理矢理迫って……」
「だ、大丈夫だよ!別に気にしてないしさ。てゆかなんで敬語?」
「多大なるご迷惑をお掛けした甘海様にタメ口なんて胸が痛みます」
星名胡桃、猛省致しますと、深々と頭を下げられても、慌てふためくしかできないからやめてほしい。
それもわたしなんかに美少女が土下座している描写を見られたらどうする。今度こそわたしは死ぬ。
「そ、そっか。ほんとに全然気にしてないから、敬語はやめてほしかなーって」
「甘海ちゃんがそう言うなら……。改めてごめんね。びっくりさせちゃったよね」
「びっくりはまあしたけど。それよりも星名さんみたいな美少女がわたしなんかとキスした方がショックだよ」
実際わたしと星名さんじゃ全然釣り合ってない。
太陽みたいに眩しい星名さんはどこか遠い存在のようで、わたしが手を出しても届かない高みにいる。
「私は多分、甘海ちゃんが思ってるような人間じゃないよ。能天気で天然風を装ているけど、ほんとは誰にも嫌われたくなくて。そういうの八方美人っていうんだっけ?」
神妙な面持ちで語る星名さんは等身大の女の子に見えた。
そうだ。わたしは外面しか見てなかっただけで、星名さんを勝手に天井の存在にしていたのだ。
これは、いつも通り陰から見るだけだったら気付かなかったこと。
唇をきゅっと噛みしめる。知ってしまったなら、星名さんの印象を改めなければならない。
そのためにも確かめないと!
「星名さんはなんで……その、キスをしたの?」
「なんでって……」
するとみるみる星名さんの頬が紅潮する。
「勢いみたいな部分もあったけど……ねえ、今から変な事言うけど許してくれる?」
「もちろん。そのために聞いたんだから」
星名さんは息を整えるみたいに一度深呼吸する。変な緊張がわたしに走る。
「その、大切な人、みたいなの?が欲しくて。その、甘海ちゃんがいいなって」
その瞬間、わたしの脳裏には「告白」の二文字が浮かぶ。
「ん?]
「告白」の二文字が浮かんだ……?
「それで、私勝手が分からなくて。とりあえず、キスをすればどうにかなるかなって」
「ちょ、ちょっと待って色々処理が追い付かないんだけど」
「ゆっくりでいいから、受け止めてほしいな……」
気恥ずかしそうにもじもじする星名さんは確かに普段より色っぽく見えて。
いや、待て。クラスメイトの、それも同性の女の子を今わたしは変な目で見たのか?
「甘海ちゃんが嫌じゃないなら付き合ってほしい……です」
段々声が小さくなっていく言葉に、初々しさと何かが引っかかるような胸の痛みを覚える。
「星名さん……」
気付けばわたしはその名前を呼んでいた。返事とか何もかもまとまってないし、頭の中は真っ白。
でも、本当の彼女を知って受け止めると誓った。その結果がこれなら、わたしにも非がある。
口を噤んで星名さんの顔を正面に見た。真っすぐ正面に。
「い」
「い?」
「一旦お試し期間を設けません?」
ごめんなさい。やっぱりわたしはナメクジクソ野郎です。てか、普通に女の子同士で付き合うなんて勝手が分からないし、そもそも二人ともなんかに酔わされてるって絶対。この場で決着をつけるなんて後から後悔するに違いない!
「ごめんね。きっちりとした返事じゃなくて」
「ううん。私は受け止めてくれただけで嬉しいな」
そういって微笑んだ星名さんの笑顔は普段よりも数倍可憐に見えて。
不意にドキっとしたのは気の所為のはず。
「これからよろしくね。大好きな甘海ちゃん」




