まったくもう
明けましておめでとうございます。
今年最初の投稿です。
本年もよろしくお付き合いくださいませ!
最初の不穏は、僅か2日後に起こりました。
ランデール先輩の妹、ケイトリン様が倒れたのでございます。
なんでも、ケイトリン様は半月ほど前から体調が優れず、最近はろくに眠れていなかったのだとか。急な話に驚くわたくしたちでしたが、言いづらそうに先輩が口にした問いには絶句してしまいました。
「ランバウム嬢……こんなことは言いにくいし、俺も信じられないんだが………きみが、ケイトを脅しているというのは本当だろうか……?」
「は?」
もう、「は?」としか言いようがありません!ケイトリン様の体調不良でさえ寝耳に水だというのに、脅す?誰が?わたくしが!??
「ちょ、ちょっと待った!ランデール先輩!どっから出てきたんだ!そんな話!」
「そうですよ!アリアドネ様はそんなことなさる御方じゃありません!第一、どうやって脅すって言うんですか!学年も違うし、接点なんかなんにも無いのに!!」
無表情が標準装備のわたくしでさえぽかんと呆気にとられるしかない状況に、いち早く我に返ったリディア様とマリナ様がわたくしを庇ってくださいます。
「………だよなあ……」
言い出したランデール先輩でさえ、腕を組み困惑したように首を捻りました。
先輩によると、ケイトリン様は悪夢に怯え、ろくに食事も喉を通らず、日に日にやつれているそうなのです。
「医者の話では、身体に悪いところはないと言う。ならば何が原因なのかと問い質しても、何でもないと首を振るばかりだ。それでもしつこく問い詰めたら……」
「問い詰めたら?」
「……巫女様に警告された……らしい。このままでは近いうちに命を落すことになると。それから、蚊の鳴くような声で……蛇が、と」
その言葉に、さっと生徒会室中の視線がわたくしに集まりました。
片隅で静かに話していたつもりでしたが、内容が内容ですものね。いつのまにか、皆さま聞き耳を立てていたようです。
「蛇が……なるほど、それでわたくしが疑われたのですね?」
「い、いや!疑うとか……そういうわけでは!」
小さく息をついたわたくしと、窓際でこちらを見る殿下やお兄様を見比べて、ランデール先輩は慌てたように手を振ります。
「ただケイトが……毎晩のように悪夢で魘されて……蛇が来ると……」
「でもそれって、夢の話でしょう!?いくら蛇の夢を見たからって、それでアリアドネ様を疑うなんて!」
「あまりに短絡的じゃないか!?先輩!」
「いや、だから……」
「ウィリアム」
リディア様とマリナ様に食ってかかられてしどろもどろになるランデール先輩に、殿下が厳しい声をかけました。
「いくらお前でも、夢だけでアリア嬢を疑ったりはしないだろう。他に何か彼女がケイトリン嬢を脅したという根拠があるのか?」
「それ……は……」
至極尤もな言葉に、ランデール先輩は俯いてしまいました。
「確かに……決定的な証拠はない。……だが、ケイトは実際に襲われているんだ!夜、ベッドで……蛇に首を絞められて!」
「!!」
思わずわたくしは息を飲みました。他の皆様も同じだったでしょう。それが本当なら、たかが夢などと言っている場合ではありません。ケイトリン様は実際に命の危険に晒されているのですから!
殿下は即座にケイトリン様の保護と女子寮の調査を命じられました。自室で療養なさっていたケイトリン様は学園からほど近い王立病院に移され、わたくしたちは日を改めて事情を伺うことになったのですが………。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すっかり気落ちして帰宅したわたくしは、すぐさまお父様の執務室に呼ばれました。
「おお、帰ったかアリア」
制服のまま現れたわたくしを、お父様は執務机から立ち上がって迎えてくださいます。
背が高く、がっしりした体つき、豊かなシルバーブロンドの髪を後ろに撫でつけた、威風堂々とした佇まい。
他国から「カリュートスの白虎」と恐れられるお父様は、その異名とは裏腹な優しさでわたくしを暖炉の前のソファへと座らせ、ご自分もその正面に座りました。
「さて……今日は学園で何やら騒動があったそうだが」
「相変わらずお耳が早うございますのね」
お茶が供されるやいなや本題に切り込まれて、わたくしは自分と同じアイスブルーの瞳をじっと見つめました。お兄様もわたくしも、お父様の髪の色を受け継ぎましたが、瞳の色はお兄様はお母様の色を受け継いでおられます。
メイドが退出するのを待って、わたくしは生徒会室での出来事を正直にお話ししました。隠し立てしたところで意味がありません。「カリュートスの白虎」は情報通でいらっしゃるのですもの。
「ふぅむ……」
一通りわたくしの話を聞いて、お父様はひとくちお茶を飲みました。
「では、事の発端は巫女殿の予言というわけか……」
「ええ。まだ詳しい話をお聞きしていませんので、警告の内容や蛇に襲われたときの詳細はわからないのですが……」
わたくしもお茶をいただき、重いため息をつきました。
恐ろしい警告を受けた後で蛇に首を絞められたなんて……お可哀想に、ケイトリン様はどれほど恐ろしかったでしょう。
「お父様……巫女様が認められたのは確か……」
「ああ、ラファティ男爵領の山火事とヒューレイ辺境伯領の橋の崩落を立て続けに予知したことが発端で、星詠みの力が観測されたのだ」
「そんな……」
では、ケイトリン様の死の予知も覆せない未来なのでしょうか?!
「とはいえ、巫女殿の予言も完璧ではない。大きいことはともかく、些細なことは外すことも多いようだ。今回は発覚が早かった分、回避することもできよう」
「……そう願いますわ……」
ケイトリン様は、今は安全な市民病院で過ごしていらっしゃるはず。どうか、今夜は悪夢を見ないで済むと良いのですが。
ややあって、沈んだ空気を破るように、お父様が咳払いをなさいました。
「……あー……その、アリア」
らしくもなく目を泳がせ、言いよどんでおられます。
わたくしは内心、「来たか」と思いました。
「……お兄様でしたら、大活躍でしたのよ。殿下がケイトリン様の保護をお命じになったら、すぐさま王立病院への入院と看護経験のある修道女の手配をなさって。それから、ランデール伯爵家に連絡して、ケイトリン様の侍女を呼び寄せるとともに、付き添いの宿泊の手配も済ませましたの。これで侍女の到着が明日になっても、今夜のところはランドール先輩か修道女がそばについていられますわ」
殿下も決断は早いのですが、お兄様に比べると細やかな気配りというものが欠けています。
病室に警護をつけるおつもりだったようですが、そんなことをしてはただでさえ怯えているケイトリン様の気が休まらないとお分かりにならないのでしょうか。
「女子寮の方も、ケイトリン様のお部屋はもちろん、他の部屋も動物が忍び込めるような隙間や破損がないか、徹底的に調査するそうですわ」
「ふむ……」
「殿下はケイトリン様のお部屋がある3階のみの調査をお考えだったようですが、お兄様が進言してすべての階の調査をすることになりましたの」
「おお……ジークが……」
お兄様が、のところを強調して申し上げると、お父様は目を輝かせます。
「…………お父様……」
わたくしは、つい深~いため息をついてしまいました。
「何度も申し上げておりますが……もう、いいかげんになさいませ。お兄様のご活躍を、どうして素直に褒めて差し上げられないのですか」
「うっ」
呆れを隠しもせずに申し上げると、お父様は言葉に詰まりました。
「い……いや、アリア。男というものはだな……特に、将来侯爵家を背負う立場ならなおのこと、厳格に、しっかりと鍛え上げねばならんのだ!少々の功績に驕ることなく、もっと上を目指してだな……」
「だからと言って、お兄様を傷つけてどうなさいますの」
ごにょごにょ言い訳するのをぴしゃりと撥ね退けて、わたくしはため息をお茶で飲み下します。
まったくもう、お父様ときたら!
本当はお兄様のことが自慢でいつも気にかけていらっしゃるくせに、面と向かって褒めることができず、ついつい心無い言葉を投げつけてしまうのです。
そのくせ、こうやってわたくしからお兄様のご活躍を聞いて一人で喜んでいらっしゃるなんて。
これではお兄様が可哀想ですわ!
「いいですか、お父様。お父様のなさりようは、このわたくしに、いつも無表情で可愛げがない、それでも女か、と言っているのと同じことですのよ?」
「アリア……!」
いい機会だからときっぱり申し上げると、お父様ははっと息を飲みました。
「努力で補えるものなら、お兄様はお父様のご期待に応えてみせるでしょう。でも、容姿とか体質とか……ご自分ではどうしようもないことに難癖をつけるのは、虐待と同じですわ」
「アリア!」
「お兄様は、お父様を尊敬していらっしゃいます」
声を荒げるお父様に構わず、わたくしは席を立ちました。
「そのお父様から理不尽なお叱りを受けて、お兄様が傷つかないわけがありませんわ。……女だてらにお父様のなさりように意見するつもりはございません。でも、わたくしに下さるように、お兄様にも直接優しい言葉をかけてさしあげてくださいませ」
ああ!よく言いました!わたくし!!
ずっと言いたかったことを申し上げ、わたくしはお父様が考えこんでいる隙にそっと執務室を後にしました。べ、べつに声を荒げたお父様が怖かったわけではございません。ええ、違いますとも!
ただ、お父様にも考える時間が必要だと思ったのです。
お父様というかたは、娘の差し出がましい口出しとはいえ、何も考えず頭から否定なさるような方ではありませんもの。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いろいろと考えこんでいたせいでしょうか。
気付くとわたくしは礼拝堂の中にいました。
凛と張りつめた冷たい空気と静けさが、頭を冷やしてくれるような気がします。
「………お母様……」
屈みこみ、わたくしは床の墓標に手を当てました。
お母様。お優しくて強かった、わたくしのお母様。
お母様が亡くなったのは、12年前の冬のことでした。
王都より少し南のランバウム侯爵領へ向かう途中、馬車が事故に遭ったのです。
崖崩れが起きて……馬車が落ちて。
一緒に乗っていたわたくしは、お母様に庇われて命拾いをいたしました。
今でも覚えています。
泣くわたくしを最期の最期まで励ましていた声、優しい微笑み。
抱き締めてくれた腕も、だんだん……だんだん消えていく、お母様の温もりも。
助けが来たのは、次の朝になってからのことでした。
それからのことは、よく覚えていません。
不思議ですわよね、お母様が亡くなっていくのは覚えているのに、助けられて安全になってからのことを覚えていないなんて。
ただ、わたくしはお母様に約束したのです。お転婆は卒業して、立派な淑女になると。
そのためには、礼儀作法も立ち居振る舞いも完璧でなくてはなりません。それから、無闇に感情を表に出さぬよう、常に穏やかに……冷静に。
そうして……いつの間にかわたくしは表情を顔に出すことができなくなっていました。
皮肉なものですわよね。次期王妃としては、それすら好ましい要素として認められたのですから。
………でも……
「お嬢様」
どれくらいそうしていたでしょうか。
不意に柔らかな暖かさに包まれてわたくしは我に返りました。
「ルビー……」
「お風邪を召しますよ。お部屋へ戻りましょう、冷え切っていらっしゃるじゃありませんか」
座り込んだわたくしを厚手のストールで包み込み、ルビーは肩を擦ってくれます。それでやっとわたくしはずいぶん時間が経っていたこと、自分が凍えかけていたことに気付く始末でした。
「ええ、そうね……お兄様は?」
「とっくにお戻りですよ、皆様、お嬢様をお待ちです」
ルビーに促され、わたくしは立ち上がりました。
今さらながら、寒さに肩が震えます。
もう一度お母様の墓標に目をやって、わたくしはようやく暖かい母屋へと足を向けたのでございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、翌日。
事情確認のため、わたくしたちはケイトリン様の病室に集まりました。
顔ぶれは、お兄様を筆頭に、リディア様、マリナ様。まだ顔色の優れないケイトリン様の傍らにはランデール先輩と、ケイトリン様の親友、アンナ・ハッチャー様が座り、早朝に駆け付けた侍女も壁際に控えています。
ケイトリン様を委縮させることがないよう、殿下とわたくしは衝立の陰に隠れました。
「さて……昨夜はよく休めたかな?ケイトリン嬢」
「……はい。おかげさまで」
当たり障りのない挨拶のあと、穏やかに微笑むお兄様がそう切り出すと、ケイトリン様はベッドの上で居住まいを正しました。そのご様子は思いのほか落ち着いていて、わたくしはほっと胸を撫で下ろしてしまいます。
「それはよかった。では、早速で申し訳ないが……今回のことの次第を話してもらえないだろうか。もちろん他言はしないし、きみの言葉を頭から否定はしない。また、アリアドネが私の妹だということで気を使う必要もないし、この証言で今後きみたちの立場が悪くなることは絶対にない。ただ、何があったのかを知りたいだけなのだ」
「そうだぞ、遠慮はいらない。もし、今回のことで何か言うような輩がいたら私がぶっ飛ばしてやる!だから安心して本当のことを話すがいい」
真摯に言葉を重ねるお兄様の横から、リディア様も頼もしい(?)提言をなさいます。それを聞いてケイトリン様は初めてちょっと笑い、それから意を決したように顔を上げました。
「……ことのはじまりは、巫女様と従者のドロレス様が入寮してすぐのことでした……」
ぎゅっとアンナ様の手を握り締め、彼女はゆっくりと話し始めたのでごさいます。
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