悪役とは………
「悪……役……?」
「令嬢………?」
意味不明なその言葉に、わたくしたちはぽかんと呆気にとられるしかありませんでした。
いえ、意味は分かりますわよ?単語の意味は!でも………わたくしが悪役令嬢????それっていったい???
「ま……まあ、令嬢はたしかに侯爵令嬢だから、それは置いておいて。悪役とは……あの、悪役かな?歌曲『ナイトローズ』のクレメンティーヌとか、『絶望』のドミトリアスとか?」
「『ジレン一代記』のロイド伯爵とかか?いや、女だから……世紀の悪女と名高いビオーネ・ザルツワ伯爵夫人のほうが……」
「いや、悪役と言ったらサイモン・ウェスカーだろう!『青の帝国』の!」
数舜の沈黙の後、一斉に『悪役』について声を上げるみなさま。ああ……みなさまの読書傾向がわかりますわ。
「違いますよ皆さん!悪役令嬢でしょう!?だったらもっとエレガントじゃなくちゃ!」
そして、がぜん張り切るマリナ様。
「悪役令嬢といったら、『砂漠に眠る愛』のミーガン王女とか、『響け、愛の唄』のルチアナ・シェルスカヤ伯爵令嬢とか!!美人で身分も気位も高くて!それで、ヒロインを妬んでしつこく嫌がらせを繰り返すんです!人前で恥をかかせたり、トゥシューズに押しピンを入れたり、お茶にゴミを入れたり!」
「トゥシューズ?いつ履くんだよ、そんなん」
「んもー!そこは臨機応変に、でいいんですよランスロット先輩!実際には靴でもスリッパでも!!そういう、法に触れるギリギリの嫌がらせを繰り返してヒロインを追い詰めるのが、悪役令嬢なんです!もっとも、過激なのになると階段から突き落したり、暗殺を企てたり、人に襲わせたりしますが!」
「おいおい、そこまで行ったら十分法に触れているだろう?」
ランスロット様の指摘を物ともせず力説するマリナ様を、苦笑しつつ殿下が宥めます。
「……で、どうなのかな、巫女殿。妹が今後、マリナ嬢の言う……押しピンを入れたり人の飲み物に細工したりとか……そういうことをするようになると?」
「そんな!とんでもない!」
思いつめたような顔をしていた巫女様は、お兄様の問いに慌てたように手を振りました。
「わたしが受けた神託は、ただ、王都で……学園で、悪と対峙することになると……人々を惑わし、国を傾ける……下手をすれば国が亡びるような……そんな邪悪を目の当たりにすることになると。それだけなのです。そして、その邪悪は少女の中に潜む……とも」
「それが……わたくしだというのですね?」
「……っ……」
静かにそう問いかけると、巫女様は泣きそうな顔でわたくしを見ました。
「巫女殿?」
「……判りません」
お兄様に急かされて、巫女様はうつむいて激しく首を振ります。
「判らないんです!確かに邪悪の存在の啓示は受けましたが……それが誰のことかまでは……でも、ドリーによると、わたしはその少女のことを、『蛇を連れた少女』と言ったそうです。だから……」
「だから………従者殿は、その少女をアリア嬢だと判断したのか……」
言い淀むその先を引き取るようなオレイアス殿下のお言葉に、わたくしたちは黙り込むしかありませんでした。
蛇を連れた、邪悪の少女。
だから巫女様はあの時、わたくしに『国家転覆の予定はあるか』なんてお聞きになったのですね……。確かにわたくしには「蛇姫」だの「鋼鉄」だのという二つ名がございますし……でもでも、国を傾けるなんて、そんな大それたこと、考えたこともありませんのに。
……ああ、今後、わたくしはいったい何をしでかすというのでしょう……!
「……確かに客観的に見れば、蛇の守護聖を持ち、王太子の婚約者という立場にあり、自身も侯爵令嬢であるアリア嬢ならば条件に該当する……か。政治への干渉だけでなく、王妃の後ろ盾を持つとなれば、宮廷を牛耳って裏から国を支配することも容易いだろうな」
「デミ!!アリアはそんな……」
「判っているよ、ジーク。客観的に、と言っただろう?もちろん我々は彼女はそんなことのできる人間ではないと知っている。だが、アリア嬢の人となりを知らない従者殿が、その条件だけでアリア嬢を邪悪の少女だと思い込んでしまうのも無理はない、と言っているんだ」
「そんな……」
冷静な殿下の分析に、悔しそうな顔をなさるお兄様。
でも……殿下の言うことは尤もです。おまけにわたくしときたら、氷と言われるほどに喜怒哀楽に乏しい、可愛げのない娘。……表情豊かなドロレス様に悪役と思われても仕方ないのかも……。
「……そんなに悲観する必要ねえんじゃねえか?」
そのとき、ずーんと落ち込む(周りにはそう見えないかもしれませんが)わたくしの頭に、ぽん、と暖かいものが置かれました。目を上げると、それは向かいの席から身を乗り出したランスロット様の……手?
「要は、ウィルの妹の時と同じだろ?こいつが今後やらかす何かが国を揺るがすような一大事に発展するかもしれねえってことだろう。あの時と同様、回避が可能だってことだ。それが事前に判っただけめっけもんじゃねえのか?」
「そ……そうですよね!」
ぱっと顔を輝かせたマリナ様が後に続きます。
「アリアドネ様が邪悪なんてとんでもない!きっと、なにかうっかりしでかしたことが大事になっちゃうんですよ!!アリアドネ様って、結構わきが甘いっていうか、そういうとこありますから!!」
「そうだな、物音がしたくらいでのこのこ窓開けたりな」
「そうそう!完璧なようでいて、ちょこちょこ抜けてるんですよ!」
楽しそうに意気投合するランスロット様とマリナ様。
ちょ……ちょっとお待ちくださいな、わたくし、今さりげなく貶されているのではないかしら?!
文句を言いたくとも、何やらご機嫌そうにがしがし頭を掻きまわされて(撫でられて?)わたくしはそれどころではありませんでした。
「これこれ、ランス?あまり気安く女性の髪に触れるものではないよ?」
ややあって、苦笑しながらオレイアス殿下が救出して下さる頃には、わたくしの髪はぼさぼさになっていたのでございます。
「とにかく、ランスの言うとおりだ。巫女殿の星詠みが本当にアリア嬢を指すのかは判らないが、用心に越したことはない。きみに限って滅多なことは起こさないとは思うが……難癖をつけたり上げ足を取って陥れようと目論む奴らはどこにでもいるものだ。気を付けるんだよ、アリア嬢。我々も、できる限りの支援を約束しよう」
「巫女殿も、よく教えてくれた。おかげで対策を講じることもできるだろう」
「そうですよ、安心してください。アリアドネ様には悪役になれる素質なんてありませんから!ドロレス様の誤解は解かなきゃですけど、それだって巫女様のせいじゃないんですから!」
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうございます。お心遣い、痛み入りますわ」
ルビーに髪を直してもらいつつ、わたくしは両殿下とマリナ様にお礼を申し上げました。
巫女様も、ようやく胸のつかえがとれたのか、ほっとしたように手付かずだったケーキに手を伸ばします。
ひと口召し上がってお口に合ったのか、ちょっとだけ目を瞠って、それから嬉しそうに食べ始めるお姿は微笑ましく、ついつい口許が緩んでしまいます。
たしか、巫女様は高等教育を受ける機会がなかったため1年生に編入されましたが、年齢的にはわたくしと同じ学年のはず。それなのに……なんだか年下の……そう、たとえば妹のような感覚を覚えてしまうのは不敬でしょうか?
なんというか……頭を撫でて差し上げたいような気持ち。
さきほとわたくしの頭を撫でて(多分)くださったランスロット様も、こんな気持ちだったのかしら……?
そう思って、ちらりとランスロット様を窺ったわたくしは……ちょっぴり息が詰まるような思いをいたしました。
それくらい……ランスロット様は、滅多に見せないような、優しい表情で巫女様を眺めておられたのです。
ああ……やっぱり、このお二人にはわたくしの知らない繋がりがあるのですわ。
そういえば、辺境伯という爵位を持ちながらランスロット様にいまだに婚約者がいないのは、当のご本人がそれを頑なに拒否しているかららしい、という噂を耳にしたことがあります。
伯爵以上、とりわけある程度の家柄の者は幼いうちに婚約が調うことが多い中、ランスロット様がそれを拒むのは、心に決めた……それも、身分違いの姫君がいらっしゃるからだ、と……。
もしや……それが巫女様なのではないかしら。
巫女様は男爵令嬢……あり得ない話ではありません。まあ………まるでロマンス小説の設定のようなお話ですわ!
そう思うのに、なんだか胸に小さいしこりのような思いが残るのは、なぜでしょう……。
いやだわ、わたくし。まるでやきもちを妬いているみたい。
わたくしだってもっと巫女様と仲良くなりたい、だなんて……これじゃあドロレス様を悪く言えませんわ……。
そのあとは、殿方は生徒会行事や冬祭りの話をしたり。
マリナ様とわたくしで巫女様をわたくしの書斎へご案内したり。
壁一面を占める書棚に並んだ、童話、冒険小説、ロマンス小説、推理小説を見て、感激に打ち震えた巫女様が、『アリアドネ様!!わたし、ここに住んでもいいですか!!』と叫び、『もちろんですわ!』と叫びたいのを我慢したわたくしが、『ならわたしもご一緒に!!』と叫ぶマリナ様を一生懸命宥める一幕もありましたが、概ね和やかに『謝罪のため』と銘打った今回の訪問は幕を閉じたのでございます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、週が明けて。
ようやくルビーのお赦しをいただいたわたくしは、意気揚々と登校いたしました。そして、教室へと近づいた時。
「……あら?」
わたくしは、教室の前の廊下にたむろする一団に気付いて思わず足を止めました。
見慣れた2年生の教室。
その前に、十数人の女生徒が固まってなにやらひそひそ話をしていらっしゃいます。でも……あれは1年生ではないかしら?
「あっ!アリアドネ様!!」
首を傾げるわたくしに気付いたのでしょう、そのうちの一人が叫びました。
「アリアドネ様!!」
「申し訳ありません!アリアドネ様!!」
「ま……まあ!ジュディス様?マチルダ様?どうなさったの!?」
次の瞬間、わたくしはわっとばかりに駆け寄ってきた1年生に取り囲まれました。
驚いたことに、皆さま口々に謝罪の言葉を述べられ、ジュディス様とマチルダ様に至っては手放しで泣いていらっしゃいます。
「わたっ……わたくしたち、が…あの娘を……っ…懲らしめてなん、て………お願い、したせいで……っ」
「あんなところに…お連れしたせいで……アリアドネ様が……」
「まあ!」
慌ててハンカチを取り出し、涙を拭いて差し上げたわたくしは、お二人の言葉にびっくりしてしまいました。
「そんな!お二人が責任を感じることはありませんのよ!?あれは、わたくしが出過ぎた真似をしたから起こったこと!お二人のせいではありませんわ!!」
「っ……でも!」
「アリアドネ様は悪くありませんわ!!わたくしたちが……」
「そうですわ!わたくしも一緒になって無理強いしたから!」
「ええ、わたくしも!!」
「……みなさま……」
釣られるように、泣き出してしまった他のみなさまを前に、わたくしは途方に暮れてしまいました。
ああ……なんてこと。
あのときのドロレス様の振る舞いは、確かに目に余るもの。でも、それを指摘したせいで起こった出来事を、この方々が自分のせいだと責任を感じてしまっていたなんて。
おまけに、翌日わたくしが欠席したことで、余計に思い詰めてしまったのでしょう。
この週末をこの方々……特にジュディス様とマチルダ様がどんな思いで過ごされたか……想像しただけで胸が苦しくなります。
「本当に、お気になさらないで。確かに衝撃的な出来事でしたけれど、わたくしはこのとおり、ぴんぴんしておりますもの!殿下からも真摯な謝罪をいただきましたし、ドロレス様も反省なさっているそうですし、何も心配することありませんのよ?」
「でも……アリアドネ様ぁ」
「やっぱり、ごめんなさいですわ~!」
精一杯お慰めしても泣き止んでくださらないみなさま……ああ、どうしたらいいのでしょう?
「お?いったい何の騒ぎだ?」
「リディア様!」
と、そこへリディア様が登校していらっしゃいました!
天の助け!とばかりに縋るように見たわたくしと、泣く1年生の集団を見比べて察しがついたのでしょう、リディア様は身を屈め、泣いているジュディス様の髪を撫でました。
「……なるほど、きみたちが責任を感じるのも無理はない。でも、アリア嬢は無事だったんだ。これ以上きみたちが泣いたら、アリア嬢が困ってしまうよ。さあ、涙を拭いて。いつものように元気に笑ってくれ。その方がアリア嬢も喜ぶよ。なあ?アリア嬢?」
「え……ええ!おっしゃるとおりですわ!」
「リディア様……アリアドネ様……」
さすが、女子人気ダントツ1位!!リディア様、グッジョブ!!ですわ!!
リディア様が、まるでロマンス小説の王子様のように優しく囁くと、ジュディス様とマチルダ様はぽっと頬を染め、差し出されたハンカチをおずおずと受け取りました。無事、涙も引っ込んだようです!
「さ、教室にお帰り。もうすぐ予鈴が鳴る。授業に遅刻したら、それこそアリア嬢にご迷惑が掛かってしまうからね」
わたくしがその手際の良さに感心しているうちに、リディア王子様は鮮やかな手腕で1年生を落ち着かせ、あっというまに教室へと戻らせました。
「……やれやれ。朝から災難だったな、アリア嬢」
「さすがですわ!すごいです!リディア様!おかげで助かりましたわ!わたくしでは何を言っても泣かせるばかりで、ちっとも泣き止んでいただけなかったのですもの」
「まあ、伊達に中等部のころから5年間、王子役をやってないからな……」
ははは、と乾いた笑いを漏らし、リディア様はふと真顔になりました。
「でもまあ、無理もない。あの子たちは、あの事件のあと、過呼吸を起こしたり失神したりして医務室に運ばれた子たちだ。それだけ責任を感じていたんだろう」
「まあ……」
リディア様の言葉に、わたくしは胸が痛くなりました。
確かにあの方たちはドロレス様の所業をわたくしに教え、あの場へと導きました。
でも、ドロレス様に意見したのはわたくし。わたくしの意志だったのに。
それが引き起こしたことで、そんなにも皆様を傷つけてしまったなんて。……いけませんわ。わたくし、もっと後先考えて行動しなければ。このままでは本当に悪役令嬢になってしまいますわ!
「アリア嬢?」
拳を握って気合を入れ直すわたくしを、不思議そうに見るリディア様の背を押すようにして、わたくしも教室の入り口を潜ったのでした。
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その日の授業は滞りなく終了しました。
ありがたいことに、課題提出の遅れは不問とされ、追加の欠席についても課題は免除されたようです。
それどころか、全教科の教授たちに過剰なくらい気を使われてしまい、わたくしの方が身の置き所に困るほどでした。
そんなに気を使っていただかなくともよろしいのに……おまけに、なんだかやたらとみなさまに噂をされているような気がします。廊下を歩けば目で追われますし、目が合えば何か言いたげな顔をなさるかたもいらっしゃいますし。
「……なんだか、おかしな気分ですわ。ものすごく注目されている気がしますの」
放課後、やっとたどり着いた生徒会室で、わたくしはため息をつきました。
「しかたないですよ。やっぱりあれはかなり衝撃的な出来事でしたから」
「そうだな、ヒューにまで知らせが届いていたくらいだ」
慰めてくださるマリナ様の隣で、資料を選り分けながらリディア様もため息をつきます。
「ヒューバート様が?」
「ああ。この週末、面会だったんだ」
憂鬱そうに、リディア様はもうひとつため息をつきます。
ヒューバート様―――ヒューバート・マイセン様は近衛師団に属する騎士で、マイセン伯爵家のご次男。リディア様の婚約者です。
10歳も年上でいらっしゃいますが、その分包容力があって、淑女としては多少……アレなリディア様の言葉遣いやらなにやらを、「可愛い跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘」とむしろ好ましく受け止めていらっしゃいます。近衛師団でも中隊長を務める優秀な騎士様なだけあっていろいろとお忙しく、リディア様ともお会いできる機会が少ないため、毎月何日、とか日を決めてお会いしているそうですが……そうですか。面会なんておっしゃってますけど、週末はご一緒にお出かけだったのですね。
「……なにか……ありましたの?」
でも、変ですわ。なんだかんだ言って、リディア様もヒューバート様を憎からず想っているご様子。いつもでしたらもっと楽しそうにお会いした時のことをお話しくださるのに。
「それが………聞いてくれよ!アリア嬢!」
そう言って、リディア様は集めたばかりの紙束を、ばん、と乱雑に机に投げ出したのでございます。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいのですが。
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みなさまの読書傾向。
『ナイトローズ』は歌曲
『絶望』は古典文学
『ジレン一代記』は歴史譚
『青の帝国』は冒険小説
『砂漠に眠る愛』と『響け、愛の唄』はロマンス小説 だと思ってください




