7.聖女の座を奪った地味女
王宮の中枢、神殿評議室。
祭壇を模した空間で、私はアリシア=ルーメンと対面していた。
「──聖女として、貴女に問います」
彼女の声は、澄んでいた。
魔力と聖光が混じり合う響き。神の器にふさわしい、清らかな響きだった。
「なぜ、貴女の周囲では人がひれ伏し、告白し、従っていくのです?」
私は、静かに答える。
「わかりません。私は、黙って帳簿を見ていただけです」
その言葉に、室内がざわめいた。
だが、アリシアだけは静かだった。
その目にあるのは、怒りでも嫉妬でもない。
もっと深い、困惑だった。
「……私は、“信仰”の力をもってしても、貴女のようにはなれません。
貴女が持つ“視線”と“沈黙”には、人の心を揺らす力がある。
……それは、“神聖”ではありません。だけど──抗えない」
私は、少し考えてから答えた。
「多分、それ、“ギャルスキル”の影響です」
「──ギャル?」
異世界の人々には聞き慣れない言葉だろう。
だが、スキルに表示された文字は間違いない。
私に付与されたのは、「地球文化由来:陽の民の感性体系」、通称──ギャルスキル群。
神の誤配、あるいは文化の逆流。
けれど、今やその“異物”が、王国中枢に根を張っていた。
「……認めましょう」
アリシアが、そっと右手を掲げる。
聖光が収束し、光の羽根が舞い上がる。
「あなたが“正統な聖女”ではないことも、
それでもこの世界に“影響を及ぼしている”ことも──事実です」
周囲に緊張が走る。
そして、彼女が言った。
「よって、ここで一つ、儀礼的な“対話”を提案します。
聖女の座が必要なわけではないでしょう?
ですが、周囲がそうは見てくれない。ならば──ここで、決着を」
……やっぱりそうなる?
私は深く息をついた。
戦いたくない。暴れたくもない。
でも、これ以上“無自覚無双”を続けても誤解が広がるだけだ。
「わかりました。……ただし、私の“戦い方”は、数字とスキルです」
「ええ。私の戦い方は、祈りと光です。
……形式は違っても、“意志”が届けばそれで十分でしょう」
こうして始まったのは──“聖女対決”という名の、文化衝突だった。
***
「この予算書、各地の神殿への補助金配分が聖光信仰の偏重に偏っています」
「神の意志に基づく分配です」
「では、光を持たぬ者は補助の対象外なのですか?」
「……っ、それは……!」
「人々の声を無視しては、信仰は維持できません」
「光の加護は、万人に平等です!」
「ですが、帳簿を見る限り、“加護を届ける経費”が偏っています」
光と数字。信仰と現実。
言葉と、黙って掲げられる資料。
──その全てが、評議室を揺らしていた。
最終的に、評議長が言った。
「アリシア殿。……あなたの光は、たしかに聖なるものです。
だが、静殿の働きは“地に足の着いた奇跡”でした」
神官たちが頷く。
騎士たちが静に頭を垂れる。
民衆の声が届く前に──“数字”が、世界を説得していた。
アリシアは、肩の力を抜いて言った。
「……負けました。
あなたは“聖女”ではない。けれど、
この国にとって、希望です」
そうして、私は“地味な経理女”のまま、
光の聖女を“説得で”退けた。
これは、聖なる戦いではなかった。
ただの、ギャルスキルと帳簿の力による、静かな無双だった。