6.好感度のバグと恐怖政治
“本物の聖女”──
そう呼ばれた彼女の名は、アリシア=ルーメン。
隣国セリスタの神殿より召喚された、正統なる聖光の担い手。
正面から見ても、誰がどう見ても聖女そのものだった。
金髪碧眼、慈愛に満ちた微笑み。
白銀の法衣が揺れ、声には澄んだ響き。
本人の意識に関わらず、周囲に常に清浄な波動が漂っている。
「……本物、ですね」
対する私は、黒髪ボブ、眼鏡、地味スーツ風ドレス。
聖光どころか、部屋の隅っこに静かに座って帳簿を睨んでいる女。
並んだ瞬間、あらゆる意味で**「逆」**だった。
「ですが……奇妙ですね」
アリシアは、微笑んだまま私を見つめる。
「聖属性ゼロと記録されたあなたが、王国の中枢にまで登り詰めている。
しかも、人々の信頼は、あなたのほうが高い」
「……え?」
「――そう聞いています。
あなたに対する“信頼指数”は、各地で異常値を記録していると。
いったい、何をしたのです?」
私は言葉に詰まる。
別に、何もしていない。
黙って帳簿を見て、数字を揃えて、最小限の指示を出しただけ。
でもそれが、異世界では異常だったらしい。
スキル《好感度バグらせ体質》。
その真価は、**“相手が勝手に解釈する”**ことにあった。
黙っている=聖なる沈黙
丁寧な動作=高貴な所作
冷静な対応=揺るがぬ信仰心
──実態はただの「地味な常識人」でしかないのに。
そしてそれは、ある種の“恐怖”にも繋がっていた。
「……静殿、いま執務室の騎士長がまたあなたの部屋に花を……」
「左大臣の孫が“彼女に王家の地位を”と……」
「騎士団の副長が、自分の剣を……いや、これは文字通りでして……」
報告が、止まらない。
あちこちから、なぜか“好感”どころではない“献身”の申し出が届く。
「……ちょっと待って」
私は頭を抱えた。
(これ……完全に、スキルがバグってない……?)
自覚なき無双。
恋愛も政略も関係なく、ただ黙っているだけで周囲が墜ちていく。
アリシアの聖光が“浄化”なら、
私の無言は“吸引”だった。
そして、事件は起きる。
ある日、私は王宮の資料室で財政資料を整理していた。
たった一人で静かに仕事をしていたつもりだったのだが──
入室してきた高官たちが、私の姿を見た瞬間。
「……っ、いや、いけない……このままでは……!」
突然、膝をつき、頭を下げた。
「白河様! どうか我が家の不始末をご容赦ください! あの件の税金操作、すべて私が……!」
「!?」
次々と、自白ラッシュ。
私は、まだ何も言っていない。
でも、スキルが働いてしまった。
【“帳簿の魔眼”+“好感度バグらせ体質”連動中】
【視線・沈黙・数字による非言語的圧力、最大化】
【対象:心理的防御値ゼロ/自白スキル誘発】
「いやいやいや! 私そんなスキル使ってないですから!?」
だが、止まらない。
呼吸すら忘れそうな勢いで、高官たちが“贖罪モード”に入っていく。
この日、王宮では「無言の処刑場」と呼ばれる伝説の記録が誕生した。
私はただ帳簿を整理していただけなのに──
政敵の粛清が、自動で完了していた。
恐怖政治? 違う。
ただの、ギャルスキルの副作用だ。
そして──私は、その力を使って、
本物の“聖女”と、真っ向から対峙することになる。