5.ごまかしとギャルの美学
静かに仕事をしているつもりだった。
だが、私は気づいてしまった。
──最近、周囲の視線がうるさい。
帳簿を読むとき、予算案を作成するとき、議場で報告を述べるとき。
王族も、騎士も、女官も、貴族たちまでも──
視線が、妙に“上から下まで”を流れてくるのだ。
私はいつも通り、紺のワンピースに黒い靴。
化粧も最低限。髪も後ろでまとめている。
だが、鏡を見るたびに、妙な違和感があった。
(……また、バストが強調されてる……?)
布地は緩めのはずなのに、身体のラインが明らかに出ている。
ヒップラインも、スカートの揺れ方が妙に“艶めかしい”。
──これはおかしい。
私はそんな人間じゃない。
というか、むしろ隠したいタイプなのに。
【スキル《地味かわ無双(見た目無自覚補正)》が発動しています】
【対象の“控えめな美意識”により、あらゆる装いが“絶妙に盛れる”状態で発現】
【効果:視線集中・好感度上昇・交渉時の心理優位】
「……なるほど」
やっぱりスキルのせいだった。
でもこれはおかしい。私の意志じゃない。
もっとこう、ひっそり働きたいのに、なぜ勝手に“盛れる”のか。
──しかも、このスキル、単なる見た目補正だけではなかった。
「白河様……最近、外交交渉の場にぜひご出席いただきたいという声が……」
とある外交官が、控えめに言う。
「貴国の“女神の如き監査官”の目に見つめられたことで、
“予算をごまかせない”と判断し、全面譲歩した事例がいくつかありまして……」
何それ。
私は黙ってただけなんだけど?
スキル《好感度バグらせ体質》の効果により、
“静かに見つめる”だけで、相手は“信頼されている”と錯覚し、勝手に罪悪感を抱く。
その結果──外交でも、交渉でも、軍議でも、
私が“視線を向けるだけで勝手に陥落”する。
そして──
この世界における“美”の力は、戦略的な武器だった。
「美とは、説得力だ」
そう語ったのは、隣国の財務卿だった。
彼は戦場でも“美の陣形”を構築し、
兵士の士気を“視覚演出”で高めるタイプの異能者だという。
「あなたのように、静かで美しく、圧力をかけずに支配できる人材こそ、
我が国にこそ──」
「お断りします」
「即答!?」
私にそんなつもりはない。
ただ、私は“帳簿”が読めればいい。
盛れる気も、モテたい気も、ない。
でも──
(……この“盛れ”って、無視できるレベルじゃないな……)
ふと、気づく。
このスキル群──あくまで“ギャル”の精神性を模しているが、
実際には、“自信”と“見せ方”を武器にする魔法のようなものだ。
人の目を惹きつけ、油断を誘い、信頼させ、懐に入り込む。
ギャル文化を笑う者は多い。
でも、その本質は──自己肯定と共感の技術だった。
ギャルスキルが“陽の文化遺産”として認定される日も、
遠くないかもしれない。
そんな冗談を心の中で呟いたとき、城の廊下の向こうから、ひとりの女が現れた。
純白のローブ、金髪、整った顔立ち。
──まさに“聖女然”としたその姿。
「あなたが、“偽の聖女”と呼ばれている方ですか?」
本物の、聖女だった。