4.裏帳簿に潜む影
「この会計処理、どう見てもおかしい」
王国予算会議──正式には「年度再建特別会合」。
王族・高官・ギルド代表・一部貴族が集まり、財務再建案を審議する臨時会議に、私は“技術参与”として帯同していた。
技術といっても、私が扱うのは“帳簿”だけ。
だがその視線は、すでに王国の最奥に届いていた。
「この“宮廷祝賀費”の支出先、領主家の名前が二重で登録されています。
しかも金額がほぼ同額。……これは二重取りです」
場に緊張が走る。
私が差し出した帳簿には、ある貴族の名前が──二重に記載されていた。
傍らにいた筆頭財務官が額に汗を浮かべながら口を開く。
「ま、待ちなさい、これは、古い記録の名残であって……! い、一概に不正と決めつけるのは──!」
「では、なぜ片方の支出だけに“納入証”がないのでしょう?」
沈黙。
それは、確かな“穴”だった。
そしてそのとき、スキルがまた自動で反応した。
【スキル:《沈黙は最強の説得》発動】
【対象者の“発言意図”と“内部ロジックの整合性”を解析中……】
【結果:虚偽/合理性破綻/反論無効】
【影響:周囲が“真実”と確信し、対象を心理的に追い詰めます】
私は、何も言っていなかった。
ただ、黙って帳簿を指さしていただけ。
なのに──
「……まさか、伯爵が……」
「こんなあからさまな不正……なぜ今まで気づかなかった……」
「いや、これは……きっと氷山の一角……」
場がざわつく。
疑念が波のように広がっていく。
その中心で、私はただ静かに視線を落としたまま、再びペンを走らせる。
「これは、仮説ですが──予算の流れに意図的な“隠し経路”があります。
複数の名義を使って補助金を分散、実質的に一系統の家に流れている構図です。
帳簿の癖から見て、管理している人物は一人……筆跡と記録時間の一致から考えると──」
私は、財務官の方を見た。
彼は、青ざめていた。
「わ、私は……!」
その瞬間、背後の警備兵が動いた。
すでに控えていたらしい。
財務官は、騎士たちに押さえられ、呆然としたまま連行されていく。
貴族たちは誰も動かない。
全員、わかっていたのだ。
この地味で無口な女が、“聖女ではない”と判定されながらも──
“国家の裏帳簿”を暴き、たった一言も発さずして人を潰したことを。
会議の終盤、王が重い口を開いた。
「白河静殿……」
「はい」
「……我が国の財政は、すでにお主の目を離してはならぬ段階にある。
我が願いだ。──今後、王国会計全般の“監査権”を汝に与える」
どよめく議場。
女官が震えながら“異例中の異例”である王命を書き記す。
私は、静かに一礼した。
「承知しました」
それは、国家中枢に“地味で静かなOL”が入り込む、決定的な瞬間だった。
異世界の権力構造に──経理が食い込んだ。
ギャルスキルを帯びた“帳簿魔女”が、世界の数字を握り始めた。