3.経理とは、戦場である
──それは、まったくの偶然だった。
王太子への再建案提出から数日後、私は書庫室の端にある“旧帳簿室”へと移動していた。
そこには、近年の使用記録のない木箱や、埃をかぶった巻物、年代不明の財務記録が山積みになっている。
今の予算制度が破綻しているなら、昔の仕組みの方がまだマシかもしれない。
そう思って、倉庫整理を始めたのだった。
「……これ、何年分……?」
木箱を開けると、内部からドサッと紙束が崩れ落ちた。
あらゆる字体、褪せたインク、虫食いの跡。まさに、経理の遺跡。
私は少しだけ手を伸ばして、上部の帳簿を手に取った。
その瞬間──
【特殊条件下スキル連動発動】
【《経理ギャル降臨(☆あげあげ収支管理☆)》を起動します】
【旧財務空間:最適化モードに移行】
【整理整頓+再編成+構造美化:開始】
「──へっ!?」
書庫の空気が、一変した。
棚が自動で動き、紙束が浮かび、魔法陣のような陣形で空中を回転し始める。
その中を、数字と文字が奔流のように走る。
私の身体が、勝手に動く。
「この取引は重複……分割支出と統合……利率が変動したのは第八代王期……!」
まるでDJのように、帳簿を操作する私。
指先が光り、分類タグが次々と再構成され、無数の帳簿が宙を舞う。
その様子を見ていた一人の侍女が、思わず叫んだ。
「し、聖女様が……何かの儀式を……!?」
違う。
私はただ、帳簿を整理しているだけだ。
だけど、この空間は、私の思考に呼応して“整って”いく。
棚が組み直され、古文書が順に並べられ、王国の財政史が一望できる形で展開されていく。
【財政再編シミュレーション完了】
【現在の予算制度に以下の修正を提案します】
・税率改定
・資源配分調整
・“不要予算”の即時凍結
・高額貴族支出の監査ルート設置
・給与制度の透明化
【再構築実行? Y/N】
「……実行、する」
その一言で、空間が静止した。
パァンッ!
空気が爆ぜるような音がして、全ての紙が元の場所に戻る。
でも、その配置は完全に再設計されていた。
美しく、機能的で、完璧に。
書庫の扉が開き、王宮の参事官たちがなだれ込んでくる。
混乱の声。叫び。騒ぎ。
「な、なんだこれは!」
「帳簿が自動で……再編された……!?」
「“帳簿精霊”の仕業か!?」
違う。
これは私の、スキルによる“最適化”。
私は静かに立ち、息を整えた。
「……経理とは、戦場です」
誰も理解できなかったその言葉を、
私は、自分自身に向けて呟いた。
ここは戦場。
数字と責任と、“見えない権力”が支配する世界。
経理はただの裏方なんかじゃない。
正しく動かせば、世界そのものを支配できる。
その日を境に、私は──
王国の予算会議に“特別参与”として招かれることになる。
地味で無口な女が、
いつのまにか“国家の収支を操る魔女”として噂され始めたのは、そこからだった。