2.王宮に地味OL爆誕
翌朝、私は王宮の書庫にいた。
自室に閉じこもってもよかったのだけれど、「放置されてるのなら、好きにしていい」と解釈した。もともと人目は苦手だし、静かな場所のほうが落ち着く。
なにより──気になることがあった。
《帳簿の魔眼》。
昨日、意味不明なタイミングで付与された謎スキル。
気になって、目の前の文書に手を伸ばしてみたら。
【王国財務記録(簡略版)】
【支出:4,230万エル(軍費・貴族交際費・祝祭費)】
【収入:1,800万エル(税収・交易)】
【資産推移:減少/年間赤字推定:2,430万エル】
【備考:バランスおかしくね?(byスキル)】
──出た。
地味にツッコミが軽い。
スキル、人格あるのか?
でも数字の内容はシンプルで……えげつなかった。
赤字。無計画。浪費。使途不明金。
いま国が破綻寸前なのは、この王国の“帳簿”が原因だ。
私はすぐに、王室会計の全体をチェックした。
通貨単位は違えど、複式簿記と資産管理の基本構造は地球と同じだった。
おかげで私は──たった半日で“財務再構築案”を作成できた。
「……ここを切って、こっちを統合して……通貨流通を一時制限すれば、収支均衡には持っていけるはず……」
自分の手元にあった紙で、試算メモを作っていたその時。
扉が、勢いよく開いた。
「ここにいたか、“元・聖女様”──おや?」
姿を現したのは、王太子を名乗る青年だった。
金髪碧眼、明らかに“ヒロインを迎えに来る役”みたいな外見だ。
だが、彼の目に映ったのは──書類を広げ、ペンを握り、真顔で帳簿とにらめっこしている地味な女。
「……何をしている?」
「帳簿整理です」
「……は?」
「財務が破綻していたので、再編案を作成していました」
王太子は呆然とした顔で、近づいてくる。
視線が、私の書いた紙へ。
「──……これは……?」
「はい。軍費と貴族費を段階的に削減、交易税を戻し税収を調整。
祝祭費は年次縮小して浮いた資金を食糧備蓄と医療に回せば、赤字は2期で解消可能です」
王太子は、まばたきもせず、私の顔を見つめた。
──正確には、“無表情の地味女”なのに、“説明だけで国家予算を動かしそうな女”を見ていた。
「……お前、本当に“聖女”じゃないのか?」
「はい。測定では“ゼロ”でした」
そこで彼は、“あのスキル”の存在に気づく。
「そ、それは……魔眼……?」
そのときだった。
私のスキルが勝手に反応し、王太子の背後にあった棚を照射した。
【王室予備会計記録】
【備蓄:150万エル(予備費)】
【用途:王太子の服飾費・馬車・贅沢品】
【削減評価:☆5(贅沢すぎ。削れ)】
【提案:見栄えに金かけるより、スキルで盛れ(byスキル)】
「……ッ!」
赤面した王太子は、棚を慌てて閉じた。
「い、今のは違う! これは、必要経費で──!」
「そうですね。ですが、このスキルは正直です」
「……っく……」
沈黙が落ちる。
私は静かに立ち上がり、書類をまとめて差し出した。
「この国の赤字、立て直せます。
聖属性はゼロでも、“数字”なら得意です」
王太子は、しばしのちに息を吐いて、ポツリと呟いた。
「……“元・聖女様”、じゃなくて……お前、ほんとに、何者なんだ……?」
私は答えない。
ただ、目の奥が光っているのを、自覚していた。
“ギャルスキル”という謎のパワーワードが、まだ何を意味しているのかわからない。
でも──この“帳簿の魔眼”だけは。
たしかに、この国に必要な能力だと、私自身がわかっていた。