【第2話】ギャルスキルVS腐敗官僚
午前九時。庁舎の執務室にて、静かに帳簿を開く。
書類の配置、ペンのインク、書架の間隔、日光の入り具合。すべてが“整って”いた。
──いや、正確に言えば、“整えてしまった”のだ。
「……ここ、整えすぎたな……」
自分の席から窓の外を見やる。
昨日整備した庁舎周辺の広場では、清掃員がリズムよく動き、市民が自然な間隔で行き交っていた。ゴミ箱には余白があり、花壇の手入れは自動的に回っている。
“帳簿に基づいた最適配置”によって、町そのものが勝手に秩序を保ち始めている。
そして──それは、必ずしも“歓迎される整備”ではない。
***
「──今度こそ、“排除”しなければならん」
庁舎地下、かつて会議室として使われていた暗い石室で、男たちは声を潜めていた。
灰色の服を着た老人。商人ギルドと癒着していた予算官。治安費を横流ししていた統制官。
「昨日の時点で、七割の帳簿が“再構築”された」
「このままでは、“余白”がなくなる」
「我々の流通、“私設の帳簿”が……」
彼らの中で、予算は“操作するもの”だった。
架空支出、複数名義、同族企業との優遇契約。
いずれも、“整ってしまえば終わる仕組み”だ。
「……ならば、あの者が帳簿を見られぬようにするしかあるまい」
言葉は静かだったが、空気は明らかに敵意に満ちていた。
***
昼前。私は、広場の臨時会計ブースにいた。
町民向けの“透明会計公開”のため、帳簿を視覚化し、誰でも閲覧できるよう整えていた。
「ここの水道費、前より安くなってる……?」
「流通の帳簿が、見える……! わかりやすい!」
「これが、“整える人”の力か……」
町民たちの反応は概ね好意的だった。
だが、空気に微かな“違和感”が混じり始める。
視線。警戒。ざわつき。──そして、影。
「──おや、白河殿。帳簿ばかりでは、目が疲れますよ」
話しかけてきたのは、灰色のローブをまとった初老の男。名前は、エルバート・リール。自治庁の“予算記録長官”だった。
「ちょうど良い機会です。いくつかの帳簿、“持ち出し禁止”のものがありましてな。破棄も含めて──こちらで処理しておきますよ」
「……それは、未記録の副帳簿のことですか?」
「──!」
静かに、私は彼の視線を見返した。
「すでに“帳簿の魔眼”で確認済みです。あれは“破棄”すべきではなく、“整理して透明化”すべきです」
「……ふむ」
男は、目を細めた。
「なるほど。“整える”というわけですな」
「それが、私のスキルですから」
「──だからこそ、我々はあなたを排除する」
静かな声音だった。
だが、周囲にいた文官たちの動きが止まり、空気が明らかに“戦闘前”のものに変わった。
***
「排除」とは、つまり──政治的無力化。
彼らは私に“整えられたくない”。
整ってしまえば、自分たちの都合の良い抜け道が消えるから。
けれど、私は退かない。
「では、スキルで整えます」
手を掲げ、ペンを握る。
【スキル:《盛れ予算会計書(フルカラー映像化)》起動】
【対象:隠蔽された予算帳簿群/庁舎内財務構造】
【出力形式:アニメーション+音声付記録書式】
【※周囲の理解度+200%】
──その瞬間。
町民広場の空中に、巨大なビジュアルが展開された。
まるで映写されたような、庁舎の帳簿履歴。
“予算の回り先”“空白の印鑑”“使途不明金の名称の崩れ”──
それらすべてが、光と音で浮かび上がった。
しかも、ナレーション付きで。
「こちら、“帳簿の隠しポケット”ですね~☆ ここが回りすぎてるぅ!」
「えっ、3年で4回も同じ名義で架空支出!? 盛れすぎィ!」
「これは整えられたい案件ですねッ」
──誰だこのテンションの声。
【副スキル:テンアゲ精霊“ミカン・ザ・テンアゲ”によるPR機能】
【※整えた帳簿が“盛れて”しまい、エンタメ化】
広場の町人たちは、呆気に取られたようにそれを見ていた。
そして次第に──笑い声と、怒号と、ざわつきが入り交じり始めた。
「……おい、これ……“帳簿で晒されてる”ぞ?」
「副帳簿って、つまり“税金の抜け穴”ってことじゃ……」
「この人、喋ってないのに、全部“整って見える”んだけど……」
「……バカな……なぜ、公開された……」
庁舎地下の密室。
会議室ではない。すでにこの場は“崩壊した権力の残骸”だった。
リール長官は肩で息をしていた。
白河静──たった一人の地味な女によって、全ての帳簿構造が公開され、町民の前で可視化された。
声を荒げず、糾弾もせず。
ただ、“整えて”しまっただけで。
「……あれは、“情報公開”じゃない。“帳簿の審判”だ……!」
彼の顔に浮かんだのは怒りではない。
敗北を悟った者の、静かな絶望だった。
***
「──私からは、以上です」
私は議会の簡易報告会で、そう述べて席に戻った。
広場での公開帳簿によって、町の予算不正は表沙汰となった。
そして今日の報告で、私は“改革案”を静かに提出した。
「予算操作に関わった者への処分は議会に委ねます」
「ただし、“整理された帳簿”に基づく運営の実行を、今後の条件とします」
議場は静まりかえっていた。
何人かの議員は顔色を失い、何人かは目を伏せていた。
だが──最終的に、議長が口を開いた。
「……白河殿の言葉、議会として受理する。
帳簿が整っている以上、我々に否を唱える根拠はない」
周囲にため息が漏れた。
議会の承認は、すでに“黙認”というかたちで決定されていたのだ。
私は、一礼する。
「──これより、“人事整備”に入ります」
ざわつく声が一気に跳ね上がった。
「ま、待て、それは──!」
「人まで整えるのか!? 帳簿の話では……!」
違う。帳簿とは“人が動かすもの”だ。
整った帳簿が運用されるには、“整った人間”が必要になる。
だから私は、静かに名簿を開く。
【人事帳票:庁舎職員/予算対応部署】
【評価項目:記録率・処理遅延・癒着率・改善適性】
【出力:スキル視認モード】
【備考:感情や私情による評価は一切含まれない】
「──整っていない者を、“整った部署”に置くわけにはいきません」
淡々と、私は言った。
名前を挙げない。罵倒しない。詰めない。
それなのに、議場の空気は“処分宣言”より重たくなっていた。
【スキル:《沈黙は最強の説得》発動】
【対象:職員評価表と視線同期中】
【効果:目線を向けられた者が“評価されている”と錯覚し、自主退職率上昇】
結果として──
私はひとことも「辞めろ」とは言わなかった。
なのに、役職辞任は7名、部門異動願いは22件、
“自主的に消えた”者は、累計37名にも及んだ。
***
その日の夜、記録官が私の部屋を訪ねてきた。
「し、白河様……本当に、これで……よかったのでしょうか」
「ええ。“整える”という意味では、これが最も効率的です」
「ですが……庁舎の半分が、“勝手に去って”しまいました……」
私は少しだけ、首を傾げた。
「“整えられない”人を残すことの方が、非効率です」
記録官は何も言い返せなかった。
「この町は、整理され、分類され、正しく動き出します。
帳簿も、人も。──そして、それが“神格扱い”される理由なのでしょう」
私は視線を窓の外に向ける。
整った町並み。静かな夜。規則正しい灯りの配置。町全体が、無言で“整っている”。
【町民の白河静に対する新規認知タグ】
・帳簿神子 → 帳簿巫女(昇格)
・整備の人 → “整えの神”(誤変換によるミーム伝播)
「……勝手にタグが育ってる……」
私は、ペンを置いてため息をついた。
整えたのは帳簿だったのに。
気づけば、町も、人も、認知すらも、勝手に“整いすぎて”いた。
──これはもう、“ギャルスキル”の範疇ではない気がする。